第32話 値段が、揃い始める
最初に違和感に気づいたのは、
商人だった。
「……安くないか?」
ハブリスの市場で、
パンを手に取った男が言う。
「昨日、
レグナで
同じ値段だったぞ」
隣の商人が、
顔を上げた。
「……うちの街もだ」
別の品。
鉄釘。
布。
塩。
どれも、
微妙に同じだ。
示し合わせたわけじゃない。
談合でもない。
ただ――
合っている。
「おかしくない?」
若い商人が言う。
「街ごとに、
違うはずだろ」
「……輸送費」
年配の商人が、
静かに言った。
「ほとんど、
変わらなくなってる」
理由は、
単純だった。
道が安定した。
馬車が回る。
滞留しない。
リスクが、
消えた。
昼。
リリアは、
帳簿を並べていた。
「……価格差、
ほぼありません」
「はい」
「隣街と」
「はい」
「その隣とも」
ノアは、
帳簿を見ていない。
見なくても、
分かるからだ。
「……高い方が、
面倒ですよね」
ぽつりと。
それが、
答えだった。
困る者も、
出た。
価格差で
稼いでいた商人だ。
「儲からん!」
「どこ行っても、
同じだ!」
だが――
声は大きくならない。
理由は簡単。
売れないわけではない。
むしろ、
量は増えている。
別の街。
市場。
「値段、
安定してるな」
「安心して、
仕入れられる」
主婦も、
職人も、
冒険者も。
誰もが、
得をしていた。
夕方。
ハブリスの市場。
商人が、
笑いながら言う。
「ここに来れば、
相場が分かる」
「……それ、
強いな」
「だろ?」
ノアは、
少し離れた場所で
串焼きを食っていた。
「……値段って」
独り言。
「揃うと、
静かになるな」
争いが減る。
焦りも減る。
面倒が、
一つ減る。
その夜。
商人ギルドの記録に、
一文が書き加えられた。
「ハブリス周辺では、
相場が自然に統一されつつある」
まだ、
名前はない。
だが――
性質は、
はっきりした。
この日。
線だった流れは、
面になり始めた。
人はまだ、
気づいていない。
だが――
市場は、
もう気づいている。
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