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ガンウィッチ  作者: 白銀悠一
チャプター1 偶必然の前奏曲

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8/20

中退者は銃で撃たれる

「なんとかなりましたね……」

「そんなにボロボロになる必要はなかったがな」


 早朝の日差しが、対照的な二人を力強く照らしている。

 満身創痍のユニと、塵一つないハナカを。

 今回の依頼はハードだった。ユニの身からしてみれば。

 しかし師匠は涼しい顔だ。黒の山脈エベレットを捕縛し、依頼主に引き渡してきたのが嘘のようだ。


「あいつは雑魚だ」

「上級魔術師でしたよ」

「階級は無意味だ。戦闘においてはな」

「わかってきましたけど……」


 そうじゃなければユニはここにいない。だが、最下級者が上級者と戦っている、という事実を踏まえてくれてもいいではないか。

 そう声に出して言いたいが、そうすれば簡単に論破されてしまう。

 私もお前と同じ最下級魔術師で魔力障害者だぞ、と。


「はぁ……」


 別の視点が欲しい、と思う。しかしロスト・ライトニングは遠慮する。マナも大概だ。話の主導権を奪われてしまう。


「ため息を吐くと悪いことが起きるぞ、弟子」


 ベストはアレックスだが、大師匠は連絡がつかない。

 となると候補が限られてしまう。ユニのささやかに過ぎる交友関係では。


「おい聞いてるのか?」

(クリスタぐらい、しか――)

『全身傷だらけね、ボンクラちゃん』

「クリスタ!?」


 脳内に直接響いた声音に、ユニはわかりやすく驚く。

 そして、唐突に目の前に出現したに二度目の驚愕をする。

 何を考えているかわからないクリスタはくすりと笑い、


「あら? 私のことでも考えていたのかしら」

「い、いえそんなことは……まぁ、たまたま思うところはありましたけど。奇遇ですね……」

「ええ、奇遇、偶然ね」


 苦手意識を発露させる。彼女のことは嫌いではない。

 ただ、どうにも上手くコミュニケーションが取れないのだ。

 そんなユニの気持ちを知るのか知らないのか、クリスタはハナカへ視線を移した。


「奇遇、ねぇ……」


 ハナカが独り言を呟く。クリスタとしばらく視線を交わらせ、彼女の方から口火を切った。


「初めまして、か? クリスタ」

「あら、以前にも一度お会いしてはいるでしょう。私は殴られていましたが」

「ふっ。そうだったな」

「ええ、ええ、そうです。うふふふふ」

「うーん?」


 二人の態度に微小な疑問を覚える。どこか芝居がかっているようにも見えたが、


(まぁ、二人は変わり者ですし。こういうこともありますか)


 納得したユニは追及せず、会話の成り行きを見守る。


「噂のガンウィッチ、ですか。世間的には銃を使う魔術師失格の魔女」


 すっ、とクリスタは距離を詰め前屈みになり、ハナカの顔を至近距離で見上げる。


「しかして、一部の凄腕からはこう囁かれている。一流の雇われだと」

「傭兵のつもりはない。ガンウィッチは柔軟な仕事だ」

「でしょうね」


 するりとクリスタは姿勢を直し、


「ですが戦えることは事実。その銃は飾りではなく、その魔術は卓越している」


 くるりくるりと回転した後に、ユニの前で止まった。


「う?」

「ここで会えたのも何かの縁。せっかくですし、依頼でもしましょうか。ボンクラさんたちに」




 そこで獲得した思い出は多い。だが、そのほとんどは黒く深い場所に放逐されたものだ。輝けるもの、見返したいものは数少ない。

 いや、ないと言ってもいいかもしれない。

 それでもそこに足を踏み入れるのは、仕事だからだ。

 そしてまた、自分がそういうものとは決別したと確かめるためだ。


「外から眺めたことはあったが、入るのは初めてだ。案内を頼むぞ、弟子」

「と言われましても……私だって詳しくないですよ?」


 扉の前で立ち尽くす。壮観で広大な校舎を眺めながら。

 魔術学校。首都ワルプルギスの中で、唯一の公的な学び場。

 私的に学ぶ魔術師も多い中で、師が不在の者か、外部の知見を学びたい者が通う場所。

 上級中級下級、分け隔てなく門戸は開け放たれている。

 無論、それは全て平等に教え与えるという意味ではない。


「とりあえずは現場に行こう。ほら、先導しろ」

「気軽に行ってくれますね……ちょっと待ってください、今、勇気を整えますので」


 ユニは深く息を吐く。覚悟を決める儀式――のはずが、ハナカに強引に蹴り飛ばされて無残にも中断、校舎の扉をこじ開けることになった。


「いったあ……あっ」


 そして対面する。次の授業へ備えている学生たちに。


「こ、こんにちはー、あはは」

「寝ている暇はないぞ弟子」

「恨みますよ師匠」


 騒々しい学び舎への帰還を果たしたユニは、学生寮へと向かう。寮生の怪訝な目の海をモーゼのように掻き分けて、件の部屋へとたどり着いた。


「ここです」

「よし」

「あっ待ってくださ」


 ハナカはさも当然のようにドアノブを捻り、


「止めたのに……」

「手間を省いたんだ。呼び出しのな」


 周囲に集うガードを見やる。学生で構成された治安維持を目的するスクールガーディアンだ。


「使い魔の類だと思っていたが、これは。ふっ。それとも、見くびられているのか」

「まぁ、優秀な魔術師は引っかかりませんからね」


 警備任務は退屈である。敵が来れば忙しいが、常日頃はせいぜいがパトロール程度だ。それは学校においても変わらない。無論、勤勉な魔術生徒であれば使い魔操作の鍛錬にもその時間を当てるだろうが、今目の前にいる連中がそうであるとは思えない。

 そして、よくよく見ると、


「あっ」

「知り合いでもいたか?」

「はい、あの顔を青く染めてる……」


 獲物を見定める狩人――本来のそれには程遠いがそう表現するしかない――の中に、見知った顔が一人。クリスタを呼び出すため、自分を連行し強姦をしようとした男が混じっていた。彼の顔は他の連中と違って蒼白だ。恐らくは戦闘のどさくさに紛れて逃走しようとしているのだろう。


「ちょうどいいな。ああ、実にちょうどいい」


 ハナカの様子を気にした様子もなく、女生徒が愉悦気味の表情を浮かべた。


「他人の部屋に侵入する悪い魔術師には、あたしらスクールガーディアンのおしおきぃ!?」


 奇声は暴力の合図だ。ハナカに説明を最後まで聞く気はなかった。

 拳が女性徒の顔面にめり込んでいる。

 反応しようとした両脇の生徒を回し蹴りで吹き飛ばす。天井を使ったリコシェショットで逃亡しようとした例の生徒の右腕を撃ち抜き、戦闘態勢をようやく整えた生徒を投げ飛ばした。


「残りはやれ」

「は、はい!」

「お前のことは知っているぞユニ・カールシュタイン! 没落した貴族、底辺である魔力障害シャッフ!?」


 ユニは男子生徒の悪口に手刀で応える。彼らの反応は皆一様に遅い。無駄話をしている暇があるなら、手を動かした方がいいという戦いの基本を知らない。

 いとも容易く制圧できた。とりあえず元強姦未遂者と悪口男子はまだ意識を保っている。


「武器の携帯が許されている学校ってのは最高だな」


 嬉しそうなハナカがくるくるとガンスピンを行っている。これ見よがしに。

 見せつけられている方はその華麗さに見惚れているわけではない。

 恐怖に震えている。小鹿のように。


「さて、質問するのは簡単だが」


 スコフィールドはハナカの右手の中で回っている。


「それでは創造力が育たないな。ただ形式的に質問に応じる人間を野に放ったところで、きっと同じことをする」


 首をぶんぶんと二人は横に振っているが、ユニもハナカの意見に同意できる。


「だから、訊き方を変えよう。……お前たち二人は生きるのと死ぬの、どっちが好みだ」

「生きるで」「死だ! そうだ、殺せば俺の思い通りになる! だから……」


 顔面蒼白者は前者、侮辱者は後者だった。

 ハナカは頷き、侮辱者の頭を銃で吹き飛ばす。


「良かったんですか?」

「彼が望んだんだから仕方ない。確かに彼は下級魔術師を誘拐し暴行を加えて精神崩壊させたりしたようだが、死ぬ必要まではなかったと思うんだが。よし、話を戻そう。お前は生きたいと言ったな。では、どうすれば生きられると思う」


 なかなかにサディスティックな質問だと思うユニの目前で、ハナカはつまらなそうにスマホを見ている。ハナカの鑑識眼ならこんな質問をする必要はないが、彼女は退屈なれど、手間を掛けていた。


「う、腕を差し出す」

「早速試して――」

「ま、待ってくれ! そ、そう、そうだ! どうしてお前たちはここにいた?」


 ハナカは応えない。彼は必死に頭を巡らせる。


「俺たちを罠に嵌めるためか? いや違う、違うよな?」

「罠なんて高度なものでもなかったがな」

「ここであった殺人! それについて何か知りたいんだろう? 違うか?」

「言ってみろ」

「ここで下級生が死んだんだ! 首を刎ねられてな! 何かの魔術で殺されたようだが、誰もまともに調べようとしなかった。犯人を特定することもない。貴族以外が殺されるのは日常茶飯事だから! 俺が知っているのはそれだけだ!」

「ああ、そして私も知ってる」


 男子生徒の顔がひきつる。少々哀れに思えてきた。


「幸い、お前は童貞のようだな」

「何言ってるんです師匠」


 予期せぬワードにユニは当惑する。


「重要なことだぞこれは。レイプ未遂犯としては。……で、童貞強姦未遂犯、お前は私の要望に応えた。だから、生きたいというお前の願いに応じてやってもいい。だが……」


 ハナカはユニに視線を移す。首を傾げるユニの前でハナカはリボルバーの撃鉄を起こした。


「我が弟子が許すかどうかは別問題だ」


 つまりはこの男の生殺与奪はユニへと託された……ということになる。

 しかしユニとしては特段恨んでいない。もう終わったことだ。


「えっと、私は構いませんよ? もう二度としないって約束してくれるなら」

「つまり、お前が再度罪を犯したら容赦なくぶち殺す、ということだ。恐ろしいな」

「そんな風には言ってないですけど」

「じゃ、じゃあ……」

「ああ、ま、一番被害者は別にいるが」


 希望を灯した男子生徒の顔はすぐに、ドラゴンに至近距離で睨まれた魔術蛙のように変わる。


「そいつはこれでいいと言っていたから、これにて終了だ」


 ハナカはリボルバーで男子生徒を殴り倒した。


「これでやっと本題に入れる」

「めちゃくちゃ時間かかりましたけど」

「執念深い人間ってのは怖いのさ」

「はい?」


 ハナカがドアノブを引くと、今度こそ無事に部屋の中へ入ることができた。

 そして、首無し死体と対面する。


「遺体……保存されているんですね」

「怒らせちゃダメだとわかるだろう?」

「意味がさっぱりわかりません」


 ショッキングな光景にもユニは慣れてきていた。なんなら死体の傍で普通に食事をできてしまうぐらいには。倫理観の欠如が著しい気がするが、業務上仕方のないことなので気にしてはいられない。別に好き好んで見ているわけではないし。


「遺体の保全をした人が犯人を特定すればよかったんじゃ?」

「それでは当てつけにならないだろう」

「だから」

「お前は半分理解していればいいんだ。半人前だからな」

「むぅ」


 ハナカは首無し死体の傍らに屈み、断面図を観察する。


「剣ですかね。いや鎌とか……意表をついてハサミとか?」

「凶器はなんだっていい。それにな、ハサミだけは絶対有り得ない」

「でも魔術に不可能はないんですよ?」

「ああ。だから惨たらしく殺されることだって可能だ。不可能なことを少しぐらい残しておけば良かったのにな」


 完全無欠ゆえに死もありき。魔術神は魔術師に不可能を可能にする英知を与えた。

 メリットもデメリットも。万能は必ずしもいいことではない。


「で、何かわかりました?」

「……防御痕がない。自衛することなくすっぱりだ」

「そりゃあ、そうなんじゃないんですか?」


 ユニはきょとりと部屋を見回す。荒らされた形跡もない。一目瞭然だ。

 しかしハナカはため息をついた。わざとらしく。


「お前は素晴らしいな。息をするように重要なことを見逃す」

「それって褒めてます? けなして――あいたっ!」


 久しぶりの輪ゴム。手で防御しようとしたが間に合わなかった。


「今、お前はどうにか防御しようとしたな」

「間に合いませんでしたけどね」

「今ので力量差がある程度わかる。魔術を用いた殺しなら、私たちのような魔力障害者でもなければ、常に防護魔術を張っているはずだ。物理的には無抵抗でも、魔術的には抵抗した痕跡が残る。一流の暗殺者が相手でもない限りは」

「だったら一流の暗殺者では」

「これのどこが一流なのかを百文字で語れ」

「いや、え、えっと……見事な切れ味で、抵抗する間もなく一瞬で首を刎ねて」


 指で文字数を計算――している間にハナカは立ち上がると室内を物色し始める。魔術錠を銃で撃ち壊し、箱の中身を眺める。


「貧乏人。絵に描いた下級魔術師だな」

「それはさっきの人たちが言ってましたよ」

「まとまったか?」

「まだ、ですけど。ちょっと待ってください……」

「何か貴重な物品を持っていた痕跡もない。こんな素人なら跡を残さず持ち去るなんて不可能だ」

「貧乏人なんでしょう? っていうか今、素人っていいました? え、じゃあこれって」


 ハナカは被害者の得物であろう杖を取り出した。低級の魔術鉱石が先端に取り付けられている。


「武装も貧弱だ。……どうして魔術師は皆杖を持ちたがるんだ?」

「魔術師っぽいから……じゃないんですか?」


 ユニもそんな理由で杖を持っていた。剣や槍は重かったし。


「自分に合った触媒も探さずに。バカの一つ覚えも大概だ」

「でも師匠だって最初は杖を使ってたって大師匠からおっふ」


 拳がみぞおちに食い込む。手で掴んだが威力を殺しきれない。


「まだまだだな、弟子」

「日々成長はしてますけど……」

「敵が褒めてくれればいいが。少なくともこの加害者は、待ったなしだったようだ」

「理由は、なんなんでしょう。憂さ晴らしとか……」

「じゃないことは、さっきの連中と見比べればわかるな」

「は、はいそうでした……」


 憂さ晴らしをしたければ、もっと直接的な手段を取るはずだ。無論例外も存在するが……今回のケースには当てはまらないだろう。たぶん。


「物取りというわけでもない。となると、何が残る?」

「今度はちゃんとした質問ですか?」

「私の話はそんなにわかりづらいか?」

「そりゃあもち……もちろん、わかりやすいですはい」


 ユニは苦笑しながら思考を回す。通り魔ではない。物取りでも。

 となれば憎悪犯罪だろうか。個人か、彼女の属するコミュニティか、どちらかに恨みを募らせて。


「誰かに恨まれてるとか」

「目立たない性格。学術的には中の下。実技は下の下。これといった特技なし……速読を含めなければ。家族構成は四人。いずれも下級魔術師。こちらも大人しさのサンプル。交友関係も狭く、その中での怨恨らしきものは見られない。彼女自身の交友関係も僅かで健全極まりない。精神関係はささやか、肉体関係は皆無。つまるところ処女。性的傾向は異性愛。ふっ、平凡極まりないな。ある意味、特別に思えるほどだ」

「んー、強いて言うなら異性愛オンリーって魔術師だと珍しいですよね」


 魔術師にとって異性愛は偶然、異性を愛したからに過ぎない。子孫を残すのに異性同士で付き合う必要はないのだ。例え同性同士でも魔術で子どもは作れるのだから。

 なんなら独身でも子どもは創造できる。もっとも、そんなことをわざわざするなら不老になればいいのだが。老いなければ、子どもを作る必要はない。


「お前は結構な変態だったりするのか?」

「どうしてです?」

「どうしてこんなにわかりやすいのに、そんな訳のわからないところが引っかかったんだ」

「いやだって……非の打ち所がない、としか。恨まれてるわけじゃないんですよね」

「そうだ、恨まれてはいない……この子はな」


 そのワードがようやっとユニに真相究明の糸口をくれた。


「……まさか」

「ようやくか、弟子。そうだ。この子は見せしめだ」

「仲の良い魔術師を恨んだ誰かに殺されてしまった?」

「大雑把には当たってるが、細やかには違う。被害者と本命の被害者には大した接点がなかった」

「どういうことです?」

「真の被害者はこの手の被害に悩まされてきた。それこそ、年単位でな。だからこそ、他者とのかかわりは避けてきた。この被害者とも当然。しかし運命とは残酷だ。この子はたまたま忘れ物をしてしまい、見かねた真の被害者は届けてしまったんだ」

「そんな情報……出てましたっけ」

「今出した」

「後だし止めて」

「恨んでいる魔術師にとっては、いい獲物だった。とりあえず殺せば影響を受けると思ったんだろう。そして実際、ある程度は成功した。もっとも、その程度で泣き崩れる女ではなかったが」

「女? 女なんです?」

「私が知る人物の中で一番執念深い女だ。その女は一つの計画を思いついた。今一番気にかかっている因子とこの事件を絡めることで」

「気にかかっている因子とは」

「これくらいでいいだろう」


 時計を確かめたハナカは一人満足した様子でプレートを取り出した。


「これを持って行け」

「理解が追いつきませ」

「しなくていい」

「いやそん」

「いいから行け」


 こうなった師匠は頑固だ。ユニはしぶしぶ指定された場所に向かった。


「確かにあいつはボンクラだ。全く」


 ハナカの呆れ言は当然耳には入らずに。



 ※※※



 標的の殺し方は様々だが、今回重要なのは殺しの方法そのものではなく、トドメの差し方だった。

 これに関してはたったの二択。苦しませるか否かでしかない。

 依頼人の指定に迷いはない。

 ならばガンウィッチも迷わない。


「因果応報と行くか」


 スマートフォンに目を落とす。画像に表示されているのは、貴族然とした身なりの青い髪の女子生徒だ。高級そうな宝石、高級そうなローブ、高級そうなスカートに高級そうなブーツ……。


「貴族のお手本」


 長年愛用し続けて汚れがあちこちに目立つ灰のコートの内側から、これまた傷が見え隠れするリボルバーを取り出す。手入れは怠っていないが、それでもやはり劣化してしまう部分はある。

 左手から、今度は単眼鏡を取り出して覗き込む。


「まんまだな」


 そして笑う。画像と全く同じ格好をしている標的を見つけて。

 マナ特製の透視単眼鏡は問題なくその性能を発揮していた。壁や物を透明化して、見たい物が見えている。レンズを調整すれば丁度良い透過度で対象の捜索に役立つ優れもの。

 マナは変人だが、彼女の作る物は一級品だ。

 ほくそ笑んだハナカは、不満げな表情の間の抜けたかかしを標的の後方に見つける。愛すべき弟子。

 厳密には部屋を五つほど挟んだ先にいる彼女へ、ハナカはイヤーモニターを耳に装着し電話を掛けた。


『何ですか?』

「声音だけ取り繕っても無駄だ。お前が不満に満ち足りてるのがよく見える。イヤーモニターをつけろ」


 弟子はスマホをしまって耳にイヤーモニターをつけた。これで両手でしっかりとプレートが持てる。

 そうでなければ困る。


『だって不満ですよ。よくわからないし』

「もう少し左だ」

『だから』

「すぐに全部わかる。一歩左にずれろ。プレートを胸の位置に」

『こうですか?』

「魔力を込めろ」

『は?』

「プレートに魔力を込めろ。魔術の修行だ」

『は、はぁ……』


 狐につままれたような顔をしたユニがしぶしぶ魔力を込めていく。


「じっとしていろよ。手は動かすな」

『魔力剤を飲まないと――』


 という弟子の言い分を無視してハナカは標的をもう一度見た。

 上機嫌な様子だ。たぶんここしばらく標的の機嫌は良かったのだろう。

 嫌がらせができたのだから。

 すぐにその表情が変わり果てることになるとは知らずに。


『聞いてますししょ』


 撃鉄を鳴らし、銃口を叫ばせた。

 弾丸が壁を通過し、標的の喉元を掠める。

 慄いた対象が懐から得物を抜いたところで。

 プレートで跳弾し、戻ってきた弾丸にその頭を撃ち抜かれた。


「ふっ」


 ハナカは銃と単眼鏡を仕舞い、魔力剤を早飲みする。

 オーダー通り事を進められたことに満足しながら。



 ※※※



 危うく心臓が飛び出るかと思ったが、今はそんなことよりも合流するのが先決だ。

 魔力剤を慌てて飲んだせいで少しムセながらも、ようやくたどり着く。

 師匠が標的を始末したであろう部屋を。

 部屋の中では、貴族風の女子生徒が後頭部を撃ち抜かれて死んでいる。


「師匠」

「怒るようなことあったか?」

「怒るようなことしかありませんけどね!」


 プレートで銃弾を受けたことは間違いなく怒る理由になるはず。


「ふっ。お望みの答えだ」

「貴族とは思ってましたけど……あ」

「何か見つけたか?」


 意外そうな顔をする師匠の前へ、落ちていたそれを差し出す。


「これ……ハサミ、ですよね」


 無駄に宝石で装飾が施されたそれは、凶器にもなる日用品。

 ハナカが絶対有り得ないと断言した代物だった。


「……行くぞ。仕事は完了した」

「いやちょっと! 待ってくださいよ! 何か言うことはないんですか!」


 慌ただしく二人は部屋を出て行く。

 対照的な姿で。

 そんな二人を観察している者がいると、気付く者と気付かぬ者にわかれたまま。

 

 

 ※※※



「依頼は完遂。ボンクラさんたちは流石ね」


 ガンウィッチは良い仕事をしてくれた。相手と同じ手口をそれ以上に上手く行うことでこちらのメッセージは確実に届いただろう。


「しつこい奴は嫌いだわ。男も、女も」


 ちゃぷ、と水が鳴る。湯舟の中で足を組み替えたクリスタは何気なく自身の胸元を眺めた。綺麗な肌と豊かな胸。それ以上に目立つのは身体に刻み込まれた古傷だ。

 魔術によって消せる傷だった。もし生まれたままの姿が気に入らなければいとも容易く整形できる。無論、よほどセンスがよくなければただ姿形が変わるだけの残念な結果になり果てるが。

 幸い、クリスタは自身の見た目を気に入っている。

 この傷も必要だから残している。

 そっと傷を撫でた。

 直接的な痛みはない。

 しかしあの記憶が思い出される。


「ごめんなさいね、ボンクラちゃん」


 息を吐いて目を閉じる。

 あの子のことを片時も忘れたことはない。

 この執念が芽生えた時から。


「今は平気。でも、いずれ……」


 クリスタはもう一人のことを思う。

 ユニと同じくらい網膜にこびりついて離れない魔術師のことを。

 時計の針は進み続けている。

 チクタク、チクタク、止まらない。

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