第二話 最高指導者会議②
「異端児保護法については以上です。次に私が解決するべきと考えているのは、平民差別です」
私の言葉に、会議室が一瞬静まり返る。
円卓の周りで、上位貴族たちが顔を見合わせ、ざわめきが広がる。
異端児の時はまだ「恐れ」の共有があったけど、平民差別は彼らの優位性の基盤を揺るがすからだ。
オレサイキョー公爵は鼻を鳴らし、カエルコワイ侯爵はスパールと目配せ。
コロスーゾ公爵はアルデーヌと顔を見合わせる。
「リディール、続けなさい」
お父様が言った。
「まず、みなさんが平民を差別する理由はなんですか?」
サカムケキニナル侯爵が最初に口を開いた。
「理由?そんなことを聞くとは、王女殿下もまだお子様ですね。平民は血統が卑しい。魔力が低いし頭も悪い。言動も卑しい上に住まいも汚らわしい。平民など、労働力として使うのがお似合いです。これは差別はなく、自然の摂理なんです!」
侯爵の言葉に、数人の貴族が頷く。
年配の伯爵が、満足げに髭を撫でる。
「その通り。平民に教育など施せば、身の程をわきまえぬ不届き者が増えるだけです」
私は深呼吸をし、資料をめくる。
心臓が少し速く鳴るけど、止まらない。
りりあとして書いたこの世界の欠陥を埋めるために作られた設定が、どれだけの命を奪ってきたか。
シリルさんや、革命派の皆さんの痛み。
それを摂理で片付けるなんて許せない。
「自然の摂理、ですか。サカムケキニナル侯爵、ではお聞きします。血統がすべてなら、なぜ貴族の血を引く貴方の息子、アズルク・オズ・サカムケキニナルは、革命派に身を投じたのでしょう?」
アズルクの名前を聞いた侯爵は怒りをあらわにした。
「アズルク……?その不孝者の名を、王女殿下ともあろうお方が口にするとは、何事だ!あいつは家を捨てた裏切り者だ!」
サカムケキニナル侯爵の声が、会議室に獣のような咆哮を響かせる。
顔は真っ赤になり、拳を握りしめてテーブルを叩く音が、円卓のガラスコップを震わせた。隣の貴族達が息を呑んだ。
驚いた。
ここまでアズルクを恨んでいたとは……。
私は心臓の鼓動を抑え、資料に目を落とす。
そこには、アズルクの提案書が挟んである。
平民の税制改革案
彼の筆跡が、丁寧に並ぶ。
彼が今目的としているのは、シリルさんを殺した父親への復讐ではなく、誰もが笑える世界を作ることだ。
何も知らないのに、こいつは……。
「あなたは革命派に入ったアズルクをどうしましたか?」
「勘当したが?」
「オレサイキョー公爵、あなたはフォーカスをどうしましたか?」
「数発殴って勘当しましたが……」
「では彼らは今どのような立場なのでしょう」
貴族は勘当されれば平民になる。
でもさ、それっておかしくない?
「平民になった彼らの血統は卑しいですか?魔力が低いですか?頭が悪いですか?」
私の言葉が、会議室に鋭く突き刺さる。
皆の視線が私に集中する。
部屋の空気が、重く淀む。
誰も、すぐに答えられない。
血統の幻想が、彼らの言葉を塞いでいるんだ。
勘当された瞬間、貴族の血は平民のものに変わる?
そんな矛盾しかない意識がこの世界の欠陥を埋めている。
りりあとして書いた物語の未完成な部分を埋めるための、歪んだルール。
「平民に混ざって生活していれば、卑しくはなる」
「そうですか。では、見てみましょうか。フォーカス、アズルク」
私は部屋の外で待機していたフォーカスとアズルクを部屋に入れた。
フォーカスとアズルクが入室すると、会議室の空気がさらに張りつめた。
フォーカスは質素な平民の服を着て、堂々とした足取りで円卓の前に立つ。
アズルクは使用人の服で、少し乱暴な歩き方だが、目は鋭く前を向いている。
かつての貴族の血を引く男達が、平民の生活を纏って立っている。
貴族達の視線が、二人の間に揺れる。
サカムケキニナル侯爵はアズルクを見て、息を呑み、拳を握りしめる。
オレサイキョー公爵はフォーカスに目をやり、飲んでいたグラスを置く手が止まる。
「フォーカス……」
「アズルク!!お前!!どの面下げて私の前に出てきた!!」
「お前こそどの面下げてそんなこと言ってるんだ?」
アズルクが冷静に返す。
怒りも含んだその声に、誰一人言い返せなかった。
アズルクの声は低く、抑えられた怒りが滲む。
シリルさんの仇を前にした男の、静かな復讐だ。
会議室に、重い沈黙が落ちる。
サカムケキニナル侯爵の拳が、わずかに震え、息を呑む音が聞こえる。
アズルクは一歩前に進み、資料をテーブルに叩きつけるように広げる。
「テメェらクソ貴族が殺してきた平民はこんなにいるんだぞ!!それでよくもまぁ偉そうに俺に口を利けるな!!」
アズルクの声が、会議室を切り裂くように響く。
資料には、領地ごとの平民自殺者数、借金取り立てによる家族崩壊の件数、貴族の「摂理」で失われた命の数字が冷徹に並んでいる。
血と涙で染まった事実が、円卓の貴族達を直撃する。
サカムケキニナル侯爵の顔が、みるみる青ざめる。
「お、王女殿下!!やはり平民に混ざればこうなるのです!!早くこいつを退室させてください!!」
「サカムケキニナル侯爵、まだ話は終わっていません。アズルクも憎いのは分かりますが、ここでは大人しくしてください」
アズルクはサカムケキニナル公爵を一瞥して、私の横へ帰ってきた。
「この国の人口が増えない理由は、貴族が平民を蔑ろにしていることが原因です。このデータはアズルクが自ら収集しました。彼は行動は乱暴にはなりましたが、知能は落ちていません」
「…………」
誰も何も言わない。
私はアズルクを見た。
シリルさんの敵を前に、気持ちが爆発したんだろうけどやりすぎだよ。
私はアズルクの肩を軽く叩き、皆の視線を一身に浴びながら静かに息を整えた。
心臓がバクバク鳴ってるけど、今は弱みを見せられない。
私の物語を、欠陥だらけのまま終わらせない。
みんなの痛みを、笑顔に変えるんだ。
「サカムケキニナル侯爵。あなたはアズルクを不孝者と呼んだけど、彼は今、王宮で平民の声を集めてます。勘当されたから卑しい?だったら、フォーカスはどうですか?彼はオレサイキョー家を追われて平民になったにも関わらず、人々の役に立ちたくてこの場に立っています。この行動は卑しいですか?」
オレサイキョー公爵の目が、フォーカスに注がれる。
息子を勘当した男の視線は、複雑だ。
怒りか、後悔か。
それともただの驚きか。
フォーカスは父の視線を真正面から受け止め、口を開いた。
「父上、僕は貴族の血を引いて生まれた。でも、勘当されて平民の服を着た今、初めて気づいた。貴族の優位性なんて、ただの言い訳。領地の農民が、借金で家族を失うのを、僕はいつも、見て見ぬふりをしていた。でも、平民になって思った。これは見て見ぬふりをするべき問題ではないと」
そうか。
フォーカスは私の覚悟を見て、手を貸す気になったから私の味方になってくれただけじゃない。
自分の目で、見た聞いたもので、私につくことを決めたんだ。
「血統が低い?卑しい?頭が悪い?それはお前ら貴族の方だろ」




