第7話 鷹司家のお坊ちゃんと一条家のお嬢様
一条飛鳥という人間とは、案外長い付き合いになる。
そもそも一条家と鷹司家は何世代も前から付き合いが続いているらしいので、生まれた瞬間から知り合いみたいな感じだった。
一条飛鳥に関する記憶でいちばん古いのは、確か2歳か3歳の正月だったか。
その年は特に子供が多かったらしく、あちこちで騒ぎ声や泣き声がうるさかったのにアイツだけはやけに静かだったのを覚えている。
それから黎明学園に入学するまでは年に一回、正月の集まりで会うくらいだったが、毎回ただ静かにじっと座っていて、まるで人形のような不思議な子供だった。
そして入学式の日、たくさんの生徒が話しかけてきてうんざりしていた頃、一条飛鳥がいつも通り静かに挨拶にきた。
ついでに隣にいた院瀬見家の娘とやらも挨拶をした。
院瀬見家に出来のいい息子がいるとは聞いていたが、まさか姉がいたとは。
一条飛鳥の違和感に気がついたのはそれからしばらく経ったある日の朝。
その日はたまたまいつもより家を出るのが遅れてしまった。
道中、信号待ちの送迎車から外を眺めているとロールアイスみたいな名前の高級車が横をすり抜けていった。
その車は営業時間外の店舗の前で停車し、中からはなんと一条飛鳥と院瀬見が降りてきたのだ。
しかも一条飛鳥は半べそをかいていた。
見間違えか?と思い目をこすっていると、信号が青に変わり発進してしまった。
視力は良いはずなのだが……入学してから落ちたか?
あとで視力検査でもするか、とその日は深く考えなかった。
そして今。
学園祭の見学中、たまたま少し先にクレープを持った一条飛鳥を見つけ、なんとなく観察しているとどうやらクレープの紙に苦戦している様だった。
確かに普通のお嬢様には食べ方が難しいだろうな。
あの一条飛鳥にもできないことがあるのは意外だった。
そう、そこをそうして、少しずつ剥がして、あーそこじゃない……なんか手間取りすぎじゃないか?
食べ方が難しいと言っても、その隣にいるご令嬢たちは既に半分ほど食べ終わっている。
そして、
べしゃり。
クレープをまるごと盛大に落としたのを目撃してしまった。
……嘘だろ、そんな事あるか?
あの一条飛鳥が、クレープひとつまともに食べられず、挙句まるごと落としただと?
しかも当の本人は顔を真っ青にして口をあんぐりと開け、あまりにも情けない顔をしている。
それに気づいた院瀬見が駆け寄りなにやら話したあと、先程のクレープを食べていたご令嬢たちも近づいていった。
と思うと突然、院瀬見がこの距離まで聞こえるほどの声で
「そこのハゲの方ー!」
とか叫び出した。
今なんて言った?ハゲ?
見える範囲にそれらしい人間はいないし、 仮にも名家の令嬢が公衆の面前でハゲなどと叫ぶもんじゃない。
「……なにやってんだ?アイツら」
なにやら盛大な茶番を見せられた気がした。
それから学園にいる間、改めて一条飛鳥を観察してみた。
ある日は紅茶を落としそうになって院瀬見が見事なキャッチを静かに行っていたし。
またある日は上履きを左右逆に履いていた。
その後院瀬見にお手洗いに連行されて、戻ってきたら普通になっていたが。
「どうなってるんだ一体……」
一条飛鳥はまるでポンコツ小学生の様に見えるし、院瀬見は尻拭いばかりしている様に見える。
どうも両親や周りから聞かされていた「一条飛鳥」という人物とはかなり違う気がしてきた。
見た目だけでいえば完璧な一条家のご令嬢なのだが。
綺麗な黒髪、真っ白な肌、それに紫紺の瞳に映る俺……俺?
「鷹司様、なにか御用でしょうか?」
いつのまにか目の前に一条飛鳥が立っていた。
「……いや、特に用事はない」
「……そうですか?すみません、勘違いだったみたいです」
なんとか平成を装い誤魔化す俺に一条飛鳥は不思議そうな顔で首を傾げる。
「あーいや……お前、なにか困ってることあるのか?」
微妙な気まずさを感じ、つい捻り出した言葉で引き止めてしまった。
「困ってること……ですか?」
……まあ普通に考えてあの一条飛鳥に悩みなんてあるわけないか。
「いや、なんでも─────」
「うーん、毎年お正月に着る着物がキツくて動きづらいことですかね」
ふふふ、と一条飛鳥は笑うとちょうどチャイムが鳴り授業が始まる。
正月?着物?突然なんの話……
──────あ。
毎年正月、ただ静かにじっと座っていた……ってそういうことか!
あいつ、ただ着物がキツかっただけかよ!
「ハハハッ」
おれは教科書で口元を塞いで小さく笑みを零した。
だれが天下のお嬢様だって?ただの変わり者じゃないか。




