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乞う路傍の雪以下なら夢と仰せ  作者: 杜若表六


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遠くの、その地点から

関連の必然性と区分の内在的成立とが事柄そのものの展開の中から出て来なければならない。なぜなら、それらは概念自身の展開に属するものだから。概念の中に区分は内包されている。疑問。始源はどのような過程を経て世界となったのか。

あるものを考えるとき、それに対する考えは対象の物に属しているから、存在は考えと対立する。


「物語、見せかけの因果律、見せかけの心理学への嫌悪」

Musil日記


「了解済みの生だという持続的な感情を、日毎に生み出しているこうした夕べの平和をつくり出しているのが」、「悟性が行う一種の遠近法的短縮」

MoE


 ムージルは彼の思想のうちで最も重要なことを作品のうちにはっきりとは書かなかった。

クラリセが、


「ニーチェとキリストは、中途半端だったから破滅したのよ!」

MoE


 と絶叫するとき、そこに著者の苦い顔が浮かぶ。果して『特性のない男』の著者は、彼もまた中途半端だったのだろうか? 私には、彼はニーチェやキリストの辿った線を一応に回避することはできたが、また新たな「中途半端さ」に直面したのだと思える。


すべては、あたかも或る極点が到達されでもしたかのように起るのであり、それが作品の通常の諸手段を破戒し去っている。

『来るべき書物』


 しかしさらに困ったことには、間違いなく次に進むべき道はムージルが彷徨った地点、われわれをどこへ連れていくのかわからない地点から出発しなければならないことだ。


彼は「私はこれ以上遠くへ行くことは出来ない」と、悲愴な調子で書いている。この結論は、われわれがこの書物のおかげで、いかに遠くまでおもむいたかを思い起こさせはするけれども、おそらくこの書物の意味するところをもっとも尊重した結論であろう。

『来るべき書物』


 このような記述は、われわれをおののかせ、彼のひとり歩んだあとを追うことを躊躇させる。そしてその道を通行止めにし、看板にでかでかと「越えられない壁」とでも書いて安心してしまう。(この作家と批評家と二人の)著者がそのように望んだか望まなかったかは別として、「いったん、よく知った道までバックして、やり直しましょうや」ということである。現に、われわれは二世紀ほど後ずさりしてやり直している(そしてそれはちゃっかりと「進歩」と呼ばれる)。


彼が生きているのはもはや出来事の世界ではなく可能性の世界であって、そこには、物語りうるような何ものも起らない。

『来るべき書物』


このような世界を前提とした物語りならぬ物語り――可能性の世界における生――を試みること。夕べの平和を破り、日常に亀裂を走らせること(それはウルリヒやクラリセが言う裂け目であり、サビナの絵でもある)。われわれはいちいち一から始めるのではなく、かつて「遠く」だった地点から、中途から始めなくてはならない。

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