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ガンウィッチ  作者: 白銀悠一
チャプター1 偶必然の前奏曲
7/20

世界を股に掛けた。車で

 その振動は大仰に。その音源は高らかに。

 森林の中を突き進む鋼鉄は、大地と天空を震わす勢いで吠えている。

 その中で座る二人はしかし、表情が対照的だった。

 運転席の女性は楽しげに。助手席の少女は青色に。

 すなわち――ユニの顔色は蒼白だった。


「師匠、停め、停めて……!」

「こんなところで停車しても何もない。キャンプまではまだかかる。それにな、さんざん説明したが、こちらでは時間が惜しい。あの許可証はこちらに入ることを許すだけで安全までは保障してくれないと――」

「わかってます! わかってますから! 一度停めて! じゃないと、じゃないとぉ……うっぷ」


 口元を押さえる。自分の身体に何が起きているのかはなんとなく理解できる。

 ハナカが自動車(ジープ)という人間界の乗り物を運転していることも。なぜこちらに来ているのかということも。

 だが、この感覚は全てをどうでもよくしている。大師匠(アレックス)と出会った時のコレも最悪だったが、甲乙つけがたいくらいにこちらも最低最悪だった。


「そんなに苦しいなら使えばいいだろう?」


 にやにやとハナカはユニを見る。


「魔術を」

「……っ」


 いつもなら言い返すところだが、今の状態のユニには天啓に聞こえた。慌ててポーチを弄り、魔力剤を取り出す。いくら魔力障害者と言えども、自身の体調を回復させるぐらいはできるのだ。

 どうにかこうにか術式を頭の中でイメージし、魔術を発動しようとしたところで、


「それが死因にならなければいいな」

「なんですっ」

「魔力剤には限りがある。魔力障害者にとって、魔力剤なしの魔術行使は行動不能を意味している。そんな危険な状態から復活する術を、車酔いを止めるために使っていいものなのか……よく考えることだな」

「で、も、ですけど……ひゃっ!?」


 オフロードを走るジープが岩に乗り上げて跳ねた。その衝撃は当然、ユニの胃をぐちゃぐちゃにかき混ぜる。シェイクされた胃の内容物が、当たり前のように逆流し――。


「おえええええ!」


 綺麗とはお世辞にも言えないそれを、車外へとぶちまけた。

 こうなったのも全て、こちらに来たせいだ。

 ハナカが生まれた世界――ゲートによって繋がる人間界へと。




「本当に行く必要があるのか?」


 コーヒーを飲みながらも、ハナカの疑心は光り輝く。その煌々とした視線に射抜かれたフォーチュンは飄々としている。


「俺が不必要なことをしたことがあると……おっと、銃を意識するな」

「向こうならいざ知らず、こっちに銃刀法はないし、武器を向けただけで逮捕される心配もない」

「だからと言って気軽に使い過ぎだろう。そのうち向こうでもやらかすぞ」

「私は常識に従って動いているだけだ。郷に入れば郷に従え。こちらならこちらなりに、向こうなら向こうなりに。私ではなく、対応力に欠陥がある弟子の心配をしたらどうだ?」

「私の悪口は聞かせてくれるのに、肝心な中身を聞かせてはくれないんですね」


 ユニはふくれっ面でスコーンをテーブルに置いた。同居人が増えたため、料理のバリエーションも増え、味の向上にも努めている。魔力障害者にとって、一瞬で調理できない料理など時間の無駄でしかなかったが、今は違う。

 熱心に教えてくれた両親の知識が生かされている、と感じる。


「悪いのは耳と頭どっちだ? 両方か? 毎回懇切丁寧に伝えているんだがな」

「どっちも健康ですよ! ふん、いーですよ。……こっちには秘策がありますし」


 大師匠に教えてもらったハナカのあれやこれやが。一連の依頼にはなんらかのつながりがあるように感じている。自らの直感は間違いではないはずだ。しかし師匠は秘匿。情報屋も無言。おまけに口は悪い。

 ただまぁ、この関係性は嫌いではなかった。悪い口でもまともに会話できることがどれだけありがたいことか。

 今まで自分に話しかけてきていたのは、故人の両親を除けばクリスタ一人。

 その唯一の話し相手も割と一方的だった。


「まぁいい。やるんなら手早くやろう」


 ハナカはコーヒーを一気に飲み干すと立ち上がる。ユニの渾身の一作は皿の上で来たるべき時を待ち構えたままだ。


「食べないんです?」

「お前の料理はおいしくない。ただあと」


 訂正しよう。時折ものすごくイラッとする時がある。


「いいですよ、もう!」


 スコーンを口に頬張り、二階へと上がっていく。確かにまだまだ研鑽の必要性は感じる。ちょっと甘めに作り過ぎた。

 母親は、料理を上達させるコツは食べてもらう相手を見つけることだと言っていた。


(もうちょっといい人が良かったんですけど!)


 不平不満を思いながら階段を鳴らしていく。それでもユニは結局、師匠の元へと戻るのだ。


「……寄越せ」

「え? 嫌だぜブロッサム。とりあえず俺みたいなキュートでクールなドッグに言わせてもらえば、言葉は素早く紡ぐことだぜ」

「チッ。人の話を聞かない弟子に、酔い止め薬のことは伝える必要はないな」


 一階でハナカが不機嫌になっていたことは当然、知らぬまま。



 ※※※



 グロッキーな状態の弟子は、窓から身を乗り出して愉快な顔をしている。

 訂正、辛そうな表情で息を漏らしている。


「なんで、停まったんです……? 私が求めた時も走り続けていたのに」

「必要だからだ」


 ハナカは弟子を置いて森の中へと入った。しばらく歩くと、幻想的な森の中で似つかわしくない連中が現れる。

 その集団の一人に、ハナカは声を掛けた。


「おい」

「おい、おいおいおい! こんなところで奇天烈な格好をしたお嬢さんと出会えたぜ。良ければ俺たちと」


 爛々と目を光らせる男の素性をハナカは知っている。必要な行為だからとは言え、無実の人間を手に掛けることは好まない。どうせなら、こういう奴がいい。

 少女を誘拐し犯し、殺した後に遺体を埋めているようなドクズ辺りが。

 返答は銃声。全て命中しているのは股間だ。あの世で使い道はなさそうだし。

 ハナカは男のポケットを弄り、目当ての物を回収した。


「グロックか。まぁいい」


 魔術ポーチにしまい、運転席へと戻る。


「銃声が聞こえましたけど」

「ガンウィッチの行くところ銃声あり、だ。もう吐くんじゃないぞ」

「師匠だって昔吐いてたって……」

「おっと失礼」


 急発進するとユニが悲鳴を上げた。涙目の弟子を差し置いて、ハナカはアクセルペダルを踏み続けた。



 ※※※



 地獄を潜り抜けた先にあったのは、天国ではなく。


「キャンプ……ですか?」


 ユニの瞳に映るのは小規模のキャンプだ。テントに多目的テーブル、持ち運びが簡単なチェアーに、錆びた鍋とぱちぱち火花を散らす焚火。

 その周りに集う人々の顔は、お世辞にも明るいとは言い難い。

 歓迎的だとも言えなかった。キャンプ場全員の視線を浴びている気がする。


「今度は目が悪くなったのか」

「念のための確認ですって! いいでしょう!? うっぽ」


 まだ胃が不平不満を叫んでいる。鼻を鳴らすハナカがテント郡を進んでいくのを、ユニはふらふら足でついていく。

 痩せ細った大人と子ども。絶望感が漂うテントの隙間を縫って。


「魔術師……ですよね?」

「目」

「念のためです」


 憐れむハナカに言い返すと、彼女は師匠としての役割を、ユニが望むより遥かに少ない量で行い始めた。


「外れ者たちの避難先だ。お前が以前、そう思ったように」

「人間界なら、ここよりマシかもしれない……」


 ユニはほんの一時だけそう思ったことがある。魔力障害者にとって、魔術界は地獄でしかない。遊び感覚で殺されるより、新天地に向かった方がマシだと。


「楽園じゃなかったんですね……やっぱり」

「どっちが良かったか、などとは言えないがな。生きている分、こちらの方がマシかもしれない」


 しかし問題なのは、どちらでも死の恐怖と戦わなければならないことだ。


「ここにいる連中は穏健派だ。向こうで罪を犯したわけでもない。最下級魔術師というだけで無意味に殺されそうだから、死に物狂いで逃げてきたんだ」

「……受け入れてはくれないんですよね」

「人間界には魔術嫌いに特化した組織がある」

「魔術狩り……」

「こういうキャンプをつけ狙うのはマスケティアーズのようなエリート集団ではなく、弱い者いじめが大好きな奴らだ。逃亡した穏健派は大抵物の分別を弁えている。迷惑はかけないから居させてくれ、と謙虚な物言いをする魔術師たちを喜々として殺すのが奴らだ」

「つまり今回の依頼は――」

「話は後だ。ついたぞ」


 今まで通り過ぎた個人キャンプとは違う、集会所らしき巨大なキャンプの前で二人は立ち止まる。すると、中から人影が現れた。優しそうな女性だ。


「よくぞ来てくださいました。ガンウィッチ。話は聞いております。彼女から」

「失礼」


 ハナカはいつも通りずけずけとテントの中に入る。ユニは慌てて会釈するとその後をついていった。

 先程挨拶してくれた女性はマルハと言うらしい。穏和を絵に描いた女性で、逃亡者たちからの信頼も厚い。


「端的に済ませよう」


 ハナカは退屈そうに髪の毛を弄んでいる。その無礼な態度はユニの肝を冷やしたが、マルハは穏笑を保ったままだ。


「あなたは多忙なお立場。簡略に説き明かします。マジックハンターです」

「やっぱり」


 見事に合点がいく。ハナカが説明しなくとも、こうして自力で把握することができるのだ。そろそろ師匠は弟子の有能さに気付いた方がいい。

 などと心の中でどや顔をしている弟子の隣で、ハナカはスマートフォンを眺めている。


「付け狙われているのです。我々は彼らに狩られないため、定期的に場所を移動していますが……」

「地図アプリに載らない中立地帯は人間界に山ほどある。そちらがキャンプ場に選ぶのは危険度の低い地域のようだが……」

「それでも、狙われてしまうのです。彼らに目利きがいる、としか」

「ところで、避難場所の選択はあなたが?」

「ええ。詳しい友人が降りますので」

「友人……ね。わかった。行くぞ、弟子」

「もうですか? はい!」


 ハナカは早速ジープへと戻る。ユニは覚悟を決めて助手席に乗り込み、シートが倒れる音を聞いた。


「なぜ、寝てるんです?」

「言わなくちゃわからないか? 眠いからだ」

「で、でも敵が来るかもしれないんですよ? にっくきマジックハンターが!」

「会ったこともない奴は憎めない。クズだとは思うがな」

「でしたらば」

「言っただろう? クズだと。寝てても問題ない。……こういう任務は嫌いだ。わかりきっているのに、待つしかない」

「直接対決するんですね……マジックハンターと」


 ハナカはイラっとした眼差しをユニに向ける。眠りの妨げになっているのだ。


「静かにしろ」

「ところでですね師匠。私は友人が怪しいと思うんですよ。だって、マルハさんに情報を渡してるのなら、どこに逃げるかはわかるはず。マジックハンターに情報を売るのだって容易い……」


 次の命令は銃で語られた。ゴム弾をおでこに打ち込まれたユニがジープの外へ強制退去。背中をぶって痛がっていると、突然日陰ができた。

 不思議そうに子どもが覗き込んでいる。


「何してるんです?」

「こっちのセリフ。お姉ちゃん何してるの?」

「これは……修行ですよ。銃に撃たれる修行! あえてその身に銃弾を受けることで、次に撃たれても平気なようにしてるんです」


 ほこりを払いながら立ち上がる。背後で大きな音を立ててドアが閉まり、軽く肩が震えた。


「変な人。その修行意味ないよ」

「そんなことは」

「だって、撃たれたら死んじゃうもの。お父さんみたいに」

「まぁ、そうですかね」


 にっこりと笑う。その反応が意外だったのか、子どもは目を丸くした。


「気にしないんだね」

「いや、悲しいことだとは思いますけど。私の両親も殺されてますしね。割とスタンダードじゃないですか? まったく気にしないのはどうかと思いますけど、気にし過ぎはよくないんです」

「変なお姉ちゃん」

「ところで、お暇ですかね?」

「逃亡者に暇なんてないよ」


 という少年は手持無沙汰にしか見えない。これも修行の一環です、とユニは呟いて、


「じゃあ案内してくれますか。キャンプをまんべんなく、全体的に」


 キャンプの中は上辺通りのものだった。贅沢な暮らしとは無縁で、質素とすら言えない。生きるために生きている。多くの余裕がある人間には想像もできない暮らしだ。

 それでも確かに生きてられる分、向こうで死ぬよりはマシなのだろう。


「お姉ちゃんたちは立派に暮らせてるんでしょ?」


 少年が素朴に訊く。恨みも妬みもない純粋な興味による問いかけだ。


「あれを立派と言えるかはわかりませんけど。一日に最低一回は死に掛けますし」


 ハナカの庇護はあれど、死とは常に隣合わせだ。もっとも、自らの意思で死線に身を投げ出せる分、立派な暮らしではあるのかもしれない。彼らに比べれば。


「大変なんだね」

「まぁそうですねぇ。充実はしてますけど。魔力障害者にしては」

「お姉ちゃんも魔力障害者なの?」

「あ、君もですか。道理で波長が合うと思いました」

「魔力障害があるのに、戦うの? 戦えるの?」

「やり方次第だって最近思い始めましたよ。勝つことと強いことは別物なんだって。それに、相手を倒すことだけが正解じゃありません。そう、師匠が教えてくれました」

「あの人、そんなにすごい人なの?」


 ユニは笑顔を浮かべて、


「すごい人ですよ! ただ……」

「ただ?」


 その笑顔をどんどん曇らせていく。


「失礼すぎる部分があります」

「へぇ」

「他者に敬意を払ってません。あの程度のコミュニケーション能力でよく生きてきたなって思っちゃうレベルです」

「はぁ」

「というか弟子に対する態度が酷すぎです。すぐに銃を撃ちます。私、ググりましたよ。向こうじゃセーフですけどこっちじゃ絶対アウトです。逮捕です。銃刀法違反です。銃に対する認識が激甘なアメリカだって、スワットとかその手の特殊チームが出動するレベルです」

「えっと……あ」

「大師匠とは比較になりませんよ全く。正直私より子どもなんじゃないかって思っちゃうレベルです。でもね、私聞きました。可愛いとこもあるんですよ? 実は辛い物が苦手で間違って食べちゃうと涙目になって水を求め続けるらしいんです。ですから、今度私、食事に激辛な調味料をこっそり混ぜ込もうと思っていてですね――」

「なるほど。それは良さそうだな」

「ですよね師匠! え、師匠……?」


 景気よくトークを撃ち放っていたユニは、


「お前が何を企んでいたのかはよくわかった」


 隣が少年ではなく、ハナカに置き換わっていたことにようやく気付く。


「いやですね師匠。これは小粋なジョークという奴でえぶっ」


 言い訳は拳で遮られる。顔を押さえるユニと拳に息を吹きかけるハナカ。


「修行だぞ弟子。拳で殴られる修行」

「そういうところですよ師匠……」


 脳震盪を起こしたユニは大の字で倒れて気絶した。




「よく眠れたようだな」


 ジープの助手席で目覚めたユニに師匠は得意げに語り掛ける。ユニは頭をさすりながら身体を起こした。


「あれを眠ったと解釈するなら、ですけど。良かった。痛くなってない……」

「夜戦が想定されるのに、だらだらと出歩いてるのが悪い」

「そういう時、物理じゃなくて言葉で説明してほしいですね」

「他の奴ならな。だが、私の弟子なら別だ」

「その特別扱い、あんまり嬉しくないんですけど……」


 周囲は暗闇に包まれている。星の輝きが世界を照らしているが、太陽の光には及ばない。ランタンの類は灯っていなかった。マジックハンター用の対策だろう。


「そろそろだな」


 ハナカがスマートフォンを確認する。しかし魔術の類が反応する様子はない。


「感知魔術が展開してあるんじゃ?」

「夜闇で灯りをつけるのと同じだそれは。バカ言ってないで行くぞ」

「魔弾はどうします?」


 ハナカの顔が鬱陶しさを全面に出したものへと変化する。


「魔術狩りに魔術を使うのはなしだ。そんなこともわからないのか?」

「え、いや、聞いてないですけど」

「言ってないから当然だ」

「だから言ってくださいってば!」


 車から降りるが、人々は見張り番を除いて眠りについている。ハナカは彼らに警告することもなく森の中へと入っていく。


「いいんですか?」

「判断の良し悪しは私たちがどう動くかで決まる」


 ハナカの後ろをとことこついていくユニは、彼女が無警戒であることに気付いた。

 油断と隙を振りまいている。しかしこれは誘蛾灯替わりなのだと、ユニは以前に学んだ。

 そして哀れな蛾はすぐさま姿を現す。


「迂闊だな、お嬢さん方」


 わざわざ声を掛けてきた事実にユニは驚いた。マジックハンターにはライセンスがある。人間界に渡ってきた魔術師を合法的に殺せる資格が。

 無論、倫理的な魔術狩りであればいきなり狩ることはないだろうが、連中はクズだと聞いていたのに。


「クズだからだ」


 ハナカがユニの疑問を解消する。


「仕事熱心な奴なら形式的なセリフを述べるか、語る前に殺してる。しかし、遊び感覚でいたぶりたい奴なら、とりあえず声を掛けるだろうな。相手の反応を楽しむために」

「そういえば今までのアレな人たちも全員そうでした」


 合点がいく間にも、狩人たちは姿を見せずに話し続ける。優越感に浸りながら。


「ここは人間の土地であり、世界だ。お前たちの居場所などない。語るまでもない当然の事項だ。神の下した決定だ。そんなこともわからぬ知恵遅れかつ咎人には、天からの誅罰が必要だ。そう思うだろう?」


 複数いる狩人の笑い声が響く中、


「なぁ、酒は家にあったか?」

「あるはずないでしょう。私、まだ飲めませんよ。それに魔力障害者ですから魔術で帳消しにするのも一苦労ですし」

「気の利かない弟子め。なら帰りに買っていこう。こっちの銘柄で好きなビールがあってな」

「おぉおおい! 何ごちゃごちゃ言ってる!」


 自身の言葉が相手に届いていないと悟った狩人が声を荒げる。


「愚かな豚め! お前たちは神にささげる生贄だ! そして、我らが神は供物の味見を許されている! ゆえに、お前たちはあうあうあう!」


 言葉が途切れた理由は、その姿形を見れば明白だ。足を射抜かれたのだ。

 灰色のスコフィールドリボルバーによって。


「うるさいぞ。こっちは重要かつ重大な話をしてる」

「貴様!」


 殺気が周囲に充満する。そんな中、ハナカは自然体で訊ねてきた。


「今日はどっちだ? 殺しか不殺か」

「アレな人たちですけどやっぱ殺しはなしで!」

「そうだ。今日はそれでいい。来るぞ」


 ハナカが銃を鳴らしたと同時に、ユニもエンフィールドリボルバーを叫ばせる。

 しかし弾は外れる。ユニの脳裏に駆け巡るのはマジックハンターという在り方についてだ。

 人の身でありながら、魔術と対等、或いはそれ以上に戦える者たち。

 そんな連中相手に、戦えるのだろうか。優秀なガンウィッチである師匠はともかく、未熟な半端者である自分に。

 しかし敵は待たない。ハナカが常々言っていたように。

 目前へと迫ってきたマジックハンター。黒いコートにハットを被る魔術師の敵はその手に持つ剣を振りかざし、ユニは反射的に自衛行動に移る。

 拳を打つ。当たらぬと知りながらも。

 そして驚愕する。見事に顔面へとめり込んだことに。


「あれっ。弱い」

「言っただろう? クズだと」


 驚いているのは敵も同じだ。有り得ない、と狼狽している。


「お前たちのような三流魔術師の魔術は、祝福されし護符によって無効化されるはず! なのになぜ――」

「性格もクズなら頭もバカのようだな、こいつら」


 木に跳弾した銃弾が単発式のライフルを構えている女の両腕を撃ち抜く。


「これが魔術に見えるのか?」


 近接戦を挑むハンターを地面に投げ飛ばし、その頭を銃で殴打するハナカ。

 ユニも負けじと手近な敵を銃で撃つ。腕や足を貫かれて、戦意喪失するハンターたち。

 気付けば、無力化した魔術狩りたちが周囲を転がっていた。


「これで全員ですかね?」

「さて……」


 ハナカはスマホの画面をチェック。マジックハンターたちの顔ぶれを確認し、


「見つけた」


 両腕を撃ち抜かれて苦悶に呻いている女を引きずり出す。

 全員に見える位置へと移動させ、懐から見慣れない拳銃を取り出した。

 以前見せてもらったマナの店のカタログによれば、グロック17だ。ハナカがガンウィッチには相応しくないと言った自動拳銃。

 それを女性の頭に突きつける。間髪入れずに脳漿が飛び散った。

 慄く狩人たち。そんな彼らに師匠は告げる。


「こいつみたいになりたいか?」


 悲鳴まみれの世界がしんと静まり返る。その返答が意味するところはノーだ。


「なら、教えて欲しいな。内通者について」


 狩人たちは視線を交差させる。迷いがあるのだろう。生きるべきか、死ぬべきか。

 それは魔術狩りとして僅かに残っていたプライドなのかもしれない。


「ちなみに私は見当がついてる」


 その言葉に全員が凍り付く。


「いざとなればどうとでもできる。これは時短のためだ。死にたいと言うのなら、私はお前たちの意志を尊重し、丁重に葬らせてもらう。では、おやすみの時間だ」


 ハナカがグロックの銃口を別の男に合わせると、大声が響いた。


「待ってくれ! 言う! 言うから!」

「素晴らしい」


 ハナカが男へ歩み寄り、彼の命乞いを聞く。ユニも聞こうと足を動かしたその時、


「そこまでです、銃使い」


 声がした。背後から。誰かが近づいたことすら気付けなかった。

 白い狩人装束に、純白のハットを被る女性。ハナカより年下で、ユニより年上だろうか。

 その佇まいの質が、地面に転がるマジックハンターとは違かった。凛とした眼差しと、適度に伸ばした黒髪に、ユニは目が離せない。身体が硬直してしまっている。

 対してハナカの様子は変わらない。ポーカーフェイスだ。


「マスケティアーズか」

「ご明察。この地で魔術師による魔術狩りの殺害が何を意味するのか、知らないわけではないのでしょう」

「なんのことだか。無力化したが、殺してはいない」


 マスケッターは頭に穴が開いた女性の死体を見る。


「彼女は?」

「おっと、いつの間に死んだんだ? 懐に銃でも隠し持っていたかな。弾を調べればわかると思うが、私の銃じゃない。そこでカカシみたいに突っ立ってる弟子のでもな」


 いつの間にかグロックはハナカの手元から離れ地面に落ちている。

 だとしても、流石に苦しすぎるのでは、とユニは思う。女性も全てを見抜いているような眼差しだ。


「ここに来る途中、森で死体も見ましたが。あなたの銃では?」

「線条痕でも調べてみるか? 違うと思うがな」


 銃にある線条痕(ライフリング)は同じ物が存在しない。ゆえに、人間界では使用された銃器の特定に使われることもあるのだが、ユニは前以て聞いていた。線条痕は魔術で書き換えられるし、なんなら物理的に銃身を変えてしまえば特定されることはない、と。


「名前はなんだ?」

「カザミと」

「日本人、或いは日系人か。親しみやすい顔をしている」

「戦場で顔の親しみやすさに関係が? ガンウィッチハナカ」

「博識で結構。その死体だが……何をしていた連中だったんだ?」

「強姦した少女を埋めていたようでしたね」

「だったら、別にどうでもいいことかもしれないな。それに、そこの女だが、偶然、私はそいつの経歴を知っていてな」

「保護を求めてきた子どもたちをおもちゃにして殺したこと、ですか」

「随分な事情通じゃないか。それで……戦うのか?」


 空気が引き締まっていく。固唾を呑んで見守るユニの前で、気配が急転する。

 するりと。カザミと名乗ったマスケティアーズから闘志が失せたのだ。


「いいでしょう。こちらとて不必要に事を構える気はありません。このように好戦的な連中には手を焼いていたところでした。無用に死人が増えては困ります」


 カザミは転がるマジックハンターたちを眺めた。同情は欠片も含まれない視線だ。

 余計な仕事が増えてしまった。そう言いたげな。


「それはどうも」

「こちらは私が処理した方が穏便です。しかして、そちらは任せますよ」

「そちらって……なんです?」


 事情通同士の会話についていけないユニの問いかけを、ハナカは露骨に無視する。

 至極当然のように立ち去り始めた。


「待ってくださいよ師匠!」


 薄情な師匠の背中を追いかけながら、ユニは背後をちらりと一瞥。カザミがあの場から動かないのを見て取って、ハナカに小さく話しかける。


「やっぱりあの人もグルなんじゃ」


 どう考えたってタイミングが良すぎる。そう思うのは不自然ではないはずだ。

 だが、ハナカはつまらなそうな顔をした。つまりは、ユニの推測は間違っている顔だ。


「違うぞ。あれは飛び抜けて優秀なだけだ。依頼で鉢合わせないように祈るばかりだな。あんな手合いとは」

「飛び抜けて、優秀ですか……」


 ハナカが敵を――厳密に敵かどうかはわからないが――を褒めたのは初めてだ。なんなら仲間だって、可愛い弟子だって滅多に褒めないのだから、より異質だった。


「マスケティアーズは基本的に有能だ。ある程度の実力……戦慣れしていない調子乗りの上級魔術師であれば瞬殺できる力量はある。だが奴は……調査能力に長け推察もできて倫理観も比較的まともだ。技量も見ればわかる。まず間違いなくお前は殺されるな」

「……師匠はどうなんです?」


 事実を言われたユニのささやかな反撃にハナカは応じない。


「そうこうしている間に到着だ」


 難民キャンプに戻ってきたハナカは迷うことなく集会所の入り口へ向かう。

 安堵の表情を浮かべたマルハに迎えられる。


「よくぞお戻りに。あなた様方のおかげで私たちは救われました。ではどうぞこちらに……。お食事を準備していますので」


 お言葉に甘えようとしたユニはハナカの手で止められる。穏和な笑顔のマルハへと強い眼差しを向けた。


「なぁ、なんて聞いていたんだ?」

「は?」

「私たちのことだ。この場合、厳密には私のことだな」

「ガンウィッチについて、ということでしょうか? それはもちろん極めて優秀な魔術傭兵であると――」

「つまり、魔術をろくに使えない役立たず、とでも聞いていたか。こいつはクレーム案件だな、全く。体よく利用されるのは好きじゃないんだ」

「師匠……?」


 マルハと同じくらい困惑するユニをハナカは気にしない。


「しかしあなた方は、彼女の紹介で私が依頼を――」

「お前はどうも、あの女を日和見の偽善者だと思っているようだが」

「あの女って誰なんでむぐ」


 ハナカはユニの口を押さえて発言権を奪う。


「私に言わせれば魔術界のジャンヌ・ダルク。庇護すべきと思う相手には聖女だが、敵は容赦なく叩き潰す。イングランドのようにな。史実のジャンヌの栄光は二年程度だったが、あいつはまだ生きていてしかもお前を認識した。叩き潰すべき敵だとな」

「むぐもも!」

「何をおっしゃって……」

「ああもう面倒だ」


 銃弾がマルハの左胸を射抜く。倒れた拍子に彼女の手からナイフが転がった。


「撃っちゃったんですか!?」


 発言権を得たユニの驚愕をハナカは涼しい顔で受け流した。


「撃ったぞ。ビールが待ってるんでな」

「でも……」

「そのナイフが証拠だ。鈍感なお前は気付かなかったようだが、キャンプに戻った時から殺気を振りまいていたぞ。香水のようにな」

「殺気の香水ですか……?」

「それに、向こうに用意してあるお食事とやら。毒入りだ」

「毒!?」

「大方、殺されるはずの私たちが戻って来て慌てて拵えたんだろう。計画はご破算だな」

「……ごほっ。奴隷である人間に縋るゴミに正義の鉄槌を……下す、ために……。魔術狩りなどという愚者を利用していた私の計画を……よくも」

「そういうのいいから」


 ハナカが虫の息のマルハにとどめを刺す。さてビールだ、と喜んでいる師匠と共に集会所を出ると逃亡者たちに囲まれた。怒る者、悲観する者、無気力になる者。反応は様々だが、未来に絶望していることは確かだ。


「どうします……?」

「私にできることは限られている。やれることはない」

「師匠!」


 糾弾する眼差しを向けた弟子に対し、ハナカは、


「私にはな。紹介状がある。あの女から、この世界で気ままに過ごす御老体への」


 ほくそ笑んで手紙をポーチから取り出す。すると周囲が光に包まれて庭園へと姿を変えた。

 否、キャンプにいた全員を庭園へと転移させたのだ。


「ようこそお越しくださいました。向こうにお茶を用意していますので、どうぞこちらへ」


 眼帯をつけた隻眼の老人が逃亡者たちを誘う。全てが光り輝いているような美しき庭園から、大きな屋敷の方へ。

 たまらずユニが声を上げた。


「ここは魔術界……?」

「人間界だ。国家管理の土地なら難色を示す奴も多いだろうが、完全な私有地だからな。文句を言う奴はいないだろう。人数制限はなく、物資が尽きることもない。争いもない。それぞれのプライバシーも保障され、生命の危険は存在しえない」

「でも魔術狩りが……」

「いいから戻るぞ。ビールが私を待っている」

「師匠! あっ!?」


 唐突に光に包まれる。いつの間にかジープの助手席に座っていた。

 夢から覚めたような気分だ。しかしハナカはいつも通り、


「楽園からはおさらばだ」

「楽園……さっきのところは、この世の……迫害される魔術師にとっての楽園?」

「そうなるな」


 頷いて、ハナカはユニを見つめてきた。ポーカーフェイスの中に含まれる、真剣な眼差し。様々な色が見える。

 試しているようにも、怯えているようにも、期待しているようにも。


「あそこが良かったか? 魔力障害者だろうがなんだろうが、無関係のところだ」

「何がです?」


 しかしユニはハナカの言いたいことがわからない。首をきょとりと傾げた。

 ハナカはため息を吐く。だが、サイドミラーにはうっすらとした笑みが映っていたことに、ユニは気付かない。


「じゃあ、帰りは飛ばすぞ。飲みながら帰ろう」

「う、うわっ師匠飛ばさないでくださいよ! っていうか、お酒って飲みながら運転しても大丈夫なんです? 魔術界では酔い状態での移動魔術は推奨されないって習いましたが……調べてみよ」

「おいおいスマホ見てると酔うぞ」

「ってやっぱり禁止されてるじゃないですか! 飲酒運転はダメですよ! おっぷ」

「お前だって酔っぱらってるじゃないか」

「酔ってません! まだ! それに酔いのベクトルが違います!」

「そもそもな、弟子。飲酒運転がダメなのは法律で禁止されているからだ」

「人道的な理由もあるんじゃないでしょうか!」

「しかしここは中立地帯。法律はなし。人もいない。いてもせいぜいが犯罪者。轢いてもセーフどころか感謝される。つまりオールオッケーだ」

「ありです! 大ありです! おふぅ……また胃が暴れて」

「お前に合わせてやると言ってるんだ。優しいだろう?」

「ダメ、飲酒運転ダメ絶対! うきゃっ! 師匠、スピード落として! 師匠!!」


 魂の叫びが中立地帯に響き渡る。高鳴るエンジン音を添えて。

 ちなみに、飲酒運転は行われなかった。飲酒しようとしたらゲロをぶちまけてやる、というユニの捨て身の交渉のおかげで。



 ※※※



「腐っても魔術狩りか。全員見事に逃げ出した」


 カザミは放置していた魔術狩りが全員逃げたことを知りながらも追跡しなかった。連中の目的はわかっている。むしろこれは彼らにとって得になることだ。

 ガンウィッチとの約束も裏切っていない。


「へぇ、なかなか柔軟な発想をしたんだな」

「マスター」


 背後から声を掛けられて応える。かつての師に。漆黒のコートと帽子。

 マスケティアーズとしてそれほど奇異ではない格好の男にカザミは畏敬の念を抱いている。


「あいつの弟子に会ったって聞いてな。まぁ、遅すぎたのは否めないが。いいよなあいつ。自由に動けて」

「実力者であることは間違いありません。あのように柔軟な発想ができる魔術師というのは、難敵です」

「敵かどうかを決めるのは君だがね。守護精霊にも気に入られているようだし」

「戦場で出会わないことを祈りましょう」

「勝てそうだったか?」


 カザミは応えない。マスターは笑い、


「で、本当に追跡しないのか?」

「ええ。なにせ、今頃は……」



 ※※※



 彼らを突き動かしていたのは復讐だった。

 憎むべきガンウィッチ。しかし彼女たちを殺すだけではつまらない。

 彼女たちが守った者を蹂躙し、精神的衝撃を与えた後で、肉体的苦痛をもたらさなければならない。

 つまり死を。

 ゆえに、その第一段階をやり遂げるべく、地図に載らない島へと訪れた。


「腑抜けのマスケティアーズや狩人連盟では手を出さない孤島。しかし、ここには大量の魔術師がいるとわかっている……ヘテナの敵討ちだ。行くぞお前ら」

「おや? 皆さん、紹介状も招待状もないようですが」


 殺気に満ちた集団は、声を掛けられてようやくその存在が眼前に立っていたことに気付く。隻眼の老人が。


「死にたいのか、爺さん」

「私は来客を拒みません。しかしどうやらあなたたちには由々しき問題があるようです」

「これのことかい?」


 マジックハンターの一人が喜々として銃を取り出すが、老人は取り合わない。


「いえそんなものはどうでも。しかして、問題なのはその悪意ですね。私とて、人に潜む情念を否定する気はありません。だが、私の元で過ごす方々に対する悪意を持ってして、ここに入られるのは実に困る」

「だったらどうす――」

「ええ、ですから申し訳ないのですが……その悪意だけは、滅させていただきます」


 そう老人が呟いた瞬間、マジックハンターたちの瞳で燃えていた復讐心が完全に消滅する。笑顔を浮かべた彼らは、無邪気に走り出していた。


「どうぞ、私の家にいらっしゃい。手狭ですみませんねぇ。満足していただけるとよいのですが」


 マジックハンターたちは……いや、ただの人の子らは入っていく。

 人間界でただ一つの、完全無欠な楽園の中へ。

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