第13話 噂は、だいたい盛られる
大神殿の奥。
陽光が差し込む回廊で、
数人の聖職者が書類を広げていた。
祈りはない。
祝福もない。
あるのは、
数字だけだ。
「……この街です」
若い司祭が、
一枚の報告書を指差す。
「内陸の小都市。
通称“ハブリス”」
「聞いたことがあるな」
年配の司祭が、
静かに頷いた。
「最近、
奇跡が多いと」
「奇跡、
ですか?」
別の聖職者が、
眉をひそめる。
「癒しは?」
「蘇生は?」
「聖痕は?」
「……ありません」
若い司祭は、
正直に答えた。
「では、
なぜ奇跡だ?」
「……説明が、
つかないからです」
そう言って、
別の紙を差し出す。
物資流通量。
価格推移。
人口増加率。
「……異常だな」
「はい」
だが、
神の名は出てこない。
「加護の兆候は?」
「確認できません」
「異端の儀式は?」
「報告なし」
「……困るな」
年配の司祭が、
低く呟いた。
「神が関与していない奇跡は、
扱いに困る」
「調査は?」
「まだ不要です」
別の司祭が言った。
「現時点では、
人の営みの範疇です」
「人が、
ここまで合理的になるのか?」
「……なります」
そう答えた司祭は、
どこか疲れていた。
「注視、
ということで」
「ええ」
「奇跡と呼ばれ始めた時点で、
もう一段階、
観察が必要です」
結論は、
それだけだった。
一方。
商業ギルド本部。
こちらも、
空気は静かだ。
だが、
熱量は高い。
「価格が、
崩れている」
「いや、
安定している」
「一時的に、
だ」
卓の上に、
帳簿が積まれている。
どれも、
同じ街を指していた。
「……ノアんとこ」
「今は、
ハブリスだ」
「正式名称は?」
「不明」
誰かが、
苦笑した。
「名前すら、
管理されていない」
「だが」
年配の商人が、
帳簿を叩く。
「回っている」
「損耗込みで、
成立している」
「誰かが、
無理をしていない」
それが、
一番の異常だった。
「介入するか?」
「早すぎる」
「潰す?」
「理由がない」
「乗る?」
「……様子見だ」
結論は、
教会と同じ。
観測。
その頃。
ハブリス。
ノアは、
いつも通り
市場を歩いていた。
「今日は、
魚が多いな」
それだけだ。
リリアが、
小声で言う。
「最近、
視線が増えました」
「……商人?」
「それだけじゃありません」
ノアは、
少し考えた。
考えたが、
すぐやめた。
「……害がなければ、
いいです」
「今のところは」
それで、
十分だ。
この日。
ハブリスは、
奇跡の街と
呼ばれ始めた。
誰が言い出したのかは、
分からない。
だが――
噂は、
だいたい盛られる。
ノアがしたのは、
楽を選んだだけ。
それが、
奇跡と呼ばれるのなら。
面倒な時代に
なってきた、
ということだ。
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