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ガンウィッチ  作者: 白銀悠一
チャプター1 偶必然の前奏曲
9/20

古傷治しは銃撃で

「魔力障壁を張れるか?」

「はい?」


 マナ武器店の工房。ユニがリボルバーにガンオイルを塗布している時。

 唐突に言い放たれたハナカの問い。

 できるかできないかで言えばできる。

 やろうと思わない理由は、容易に想像できるはず。


「まぁ、張れるな。張ることはできる。もたないだけで」

「わかってるなら聞かないでくださいよ。同類なんですから」


 ため息を吐く。

 質問主は椅子に座っている。

 テーブルに並べた黄色い弾丸をゆっくりと銃に装填しながら。


「じゃあやれ」

「嫌な予感が……」


 と言いつつもユニに拒否権はない。むしろまだ事前に教えてくれている分、温情があるのかもしれない。不意撃ちや拳に比べれば。おかげで危機察知能力や反射能力がだいぶ高まってきた。

 しぶしぶユニは防御術式を脳内で構築し、


「はい――ッ!?」


 全身に電撃が奔ったような感覚。本心では抗議の雨あられ。

 しかし師匠に向けた文句の数々は口から放たれず。


「むッ……ふぐッ」

「身体が痺れて動けない……何したんですか師匠! とでも言いたげな顔だな。これはスタンバレットだ。敵に防がれることを想定した弾丸でな。対象を拘束するのに便利だが、当然、魔力を込めなければ効果は発揮されない」


 優雅にハナカは魔力剤を飲む。痺れて硬直しているユニを見ながら。


「それにな、ただ魔力を込めるだけで使えるのはまずい。一聞すると便利だが、敵に奪われて利用されたら最悪だ。そこら辺にいる雑魚共ならどうってことはないが……」


 ハナカは別の誰かを見据えているように見えた。もちろん何を想定しているかは聞けない。

 もはや気にしている場合でもない。障壁精製に使用した魔力を補充できないユニの視界は、灰色に染まり出している。


「うぐ、ふぐ……ごふ」

「だからお前はスタン魔術の修行を……っと、そうか。魔力切れか。哀れなものだな」


 ハナカはポーチからもう一つ魔力剤を取り出す。痺れて開いたままの口の中へと流し込み始めた。


「が、こ、ふぶッ……!」

「スタンバレットの効果時間は込めた魔力量で決まる。魔術行使はできるはずだ。急がないと溺死――」


 大至急で状態異常回復魔術をセット。魔力変換、術式行使――。


「殺す気ですか師匠!」


 大きく息を吸い込むのと同時に言えなかった抗議を放つ。しかしハナカはいつも通りに、


「生きてるだろう?」

「結果論ですよそれは! もう!」


 それ以上追及できないのは、これらの経験は全てガンウィッチという職業に生かせるからだ。


「私たちは魔力障害者と言えども魔術師だ。魔術を使わない手はない。基本的に不利な状況での魔術行使になるがな」


 空瓶がハナカの不敵な笑みを反射している。


「銃と同じだ。補充リロードしなければならない」

「わかって、いますが……」

「だがお前は、今までの依頼でもなるべく魔術を使わないように立ち回ってきたな」

「そうするべきでは?」

「技術を会得すれば確かに。だがお前は、ほどほどになってきた銃の腕前に比べて魔術精度はお世辞にも良くない」

「う……」


 それは否定できない。魔術の最初の師である両親が早死にしてしまったし、そもそも魔術行使で行動不能に陥る魔力障害者である。鍛錬を積もうとする気力も、修行をつけてくれる師も、訓練に適した土地もなかった。


「これからは積極的に魔術を使え。そして」


 ハナカは空瓶を投擲。ユニはどうにかキャッチする。


「そいつを飲んでも咽ないようにな」

「むぅ……でも魔術についてあまり教えてくれないのに」

「何か――」

「言ってません! 携帯、鳴ってますよ」


 藪蛇になりそうだったユニへの救世主を、ハナカは手に取って閲覧する。ユニの携帯も振動していたため内容をチェック。


「いつも通りですね」


 連絡主も。その中身も。


「ああ、いつも通り――ガンウィッチの仕事だ」




 今、ユニが見上げているのは一般的な家屋である。つまりは、中級魔術師の家でそれなりに満足した生活を送れている一家だ。

 しかして、ユニはそれが幸運だとも思えなかった。結果論でしかないが。

 ハナカがドアノブを捻り、中へ。ユニも後に続く。


「魔術的な警報はなし、ですか」

「ないわけじゃない。……使用済みなだけだ」


 ハナカは無警戒で先に進む。そしてリビングへと入り、


「師匠?」


 立ち尽くしていた。無音の空間で。その原因にユニも目が行く。

 人が死んでいる。一組の男女だ。純粋に魔術の研鑽のみを追い求めるならば不要な形。夫婦だろう。

 そしてユニもしばらく固まる。過去の光景が蘇る。少なからず今の自分を構築するうえで重要な因子が。

 だが、先にその拘束から逃れられたのもユニだった。


「師匠?」

「……ふん。ありがちだな。重要なのはこいつらじゃない」


 我に返ったハナカが室内を見回す。だが、その視界が意図的に狭められているように感じるのは、ユニの気のせいではないのだろう。しかしユニは直視できたため、夫婦の方も探る。

 が、今までの修行で得た知見では有益な情報を手に入れることができなかった。


「こっちには何もなさそうです」

「だから言っただろう。よし」


 ハナカはポーチから試験管を取り出し、中身を床に垂らす。


「魔力の残り香をこれ見よがしに残しているな」


 オレンジ色の色素をつけた魔力残滓をスマートフォンで撮影。連動してユニのスマホの地図にもマーキングが施される。


「これは見せしめじゃなく」

「ああ、横取りはさせないぞという警告だ。まぁ、素直に聞いてやる義理はないが。先に行け」

「え? あっ、はい」


 ユニは言われた通り先に部屋を出て行く。

 後から歩き出したハナカがドア付近で立ち止まり、


「こういうのは腹立たしい。必ず見つけてやるさ」


 小声で何かを言って、ユニを追いかけた。



 ※※※



「価値とはすなわち、他者が付加するものなのです」


 価値あるモノの周囲を歩き回りながら女性は笑う。ローマニ・ホルス・ハラマジャ。褐色肌の女性はその商品……無気力な少年を見下ろした。


「私はかの有名なコレクターほど物の価値にこだわりません。そも、彼とは相反する存在でしょう。物を大事にするという概念は理解できません。物とは使い潰すものです。ええ、ええ。あなたには大いなる価値がある。これからあなたは、偉大なる貴族に奉仕するのですから」


 少年はぴくりとも反応しない。その無反応に満足し、ローマニは懐中時計を取り出した。


「さてそろそろ……む」


 カチリ、と音がする。幸いローマニは外にも出たことがある。雑種以下が跋扈する人間界へと。


「哀れですね。銃なんて非力なものは――こうするッ!」


 ローマニは多くの魔術師がそうするであろう魔力障壁を展開し、当然のように銃弾を防ぐ。

 そして、不敵な笑みのまま硬直した。その笑みを引き継ぐかのようにドアから現れる黒のハットと灰の髪を持つ女性。その後ろに追従する茶髪の少女のリボルバーから硝煙が上がっていた。


「威力は十分。だが気をつけろ。私たちが想定する敵はこの程度じゃない」

「銃弾を避ける魔術師からが本番。わかってますよ」

「もっとも、避けられる程度の奴ですら脅威と呼べないがな。敵とはもっと、柔軟性を維持した奴だ」


 灰色のリボルバーがローマニの眉間に突きつけられる。その銃には、そして瞳には見覚えがある。

 もし再会したのなら絶望を味わわせてやろう。そう考えていた。

 しかしてローマニの全身を染めるのは死に対する恐怖だった。


「満足するなよ? 弟子」

「わかってますよ」


 ローマニは、当然のごとく絶命した。



 ※※※



「大丈夫ですか?」


 ユニは少年に声を掛ける。何の光もなかった瞳に意志が灯り、全身が震え出した。


「あっと、落ち着いてください。もう安全ですから」

「それはどうかな」


 水を差したハナカのことをユニは睨む。スマホをいじって始末した女性のプロファイルを読んでいる。


「こいつは見たことがある」

「知り合いですか?」

「以前逃げられたんだ」

「……珍しいですね」


 ハナカが獲物を逃がしたと口にしたのは初めてだ。ガンウィッチは柔軟性のある仕事だとは聞かされている。しかし見逃しはあれど逃しはしない、というのがユニの印象だったのだが。


「卑怯な手合いだ。無関係な人間へと爆弾を放り投げられたら、私だってそちらの対処を優先する」

「なるほど……」

「このアドルフィン――」

「ローマニです」

「名前はどうでもいい。この女は調達人だった」

「調達……」

「何を調達するかはわざわざ言わなくてもわかるな」


 ユニは目の前の子どもを見る。自ら子どもを作るよりも、他者から奪う方が早い、という貴族思想の塊。


「でも、まだ安全じゃないってどういうことで」

「スマートフォンに魔力センサーアプリが入ってる」


 ユニは早速アプリを起動し、少年の魔力数値を計測。

 すぐさま警告音が鳴り響く。数値が異常に高い。不安定な状態で。


「これって……」

「補足すると、あいつは調達する際に品物を加工する」

「つまりこの子は……魔力爆弾?」

「そういうことだ」



 ※※※



「えらく気合入ってるな、ブロッサム」


 ハナカからの要請は買い手を探せ、というシンプルなものだ。魔力爆弾の調達・加工業者がいるのなら当然その買い手も存在する。

 そして、買い手には爆弾の起爆装置が渡されている。

 あの子どもを救出するためにはその魔術師も始末しなければならない。

 不利な依頼であることはハナカ自身も承知しているはずだ。

 しかし、彼女がこの依頼を投げ出すことはない。フォーチュンはよく知っている。


「悪目立ちが過ぎたな。こんな依頼を受ける魔術師は少ない。そしてブロッサムの個人的事情を鑑みれば一番最初に飛びつくのは明白」


 だが、もし罠だったとしても、ハナカは止まらない。

 とすれば、情報屋がするべきことはただ一つ。


「さて、どうやって報酬をくすねるかな」


 依頼達成報酬をハナカよりも得る算段を始めた。



 ※※※



「おい、平気か?」


 ハナカが少年に声を掛ける。


「イシュタ、しっかりしろ」


 珍しく名前を憶えていた師匠による呼びかけ。呆然自失としていた少年はようやく顔を上げた。


「落ち着いたか?」


 ハナカの対応は思った以上に優しい。不公平だと思うが今は抗議するべき時ではない。ユニが見守っていると少年は頷き、


「うん。大丈夫。お姉ちゃんもありがとね」

「いえ、私は何もしてませんから」

「確かにな。ただスタンショットをしただけ」


 ユニは頭の中で復唱する。今は抗議するべき時ではない。


「それでイシュタ。今の状態はどうだ」

「ちょっと変な感じ。でも本当に大丈夫だよ」

「それは良かっ」

「ありがとう、パパ」


 時間が止まったように錯覚するのは、ハナカがぴたりと固まってしまったからだろう。

 いや、よく見ると顔の端がぴくぴくしている。ポーカーフェイスが崩れていた。


「実は師匠は子どもを産んでいて、複雑な事情で養子に出していたり……とか?」


 ハナカにしては感情的な理由の説明にはなる……が。

 鋭い眼光のおかげでその思い付きが荒唐無稽だとは証明された。


「おいイシュタ。私はパパじゃ」

「うん、わかってるよパパ」

「全然わかってないですね……」


 せめてママでは、という想いは師弟共通だったようで、


「私が男性に見えるか?」

「うん? 見えないよ、パパ」

「どうしてパパなんだ……ママならまだしも」

「女らしくないってことじゃ?」

「他人にどう見られようとどうでもいいが……」


 ハナカはイシュタの前で人差し指を立てた。


「何本に見える?」

「一本」

「これは何だ?」


 と言って見せるのはスコフィールドリボルバー。


「銃……かな?」

「魔術師とは何だ?」

「かの魔術神よりもたらされた英知によって世界の構造を書き換える者。或いは、魔力自己精製機能を持つ人間のこと」

「まぁいい。行くぞユニ。その子のお守りをしろ」

「え? でも」


 躊躇うユニの前でイシュタがハナカへと近づき、迷いなくその手を握った。


「おい?」

「行こう、パパ」

「……利き手は止めろ」


 イシュタへ左手を差し伸べた師匠に新鮮さを抱きながら。

 ユニは二人の後を追う。




「思うに、イシュタの両親は妻がパパで夫がママだったのでは……」


 市街地を歩く道すがらユニは思い付きを諳んじてみた。


「その呼称に何の意味がある?」

「魔術的な意味とか」

「イシュタに感謝するんだな」

「はい?」


 問うユニだが、なんとなくは理解できている。


「本当なら今頃、お前に非殺傷弾を撃ち込んでる」

「やめてくださいって。めちゃくちゃ痛いんですから」

「魔術師の常識と照らし合わせれば如何に私が温情に満ち溢れてるかはわかるな?」


 使えない弟子を容赦なく殺す魔術師が多い中では優しさに満ち溢れているとは言えるが。


「私の両親はもっと……あ」


 慌てて口を塞いだユニは恐る恐るイシュタの様子を確認する。だが、彼は“パパ”と手を繋げているのでにこにこしたままだ。


「配慮が足りない」

「すみません……」


 ここは素直に謝罪する。師匠に言われたくはありませんけど、とまでは言わない。


「無駄話もここまでだな」


 ハナカが目前の建物を示した。魔術工場のようだ。工房のように個人の範疇で所持しているものではなく、集団での大量生産を目的としたシステム。

 フォーチュン曰く人間界における産業革命から着想を得た輸入の代物らしいが、運用する者は口を揃えて、あくまでも魔術工房の巨大化だと言い張っているらしい。


「何を作ってるんです?」

「見なくてもわかるが、お前は見なければだめだな」


 ハナカは単眼鏡を放り投げてくる。その中を覗き、


「確かに予想できましたね……」

「身に染みただろう? 私の修行方針が最高であると」


 大量の子どもたちが寝かせられているのを見る。恐らくはこの子たちも魔術兵器だろう。


「子どもってそんなに有用なんですか?」

「以前、向こうの方が倫理観が優れていると言っただろう? 魔術師連中と違って、普通の人間は子どもを殺せば心にダメージを受ける。一部のサイコパスを除けばな。無論軍人であれば、すぐに治療してまた戦えるように処置をするが、全員が全員無事に復活できるとは限らない。殺せたら儲けもの、殺せなくても敵に精神ダメージ。ふざけた話だが、兵器としては有効なのさ」

「でも、劇的な成果を得られるものではないんじゃ」


 この子ども兵器が戦局を決定づけるものだとは思えないというユニの指摘を、


「その通りだ」


 ハナカはポーカーフェイスで応じる。


「さて、仕方ないがこの子を連れ立っていくしかないか」

「預けるのでは?」

「もうちょっと右を見ろ」


 言われてユニは工場の中を右に見ていく。そして、貴族風の男と目が合った。


「あっ」


 単眼鏡の中で男が杖による魔弾を発射。壁を透過し真っ直ぐ進んできた光の弾は、


「全く」


 呆れるハナカによって撃ち落される。


「偉そうな奴はいつも似た位置にいるな」


 偉ぶる奴の共通項は高いところが好き、という不可思議な性質がある。さらに補足すると、他人を見下しがちな奴に限って。


「行くぞ」


 撃鉄を前菜にして、主菜が敵へと提供される。ハナカの料理は壁を透過しこちらを侮っていた敵へと振る舞われた。

 敵は本拠地へとたどり着いたガンウィッチに対し攻撃行動を取った。

 防衛と呼べるほど消極的ではない、積極的な戦闘行動。魔術光弾のフルコース。

 ハナカが口に魔力剤を運ぶ。


「好都合だ。ユニ」

「わかってますよ」


 ユニは牽制射撃する。ハナカは走り出そうとしたが、


「パパ」

「っ、おい!」


 イシュタに背中から抱き着かれて足を止める。


「師匠!」


 ユニは拙くも強度が十分な魔力障壁を張る。

 障壁にカバーされる形となったハナカがその脇から銃撃する。


「いつまで持つ!?」

「もう持ちませっわッ!」


 魔力剤を投げ渡されてユニは一気に飲み干した。その間にハナカが魔弾を装填し終える。


「走るぞ!」


 イシュタを脇に抱えて走り出すハナカとユニ。光弾の雨あられはシールドバレットの傘によって弾かれる。

 扉へと到達したハナカは、ポーチから出したグレネードのピンを歯で引き抜く。

 魔力式衝撃起爆グレネード。マナ特製の、本来なら不可能である歯でピンを抜くことも可能なスタイリッシュ仕様。

 爆発で発生した煙を突っ切り施設内へと突入。

 敵は動き始めていた。ハナカが誰もいない階段に向けて撃つ。

 誰もいないはずの階段上部から間の抜けた顔の死体が転がって来た。

 銃声と悲鳴が交互に響き渡る。物陰に隠れれば跳弾、魔術で防げば対魔弾。

 瞬間移動したところで、ハナカに行き先は読まれている。無双状態という以外に相応しい言葉は見つからない。


「あいつはどこだ!」

「あいつ――」


 ハナカは思わずイシュタを見るが彼はハナカの左わきに収まっている。


「バカ! さっきの偉そうなアホだ!」

「偉そうなアホ――いました!」


 偉そうなアホ、もとい起爆装置を持っていそうな男は高いところから指示を飛ばしている。

 ユニは銃撃したが、当然の如く防がれる。

 そしてあえて撃ち続けた。敵はこちらの攻撃が無力だと侮り続け、


「くたば――ッ」


 最後のシリンダーに装填されていたスタンバレットが対象の動きを封じる。


「やりました!」

「いやまだだ!」


 喜々として魔力剤を口に含もうとしたユニの前で、敵魔術師は拘束を逃れてみせた。

 偉そうということは貴族。つまりは最低限の治癒魔術を会得しているということ。

 予期せぬ魔術を喰らった敵は必死の思いで上階の部屋へと逃げ込もうとして、


「師匠!」


 魔術跳躍で上階へと着地したハナカのリボルバーを顔面に喰らった。


「くそっ」


 しかし敵を倒したというのにハナカの表情は晴れないどころか雷が光っている。


「師匠!」

「はずれだこいつは」

「どうしてです? う」


 ハナカの睨みにユニは畏縮する。


「起爆装置があるならなぜ使わないで逃げようとしたんだ? 唯一の切り札だろう」

「それは、確かに」


 イシュタの存在はこちらにとって致命的だ。文字通り爆弾を抱えている。

 敵がその気になればいつでも吹き飛ばせた。或いは、脅すことができた。

 そして、この偉そうなアホはスタンバレットを喰らい、危機的状況に追い込まれていたのだ。切り札があるなら使わない手はない。

 もっとも、使おうとした瞬間にスイッチは撃ち落されていたはずだが。


「こいつはナンバー2」

「ナンバー1はどこに」


 ハナカはユニの疑問には応えず、男が逃げ込もうとした部屋へ入る。

 防衛用の魔術が発動したが、ハナカは難なく結界を撃ち破り、書類の一つを無造作に取った。

 白紙だったが、ポーチから取り出したインクをまぶす。


「それは」

「マナ特製のインクだ。暗号はもちろん、例え消去したとしても復元される。こいつら程度の魔術なら」


 浮かび上がる文字には在庫と搬入先が記されている。


「ここは工場だから、通過点に過ぎない」

「どこに送るんですかね」

「最終目的地は人間界だ。……あの子どもたちは消極的な連中に火を点けるための生贄だ」

「生贄?」

「戦争には理由がいる。双方にな」

「双方……」

「悪いのはこちらじゃなく、向こうである。こじつけでも嘘っぱちでも、例えマッチポンプだとしても、みんなにそう思わせなきゃ戦争はできないのさ。世界のカタチを壊すほどの大戦ならばなおさらにな」


 ハナカはポーカーフェイスを貫いている。


「師匠は戦争、反対ですか?」


 不意に浮かんだ疑問を口に出してみる。ユニとしてはもちろん反対だ。ようやく自分の人生のスタートラインに立てた気分なのに、戦争などされては台無しになってしまう。

 ハナカは書類をくしゃくしゃに丸めると投げ捨てる。


「もちろん反対だ。ビールが高騰するからな。行くぞ」

「パパ」


 差し出されたイシュタの手を、ハナカは優しく握った。



 ※※※



「申し訳ありません。あの無能がとんだ失態を……」

『まるで自らには責任がないとでも言いたげだな』

「……は、は?」


 意表を突かれた男は、通信魔術で投影されている影を見返す。

 なぜこのお方は自身の責任について言及するのだろうか。悪いのは全てあの無能であるというのに。


『部下の失態はお前の失態だぞ、クワイトフ』

「何をおっしゃっているのか。私は私の役目を果たし――」

『役目を完璧に果たせ。お前の部下がしくじった。回ってきた情報によれば、銃を使う魔術師の手によってな』

「ガンウィザードなど、下級魔術師どもによる哀れな空想の産物だと認識しておりますが」

『マルハの件でも関与したと聞いた』

「あれは無能でした。汚物を利用するアイデア、などと最初は感心したものですが、ゴミ共の反乱が原因でしょう。あのような役立たずの話など、あなた様が気にするようなことでは」

『昔を思い出す』

「昔と言いますと」

『貴族でありながら、下級魔術師の保護を謳っていた男女がいてな。私の手で処刑したが』

「あの件ですか。見事な手際でしたね。流石はあなた様で」

『お前も自分の手を下せ』


 そこで通信が途切れた。クワイトフは怒り、魔術で壁に穴を開けた。


「私に手を下せとは、ええい。あのお方にも困らされる。それに、あなただって完璧な処理はできていない。子どもを見逃した」


 クワイトフは目前に地図を投影し、敵の位置を探る。使い魔からの報告では銃を使った三流魔術師は爆弾を抱えたままだとか。居場所を探った後で自爆させるもよし。自らの手で処理するもよし。このような小事に自身の時間を使うことに気を悪くして、


「見つけたぞ。……ここは?」


 地図のマークを見て違和感。何度見返しても見知った場所だ。

 つまり自身が立つ邸宅――。


「ぬわッ!」


 小型の機械が壊れた壁から侵入し、何かを射出。部屋にガスが充満し始めて、咄嗟に転移魔術を使用する。

 出現した庭の先で、対峙した。

 銃をホルスターに納めるガンウィザード……いや、ガンウィッチ。それにぴったりと抱き着く子ども兵器。

 そして――。クワイトフは笑いを隠し切れなかった。


「随分と余裕だが――」

「何、自らの名誉も回復できて、気に入らぬ上司に苦言を呈する機会も手に入ったのでね」


 クワイトフは杖を構え、さらに上機嫌になる。

 銃で対応しようとした女は咄嗟に回避を選択したのだ。刃状の魔術光弾を避けたこと自体は称賛に値するが、敵はやはり明確な弱点を抱えている。

 子どもを庇っている。頭の緩い女だ。上級魔術師クワイトフ・エナルド・バラクモフを前にして他者を庇い立てするとは。


「さぁ、手早く終わらせよう」


 クワイトフの思考は既に、自身に責任を擦り付けようとした上司への復讐と、座席を奪った後にどのようにして支配権を広げるかに向けられていた。



 ※※※



「師匠!」


 やはり子どもを連れ立っての戦闘はリスクが大きかったのだろうか。

 ユニの前で初めて見る光景が繰り広げられている。それも、まずい方向性だ。

 いつもなら早撃ちで済む事案にハナカは苦戦していた。敵が確実に起爆装置を持っていると確信できていないのも大きい。

 また別の魔術師の手に装置が渡っていれば元の木阿弥だ。時間制限もある。

 ここで片をつけなければならないのに、障害が多すぎる。

 ユニは支援したかったが、ハナカに釘を刺されていた。お前は動くな、と。


「師匠……」


 ハナカは敵の攻撃を避け、防ぎ、逃げている。しかしどんどんと追い詰められていく。周囲の状況が目に入っていないのか、壁に背中をぶつけた。後退し過ぎて自ら退路を塞いでしまった形だ。

 敵は優雅に歩いている。いつでも殺せると理解した表情だ。

 こちらを見ようともしない。脅威だと認識していないのだろう。そしてそれは事実だ。ユニの拙い射撃技術では、敵を確実に倒せないし、仮に倒せたとしても起爆装置の問題が残る。

 だから、ユニは見守るしかない。

 ハナカも敵を見据えながら、イシュタを庇うことしかできなかった。


「パパ」

「……なぁ、そろそろいいだろう?」


 ハナカがイシュタに話しかける。イシュタは戸惑ったようにパパを見上げた。


「お前はびっくりした。驚いたんだ。両親の死は確かに衝撃的だった。だが、それ以上のショックがお前の心を満たした」

「何の話をしている? 私を見るべきじゃないか?」


 余裕な敵の言葉を無視して、ハナカはイシュタに語り掛ける。


「爆弾への改造処置も痛みはあったが、それに比べたらささいなことだった。この状況でさえ、お前にとってはちっぽけなはずだ」

「おい?」


 ちっぽけと表現された敵はしかし、まだ杖を弄んでいる。どうやって甚振ろうか思案しているようにも見えた。


「お前は両親の死を、特に父親の死を受け入れられていないように装っているが。実際は違うな。即座に受け入れてしまった。そんな自分の心に、驚いたんだ。だが、安心しろ。お前は薄情なんかじゃない。悲しみは後から来るものだ。特に大事な人を殺された時にはな」


 その言葉はユニに古い記憶を呼び起こさせる。それはハナカも同じように見えて。


「わかったよ……ハナカさん」


 イシュタが頷いて、離れる。

 敵が訝しんだ瞬間だった。


「ぐわあああああああ!」


 コミカルチックな悲鳴を上げて、敵が苦悶する。右腕を撃ち抜かれた敵は、慌てて左手をコートの内側に伸ばした。


「くそったれ! 子どもごと爆殺してや――ッ!?」


 彼が何を言おうとしていたのかは容易に想像がついたが、実際に口から語られることはない。

 左手から装置を取り出したまま硬直している。ユニのスタンバレットによって。

 そして、すぐに硬直は解除され、さらなる悲鳴を腹の底から吐き出した。

 両腕に穴が開いた男は絶叫しながら膝を突いている。

 すかさずドローンが飛来してきて、転がっていた装置を回収した。


『オリジナルさえ手に入っちゃえばこっちのもの。はいこれで終わり。この規格は全滅ですねぇ、哀れですねぇ』

「いいからさっさと行け、マナ」

『はいはい。私の扱いが雑なんですから』


 マナのドローンが去って行く。同時に笑い声も響き始めた。

 男が苦痛に呻きながらも笑っている。装置は解除され、今頃は彼らが製造した子ども兵器もただの子どもに戻っている頃合いだというのに。

 それ以上に奇妙なのは、男の視線がユニに向けられていることだ。


「お前の両親を、知っているぞ……。あの方に、無残に殺された――」


 男が黙る。黙らされる。

 銃の言葉に声を上書きされて。


「今のは……?」

「行くぞ、ユニ」

「ですが」

「行くぞ」


 訊き返そうとしたユニだが、イシュタが目に入って止める。

 先を行くハナカにユニはついていく。疑問を男の死体と共に置き去りにして。



 ※※※



 イシュタの保護のためにフォーチュンの仕事部屋へ訪れたユニは、ハナカがいきなりフォーチュンの首を掴んだので少し驚いた。


「師匠?」

「いや、冷静にしてないでこの横暴なガンウィッチを止めてくれ」

「わざとだな?」

「お、おいおいブロッサムなんのことだがワオン!」


 ハナカはフォーチュンを投げ飛ばす。フォーチュンは痛いぜ、と言いながらもあまり痛そうではない表情で糾弾した。


「いきなり暴力とは、恐ろしいぜブロッサム」

「お前はわざとナンバー2の情報を与えただろ!」

「いや、俺とてたまに間違うむぎゅ」


 ハナカはフォーチュンの口を閉じてしゃべれないようにする。初見であればフォーチュンに同情しただろうが、今はハナカの方へと寄っている。やりすぎな気もするが。

 フォーチュンは間違いなくクワイトフのことを掴んでいた。しかし理由があって、黙っていたのだ。実際、言わなくても問題なかったし、恐らくそう確信していたからこそ情報提供しなかったのだろうが、ハナカの怒りは収まらない。


「報酬はどこにやった」

「ひふもひっへるはろう、ふろっはも」


 ハナカがフォーチュンを解放する。


「報酬はその日のうちに――ぐわおん!」


 ハナカの拳が炸裂した。やはりノーダメージのように見えるフォーチュンは立ち上がり、ほこりを叩いている。


「ま、結果オーライだブロッサム。そいつのことは任せろ」

「調子のいい駄犬め。イシュタ」


 ハナカに促されて、イシュタは準備を始めるために部屋を出て行ったフォーチュンへ追従していく。が、途中で立ち止まり振り返った。


「ハナカさん、ユニさん」

「どうした?」

「ありがとう」

「構うな。仕事だからな。行け。その犬は問題行動も多いが、仕事は確かだ」


 お辞儀をしてイシュタは歩み始めた。新しい未来へと。

 その背中を見送ったハナカの顔は、知っているようでいて、知らない顔だった。

 ポーカーフェイスの中に嬉しさを滲ませる師匠の顔を見ている内に、自然とユニも笑顔になる。

 その顔が新鮮過ぎて、少し前に沸いた疑惑のことなど、どうでもよくなってしまった。

 そして、過去に戻っていた時間が、戻り出す。

 現代へと。その先に広がる未来へと。

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