第三十一話 所見
第三十一話 所見
サイド 矢橋 翔太
「燃やそう」
「待て待て待て」
杖を構えたホムラさんに組み付いて止める。あ、柔らかい。
「放して翔太。こいつは駄目な方のマッドだよ。映画とかでゾンビとかのウイルスばら撒くタイプだ」
「気持ちはわかるけど落ち着いて!?こんな所で貴女の魔法はヤバいですって!あとたぶんこの人コミュ障だから!言葉足らずな部分があるタイプだから!」
「うるせぇ!焼こう!」
「冷静に。冷静になってくださいホムラさん!!」
「ふむ……彼女は少々情緒不安定なようだな。養生をお勧めするのだよ」
「コロス」
「ちょ、ま、ノー!!」
なに冷静に頷いてんだそこのマッド!?一大事!貴女の命が一大事!!
「えっと……何故その様な結論に出たのかを教えてもらえませんか?」
「無論なのだよ。結論だけで終わらせる学者などいない」
引きつった顔のアミティエさんに、エイミーさんが頷いて返す。
いや正直貴女を学者と認めるのは俺の倫理観的にだいぶグレーなんだけど。もって?職業倫理的なものを。
あ、駄目だこの世界の倫理観と俺らの倫理観違い過ぎるわ。
「さて……では一つずつ説明していこう」
「……よろしくお願いします」
とりあえず、暫くはここに敵襲とかもないと思うので話を聞くのが優先だ。まあ、気になって集中できないのもあるが。
「まず、僕は神とは肉体であり、我らは細胞であると考える」
「よしわかった。人間をがん細胞扱いして滅ぼす系マッドだな?死ね」
「どうどうどう」
話しが進まないので、ホムラさんの口を塞ぐ。
……ちょっとだけ手袋しているのが惜しいと思ってしまった。
「細胞の説明は不要そうだな。悪性の存在であるかは別として、神にとって人間もまた細胞の一部なのだよ。しかし、その細胞が『働かなくなったら』どうなると思う」
「まあ、体によくはないでしょうね」
「その通り。それは老化であったり、何らかの病気となりえるのだよ。まあ、これはあくまで比喩なので、『人体であったら』と深く考える必要はない。ただ、肉体にとって不都合だと言うだけだ」
「……働き過ぎても体に悪い場合がありますが」
「勿論だとも。その場合の危険も存在するが、今回の本筋とはあまり関係ない」
「失礼しました」
「構わんのだよ。質問をする事は良い事だ。ただし次からは挙手をしてからするように」
「はい」
なんというか、授業でも受けている気分だ。
……帰ったら勉強、滅茶苦茶遅れそうだなぁ。転移した瞬間に戻るとしても、その前に受けた授業なんて半分以上忘れているぞ。
いや、今はそんな事を考えている場合じゃないか。つい思考が逸れてしまう。
「では、この場合の細胞の働きとは何か。それは『変化』と『増殖』であるのだよ」
「増殖……」
少し疑問がうまれる。
それは、先のエイミーさんの発言と矛盾するのではないだろうか。彼女は神様に信仰心を持っているのなら、その不利益になる事はしないと思う。
だが人類滅亡と増殖とやらは真逆ではないだろうか?
「次に、その変化とは何か。これは技術であったり、物理的な進化であったり様々である。ただし、『停滞』は断じてありえない」
……つまり、世界を変えろというのは。
「今のこの世界は停滞し続けている。技術的、道徳的、文化的。細かい部分を除けば全てにおいて。五十年前の僕が試算した所、本来であれば『飛行機』や『電車』が作り出されてもおかしくない程度には技術力が進歩していたはずなのだよ」
「……すみません、その『ひこうき』や『でんしゃ』とは?」
おずおずと手を上げるアミティエさんに、エイミーさんが視線を向ける。
「前者は人を乗せて高速で空を飛ぶカラクリ。後者は人を乗せて長距離を短時間で走るカラクリなのだよ」
「はぁ、そんなものが……」
「では何故その様な事が起きているのか。それは陽光十字教の教えが邪魔をしているからだ」
「まあ、でしょうね」
あの宗教の教えは『現状維持』。変化とは真逆の立ち位置にいる。
その教義に反する行いをした者には容赦のない制裁を行い、例え信者でなくとも従えと強要してくる。そういう奴らだと聞いた。
「何故そのような事をするのか、理由はわからない。だが、どこかで陽光十字教の教えは改変された疑いがある。その事に気づいた僕は、教義に反する行いをする様になったのだよ」
「……ご自分の仮説が正しいと、信じたからですか?」
「いいや。どちらが正しいかわからなかったからだ。ただ、正しい教えを後世に残したかった。片方でも正しければそれでいい。それが僕の動機である」
そこまで言ってエイミーさんが口をつぐみ、数秒してまた語りだす。
「……少し、話がそれたな。何故人類を滅ぼすのが変化の理由となるのか。その説明をしよう」
正直、話しが長いと思うが。まあいい。どちらにせよホムラさんの魔力が回復しないと虫の大群をどうこうしようとは思えないし。
なんだかんだこの人も消耗している。何をするにせよ、トレントの森の内側ならば力は蓄えるべきだ。
「変化を起こすのが、人でなくても良いからだ。神を、世界を構成する細胞は一つではない。それが動物であれ、植物であれ――魔族であれ何でもいいのだ。ただ、現在最も繁殖しているのが人類というだけの事。それが消えれば、バランスも崩れよう」
「それは、また……」
「一応告げておくが、僕は人類を滅ぼしたいとまでは思っていない。自分の考えが間違っていた場合、やってからでは取返しのつかない事になるのでな」
いや『人類を滅ぼす』とか真面目にやろうとしているなら、問答無用でスタンクさんの所に突き出すけども。どこのテロリストだ。
それはそうと、なるほど。この人の意見としては、『神にとって人間はそんな特別な種族じゃねえよ』と。斬り捨てるなら斬り捨てても構わん存在だと。
増殖という役目は人間でなく別の種族がやればいい。そして、変化を妨害する宗教が実質支配している人類は、この人の仮設では邪魔なだけか。
なるほど。確かに人類を滅ぼせば世界は変わったと言えるだろう。別の『細胞』が活躍できる機会が増えるわけだから。
しかし。
「エイミーさん。しかし、その根拠は?興味深い話しではあったのですが、何をもってその結論に達したのか。何の文献から情報を得たのか。そう言った物がないと、なんとも……いや、そもそも滅ぼされるのは困りますけど」
困った顔でアミティエさんが呟く。
そう、この人が己を学者と名乗るのなら、根拠を提示してほしい。ただの想像なら誰でも出来る。それが正しいのだと。あるいは考えるに値するという理由を示してほしい。
でなければ、言葉を選ばず言えば『妄言』と変わらない。
「ある……が、手元にはない。各地の伝承を調べ、焚書を免れた古い聖書を集めた結果だ。本機は所有せず、またそのデータもほとんど残されていない」
「そうですか……あ、いや。別に貴女を疑っているわけではないんですが」
内心で『妄言と変わらない』と言ってしまったが、それはそれ。
神様だのなんだのがいるのだ。ぶっちゃけ自分の知る常識なんてどこまで役に立つのかわからない。
というか、個人的には『世界を変える理由』なんてどうでもいいのだ。
「俺はただ、世界を変える手段を探し、実行するだけです。帰りたいので」
「同じく」
極論、この世界の事情とか知らん。そりゃあ人殺しとかは避けたいし、変な負い目も持ちたくない。ただ、それで足を止める理由にならないだけ。
「ふむ……もしや君達にとっては無駄話だったか?」
「うん。ぶっちゃけうぜぇとしか思ってなかった」
「ちょ、ホムラさん……!」
「むぐー」
暴れなくなったからと拘束を緩めた途端これか。無意味に敵を増やさないでくれ。
「なるほど。それは失礼したのだよ。ただ、本機に提示できる一番簡単な世界を変える方法が『人類の滅亡』であったのでな」
物騒過ぎない……?もっとこう、技術革新とか政治体系の変化とかそういう方面で世界を変革したいんだけど。
というかなんで一番簡単な方法がそんなストロングスタイルなんだよ。実は脳筋なのか?
「……とりあえず、この話しはそこまでって事でいいかな?」
「あ、うん。ごめん、長々と」
「いいよ。翔太君達にとって一番大事な話しだっていうのはわかっているからね」
アミティエさんがニッコリと笑った後、膝を叩いて立ち上がる。
「ウチとしては現状の情報収集がしたいなぁ。日が暮れる前に、ちょっと村の人にお話し聞いてこようか」
「え、大丈夫なの?」
明らかにやばい村だろう。絶対に普通じゃない。今はこちらに気づいていない様だが、よそ者がいるとわかればどんな反応をするか。
「うん。けどこのまま座っていても解決はしないよ。だから護衛にどっちかついてほしいな。それとも、全員で行きます?」
途中からアミティエさんがエイミーさんへと視線を向けて問いかける。
それに対し、エイミーさんは首をゆっくり横に振った。
「それはできない。本機に異常が発生した。歩行は困難である」
「……なにか怪我を?」
「足が痺れた。立てない」
「あ、はい」
思わず口元が引きつる。じゃあなんで正座したんだよ……。
この場にいるメンツで日本人二人が正座していないのに、なんで異世界の人達がしているのか。謎である。
俺がしてない理由?いやだって正座に慣れてないし。
「じゃあ二手に分かれよう。そう離れはしないけど、単独行動は危ないから二人ずつになろうか」
「人選は……俺がここに残るしかないな」
ホムラさんをここに残して行くのは無理だ。今も必死に首を縦に振っている。そして乳も揺れている。
しっかりとローブを被りなおしたホムラさんがアミティエさんの傍に付き、深呼吸。少しは落ち着いたようだ。
「じゃあ、くれぐれも気をつけて。危険を感じたらホムラさんの魔法を撃つか、大声を頼む。すぐに合流するから」
「うん。翔太君はできるだけここの守りをお願いしたいけど、いざとなったら頼らせてもらうよ。それと、エイミーさんから例の虫について詳しく聞いておいてね」
「わかった」
最後だけ小声になったアミティエさんに頷いた後、彼女らを見送る。
小さくため息をつき、何故か仰向けに倒れているエイミーさんへと振り返った。
「……どうしたんですか」
「足が痺れたのでな。楽な姿勢で体内の魔力を循環させて治しているのだよ。ついでに緊急起動した時スキップしたチェック項目の確認をしている」
「なるほど……?」
魔力を循環させるだけで治せるのか。これが自分の様なまがい物ではない、本物の魔法使いというやつなのだろう。
それはそうと、仰向けになった事で爆乳が重力に惹かれて左右に広がっている。凄まじい存在感。サイズの合わない服の為変化が少ないのだろうが、それ以上に圧倒的ボリュームが激しい自己主張をしている。
と、そういった事に気を取られている場合ではない。
「それで。エイミーさんは例の虫を知っているようですが、なんなんですか、アレは」
「結論から言うと、僕が作り上げた生命体だ」
やっぱ黒幕じゃねえかてめぇ。
「もっとも、現在は僕の手から離れているらしい。本機の記録によれば、施設と共にアレも廃棄したはずなのだよ。しかし、どういうわけか活動している。誰かが拾い上げたか。あるいは自力で生存、繁殖をしたか。元々繁殖力の高い生物なのでどちらでもありえる」
「特徴を窺っても?」
「アレはゴブリンをベースに作った人工生物なのだよ。奴らと同じく『寄生虫』に分類される」
「ゴブリンが寄生虫……?」
なんかイメージないな。ゴブリンと言えばエロ漫画で常連の『亜人』か、あるいは昔ながらのお話しに出てくる妖精の一種か。
少なくとも『虫』としてのイメージはない。
「君の世界におけるゴブリンの事に興味はあるが、それは後にしよう。ゴブリンには雌雄は存在せず、男根に見える部位は針の一種なのだよ。卵を他種族に植え付け、異常な快楽物質を流し込みながら卵に養分を吸わせて孵化させる。そういう生態だ」
「なる、ほど?」
まあ理解できなくはない。姿や植え付ける場所は別として、そういう生態の虫は地球にもいた気がする。
「あの虫は本来他種族の雌にしか産卵できないゴブリンが、雌雄関係なく卵を植え付けられるかの実験の過程で産まれた存在なのだよ。戦略兵器の一種に使えるかとも思ったが、制御が難しい為実践運用はされなかった」
「そうですか」
なにやべえもん作ってんだこいつ。なんだ戦略兵器って。
いや、作ったのはシャイニング卿で、エイミーさんは微妙に違う存在なのだけれども。
「非常に強靭な顎を持ちちょっとした金属なら切断可能。尻尾にある針からどこでもいいので卵を植え付ける事が出来る」
「……昔に廃棄したんでしたっけ。どうやって殺したんです?毒ですか、炎ですか」
アレの生態より、どうやって殺すか。あるいは遠ざけるかが問題だ。
あいにくと自分は学術的興味とやらは薄い方である。害虫となるなら皆殺しにしたい派だ。生態系に関係ないならなおの事。
「ほぼ同じ細胞を持って生まれてくる故、人体に害のない光や臭いで死滅するように設計した。その制御装置があった場所がこのイノセクト村である」
「その制御装置は?今も残っていますか?」
「不明である。そこまでの記録は残されていなかったのだよ」
「そうですか……」
出入口近くの壁に寄りかかり、そっと古びた扉にできた隙間から外を窺う。
どうやら運よく、一人でいる小さな村娘に接触できたらしい。何やら話し込んでいるアミティエさん達を見やる。
見たところ普通の村娘だし、警戒し過ぎかもしれないが……そっと腰の剣に指を這わせる。
アイナさんみたいな事もあるかもしれない。油断はできん。
そこで、村娘がどこかを指さすのが見えた。アミティエさん達もそっちを見ており、何があるのだと角度を変えて隙間から覗いてみる。
「エイミーさん」
「なんだね」
「その制御装置がある施設って……お城だったりしません?」
「何を言っているのだね。逃げ隠れしている人間がそんな目立つ所に住むわけないだろう」
「ですよねー……」
じゃあなんだってんだ。
あの『超大型お化け屋敷です』って言われたら信じてしまいそうな、おどろおどろしい古城は。
読んで頂きありがとうございます。
感想、評価、ブックマーク。いつも励みにさせて頂いております。どうか今後ともよろしくお願いいたします。
Q.エイミーさんの仮説って結局何が言いたかったの?
A.アキラス
「ぐえー、体の調子めっちゃ悪い。なんか一部の細胞が上手く機能してないっぽい。どうにかしなきゃ……」
という感じです。
Q.エイミーさんの仮設がファイナルアンサー?
A.それはまた、これからのお話しにて。




