第四話 婚約者の浮気相手が母と仲直りしました
その時、小百合さんの声が部屋に響いた。
小百合さんの声が響いた瞬間、部屋の中の空気が一変した。
リリアーナがハッと顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃの顔で小百合さんを見つめる。
私も思わず振り返ると、そこには静かな威厳と優しさを湛えた王妃の姿があった。
彼女の目は、まるで昔の息子を見つめるような、深い愛情と後悔に満ちていた。
「……母、さん……?」
リリアーナの声は震えていて、まるで子供の頃に戻ったような脆さがあった。
私は王妃が小百合さんだとは言っていない。
それでも気づいたってことは、二人はきっと強い絆で結ばれているのだろう。
小百合さんがゆっくりとリリアーナに近づき、彼女の手をそっと握る。
「盗み聞きをしてしまってごめんなさい、リディール、律。……リリアーナの性格が律に似ているとは思ったけど、やっぱり私の息子だった」
小百合さんは涙ぐんだ目で優しく言った。
「……こんなにあなたが傷ついてたなんて、気づけなかった。母親失格だわ」
「違うよ、母さん。僕が、ただのダメな息子だったから。いつも母さんを困らせて、……僕に愛される価値がなかっただけなんだ……」
その言葉に、私の胸がズキッと痛んだ。
愛されたいのに、誰も自分を見てくれなかったって気持ち、私も前世で感じたことある
仲良くしたいのに仲良くできない、好きになりたいのに好きになれない。
そんな想いを抱えてきた私からしたら、リリアーナには共感ができるんだ。
「リリアーナ、愛される価値がないなんて、そんなわけないよ」
リリアーナ……。
いや、律の涙でぐしゃぐしゃになった顔が、小百合さんの手の中で小さく震えている。
彼の言葉、「愛される価値がない」ってのが、私の胸にズキズキ響く。
元ヒキニートの私も、前世でそんな気持ちを何度も味わった。
「律、愛される価値がないなんて、そんなこと絶対ない。あなたはりりあさんの義理の兄で、小百合さんの息子だ。小百合さんが今こうやってあなたの手を握ってる。それだけで、十分価値があるよ」
律は私の言葉に、涙をポロポロ流しながら首を振る。
「でも、前世でも、この世界でも、ずっと間違ったことばかりしてきた。魅了魔法で人を操って、偽りの愛で自分の心に空いた穴を誤魔化そうとした……」
小百合さんが律の頬に手を当て、優しく顔を上げさせる。
それは本当に、温かい家族のようにも見える。
「律、いい? あなたがどんな間違いをしたとしても、私の息子であることに変わりはないの。前世で、私はあなたの心を見てあげられなかった。りりあのことばかり気にして、あなたがどんなに孤独だったか、気づけなかった。ごめんなさい、律。でも、これだけは信じて」
「…………」
「私はあなたを愛しているの。伝え方が分からなかっただけで、愛していたの。あなたはあの子達よりも大人びていたから」
律はさっきよりも大粒の涙を流した。
そして、小百合さんに抱きつき、子供のように泣いた。
「母さん……!僕、ほんとバカだった……!勘違いして、りりあの物語を、こんな風に汚しちゃって……色んな人の人生を狂わせて……ごめんなさい……!」
律が小百合さんの胸に抱きついて、子供のようにはげしく泣く姿に、私の胸もギュッと締め付けられる。
私も、前世で家族と向き合えなかったあの孤独を思い出す。
りりあさんの物語に転生して、初めて誰かのために動く意味を見つけられた私だから、律の気持ちはめっちゃわかる。
愛されたかったのに、自分を愛せなかった過去。
それでも、今この瞬間、律は小百合さんの愛に包まれてる。
小百合さんが律の髪を優しく撫でながら、静かに言う。
「律、さっきも言ったけど、どんなに間違ったことをしても、あなたは私の息子。りりあの物語を汚したと思うなら、これから一緒にその物語をきれいにしていきましょう。あなたには、その力があるわ」
律は小百合さんの胸から顔を上げ、涙でぐしゃぐしゃの顔で小さく頷く。
「りりあさんの願いは、誰もが自分を愛せる世界を作ること。あなたが改心したなら、絶対その力になれる。私も、前世で大切な人を傷つけた罪を償うために戦ってる。一緒に、りりあさんの願いを叶えようよ!」
「うん!」
こうして、異端児差別の緩和、フォーカスとの婚約破棄、リリアーナとの問題が無事に解決した。
律は魅了を使っていたことを認め、国王から謹慎四ヶ月の罰を与えられた。
◇◆◇
――数日後
「さぁて、リリアーナとのことも終わったし、あとは新しい婚約者探しだな」
……………………だるい。
よし、こんなときは気分転換に行こう。
私は部屋を出た。
「あら、リディール王女殿下」
しばらく歩いていたら、誰かに声をかけられた。
振り向くと可愛い系の女子が立っていた。
「お久しぶりですね」
「ええ、そうですね」
…………誰だぁー?
私は廊下で立ち止まり、目の前にいる可愛い系の女子をじーっと見つめる。
まるで乙女ゲームのヒロインみたいな雰囲気だけど、リリアーナが主人公だからサブキャラだろう。
リディールの記憶を必死に掘り返してみるけどこんな人いない。
マジで誰だ?
王宮でこんな子に会った覚えがないぞ。
貴族の令嬢?
それともメイド?
いや、メイドならこんなラフに話しかけてこないよね?
「ふふっ、覚えていらっしゃらないのも当然です。私はスパール・ラナ・カエルコワイの妹のエステリーゼ・コア・カエルコワイです」
思い出した。
この子、スパールの妹だ。
確かに面影あるわ。
ちなみにエステリーゼとスパールは二歳差だ。
今日は魔法の授業を受けに来たのだろう。
「エステリーゼでしたか。大きくスリムになりましたね」
いや、こんなん気づかないよ。
だってこの人、リディールの記憶の中だと前世の私と同じタイプだもん。
めちゃくちゃデブではないけど、丸っこいみたいな。
お母さんの食事が健康的だったからかな?
そばかすも消えてるし、髪もツヤツヤになってる。
「リディール様は相変わらずお美しいですね。数日前の建国祭のスピーチも素晴らしいできでした。異端児差別の問題に真正面から向き合うなんて、リディール王女殿下ほんとカッコいいです」
リリアーナのぶりっ子演技とは全然違う、めっちゃピュアな雰囲気。
乙女ゲームなら、こういう子が親友キャラになるタイプだよね。
「ところで、どちらへいかれる予定で?」
「ああ、時間を持て余していたので、王立魔法士団の塔へ行こうかと。生活に慣れたかが気になってしまって……」
「そうですか。リディール王女殿下はお優しいですね」
エステリーゼは優しく微笑んだ。
あれ?
なんか、この笑顔……。
「それでは、授業がありますゆえ、これにて失礼いたします」
「あ、はい。頑張ってください」
エステリーゼを見送りながら、胸にある違和感は消えなかった。




