第5話 お嬢様、カードを切る
「舞衣さん、本日は一条家の車でご一緒いたしません?」
ある朝、飛鳥様から一緒に学校へ行こうというお誘いをいただいた。
特に断る理由もないし、なにより一条家の送迎車は格別にフカフカで心地よいので素直にお誘いに乗った。
運転手さんに観音開きのドアを開けてもらい、ロールアイスみたいな名前の高級車に座る。
座席は雲みたいにふかふかしていて、天井はプラネタリウムみたく星の模様が施されている。
わあ綺麗、私こういうキラキラしたもの好きなのよねえ。
「ごきげんよう、舞衣さん」
「ごきげんよう、飛鳥様」
「まだ朝は冷えますわね、ホットミルクはいかが?」
と、カシミヤ製のブランケットを膝にかけながら飛鳥様がホットミルクをくれる。
「まあ、ありがとうございます」
確かに朝はまだ肌寒いので、お言葉に甘えていただきまーす!
飛鳥様の、ド真ん中にHというロゴが施されているブランケットに一緒に入りホットミルクを飲み車に揺られている。
朝は私も飛鳥様も低血圧気味で会話も少ない。
ぼーっとした目で窓の外を見ると、他校の小学生らしき少年少女が走っているのを見かける。
そうだ、前世の私も公立小学校に徒歩で通学していたなあ。
低学年の時はランドセルがやけに重くて大変だったっけ、小学生の身体の大きさに対してランドセルって合ってないと思うのよねえ。
それに比べて、今世の私は学校指定の鞄を後部座席に積んで高級車で登校している。
この数年で私も随分と上流階級に染まってしまったものね……
ふと、強めのブレーキがかかった。
急ブレーキというほどでは無いが、信号もない場所だったので何事かしら?と様子を伺うと、まさに先程眺めていた少年少女が走りながら道路に飛び出しちゃったみたい。
あらまー、元気なのはいいけど気をつけなさいよー、少年たち。
しかし流石一条家の専属運転手、当然事故などはもちろん発生せず、ブレーキも最低限に留められていた。
一流の運転手はドライブテクニックまで一流なのね、拍手を送るわ!
「飛鳥様、大丈夫ですか?子供が飛び出しちゃった様ですわ。危ないですねえ」
……やけに静かで返事がない飛鳥様に嫌な予感がする。
隣を見ると案の定、手に持っていたはずのホットミルクがブランケットの上に散らかっていた。
ブランケットのHのロゴにホットミルクのシミが現在進行形で生成されていく。
飛鳥様は口をあんぐりと開けどんどん顔を青くしている。
「飛鳥様!火傷はありませんか?」
「わ、わたくしは大丈夫なのですが、このブランケットは、確かお母様のお気に入りで……!」
わたわたと慌てながら飛鳥様はブランケットを拭いている。
おそらく飛鳥様のお母様はブランケット1つ駄目になったところで別に気にしないと思うけど……今の真っ青な顔した飛鳥様に言っても、納得しないだろうな。
「……運転手さん、登校時間まではまだ余裕ありますよね?」
「……?はい、いつも30分前には学園に着くようにしていますので」
「すぐに一番近くのヘルメス店舗に向かってください。営業時間外ですが……わたくしが手配します」
「承知いたしました、舞衣様」
今日一日の飛鳥様の憂いを晴らすためだ、仕方ない。
凹んだ飛鳥様はいつもの3倍ポンコツが酷くなるのだ。
それにブランケットのデザインは去年のものっぽいし、三桁はいかない……はず!多分!大丈夫そう!
袖を引っ張られる感触で飛鳥様の方をみると、不安げな顔を浮かべていた。
「舞衣ちゃん、どうするつもり?」
焦っているせいなのか、外部の人がいないせいか口調が昔に戻っている。
こういうのは、彼女の憎めないところだ。
「フフ、飛鳥様。わたくしたちは天下のお嬢様ですよ?ブランケット1つで今日一日をそんな暗い顔で過ごすおつもりですか?」
私はお財布からお父様にいただいた黒色のカードを取り出して言う。
「汚れてしまったのなら買えばいいじゃない!」
……マリーアントワネット風に決めてみたけど伝わったかな?
高級住宅街を抜け、信号待ちの高級車の横をすり抜けあっという間に最寄りの店舗に着いた。
流石天下の一条家専属運転手!
拍手を送るわ!
「院瀬見様!こんな朝早くにいかが─────って、一条様!?」
車から降りるとパタパタと店舗の担当さんがお迎えに来る。
飛鳥様を見た瞬間、百戦錬磨の外商担当さんですら背筋が伸びる。
最上級顧客モードってやつね。
「個室の案内はいらないわ、ここで済ませます。申し訳ないけど急いでますの、連絡したブランケットは用意できてますか?」
「はい、こちらでよろしいでしょうか?」
もう合ってるかは分からないけど、なんとなく柄はこれっぽいしこの際なんでもいい。
「すぐに使うから包まなくていいです、支払いはこれで。無理言ってしまってすみませんね」
「とんでもないです!まさか、い、一条様がいらっしゃるとは……!」
渡された明細表を見る。
あ、三桁いってない!よかった!!
「ふふ、本日は一緒に登校してるんですの。すみませんが授業に遅刻するわけにいかないので、本日はこれで。」
「ありがとうございます!お気をつけて行ってらっしゃいませ」
新しいブランケットを手に入れ、急いで車に乗り込む。
「わーーん舞衣ちゃん!本ッッ当にありがとう!その、お金……ちゃんと返しますから」
「このくらい気にしないでください。むしろご両親に内緒にした方がこの出費が無駄にならないのでは?」
「うぅ……本当に、私はポンコツで申し訳ないです」
今日の飛鳥様は一段としゅんとしてる。
「飛鳥様、そんなこと……」
「舞衣さん……!」
飛鳥様は慰め待ちと言わんばかりのキラキラした顔をしてこちらを見つめてきた。
なんかこの顔腹立つな。
「そんなこと……今更気づいたんですか?」
「……え?」
「いえ。あ、学園に着きました。運転手さん、ありがとうございました」
「ちょ、舞衣さん!?今更ってどういうことですの!?わたくし、そんな事ないよ待ちだったんですが!」
ポンコツがなにやら騒いでいるが、もう時間はギリギリなのだ。
構っている暇はない。
「急がないなら置いていきますよ、飛鳥様」
「ちょ、舞衣さん!舞衣さんー!?」
本日のポンコツお嬢の尻拭い出費:約5〇万円




