第35話 名前を付けようとする人たち
混乱は、
会議室で起きた。
商人ギルド。
長机の上に、
報告書が並ぶ。
「……同じ話なんだが」
「呼び方が、
全部違うな」
「ハブリス交易圏」
「中央物流域」
「北部中継圏」
「ノアんとこ一帯」
最後の一つで、
空気が少し緩んだ。
「どれが、
正しいんだ?」
誰も、
即答できない。
理由は簡単だ。
誰も決めていない。
別の場所。
王国の文官室。
地図の前で、
若い官吏が頭を抱えていた。
「ここ……」
「街じゃないですよね」
「でも、
地域ではあります」
上官が、
低く唸る。
「行政区ではない」
「軍区でもない」
「……だが、
無視できない」
教会。
記録室。
司祭が、
羽根ペンを止めた。
「信仰圏……
ではない」
「生活圏……
に近いか?」
教義書には、
該当する項目がなかった。
一方。
ハブリス。
ノアは、
市場で魚を見ていた。
「……新鮮だな」
港町から、
朝着いたらしい。
「ノアさん」
リリアが、
少し困った顔で言う。
「外で」
「呼び方が
増えてます」
「……ですか」
それだけだった。
「何か」
「決めた方が
いいでしょうか?」
ノアは、
魚を受け取りながら考えた。
本当に、
少しだけ。
「……通称で
いいのでは?」
「通称?」
「はい」
「どうせ、
勝手に呼びます」
それは、
正論だった。
数日後。
商人たちは、
自然に呼び始めた。
「ハブリス圏」
短くて、
分かりやすい。
便利だった。
書類も、
追随する。
「ハブリスを中心とする
経済活動圏(通称:ハブリス圏)」
誰も、
反対しなかった。
夜。
宿の部屋。
ノアは、
ベッドに転がる。
「……名前って」
独り言。
「付くと、
面倒が
増えるんだよな」
だが――
もう遅い。
この日。
ハブリス周辺は、
正式に“経済圏”と
呼ばれ始めた。
宣言はない。
条約もない。
ただ、
便利だったからだ。
そして便利なものは、
必ず名前を持つ。
ノアは、
まだ気づいていない。
名前が付いたものは、
世界から
無視できなくなる
ということに。
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