第三話 国を変えたい人は過去が重いです
「シリル!!おい!どうしたんだよ!!」
俺は膝をついて、シリルの体を揺すろうとした。
膝に何かが染み込む感覚がして、恐る恐る膝を見た。
ズボンに赤い何かが染み込んでいる。
何か分からなければ幸せだった。
でも、それが何かわかってしまった。
これはシリルの血だ。
うつ伏せになっていたシリルの体を、仰向けにした。
口からは血が流れていて、体は冷えている。
「どうして……」
「分からぬか?」
聞き慣れた声が聞こえ、振り向くと、そこには血まみれの父がいた。
「父上……」
「お前がこの平民と遊んでいると言う報告を受けてな。私はお前に近づかないようにこいつにお願いをしたが、承諾しなかったからな」
「……だから殺したと言うのですか?」
「これは仕方ないことなのだよ。アズルク」
尊敬していた父を、初めて恨み、初めて嫌いになった。
慕っていた父に、大切な親友を殺された。
「うっ、うぁっ……あぁあ……」
「お前は侯爵後継者だ。人付き合いには気をつけなければ、お前の周りから人が消えていくぞ?」
そう言って父は親友の家を出た。
「うあぁぁぁぁあああああああああ!!」
堪えきれず、俺は大声で泣いた。
俺がシリルと仲良くしなければ、シリルの人生は滅茶苦茶にならなくて済んだのに。
俺が自分のことしか考えてなかったから……。
だから、だからシリルは死んだんだ。
その後、俺は父を訴えようとしたが、平民と貴族では命の価値が違うから、父はお咎めなしということになった。
許せない。
父も、俺の親友の命を軽んじたこの国も……。
◇◆◇
「だから俺は革命派に手を貸すことにした」
革命派には自分勝手な奴らしかいないと思い込んでいた。
けど違った。
革命派の人達も、重い過去を抱え、葛藤し続けている。
「お嬢ちゃんはこんな汚れ切った誘拐犯の過去にも涙を流してくれるのか?」
「だっ、だって……平民の命の重さも、貴族の命の重さも変わらないのに、そんなの酷すぎます……」
汚れ切っているかもしれない。
何人の人を殺めたのか分からない相手。
だけど、どうしてもその過去の傷が原因だと思うと、恨めない。
「お嬢ちゃん、俺は父と、父に絡んだ奴らを殺そうとしている極悪人だぞ?しっかり軽蔑しろ」
「嫌です……」
誘拐犯は呆れたように息をつき、私の頭を撫でた。
極悪人だとしても、助けたい。
救いたい。
見捨てるなんてできない。
「殺さない選択はできないんですか?」
「無理だ。俺はすでに一人殺している」
「そんな……」
「まだ公にはなっていないが、コロスーゾ公爵に刺客を送った」
「ん?」
「いつか公になるだろう」
あー、あの愛人という名の刺客はこの人の仕業だったかー。
ていうか残念ながらコロスーゾ公爵生きてるし。
めちゃくちゃアルデーヌと仲良くしてるし。
「だからな、嬢ちゃん。そんな優しい目を向けるな」
いや、これは違くて。
すごい勘違いをさせているという目です。
「あ、あのー」
「なんだ?」
「コロスーゾ公爵、健在です。刺客には罰が下されてます」
「ふぁ?」
拍子抜けたような声を出す誘拐犯と、申し訳なさそうな私。
気まずすぎる。
「……なんで知ってるんだ?」
「えっと、私の家、王家と関係があって……」
誘拐犯は目を細めた。
どうしよう。
下手な家の名前は言えないしなぁ……。
あっちょうどいい人がいるじゃぁん。
「私!リリアーナ・ルア・アタマカユイです!」
「あー!お前がリディール王女殿下の婚約者と不貞を働いたクソ女か!」
おっと酷い言われようだ。
一応、律を庇う提案を国王にしたけど、言い訳が見当たらず、結局本当のことを言うしかなかった。
律にも伝えたけど、自業自得だから気にするなと言われた。
「なるほど、王宮に事情聴取とかで出向くからそう言う噂も耳にする機会があったのか」
よかった、誘拐犯が都合のいい解釈をしてくれて。
律、ありがとう。
「おっと、そろそろ行かなきゃだ。じゃあな、嬢ちゃん。また明日話そう」
そう言って誘拐犯は出て行った。
少し気さくな感じでいい人そうだけどな……。
あんな人が革命派だなんて……。
「リディール王女殿下、国王陛下に報告を済ませました」
「そう、お父様はなんて?」
「『リデールの判断に任せる。しかし、明日の朝には迎えに行く』だそうです」
「じゃあ、しばらくここにいるわ。あなた達も、彼も幸せにする最善を考えるから」
「……承知いたしました」
影は再びどこかへ消えた。
私は小さな窓から見える月を見た。
あの月は、前世の月と同じ形をしている。
いや、違う。
この世界の月は少し青みがかって、夜空に浮かぶ星の数も多すぎる。
でも、孤独を感じる夜空の景色は、どこか似ている。
前世の私は、こんな夜に部屋の窓から空を眺めて、ただぼんやりと時間を潰すだけだった。
今は違う。
今は、目の前のこの状況が、りりあさんの物語をどう変えるかの分岐点だって、わかっているから。
◇◆◇
翌朝、扉が開く音で目が覚めた。
まだ薄暗い部屋に、昨日の誘拐犯が入ってきた。
彼の手に持ったトレイには、パンらしきものと、水の入ったコップがある。
質素だけど、ちゃんとした食事だ。
「おはよう、嬢ちゃん。よく眠れたか?」
誘拐犯はトレイを床の横に置き、壁に寄りかかって座る。
私は体を起こし、トレイを膝に引き寄せた。
「ありがとう。意外と親切ね、誘拐犯にしては」
「ははっ、皮肉か?まあ、嬢ちゃんみたいな可愛い子を飢えさせる趣味はねぇよ。革命派だって、人道的な面はあるさ」
昨日は辛そうな顔をしていたけど、一晩経って落ち着いたのか、顔色が良くなっていた。
「そういえば、あなたの名前は?」
「……アズルク。アズルク・オズ・サカムケキニナルだ」
私は名前を聞いて、少し笑った。
本当にファミリーネームのダサさは逸材だな。
私はパンを一口かじり、噛みながら言葉を探した。
「アズルクさん。昨日はシリルさんの話を聞かせてくれてありがとう。……本当に、辛かったよね」
アズルクの表情が一瞬曇る。
掘り返したら彼が辛いのは分かってる。
でも、彼を止めるには、シリルさんの話を掘り返すしかない。
「またその話か。嬢ちゃんはよっぽど同情深いんだな。俺みたいな汚物に」
「汚物じゃないよ。あなたはただ、愛を失った人だよ。父さんに裏切られて、親友を失って、国に絶望して。それで革命を選んだ。でも、それで本当に幸せになれるの?」
アズルクは天井を睨み、ため息をつく。
「幸せ?そんなもん、俺には縁がねぇよ。シリルの仇を討って、父をぶっ殺して、この腐った貴族社会をぶち壊せば、それで十分だ。嬢ちゃんみたいなボンボンには、わからねぇだろうが」
「わかるよ。少しは」
私はパンを置いて、彼の目を見つめた。




