竜皇女と魔技術師 15
「来ないのかと思ったじゃない」
「それは、今の事か、今日のことか?」
予想外の運動をさせられて、息も切れ切れに問い返すと、ふわりと腕が首に絡められる。
「両方。来てくれたから、もういいけど」
肩に額をこつんと載せ、じゃれついてくるアルスを片腕で抱き止めながら、呼吸を整える。
「はぁ。全く何て場所を指定してくるんだ」
ここは、リュドラス皇宮でも屈指の高さを誇る塔の上。
当然だが、長々と続く螺旋階段を上り詰めた場所。
私が息を切らしているのもそのせいだ。
「話があるって言ったの、クラウスじゃない」
確かにそうだが。
「どこでも、城の中で好きな所でいいって言うから」
だからといって。
「正装したまま、こんな場所に来ると思うか」
つい先程まで、夏至祭の祝宴にいた為、私は碧緑の式服にマントという姿。
アルスに至っては襟元を大きく開け、長く裾を引く真紅のドレスを着ている。靴も、踵の高くて細いもののはずだ。
それでもきっと、息一つ乱すこともなく、此処まで上ってくるのだろうが。
「ここがね、一番好きな場所なの」
私から腕を放したアルスは、手摺りにもたれ、軽く伸びをする。
「誰もこんな所にまで上がって来ないから静かでしょ。城も城下も見渡せるし、夜は星が綺麗だし」
確かに、見晴らしは申し分ない。城内から城下まで一望できる。
見上げれば、沖天に赤い満月。その輝きで星はまばらだが、月が無い夜には満天の星空となるのだろう。
「ここまで高いとね、人間の雑多な力が届かなくて、自然の、純粋な力の流れになるのよ」
結い上げた髪の後れ毛を、風に遊ばせながら独り言の様に呟く。
『力の流れ』
それがどういったものなのか、私には見ることも感じることも叶わないが。
歩み寄って、アルスの左手をとる。
肘まである長い手袋の上から、それなりに華美だが、正装に合わせるには質素な腕輪。填め込まれた深紅の石だけが、ドレスに負けない華麗さを誇る。
「正装の時まで、無理に着けることもないだろう」
「だって、クラウスがくれたものだもの」
「預けるだけだ、と言っただろう」
金具を外し、手にとって簡単に点検する。特に問題は無いようだ。
「ところで、これって結局なんなの?」
外され、光を失った宝石を名残惜しそうに見つめながら、聞いてきた。
「着けていて何か変わったことは?」
アルスは軽く首を傾げて答える。
「別に……何もないわよ?」
更に眉間に軽く皺を寄せ、あ、と呟く。
「父様と何回も派手にケンカしてるけど、そういえばしばらく変化してないわね」
「そうか」
ならば、成功だろう。
アルスの正面に回り、片膝を付く。
「え?」
驚くアルスに構わず、ドレスの裾を手にとって口づける。
アルスが慌てて立ち上がり、姿勢を糺すのを確認する。
見上げた顔が赤みを帯びて見えたのは、月の色のせいだけではないのだろう。
「赤き月の輝きの下、紅の竜帝に誓う」
紡ぐのは誓約の詞。
「我、クラウス・デ・セラ・マイン・リセルスト・ジュロンの、今より先、総ての生を竜帝に捧げる」
ゆっくりと、詞の重さを感じながら。
「願わくは常に共に在ることを」
顔を上げ、視線を合わせる。
「常に傍らに在り、微力であろうとも、貴女の支えで在りたいと、願う」
真っ直ぐに見つめたまま、アルスの言葉を待つ。
「……我、紅の竜帝アルスティア・イル・セルス・リュドラは……」
声が少しうわずっている。
一度深呼吸して、続けてくる。
「汝、クラウス・リセルスト・ジュロンを生涯の伴侶とし、これより先の生を終える後まで、共にあることを」
すっ、と、軽く月を仰ぐ。
「我が本身たる、赤き月に誓う」
視線を戻し、華やかに笑った。
目が涙ぐんでいるのは、嬉し泣きと自惚れていいだろう。
立ち上がってアルスの左手を取り、手袋を外す。
そしてその薬指に、アルスの為だけに輝く宝石をゆっくりと嵌める。
その指輪に口付けて。
「我らに、赤き月の祝福のあらんことを」
抱きついてくるアルスを受け止めた。
しばらくそのまま静かな時間が流れ、ふと、アルスが顔を上げた。
「もの凄く嬉しいのよ。すごく感動してるのよ。もの凄く気に入ってるのよ。できたらこんな事言いたく無いのよ?」
「ならば言うな」
内容は想像がつくので、一言で切って捨てると、不満げな顔をしている。
「でも言っておくわ。なんでこの期に及んで魔導器なのよっ!?」
「それは、贈るのが私で、受け取るのがお前だからだろう」
「なによそれぇ」
「腕輪が試作で、それが完成品だからだ」
「だから結局なんなの、これ」
「個人的な厄除けだ。気にするな」
「う~」
全く納得がいかないらしいアルスの頭を、軽く引き寄せる。
「腕輪は、細工をなおしたら渡す」
「……くれるのよね?」
拘るらしい。
「ああ」
「ありがとっ」
それで機嫌はよくなったらしいが、安いのか高いのか分からない。
アルスが、私の顔を見つめてくる。
「ずっと一緒って、約束してくれる?」
肩を抱き寄せる。
「誓おう」
重ねた唇は契約の証。
この先苦労することも多いだろうが、それもまた、一興だろう。
腕の中に確かな温もりを受け止めながら、未来に想いを馳せた。
七百年振りに現れた竜帝アルスティアと、彼女の夫として宰相として公私ともに支えたクラウスの名が、様々な意味で、歴史に名を残すのは、もう少し先の事になる。
これにて一旦完結です。
(続編や番外編も転載する予定です)




