軌道の終わる場所
私は瞬きをした。 大きな白い猫はまだ私を見つめていた。その琥珀色の瞳は暗闇の中で光り、小さな二つの太陽のように、果てしない夜に迷い込んでいた。月明かりがその滑らかで、ほぼ真珠のような毛並みをなぞり、分厚い毛皮の下に隠された筋肉質の体を浮かび上がらせる。大きな前足にはわずかに鋭い爪が覗き、耳は古代の捕食者のように尖っていた。それは私が知っているどんな飼い猫とも違っていた。何かが……完璧すぎる。
車内の空気が変わった。 雷雨の前のように、空が息をひそめるかのように重たくなった。外の雨音はかすかに聞こえ、窓には街の風景はもう映らず、ただ無限の闇が広がっていた。車内に入り込む月の光もかすかだった。少なくともその瞬間、私はそれが本物の月だと思っていた。
私は身動きできなかった。
「もう……着いたの?」 私の声はまるで水の層を通したようにくぐもって聞こえた。
猫が瞬きをした。
そして次の瞬間、すべてが消えた。
違う街、違う空。
私は車から降りた記憶がない。ただ、落下する感覚だけが残っていた――しかしそれは下へではなく、四方八方へ同時に引き裂かれるようなものだった。現実が紙のようにくしゃくしゃに折り畳まれ、そして新しい形へと組み直された。
静寂が戻ったとき、私は歩道に立っていた。
そこはまるで私の故郷、ソウルのようだった。高層ビル、車、通り、ネオンの光を映す濡れたアスファルト。しかし空は……灰色ではなく、宇宙望遠鏡で見るような深い紫だった。そして、その空には光の筋が流れていた――彗星の尾のような、だが近すぎて、不自然な光。
私は振り返った。タクシーは消えていた。
周囲には人々がいた。ほとんど普通のように見えた。服装も仕草も馴染みのあるものだった。しかし、その顔が……均整が取れすぎていた。まるで一つの型にはめられたかのように。そして、彼らの動きはあまりに滑らかで、まるでスローモーションのようだった。
そして、彼を見つけた。
街灯の下に立つ男。
そのシルエットは光の中でぼんやりと揺らめいていた。暗い青のコート、高い背丈、薄い色の髪。しかし、その顔は……捉えどころがなかった。 ある瞬間は若者に見え、次の瞬間には大人に、そして再び若者に戻る。
私は一歩踏み出した。だが、先に彼が口を開いた。
「やっと見つけたよ。」
「見つけた?」 私は眉をひそめた。「すみません、何かの間違いでは……?」
「間違い、か。」 彼は微笑んだ。「みんな、そう言うんだよ。」
彼が手を上げると、私の内側で何かが動いた。 まるで心の奥にあった見えない扉が開かれ、そこから虚無が流れ込んでくるようだった。
「オドゥムギルへようこそ。」
「どこ……? ここは何なの?」 私はかすれた声で尋ねた。
「周りを見てみろ。」
男は大きく手を広げた。
私は数歩踏み出した。確かに、この街は私がいた場所とよく似ている。だが、すべてがあまりにも…整いすぎていた。
建物は完璧な幾何学的形状をしており、まるでミニマリストの建築家が設計したかのようだった。道路は滑らかで、ひびひとつない。車は無人のまま、まるで地面を滑るように静かに動いていた。
人々…彼らの会話は異様なほど調和していて、まるで一つの旋律のように聞こえた。
そして空。あの闇に満ちた空。
「ここには太陽がないの?」
私は尋ねた。
「星だけだ。」
男は頷いた。
「私はここで何をしているの?」
「ここは分岐の世界だ。他の世界と繋がりながらも独自の法則で成り立っている。道を『偶然』外れた者が辿り着く場所だ。」
「でも、私は道を外れてなんかいない…」
「本当にそう思うか?」
男は目を細めた。
「線路の異常について考えてみろ。お前はその異常が何だったのか、問いもしなかった。」
私は凍りついた。
そうだ。本当にそうだった。電車はただ停止し、私たちは降ろされた…だが、なぜ?
「ここにはお前に興味を持っている者がいる。」
男は言った。
「だが、お前自身が何が狂ったのか思い出さない限り、ここから出ることはできない。」
「もし思い出せなかったら?」
「なら、お前はここに留まることになる。そして、そうなった者はお前が初めてじゃない。」
頭の中でノイズが響いた。
「なぜ私はここに? ここは一体何なの? 誰がこの『異常』を起こしたの?」
「警告しておこう。」
男の声が低くなった。
「この世界には、現実を疑い始めた者の前に現れる存在がいる。そいつらは記憶を喰い、人間の過去を奪う。」
私は息を呑んだ。
「でも、どうすればこの世界を現実だと受け入れられるの? まるで夢みたいなのに…」
男はただ肩をすくめた。
「いいか、空を見つめすぎるな。この世界には、見られることで気付くものがいる。」
彼は指を空へ向けた。
私は顔を上げた。
空…それはあまりにも深かった。
まるで、その表層の向こうに、何かが潜んでいるかのように。
そして、星々の間に動く影を見た。
気配を感じた。
何かがこちらを見ている。私を見ている。
その視線は重く、粘りつくようで、息が詰まるほどだった。
遥か上空、雲の向こう側で、何か巨大なものがゆっくりと蠢いていた。
それはただ見ているのではない。まるで、人間がガラスの中の虫を観察するように、私を研究していた。
私は反射的に目をそらした。
心臓が激しく鼓動する。
男の方を振り返った。
だが、彼の姿はもうなかった。
私は歩き続けた。足が重くなるまで。
街は異様なほど静かだった。
空っぽの路地が多すぎる。空気がきれいすぎる。
ガソリンの匂いも、コーヒーの香りも、濡れたアスファルトの匂いもない。
――都市が都市らしくあるための、あの馴染み深い匂いが。
そして空。
それは、見ていた。
めまいがした。
足が鉛のように重くなる。
意識の端で、ふと考えがよぎった。
――私は、眠りに落ちる。
そして、闇へ沈んでいった…




