第五話 精霊王は長い間一人で苦しんでいました
『行かなきゃ……!』
「待って」
追いかけようとしたリュミエールを私は止めた。
『離して、リディール。私はあの子を一人にしたくないの』
「リュミエールが行っても、会える可能性はないでしょ。私が行くよ」
『でも……』
私は心配そうにするリュミエールの手を取った。
「二人して中に入ったとして、出られなかったら本末転倒でしょ。私が絶対に連れ戻すから」
リュミエールは少し悩んでからうなずいた。
私はリュミエールの手を離し、扉の先に行った。
◇◆◇
『ご息女様』
『ご息女様!!』
いつも、周りの奴らは姉を見ていた。
僕よりも優秀で、何に関しても秀でている姉。
僕もそれは分かっている。
『ご息女様が時期精霊王だよねー』
『ご息女様が精霊王となれば、精霊界は安泰だよね』
次の精霊王は姉だといつもみんなが言っていた。
姉が優秀だったから、僕の努力は見向きもされない。
どれだけ頑張っても、何をしても姉には届かない。
誰も僕を見てくれなかった。
どれだけ困らせることをしても、どれだけ頑張っても、誰も僕を見てくれなかった。
僕は姉のようにはなれない。
誰か僕がいることに気づいて。
僕が必要だと言って。
どれだけ叫ぼうとも誰も気づかない。
姉すらも僕に見向きもしない。
『ご息女様は素晴らしい』
『ご息女様がいらっしゃれば、精霊界は永遠の繁栄を約束される』
僕が夜通し魔法の書を読み漁り、精霊界の境界を守るための結界を一人で張り巡らせても、誰も褒めない。
姉の影が、あまりに大きすぎた。
僕はいらない子
だから誰も見てくれない。
いらないから興味も示さない。
いらないから誰も愛してくれない。
いらないから声を聞いてくれない。
『誰か……誰か……。僕を見て……誰でもいいから僕が必要だって言って……』
◇◆◇
「見つけた」
膝を抱える僕の前に、知らない少女が現れた。
誰だろう。
「帰ろう、お家に」
『あなた誰?』
「もしかして記憶がない?」
記憶?
僕は首を傾げた。
「そっか。私はリディール。あなたを迎えに来たの」
『リディール……?』
リディールは僕の手を優しく取って、微笑んだ。
「出口を探そう」
リディールは僕の手を引っ張り、僕を立たせようとした。
僕はそれに抵抗した。
『行かない。だって僕は誰にも必要とされてないもん』
誰も僕を見なかった。
誰も必要としなかった。
リディールは僕の手を離して、正面にしゃがんだ。
その目は優しくて、僕の孤独を包み込むようだった。
「誰にも必要とされてないなんて言わないで。あなたは誰かに必要とされてる」
『嘘だ』
「嘘じゃないよ。今は嘘だと思っててもいい。でも、いつか見てあげて。あなたを見てくれている人のことを」
『…………』
リディールは無理やり俺を立たせた。
「行こう」
『…………』
僕はリディールに手を引かれて、歩き始めた。
なんでこんなに気にかけてくれるんだろう。
『リディールはどうして僕なんかを連れて帰ろうとするの?』
「ん?なんだか似てるから……かな?」
『似てる?』
「うん。私にも、誰に必要とされてないと思い込んでいた時期があったから」
リディールにもそんな時期があったんだ。
だからかな……。
リディールの言葉があったかいのは……。
「リュメルト、私はあなたに知って欲しいの。この世界には、あなたのことを想っている人もいることを」
リュメルト……?
僕の名前なのかな……。
名前は精霊王にならないと与えられないのに。
「家族って、すれ違いがちだよね」
『……?』
「私もね、家族とすれ違ったんだよ」
『リディールも……?』
「うん。でも、すれ違うのは悪いことじゃない。家族はすれ違って、お互いを理解していくの。すれ違うことによって見える部分もあるから」
すれ違うことによって見える部分……。
僕にはよく分からない。
リディールは理解したのかな。
家族のことを。
「リュミエール、あなたのお姉ちゃんはね、あなたを捨てたわけじゃない」
『でも、それ以外に思い浮かばないんだよ。僕を見なかった理由が、他に何かあるの?』
「あるよ。リュミエールに訊けば本当のことを教えてくれるはずだよ。私の口からはなんともいえない」
リディールが急に立ち止まった。
僕はうつむいていた顔を上げた。
リディールの前には、一冊の分厚い本が落ちている。
なんだろう。
リディールはそれを持ち上げて、僕に差し出した。
僕はそれを受け取った。
次の瞬間、それは光の粉となって消えた。
そして、俺の中に忘れていた記憶が蘇った。
『誰にも努力を認めてもらえなくて、辛かったんだ。姉を越えようとしても、俺にはそんな力はない』
「……うん」
『姉は王位継承前に、どこかへ消えた。代替品として俺が選ばれた時、誰も祝福しなかった。俺は姉には成り代われない』
「…………行こう」
リディールはまた俺の手を取って、歩き始めた。
しばらくお互いに何も話さなかったけど、その静寂をリディールが先に破った。
「どうして人は誰か一人に固執するんだろう。こんなに努力している人すら見ずに」
『姉がすごかっただけだよ』
「だとしても褒めるべきだよ」
こういう風に俺を見てくれた人は初めてだな。
俺から目を逸らすことなく、真っ直ぐに見ていてくれる人なんて、今までいなかったから。
『俺さ、即位した時に少しだけ期待してたんだ。誰かが俺のこと見てくれるかもって。無駄な期待だったよね』
「…………」
『結局誰も見てくれなかった。仕事をしたって、誰かが労ってくれるわけでもない。お忍びで人間界へ行っても、誰も心配しなかった』
リディールは立ち止まることなく、俺の手を引いたまま言った。
「……人の思いって伝わらないものだから、あなたは見えてなかっただけかもね」
リディールは足を止めることなく、俺の方を向いて微笑んだ。
見えてなかった……?
俺は姉に伸ばした手を振り払われたんだよ……?




