第二話 国を変えたい人達に誘拐されました
なんだよ。
せっかく愛しの元婚約者が愚痴を言いに来てやったのに。
「なんでそんなに嫌そうなの?」
「立場をわきまえない殿下が悪いですよね?」
「君には言われたくないよ?」
「それ言ったら僕が何も言えないと分かってますよね」
ナルシスト味がなくなり、冷静で周り中心になった彼との時間は楽しいな。
また来るとしよう。
「フォーカス、私は君と対等な関係を目指したい」
「というと?」
「敬語はなし、様もいらない。これからは友達として仲良くしようよ」
「嫌です」
「即答やめろ」
流石に傷つくぞ。
「お願いだよフォーカス、王女という立場の私に権力目当てで近寄ってくる令嬢とは友達にはなりたくないの」
「貴族社会はそんなもんですよ。逆にそうでなければおかしいです」
「でも、嫌なものは嫌だよ。そんな貴族社会から抜け出したフォーカスとなら友達になりたいと素直に思ったから。だからお願い」
「僕があなたにしたことを忘れたんですか?」
「え?それって、魅了魔法に負けて婚約者がいるのにも関わらず、男爵令嬢に砂糖吐きそうになるほど甘い手紙を送りまくってたくせに、自分は私に忠誠を誓ってますと宣言して、結局私に見放されて婚約破棄された上に、父親にボコボコに殴られて正気に戻ったことの話?」
「長い上に容赦がない」
フォーカスはかなり微妙な顔をしている。
そりゃあ、普通なら顔も見たくないほど嫌いになるところだけど、私はそこまで小さい心の持ち主じゃないよ。
「フォーカス、私は過去より未来を見たい。過去がどうあれ、仲良くしたいと思えたのはあなたが初めてなの」
私はフォーカスに手を差し伸べた。
過去に囚われている私が、こんなセリフを言うのはおかしいけどね。
フォーカスはかなり戸惑い、頭をクシャクシャにしたあと、力強く私の手を握った。
「いいよ、なってやるよ」
「やった!よろしくね、フォーカス!」
「…………よろしく、リディール」
前世でも、今世でも、初めての友達。
嬉しいなぁ。
「それじゃあ、今日は帰るね。また来るから覚悟しててね?」
「はいはい、気をつけて帰れよ?」
「分かってるよ」
私はフォーカスの家を出た。
しばらく歩いていると、背後から誰かに腕を掴まれ、路地裏に連れて行かれた。
私の意識はどんどん遠のいていった。
◇◆◇
あなたは誘拐されたら、まず第一声に何を言いますか?
ベタな展開を求めるなら、「助けて!!」「家に帰して!!」みたいな言葉を叫ぶ。
しかし、私は転生した時同様、そんなベタな展開にはならなかった。
「oh my god」
最近拉致事件が起きてることは知ってたけど、私が標的にされるとはね。
「影」
「はっ、お呼びですか?」
やっぱりいたのか。
私に影という護衛がついていることは知っていた。
影が私を助けなかったってことは、まだ国王には報告が行ってないんだろう。
「国王には報告は済ませた?」
「い、いえ。まだです……」
歯切れの悪い物言いだな。
何か言われたのか?
「ひょっとして、私を守れないならクビにするとか?」
「…………」
うっそマジで?
図星みたいな顔してるじゃん。
そんなことを考えていたら、私のいる部屋に一つ取り付けられている扉の奥から足音が聞こえた。
今気づいたけど拘束とかされてないな。
「隠れて」
そういうと、影はすぐさまどこかに隠れた。
扉がゆっくりと開き、入ってきた男はやけにガタイが良かった。
「おうおう、泣くでも喚くでもねぇのか?嬢ちゃん」
「首謀者は誰?あなたの刑は軽くするから言いなさい」
「捕まってるのに随分と余裕そうだな」
誘拐犯は不敵に笑って、私の隣に腰を下ろした。
座り方からして、おそらく貴族だな。
「お嬢ちゃんは貴族だな?」
「そう言うあなたも貴族よね。行動の端々から貴族の作法が見えたわ」
「驚いた。観察眼も持っていたのか。そうだ、俺も貴族だ」
「どうして私を誘拐したの?」
「俺は上級貴族の革命派だ」
こいつ、革命派の人間か。
幸い私の正体はバレてないようだけど、バレたらどうなるか。
革命派は目的のためなら手段を選ばない。
王女だとバレないようにしよう。
「あなたはどうして革命派に?」
「この国を変えたいからだ」
「どうして?」
「この国の上下関係はかなりシビアなものだ。貴族と平民の溝は当然のようにあり、下級貴族は上級貴族には逆らえない」
一理あるな。
メッチャツオイ王国は、彼の言う通り上下関係が厳しい。
りりあさんはこの世界を誰も不幸にならない世界にしようとしたみたいだけど、そんな世界は作れっこない。
それに、りりあさんは物語を途中までしか書いていない。
つまり、物語の設定に大きな欠陥があることにもなる。
この世界は、物語を大きく反映したものだ。
元になっている物語に欠陥があれば、この世界はその欠陥をなくすために、新たな設定を生み出す。
それが、りりあさんの願いに繋がろうと、繋がらなかろうと関係はない。
要は世界が成り立てばいいのだ。
「何か辛いことでもありましたか?」
「どうしてそう思う?」
「声が少し震えていたから」
誘拐犯は息をついて、天井を見つめた。
「俺には平民の友達がいたんだ。俺とそいつは毎日のように遊んで、ずっと友達でいる約束をしていた」
「和む話ですね。好きですよ、そういう話」
「次の話を聞いてもそう言えるか?」
「……?」
「そいつは俺の父親に殺された」
おっと、急に重いぞ。
さっきまで朗らかで、和む話だったやん。
なんで急に人が死ぬ話になったんだよ。
「えっと、どうして……?」
「簡単な話だ。平民と貴族がつるむのを面白く思わなかったからだ」
◇◆◇
今日もあいつに会える!
昨日、今日の分の授業も終わらせて、いつもよりも長く遊べるように調節してよかった。
その日は、親友の誕生日で、どうしても一緒に過ごしたかった。
俺は親友の家の扉を乱暴に開けた。
「シリル!!」
シリルの家の中はやけに荒れていた。
今日はサプライズで来たから、来ることは伝えてない。
だから片付けてないのか?
俺はシリルのために用意した誕生日プレゼントを胸に抱えながら、家の中に入った。
「シリル?いないのか?」
家の中には俺の足音だけが響く。
そういえば、シリルは俺と遊ぶ日だけはリビングにいたけど、そうじゃない日は奥の部屋で薬草の研究をしてるって言ってたな。
俺は一度だけ入ったことのある研究室に向かった。
鉄のような匂いがする。
俺はゆっくりと研究室の扉を開けた。
「シリル……?」
研究室の中も荒れている。
一体何が……。
数歩前に進むと、足元に何かが当たった。
足元を見ると、そこにはシリルが倒れていた。




