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第二話  リディールは歳の割に大人びています

「生前、あいつが……シリルが王宮薬師を目指してたんだ」


シリルさんはアズルクの友達だ。

今は理由あって他界してしまったけど。


「アズルク、また無理にシリルさんの夢を叶えてあげようとかしてないよね?もしそうなら――」


アズルクが私の言葉を遮るように、頭に手を置いた。

そして、まるでいたずらっ子のように微笑んだ。


「バーカ、してねぇよ。俺は俺のやりたいことをしてるんだ」

「やりたいこと?」

「ああ。あいつは自分のために生きろって言った。俺はあいつの夢を代わりに叶えたい。これはあいつのためじゃない。自分のためだ」


アズルクは自慢げに笑った。

そっか。

それならシリルさんも納得するだろう。

アズルクは頭がいいのか悪いのか。


――お前はお前の人生を生きろよ


しっかり話してみたかったな。

シリルさんと。

あ、そういえば。


「アズルク、サフィーア達には会った?」

「いや、これからだ」

「そうなの?ごめんね、引き留めちゃって」

「気にするな。お前はまだ子供なんだから、大人に気を使う必要はない」

「一応前世では十五歳超えてたんですけど?」

「残念ながら今は子供だ。言っただろ?前世のお前がどんなのであろうと、今のお前が俺にとってのお前だって」


言われたけど…………。

でも精神が十五歳越えなのに子供扱いされるのは抵抗あるよ!

それも前世の話をした人に!


「それじゃ、俺はサフィーアに会いに行くから。りりあもとっとと寝ろよ」

「言われなくても寝るよ。じゃあね、アズルク」

「じゃあな。いい夢みろよ」


◇◆◇

――夜中


リディールは目を覚ました。

ベッドの端にはリュミエールが座っている。

リディールはリュミエールの姿を見て、眉をひそめた。


「あなたが私を起こしたの?」

『ええ、話がしたくてね』

「…………」


リディールはリュミエールが自分と何を話したいのか分からない様子だった。

りりあが眠った後、リュミエールは精霊にしか使えない魔法を使って、リディールの魂を呼び起こした。


『初めまして、リディール・セア・メッチャツオイ。私は……っていらないか。ずっと()()()()んでしょう?』

「…………」

『あなたはりりあと魂を融合させず、自分の魂が消滅するのを待つつもり?』

「…………」


リディールは何も言わずに窓の外を眺めた。

今日は快晴で、星がよく見える。

星を見るリディールの目はどこか寂しそうだった。

リュミエールは知っている。

過去にいた人間の話を。

異世界から転生者が来ると、転生者の霊が入った体の主は異世界人と魂を融合させなければならない。

もししなければ、魂が消滅し、その体は異世界人が所有することになる。


「今、この世界に必要なのはりりあよ。私は邪魔なの」

『自分は必要ないから魂が消えるのを待つって?それでりりあが納得すると思う?』

「りりあと会う気はないもの。何も知らないまま私は消えるの」


淡々と言うリディールは、自分の死などどうでもいいような顔をしている。

リュミエールがどうにもできないと感じてしまうほどに。

しかし、それで退がるリュミエールではない。

リュミエールは不敵に笑った。


『残念だけど、私はそんなの許さないわ。あなたが消えないと約束しない限り、私はりりあにあなたのことを話さない約束はできない』

「…………」

『あなた、りりあを傷つけたくないんでしょう?』


リュミエールの言葉が部屋の静かな空気を切り裂く。

リディールの瞳が窓の外の星空からゆっくりとリュミエールに移る。

星の光が彼女の顔を淡く照らす。


「精霊王の姉は、人の心を覗き見るのが上手いわね。確かにそうね。私はりりあを傷つけたくない。あの子に私のことを気にしてほしくないの」

『あなたがりりあに固執するのは、あの子があなたの恨みや悲しみを晴らしたから?』


リュミエールが言っているのは、りりあが転生する前のリディールを人形にしたクソババアのことだ。


「確かにそれもあるわ。でも、メイドは恨んでない。ああなるのは運命だったもの。それに、あの子に貰ったものがたくさんあるの。それに、辛くもなんともなかったし」

『りりあに貰ったもの?』

「あのメイドのせいで、私は人形のように感情を押し殺して生きてきた。楽しくもない日々が、いつか終わればいいと思っていた。でも、りりあが来てから世界が変わった」

『…………』

「あの子は私の代わりに生きて、人々を救ってくれた。私では作れない世界を作り、見れなかった世界を見せてくれた。異端児の子供達が笑う姿、平民の家族が希望を持って生きる様子」


リディールはどこか切なそうに目を閉じた。


「私には到底実現できなかった」


リュミエールは何も言わずにリディールを見つめ続けた。

どんな言葉をかければいいか分からないのだ。


『私からはもう何も言えない。でも、一度でいい。一度でいいからりりあと話して』

「そんなに私の感情をあの子に与えたい?悲惨なものよ。やめておきなさい」

『悲惨なもの?メイドに恨みがないなら、なぜそれを()()と呼ぶの?』


リディールはハッとしたように口を抑えた。

まるで、心の奥底にあった感情がポロッと出てきたような。

リュミエールはリディールに近づき、リディールの顔を覗き込んだ。


『…………それがあなたの本音ね?』


リディールは今にも泣きそうな顔をしている。

大人のように振る舞っていても、それは仮面に過ぎない。

リディールはいた環境の影響で、精神はまるで大人と同じだ。

しかし、その実態はまだ八歳の子供だ。

リディールの目から大量に涙がこぼれた。


「うっ……うぅ……」


シーツに落ちた涙がシーツに染み込む。

リディールはシーツに顔を伏せ、肩を震わせた。

涙は止まらず、シーツを濡らし続ける。

リュミエールはそっとリディールの背中に手を置いた。


『……泣いていいわ。誰も笑ったり責めたりしたりしない。あなたはもう人形じゃないの。好きに感情表現していいの』

「うっ……ひっく……うぅぅ……」


リディールの声は途切れ途切れで、喉の奥から絞り出される。

リュミエールは何も言わずに背中をさすった。

八歳の少女の純粋な泣き声は、ただただ無防備で心の底から溢れ出るものだった。


「怖かった……誰かに、『うるさい』って……怒鳴られたくなかった……。否定、されたくなかった……。消えたくない……消えたくないよぉ……」

『じゃあ消えなければいい』

「でも……りりあが私を偽物だって思ったら……どうしよう……」


リュミエールはリディールを強く抱きしめ、背中を撫で続けた。


『偽物だなんて思わないわ。りりあは、あなたを自分の一部だって受け止めてるの。きっと分かってくれる。あなたが感情のない日々をずっと耐えて、どれだけりりあを待っていたか。きっと分かってもらえるから、消えたいなんて言わないで。あなたは生きる価値があるの。りりあと一緒に楽しいを感じて、生きて』

「……うん」

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