第三十五話 作戦開始
第三十五話 作戦開始
サイド ベルガー
「くそ、くそ、くそ……!」
自室にて金庫を開錠しながら悪態をつく。
なんでだ。なんでよりによって『奴』みたいな化け物が私の元に現れた!!
『ははっ!いやぁ、死ぬかと思った!強いな、本当に!お前の首は高くつく!京の都で四天王と呼ばれるあいつにも、俺の名が届くかもしれんな!』
「っぅ……!!」
あの化け物が。奇妙な格好をしたあの男が、我が主君『ベルゼビュート』様を斬り殺す姿を思い出す。
この光景を忘れた日などない。魔王様にお仕えする四騎の闇にして、最高戦力たる存在。それが四天王。
その一角たる我が主ベルゼビュート様。髑髏の浮かぶ羽を震わせ、音速すらも超えて自由自在に飛ぶ貴公子。単純な戦闘能力では魔王様すら凌ぐとされた、誇るべき主。
そのお方が破れた。家畜でしかない人間数人に。一人も道連れにする事もできず、鏖殺された。
私は、逃げた。我が主君が破れる様を見て、逃げ出したのだ。
勝てるわけがない。それぞれの四天王が有する幹部達の一人とは言え、私は家柄で末席に座れただけの小物だと自身が一番わかっている。
化け物。現代では『ジロー・マルーエダ』と呼ばれるあの男。手足が千切れ、臓物をこぼしながらも笑っていた怪物。
勇者?聖人?ふざけた事を。アレは紛れもなく化け物だ。自分の命や使命などよりも、目の前の敵から首を奪う事を優先する狂人と呼ぶ事すら生ぬるい理外の存在だ。
それによく似た気配を持つ男が、私の城にやってきた。
黒髪に銀の瞳孔を持つあの男。アレはなんだ?容姿は髪色以外マルーエダに似ていないが、私の勘が告げている。奴の身に纏う気配は、ベルゼビュート様と戦った時のマルーエダと瓜二つだと。
「くっ、こ、この……!」
指が震えてダイヤルを回し過ぎる。また一からだ!
落ち着け。落ち着くんだベルガー・ニッヒ・ゼンブル。この千年。耐えがたきを耐え、魔王様の復活を信じて準備をしてきたじゃぁないか。
それにあの男。たしかショウタだったか?どれだけ気配が似ていても、奴ほどの異常さは感じられない。せいぜいが神聖隊の隊長格。十分に強者だが、それでも四天王に比べれば赤子に等しい。
……少しだけ、冷静さが戻ってくる。
よもや、研究資料から作り上げたトレントの壁を突破されるとは思わなんだが、それでもまだやりようはある。
本来なら来年に孵化させる予定だったが、今やるしかない。村人に仕込んだ卵を呼び起こす時だ。
神聖隊に見つからぬよう、各地を転々とし続ける日々。その中で『シャイニング卿』という気狂いの噂を聞いた。そして、利用できるのではないか、と。
魔族たる者、人間の作った技術に頼るなど業腹だが選り好みもしていられない。そう思い奴の足跡をたどり、いくつかの研究所を巡ってここにたどり着いたのだ。
いやはや、人の業とは度し難い。よもやゴブリンからこの様な魔物を作り出すとは。
旅の途中に確保できたトレントの種も使い、この地を要塞化。来たる決戦の日に備え、戦力を蓄えていた。
だがここはもう終わりだ。アレほどの猛者がフリーであるはずがない。奴らからの連絡が途絶えれば、必ずや国家規模の捜索がされるだろう。
ならばもうここは放棄する。せめて研究データといくつかの卵だけを持って逃げおおせるしかない。時間稼ぎとして、村人たちで育てたG5とやらと『奥の手』でもって注意を逸らす。
ようやく金庫の鍵が開く。念のためと厳重にし過ぎた弊害が出た。中から先端に突起のあるタクトを握りしめる。
とにかくこれで緊急用の起動スイッチは手に入った。既に夜が明けてしまい、忌々しい太陽光が窓から差し込んでくる。
アンデッドども程ではないが、魔族にとって陽光は毒だ。長時間浴びればそれだけで皮膚が焼け爛れる者もいる。
急がねば。既に術式自体は用意してある。後は隠し部屋に置いてある資料を回収。そして制御室でG5を起動させれば一時間後には――。
「ん……?」
今、村の複数個所から魔力反応を感じた様な……?
気のせいかもしれない。だが、言いようのない不安が胸に押し寄せてくる。
これは、奴らも動きだしたのかもしれない。早く行かなくては。
そう思って立ち上がった時、扉が乱暴にノックされる。ええい、なんだ騒々しい!家畜風情が朝から騒ぎおって!どうせ昨日の腹痛誘発剤が残っているだけだろうに!
反抗されないように甘い顔と催眠でやりくりしてきたが、もうその必要もない。さっさと殺そう。
「なんだ、こんな時間に」
苛立ちを隠しもせず扉をあければ、ここで働く村人の男が汗をダラダラと流していた。汚らしい。
「大変です先生!一階で火事が!」
「……なにぃ!?」
思わず大声が出る。ふざ、ふざけるな!一階には貴重な資料を保管する隠し部屋があるんだぞ!?それに制御室へつながる階段も!
「は、早く消火だ!急げ!」
「それが、火の回りが速過ぎるんです!調理場から出火したようなのですが、貯蔵していた油にも燃え移って……と、とにかく急ぎ避難を!三階から非常用の梯子を使えば降りられます!」
「っ……ええい、私の魔法でどうにかする!一階に人を近づけさせるな!」
「は、はい!」
人間が走って行く。おおかた患者の避難でもさせるのだろうが、どうでもいい。すぐに脳を食い破ってG5を出させるのだ。
それにしても忌々しい!なんでこんな時に限ってこの様な『不運』が……。
いや、偶然なわけがない!
これは奴らの攻撃だ。おのれ、もう仕掛けて来たのか!くそ、隠れ家の捜索が終わっていないが、それでもどうやって現れた!城の周りには見張りの使い魔を置いているのに!
だが、陽動とわかっていても一階の火事をそのままにできん。あの資料は必ずや魔王様への献上品とする。そうすれば、逃亡の罪は帳消し。それどころかまた幹部として……!
とにかく土で作ったゴーレムらを使い、消火をせねば。その間に私は奴らの様子を。
―――ドォン……!
「今度はなんだ!」
思わず大声をあげて窓に向かう。日光に顔をしかめながら、しかし視線は城の外壁に。
そこからはモクモクと黒い煙が上がり、断続的に爆発を起こしている。
ば、馬鹿な。あそこは『重篤』として苗床にした人間どもの隔離場所。そこをピンポイントで狙われたのか?
く、くそ。早速戦力が削られたが、まだいける。ここに攻め込んで来たという事は、奴らの狙いは私の首だ。
だが流石に制御室やG5についてはわかるまい。それこそ『シャイニング卿』とやらでもなければな。
しかしそのシャイニング卿とやらは、『同胞』からの情報で西の小国にいると聞いている。ここにいるはずもない。
家畜ごときが私の出世を邪魔しおって!魔王様が復活した暁には真っ先に苗床にしてくれる!
* * *
サイド 矢橋 翔太
「ふー……!ふー……!」
木の板と布を使った猿轡を食いしばり、激痛に耐える。
いや耐えきれてねえわ。半泣きだもん。
もうね、超辛い。マジで左手の指全部いったんだけど?麻酔なしでコレやられて泣かない奴いる?もしこの状況で笑える奴がいたらそいつは鎌倉武士が何かだよ。
痛みと喪失感が半端ない。いくら後で治せるって言っても辛いもんは辛いんじゃい。
「な、何をやってるんだ……?」
「ご、拷問?」
「だ、誰かベルガー様にご報告を……」
村の中央にある少しひらけた場所に巨大な石の器をエイミーさんが作り出し、その中に彼女がひたすら腕輪を使って水を流し込む。そして自分はその中に傷口を突っ込んでいるわけだ。
なお、『この方が効率的なのだよ』と彼女の風雷魔法で渦を作っているため、傷口がめっちゃ刺激される。あと切り落とされた指は五芒星になるように配置された。
「見世物ではないのだよ。諸君らはただ静かにしていてくれればいい」
「ひ、ひぃ……!」
近づこうとしてきた村人の足元に石の剣が突き立ち牽制する。エイミーさん。そんなだからシャイニング卿って指名手配されるのでは?
まあ、自分も他に気を回している余裕はない。村人への対応は彼女に任せよう。
「お、おいあれ!」
「そんな!ベルガーさんの城が!?」
村人たちの慌てた声に視線を向ければ、奴の城から火の手が上がっていた。どうやらあちらも無事についたらしい。
* * *
十分ほど前、『頑丈すぎるので自分で切り落としてくれ』と鉈を渡されて固まっている俺に、アミティエさんが話しかけてきた事を思い出す。
「怖いんやな、翔太君。けどそれは当たり前や。恐怖って感情は恥じやない」
「あ、アミティエさん……」
「本当に恥ずべき事は、間違いを認めない事や。本当にこれが正しいんか。他にも道があったんやないか。自分が今立っている場所を疑わず、間違ってなんかあらへんと。そう頑なになる事が一番恥ずかしい事なんや」
優しく。まるで子供に語り掛けるように彼女は続ける。
「君の選択は。ウチの選択は。間違っているのか、否か。それを考えるべきや。今更なんて事、絶対にあらへん。世の中取返しのつかないことばっかりやけど……今はきっと、まだ考え直せる。せやから……」
アミティエさんが一度言葉を区切り、目を閉じる。
そして、力強く見開いた。
「考え直すべきやと思うなぁ、この作戦!!」
「よし、これで火力が上がるはずなのだよ」
石で出来た壺に入ったアミティエさんとホムラさんの傍で、魔法陣のチェックをするエイミーさん。
端的に言おう。発射台である。
「おかしいって!?なんでなん?なんでなんなん?」
「ふむ。雨の日ジョージの娘、アミティエよ。もう一度説明するのだよ」
「ええねん。説明はいらんから出して?ここから出して?」
青い顔でそっと首を振るアミティエさんに、淡々とエイミーさんが告げる。
「ベルガーの城は複数の使い魔により守られている。普通に侵入しようとすれば、瞬く間に囲まれてしまうのだよ。しかし、使い魔が監視しているのは地上のみ」
「当たり前やからね?人は、飛ばない。空を、飛ばない。これ、この世界の常識」
「つまり、空から侵入すれば不意をつける」
「いややー!!人は空を飛ばんもん!そんなんおとぎ話だけやもん!百歩譲っても羽もなしに空を飛べるわけないやんアホー!!」
「安心してほしいのだよ。『一度もやった事はない』し『やろうとも思った事はない』が、理論上は56%安全なのだよ」
「二度と学者名乗んなやマッド!!」
「本機が稼働してからはまだ学者を名乗っていないのだよ」
ブンブンと首をふり銀髪を振り乱すアミティエさん。それを完全に無視し、エイミーさんがホムラさんへと視線を向ける。
「ホムラ。君も準備が整ったかね」
「整ってへんよ?ウチは全然整ってへんよ?ホムラさんもあかんよな?こんなん作戦って呼べへんよな?」
二人の視線を受けたホムラさんが、杖先を魔法陣に押し当てる。
「いつでもOKだぜブラザー!ベルガーとか言う奴のケツをしょんべんに血が混ざるまで蹴り上げてやろうぜぇ!」
「あかん錯乱しとる」
いやむしろいつになく安定している気がする。
あ、そう言えばあの人日本にいた時の趣味はバンジージャンプって言っていたっけ……いやコレをバンジーと一緒に語っていいのかわからないけども。
「よし。では本機の風雷魔法とホムラの火炎魔法にて君達を射出。上空からベルガーの城に侵入し、着地寸前で火炎魔法により衝撃を緩和。城内へと忍び込む」
「無理やー!ウチはこんな形で両親の名前汚しTO☆NAI☆!!というか人が空を飛ぶという事に疑問もてやボケー!!」
「では、健闘を祈るのだよ」
「任せろぉ!私もアミティエちゃんもやる気一万%だぜぇ!」
「ややー!助けてぇ!誰か助けてぇ!人間地に足つけて暮らさなあかんねん!空は飛べん!翔太君!翔太君なんか言ったって!!」
一瞬沈黙が訪れ、自分に視線が集中する。
それに対し、そっと親指をたてた。
「GO」
「呪ってやるぅうう!おどれら全員呪ってやるからぁな!?」
「カウントを開始するのだよ。スリー、ツー、ワン。ゼロ」
「『フレイムアロー』!!」
「あああああああああああああああああ!!??」
空高く弧を描き、城へ向かった彼女らを思い出す。
……よく無事に到着したな。
「む。翔太。血の出が悪くなっているのだよ。傷口を広げてくれ」
「むー!!」
猿轡を噛みちぎりながら、鉈を傷口に叩き込む。
殺す……殺してやるぞ、ベルガァァァ……!!
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一般異世界人アミティエさん。
「人は、飛ばない」




