第八話 呪われた私は兄弟の愛を感じます
私はゆっくりと顔を上げた。
そこには優しく微笑むお兄様がいた。
私の目から涙がこぼれた。
それは頬をつたい、床に落ちた。
「お兄様……?」
「そうだよ?お前のだーい好きなお兄様だよ?」
私は立ち上がって、お兄様に抱きついた。
「うわぁぁああああ!!」
「おお……よしよし。心配かけたな」
「お兄様ぁ!お兄様ぁぁあああ!!」
お兄様は情けなく泣く私を抱きしめ返して、優しく頭を撫でてくれている。
そっか、ここはお兄様の部屋の前だったんだ……。
お母さんとお父様も、スパールも泣きそうな顔をしている。
リュミエールもクソカスも微笑ましく私達を見ている。
「リディの声、ずっと聞こえてた。もちろん父上達の会話もね」
「アルカ……?」
「父上、母上、リディを行かせてあげてください。リディは自死をしようとするほど、人が死ぬことを嫌います」
「しかしだな……」
「今で聞いてあげられなかったわがままくらい、聞いてあげましょうよ」
「お兄様ぁあ……」
マジで神様か何か?
救世主なの?
救世主だよね?
私は涙を拭いて、お兄様から離れた。
お兄様はクスッと笑って私の頬をつねった。
「本当にお前はお人好しだな。でも、自死はやめろよ?」
「はひ」
「よろしい」
お兄様は手を離した。
「……リディール、エステリーゼを逃すことを許可する……」
「いいのですか?」
お父様は頷いた。
私はスパールの方を見た。
さっきまで諦めた表情をしていたスパールは、ぱあっと明るい表情になった。
「ありがとうございます!」
私はスパールの手を引いて、地下に向かった。
「……アルカ」
「なんです?父上」
「お前、リディールが部屋の前に来た辺りから起きていただろう?」
「リディには言わないでくださいね。俺はかっこいいヒーローポジションが好きなので」
「呆れた」
◇◆◇
「いっけぇぇえええ!!クソカス!眠らせる!!」
私が言うと、クソカスは門番を眠らせた。
うおぉぉぉおおお!!
一回やってみたかったんだよね!!
私は思わずガッツポーズした。
『おい、これは何の茶番だ?』
『クソカス、言わない方がいいわ』
「…………」
何だよ。
三人して同じような顔をするなよ。
私は立ち上がって、門番の持っている牢の鍵を取り出した。
地下の扉を開けると、そこにはたくさんの檻があった。
一つずつ確認しないとかな。
私は扉から一番近いところの牢を見た。
「うわっ」
「どうかしました?」
思わず声を上げてしまった私を心配したスパールが、牢の中を見た。
すると、「あっ」と言わんばかりの顔をした。
「王女殿下!!」
牢にいたのは例のクソババアだった。
割と経ってるのにまだ釈放されてなかったんだ。
そういえばババアのその後を聞こうとして忘れてたわ。
「あなた、まだこんなところにいたんですか」
「しばらくこの牢で反省した後、国外追放になるらしいです」
淡々と語るババアは残念ながら元気そうだ。
「処刑じゃなくてよかったですね」
「よくありません!早くこんな汚いところから出してください!王女殿下が一言言えば、私の刑は軽くなりますでしょう?」
「そうですねー」
私は檻に近づいて、微笑んだ。
「絶対嫌です♡」
「このクソガキがぁぁあああ!!」
さて、王女をクソガキ呼ばわりするクソババアは置いておいて、エステリーゼを探さねば。
私はため息をついて、ババアの牢を後にした。
クソババアの罵声が背中に飛んでくるが、無視しよう。
スパールが気まずそうに後ろについてくる。
「あの……エステリーゼの牢の場所、調べてなかったんですか?」
「忘れてた」
スパールはこいつマジかみたいな顔で見てくる。
おいおい、そんな目で見ないでおくれよ。
リディールちゃんはうっかりさんなんだお?
私はスパールの視線を無視して、地下通路を進んだ。
「王女殿下……本当に牢屋の中をくまなく探すんですか?衛兵に聞けば、一発でエステリーゼの場所がすぐに分かるのでは?」
そりゃそうだけどね。
普通なら、衛兵を眠らせる前に「エステリーゼの場所はどこ?」って聞くのが筋だよな。
私も理解してるけど……。
「そんなことしたら、王立騎士団に私がやったとバレてしまうでしょう?立場上それはまずいんですよ」
「あー、無粋でした」
そんな会話をしながら、次の檻を覗く。
盗人らしき男が大きな寝息を立てている。
次は詐欺師の老婆。
次は……。
「あった!」
三つ目の角を曲がったところでついに見つけた。
檻の奥に、可愛らしい少女が縮こまっている。
エステリーゼだ。
頰にまだ私の拳の跡が赤く残り、膝を抱えて震えている。
鎖がわずかに音を立てる。
「エステリーゼ!」
スパールの声に、エステリーゼがハッと顔を上げる。
涙でぐしゃぐしゃの顔が驚きに変わる。
「兄様……?リディール王女殿下……?どうして……ここに……?」
私は鍵を差し、牢を開ける。
エステリーゼは信じられないという目で私を見る。
「どうしてって……あなたを助けに来たんですよ。スパール様の頼みだし、私のせいでもあるし。ほら、早く出て。時間がないんですから」
エステリーゼの目から、また涙が溢れる。
スパールが檻に飛び込み彼女を抱きしめる。
「エステリーゼのバカ……!お前、何やってんだよ……!母さんも父さんも、心配で泣いてたんだぞ!」
「兄様……ごめんなさい……私っ!私……っ!!」
エステリーゼの声は、嗚咽に掻き消されそうになりながらも、必死に言葉を絞り出す。
スパールの肩に顔をうずめ、肩を震わせる。
「自分が自分じゃなくなったみたいで……!王女殿下に……酷いことを……。みんなの努力を全部壊した!……ごめんなさい、ごめんなさい!!」
スパールの腕がエステリーゼの背中を強く抱き締める。
彼の声もかすかに震えながら、優しく響く。
「俺達家族は、どんなお前でも受け止めるんだ。母さん達に謝るのは、一緒にやればいいんだよ……大丈夫、きっと許してもらえるよ」
エステリーゼの嗚咽がますます激しくなる。
スパールの服が涙で濡れる。
私は二人の横で静かにそれを眺めていた。




