第八話 呪いをかけた人を助けるのは難しそうです
――その夜
私の部屋のバルコニーには、顔面蒼白のスパールがいた。
その横には澄ました顔のリュミエール。
「急に……上位精霊が……家に来たと……思ったら……浮遊魔法みたいなので……すごいスピードで……飛ばされた件に……ついて……」
「お疲れですね、スパール様?」
「誰のせいだと思っているんだ……!!」
「広く言えばあなたの妹のせいです。立ってください。行きますよ」
私はスパールに手を差し出した。
夜中の王宮は静かで、誰もいない。
巡回の警備員がいるから、その人達は人間体で同行してもらうクソカスに眠らせてもらうことにした。
クソカスは闇魔法を使える。
リュミエールは光魔法のバリエーションが豊富だけど、他の魔法も使える。
だから、リュミエールには普通に護衛としてついてきてもらう。
廊下に明かりはなく、真っ暗だ。
リュミエールが人差し指の先で、小さな人魂のような炎を作った。
それは十分道を照らしてくれる。
「リディール様、エステリーゼはどこに?」
「夕方申し上げた通り、王宮の地下にある独房です」
「……なぜ手を貸してくださるんですか?エステリーゼはあなたに酷いことをたくさんしたのに……」
僻み、嫉妬、怒りはどんな人間にも存在する。
私にもあるように、エステリーゼにもあるのだ。
エステリーゼが一時の感情でやってしまったことは許されることではない。
何より、相手が悪かった。
『リディール様!こちらで花を摘みましょう!』
リディールの記憶にあるエステリーゼは、ありのままで美しかった。
リディールに優しくし、沢山遊んであげていた。
感情を押し込んだ時でさえ、リディールに構っていたエステリーゼがなぜ変わったのか。
答えは一択だ。
呪いの知識をエステリーゼに教えた魔女が、彼女の奥底にあった負の感情を煽った。
そうとしか考えられない。
そんなの、ただ単に――
「胸糞悪かったから」
「……胸糞悪い……?」
「昔からあんなに優しかった彼女をあんな風にしたのは私です。私のせいで変わってしまった人を、私以外の人が殺すのは納得いかないんです」
私が言うと、スパールはうつむいた。
落ち込むポイントがあっただろうか。
「だとしても、妹がやったことは許されません」
「だから、あなたも犠牲になってもらうんです」
「は?」
「訊き忘れていましたね」
私は立ち止まり、後ろにいるスパールの方を見た。
スパールは私から目を逸らさずに、ただじっと見つめている。
「あなたは、時期侯爵当主の座を手放してでも、エステリーゼ・コア・カエルコワイを助けたいですか?」
「……なに当たり前のことを訊いているんですか?答えはもちろんイエスです。地獄ろうが天国だろうが、隣国だろうがどこにだってついて行きますよ」
私は苦笑した。
この世界の人は妹への愛が重いのかな。
私には妹とかいなかったから分からないけど、いたらきっと可愛かったんだろうな。
ここまでシスコンにはならないけどね。
『リディール、誰かいるぞ』
私はスパールが先に進まないように右手を横に上げた。
リュミエールはすぐに火を消した。
こんな時間に誰だ?
巡回している騎士はまだここには到達していないはずだけど……。
足音は二つ。
二人いるのか?
私は気を引き締めて、こちらに向かってくる人を待った。
窓から差し込む月明かりが、向かってきた人達を照らす。
「…………お父様、お母様……」
そこにいたのはお父様とお母さんだった……。
「何をしているの?リディール」
「こんな時間にスパールとどこへ行く?」
私は一歩後ろへ下がった。
怒ってる……。
きっと二人は私が何をしようとしているか分かっている。
こんなことをしたら、国の信用にも関わる。
でも……こんなところで引きたくない!!
「行かせてください」
「駄目だ」
「なぜですか?」
「彼女は罪人だ」
「しかし、半分は私と彼女の問題です」
これは毒の話と呪いの話だ。
残りの半分は竜の話だ。
「竜の話はどうするんだ?お前が竜と契約しなければ、アルカ以外に死人が出てたかもしれないだろ」
「それはそうですが、それに関しては私が終結させました。お兄様だって……!」
「アルカははっきり生き返ったと言えるか?いまだに目が覚めてないんだぞ」
「…………」
確かに目覚めてない。
三日以上意識がない。
はっきりと生き返りましたとは到底言えない。
「それは……そうですが……」
「リディール、彼女を逃がしたとして、あなたは呪いをどうするの?」
「クソカスとリュミエールと呪いを解く術を考えます」
「その間はどうするの?」
「魔法を学び、自分で自分を守る術を身につけます」
スパールが私の手を下ろし、私よりも前に出た。
月明かりに照らされているその顔は、すごく悲しそうだ。
「リディール様、もういいです」
「スパール様……?」
「俺のわがままに付き合ってくれてありがとうございます。エステリーゼは諦めます」
「……え?」
そんな……。
そんな顔で笑わないでよ……。
『地獄ろうが天国だろうが、隣国だろうがどこにだってついて行きますよ』
スパールはかなり重いセリフを言っていた。
彼は、エステリーゼが処刑されたら後を追うように死ぬだろう。
そんなことは絶対ちさせない。
「契約精精霊よ、我に力を貸したまえ」
「リディール……?」
リュミエールから精霊の魔力が渡される。
「シャープ・アイス・ソード」
私の目の前に、氷の剣が現れた。
私はそれを掴んで自分の首に当てた。
お母さん達は明らかに動揺している。
手が震える。
うっかり切ってしまったらと思うと怖い。
でも、自分が死ぬことよりも、他人を簡単に殺せる立場が怖い。
「ここまで人を簡単に殺せる立場に生まれることができた私は、大変幸福ですね。嫌いな人だって簡単に殺せる。望んでなくたって、周りの人が殺してくれる。でも、私はそんなの嫌だ。殺すなら自分の意思で殺したい。他人に決められたくない」
「リディール、危ないわ。早く剣を……」
「お母さん、二回も自分の娘を殺したくないでしょ?」
「……っ!」
お母さんの顔が悲しそうに歪む。
最低な脅しだ。
でも、私は簡単に人を殺したくないんだよ。
殺させたくないんだよ。
お願い、お母さん。
分かって……。
「エステリーゼを処刑するなら、私も死にますよ?スパールだって死ぬ気でしょう?三人で仲良く地獄にでも行きますか?」
「……リディール様、なぜそこまでしてくださるのですか?」
「言ったでしょう?胸糞悪いって」
死ぬならカッコつけて死ぬのも悪くないかもね。
私は首に剣を軽くくっつけた。
冷たい。
「もう一度言います。行かせ――」
私が言おうとすると、誰かが剣を持っている方の手を引っ張った。
スパール?
いや、違う。
じゃあ、誰?
リュミエール?
クソカス?
私の腕を引っ張った人物は、剣を手放させて私を突き飛ばした。
お尻が痛い。
「何してるの?リディ?」
この声……。




