第六話 精霊王も一人の人間です
その日の俺は走って姉のところへ行った。
『姉上!!』
俺は王配と話す姉の元へ走って行った。
その時はまだ、姉との仲が拗れておらず、仲が良かった。
俺は姉に抱きついた。
『姉上!聞いてくださ――』
『まあ、はしたない』
王配が俺を蔑むような目で言った。
確かに今のははしたなかったかもしれない。
俺は姉から離れた。
『姉上、見てください!ずっと作れなかった花冠が作れたんです!』
姉は俺が差し出した花冠を見ても何も言わなかった。
おかしなところがないか確認してくれてるのかな。
『あねう――』
俺が耐えきれずに姉に声をかけようとすると、王配が俺の手から花冠を叩き落とした。
一瞬の出来事に、何が起きているのか分からなかった。
『これくらいできて当然です。ご息女様はお忙しいのですから、ご子息様はあっちに行っていてください』
『で、でも……』
『弟、これ以上恥を晒さないために、もう一度礼儀作法を学び直しなさい』
姉のその言葉に、俺は絶望した。
◇◆◇
姉すらも俺を見捨てたのならば、俺は誰かにとって必要なのだろうか。
俺は立ち止まった。
リディールも、立ち止まった俺に気づいて立ち止まった。
「どうしたの?」
『俺、姉になんていえばいいの?』
「聞きたいことを聞けばいいよ。リュミエールはきっと、嘘偽りなく答えてくれるはずだから」
リディールは足元にあった紙を、俺に手渡した。
それは、幼い頃に描いてもらった手のひらサイズの家族の絵画だった。
「こんなに幸せそうなんだもん。きっとまた仲良くできるよ」
俺はそれを両手で握りしめた。
分からないんだ。
父と母が何を思っていたか。
姉はどうして俺を避けたのか。
視界がぼやけ、絵画に涙がこぼれ落ちる。
『あ、あれ……?なんで涙が……。あれ……?』
リディールは俺を見て、切なそうな顔をした。
そして、俺の手を優しく包み込んだ。
「辛い気持ちを無視しないで。それはあなたに芽生えた大切な感情だから」
手にあった絵画はまた光の粉になって消えた。
さっきと同じように記憶が蘇る。
『なんで、何も知らない貴様が……私の気持ちを知っているんだ……』
「似たもの同士なんだよ、私達。リュメルト、あなたは必要ない人じゃない。例えリュミエールの代替品として、精霊王になったとしても、あなたは私達と変わらない。私達と同じで感情を持ってるの」
『……』
「誰かがあなたをいらないって言っても、私はあなたを必要とする。きっとリュミエールだってそうだよ」
分からない。
こいつの言うことが。
姉が俺を必要としてる?
あんな風に差し伸べた手を振り払ったくせに?
「自分の気持ちに素直になって。あなたはどうしたい?」
『……私は……。私…は……』
ずっと姉が自分を裏切ったのだと。
そう思っていた。
でも、リディールは違うと言った。
話をしろと言った。
もしかしたら、俺の認識は本当に違うのかもしれない。
『話を……したい……』
「よし。記憶も戻ったようだし、さっさと出口を見つけて出るよ」
『ああ』
俺達はまた歩き始めた。
◇◆◇
「よかったぁぁああ!見つかったよ、リュメルト!」
『そんなに喜ぶことか?』
「ここは喜ぶべきところでしょ?」
リディールが笑顔で俺に言った。
しばらく間を置いてから、俺を案ずるような顔をした。
「怖い?」
『…………』
「リュメルト、とりあえず当たって砕けてみよう」
『……なぜ砕ける前提なんだ?』
リディールは優しく微笑み扉を開けた。
まばゆい光が扉から放たれ、気がつくと精霊界の花畑に寝転んでいた。
リディールは扉から普通に俺の自室に入ってきたはずだが……。
異空間からの出方や場所はランダムなのか?
――旦那様、見てください!花冠を作れました!!
――ああ、ルミナスはすごいな
この場所、ルミナスと出会った場所だ。
ルミナスと、よく花冠を作った場所だ。
ルミナスを連れ帰ってからはここに来ることもなかった。
世界から色が消えた。
でも、今は……。
『世界はこんなにも美しかったのか』
俺の呟きが花畑の風に溶けていく。
精霊界の花々が鮮やかに輝いている。
『リュメルト!!』
リュミエールが俺の元へ走ってきた。
謝らないと。
『リュミ――』
俺が言葉を放つ前に、リュミエールが俺を抱きしめた。
強く、優しく、暖かく。
『良かった!!無事で良かった!!』
リュミエールの声は震えていた。
風が俺達の髪を優しく揺らす。
『どうしてあんなに危険なことをしたの!!』
『…………だって、俺は誰にも期待されてないんだ。どれだけ頑張ろうと、みんなの口から出てくるのはリュミエールのことばかり。俺は邪魔者だったんだ』
俺の目から涙がこぼれる。
悲しくなんてないのに。
慣れてるはずなのに……。
――辛い気持ちを無視しないで。それはあなたに芽生えた大切な感情だから
俺はリディールの言葉を思い出し、リュミエールの目を見た。
本当に心配しているんだ……。
リュミエールの真剣な瞳に、俺は嘘でも『辛くない』とは言えなくなった。
でも、これ以上心配させたくない。
嘘もつきたくない。
笑え。
笑って誤魔化せ。
俺は力なく口角を上げた。
『本当はずっとずっと、辛かったんだ……』
リュミエールは再び俺を抱きしめた。
『やっと……やっと言ってくれた……』
『……っ!』
『辛い気持ちに気づいていたのに、助けることができなくてごめんね……』
ああ、わかった。
昔の自分と、今の自分が姉をどうしたかったのか。
恨みたかったわけじゃない。
罵りたかったわけじゃない。
本当は……。
本当はね――
『姉さん……』
心の底から、尊敬の意を込めて姉さんって呼びたかったんだ。
姉上なんて堅苦しい呼び名じゃなく、対等な姉弟として。




