第14話 今日は何も起きない日だと思っていた
今日は、平和だ。
ノアは、朝の市場を歩きながらそう思った。
騒ぎもない。
怒鳴り声もない。
書類を持った人間も追いかけてこない。
(……珍しいな)
「ノアさん、おはようございます!」
「おはようございます」
「今日は何されるんですか?」
「何もしません」
即答だ。
予定は、ない。
作る気も、ない。
市場では、魚が売られている。
肉もある。
パンもある。
値段は、安定。
(……よし)
何も問題がない。
これは、いい日だ。
「ノアさん!」
声をかけられた。
振り返ると、
見知らぬ商人がいた。
「うちの馬車が、
この街を通るんですが」
(来た)
「……はい」
「通行料は?」
「ありません」
「本当に?」
「はい」
商人は、
少し困った顔をした。
「……逆に怖いな」
(知らんがな)
昼。
宿で飯を食う。
今日のメニューは、
焼き魚とスープ。
「……うまい」
平和だ。
「ノアさん」
今度は、
バルドが来た。
帳面を持っていない。
それだけで、
今日は本当に平和だと分かる。
「何か?」
「いえ」
「……?」
「特に用事はありません」
沈黙。
「……?」
「……以上です」
(来なくていいのでは)
午後。
街を歩く。
道は整っている。
人は流れている。
誰も、
ノアを止めない。
(完璧じゃないか)
「ノアさん!」
今度は、
冒険者に声をかけられた。
「この街、
住みやすいですね」
「そうですか」
「はい!」
それだけ言って、
去っていった。
(感想だけか)
夕方。
ベンチに座って、
ぼーっとする。
何も起きない。
……はずだった。
「ノアさん」
リリアだ。
帳面を持っている。
(……あ)
「明日なんですが」
「はい」
「説明を求める
来訪予定が」
(来たか)
「誰が?」
「商業ギルド」
「ほかは?」
「教会関係者が、
“見学”という名目で」
「……国は?」
「今回は、
書類だけです」
ノアは、
深く息を吐いた。
「……今日は、
平和でしたね」
「はい」
「昨日まで」
「はい」
夜。
宿の部屋。
ベッドに倒れ込みながら、
ノアは呟く。
「……何も起きない日は、
前フリだって
知ってた」
今日は、
本当に何も起きなかった。
だからこそ――
明日は、
絶対に面倒だ。
確信があった。
この日。
ハブリスは、
何事もなく一日を終えた。
だが、
静かな日は長く続かない。
それを、
ノアだけは
よく知っていた。
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