第四話 精霊界の王様は色々と押し付けがましいです
痛い……。
私は痛みを堪えて、リュメルトを睨んだ。
リュメルトは私の頭を乱暴に掴んだ。
『お前、ルミナスが人間界に残した子供の子孫か。会った時から感じていた魔力の共鳴はこれか』
ルミナス……?
魔力の共鳴?
訳がわからない。
人間と精霊の魔力は別物じゃないの……?
『あのクソ野郎とルミナスの血が流れてる子……。今すぐに殺してやりたい……』
リュメルトは私の首を絞め始めた。
苦しい……。
アルデーヌと玲奈が慌ててリュメルトを止める。
でも、精霊王だから下手なことはできない。
『リュメルト!やめなさい!!』
リュミエールの声が聞こえた。
それと共に、リュメルトの首を絞める手が緩んだ。
私はその隙に手を振り払って、リュメルトから離れた。
「ゲホッゲホッ……」
「リディール王女殿下!すみません……大口叩いたくせに、何もできなくて……」
「アルデーヌ殿、それは私も同じです」
「二人共、私は大丈夫だから。精霊王相手だもの。あんまり自分を責めないで」
私はリュミエールとリュメルトの方を見た。
『リュメルト、リディールは確かに彼らの子孫だけど、無関係のはずよ』
『リュミエール、邪魔をするな』
『無関係の子を殺してどうするの?それであなたの気は晴れるの?妃の怒りは収まるの?』
『黙れ黙れ黙れ!!』
『暴論だけで行動するのはもうやめなさい!!精霊王が私情で人間を殺していい訳ないでしょ!!そんなんだから精霊王を支持する精霊が減っていくのよ!!』
『……っ!』
リュメルトがリュミエールの言葉に押されている。
私は首についたアザを、アルデーヌに回復魔法で治してもらった。
リュミエールとリュメルトってどういう関係なんだ?
精霊王に対してすごいラフな物言いだけど……。
『何度もルミナスと話し合いなさいって手紙を送ったでしょ!話し合いもせずに幽閉だなんて、ルミナスが不憫だと思わないわけ!?』
『し、しかし……』
『大人ぶった物言いしていても、所詮は子供ね!姉として不甲斐ないわ!!』
姉!?
私とアルデーヌと玲奈は固まった。
え?
私精霊王の姉と契約してたの?
『姉だと?』
リュメルトは姉という言葉に過剰に反応した。
『王位から逃げて、私を一人にした貴様が!私の姉を語るな!!』
リュメルトがそう言うと、どこからともなく強い風が吹いた。
踏ん張ってないと飛ばされてしまいそうな風。
しばらくすると、風は弱まった。
辺りの草木は枯れ始めている。
「一体何が……」
リュメルトはうつむき、拳を強く握りしめている。
リュミエールは申し訳なさそうな顔をしている。
二人は姉弟関係にあったの……?
それに、王位から逃げたって……。
『だからそれは誤解なのよ。私は――』
『言い訳など聞きたくない!!……貴様が私を捨てたことくらい分かっている』
『リュメルト!話を――』
『聞きたくないと言っている!』
はぁ、聞いてられないわ。
私はリュメルトに近づいた。
そして、パーで頬を殴った。
『え?え?』
リュメルトは戸惑ったような声を出している。
その他の人達は目を点にして私とリュメルトを見ている。
「姉弟喧嘩に口を挟む気はなかったけど、あまりに人の話を聞かないもんだから、危うく殴りそうになっちゃったじゃないですか」
「「『『殴ってますよね?』』」」
みんなから総ツッコミが来るけど、気にしない。
気にするべきはリュメルトの傲慢な態度だよ。
私はリュメルトの胸ぐらを掴んだ。
彼の頬は赤くなっている。
「あなたね!何でもかんでも決めつけて、自分が正しいと思い込むその傲慢さ!なんとかしなさい!!」
『……では、どのように解釈すればよかった?王位継承のタイミングで消えたその女に、王位から逃げた以外の理由があると思うのか?』
「勝手な解釈するなって言ってるの!ていうか、話をすれば解決する話しでしょうが!!」
アルデーヌと玲奈が「それはそう」とうなずいている。
「リュメルト……あなたは本当に、妃様のことを愛しているんですか?」
私の言葉に、リュメルトの目がわずかに揺れた。
そして、それはすぐに引き締まった。
『……当たり前だ。ルミナスは私のすべてだ』
彼の声は、精霊界の空気に溶け込むように低く震える。
私は一歩前に出る。
こいつをこのままにしておけない。
「愛しているなら、なぜ聞かないんですか?なぜ妃様の気持ちを、ちゃんと聞かないんですか?伝説で語られる浮気が、本当かどうかなんて、あなたが確認したわけじゃないでしょう?」
リュメルトの拳がわずかに緩む。
彼の顔は切なそうで、視線はどこか遠くを見ている。
『私はここから見たんだ。ルミナスが人間の男と笑い合っているのを』
「……それだけですか?」
私は掴んでいたリュメルトの胸ぐらを乱暴に離した。
人間が愚か、みたいに言ってたくせに、これじゃあ精霊のほうが愚かじゃない」
「……あなたは精霊王で、不老不死で、永遠の時間を持っているのに、なぜ妃様の言葉を聞かないんですか?誤解だったかもしれないのに、勝手に嫉妬して、勝手に監禁して、勝手に人間界を閉ざして……それで満足なんですか?妃様の歌声が、絶望に変わったのを聞いて、満足なんですか?」
リュメルトの目が初めて揺らぐ。
『ルミナスの歌が……絶望?違う……あいつは私への当てつけで……』
「当てつけ?それが絶望の叫びだって気づかないんですか?あなたは妃様を愛しているんじゃなくて、自分の所有物を失うのが怖いだけじゃないですか!愛って、そんなエゴの塊じゃないはずですよ!」
『……っ!』
「リュミエールのことだってそう!リュミエールが王位から逃げたなんて、あなたのただの勝手な解釈でしかない!本当のことも聞かずに耳をふさいで、誰の話も聞かなかったから仲がこじれたんでしょう!」
『うるさいうるさい!!黙れ!!』
リュメルトは耳をふさぎ、苦しそうに首を振っている。
どうしてこの人は自分だけが被害者だと思っているんだろう。
どうしてリュミエールや妃様が加害者と決めつけているんだろう。
「あなたは孤独の精霊王として語り継がれていたけれど、孤独になったのは周りのせいじゃない!あなたのせいよ!!」
『ち、違う……。私は……私は……!!』
リュメルトは来た道を走って行った。
『リュメルト!!』
私達は彼を追いかけた。
彼は止まることなく、さっき私達がいた建物の中に入った。
ようやく止まった先は、私達がここに来るときに通った扉の前だった。
リュメルトは振り向いて言った。
『……確かにお前の言う通りかもしれない。私はすべてを誤解していたのかもしれない。ルミナスの歌を、リュミエールの逃亡を……自分のエゴで塗りつぶして、孤独を呼んだのは私自身だ』
「……」
『リュミエール、もう邪魔者は消える。だから、お前が精霊界を統べる王になってくれ』
そして彼は、精霊が入ると出れなくなる人間界への扉を開けた。
『リュメルト!!』
リュミエールが手を伸ばしたが、それは届かずに、リュメルトは中に入って行った。




