第94話 Moon lullaby 19
子は親を選べないまま生まれる
ならば生まれてから選べばいい
切っても切れない
そんな縛られた関係なら
例え親が死ななかろうが
俺は宿命の渦に飲み込まれ
剣を酌み交わす
Moon lullaby ~Mother's Wish~
ハロドックが現れた事により、兵達は戸惑いながらも全員ハロドックに向かって一斉に銃を構えた。
戦争とは無縁の世界でも緊急時の対応に無駄が無い辺り、厳しい訓練を受けてきた事がひしひしと伝わる。
「俺が火薬程度の爆発力で死ぬと思ってんのか?」
兵達への牽制とユリに安心感を与えるために余裕を見せ、均衡した状況を作り出す。
「彼らはお前を殺すために構えたんじゃない、王を護るという任務をマニュアル通りに実行しているだけだ」
「あっそう」
ギュートラスの訂正も聞き流し、ユリとルナの無事が確認出来た事にひとまず胸をなで下ろす。
「……ハロドック……」
「悪い遅くなって、生きてて嬉しいぞ」
「……げほっげほっ!!……うっ……」
血混じりの咳と全身の異常で苦しむものの、ハロドックの顔を見上げて笑顔を見せるユリ。
「病死では……示しがつかないんだよ」
そう言ってケイナンはユリに拳銃を向けた。
「───ならどう殺すんだ?」
ケイナンが銃を向けた瞬間に、周りの兵達はギュートラス以外全員が喉をかっ切られて倒れ、ケイナンの銃は紙くずのようにくしゃくしゃに丸められてケイナンの口の中に入れられてあり、ケイナンの右手の指は一本一本綺麗にへし折られていた。
「っ!!!?」
ケイナンの行動についに堪忍袋の緒が切れたハロドックは、冷静沈着でありながらその表情は激情を見せる。
「雑魚がいきがんな、この世は力が全てなんだよ」
「───では、その穴は何だ?」
ケイナンは丸められた銃を口から出してそう言うと、ハロドックはどう見てもユリの後ろの車いす越しから放ったと思われる銃で撃った跡があり、ユリの右脇腹を貫き、ルナの左足にも僅かにかすっていた。
「……なっ……」
「……あ……う……」
ユリは咳き込むよりも多量の吐血をし、貫かれた部分を力の入らない両手で握りしめ、ルナは激痛のあまり声も出さずに気絶していた。
かのハロドックですらも気付かない程の気配、スピード、タイミングを狙える者など数えるほどしかいない。
しかしハロドックが振り返った先には、それを容易く可能としてしまう男がいたのだ。
いや、正確にはハロドックは見ていない……このハラナツから遠く離れた位置に確かに存在した痕跡が気配として強く残っている。
───〝魔神〟ガービウ・セトロイだ。
何故そこにガービウ・セトロイがいるのか……ユリの存在、ルナの存在、自身の存在、ケイナンの陰謀……心当たりが多すぎるために、上手く思考がまとまらない。
そもそもこの争いにガービウ・セトロイたる者が直接関与してくる事が想定外ではあったが、想像の範囲内にはあった。
しかし想定の内側に入ってくる事が無かったハロドックの甘さが招いたこの結果だ。
「っ……〝光環〟」
するとハロドックは全身から眩い光を輝かせ、ユリとルナを光に巻き込んでいった。
その瞬間3人はケイナンやギュートラスの前から忽然と姿を消した。
「……ギュートラス」
「何だ」
「これは何だ」
ケイナンにはそれが理解出来ないために額に少しの冷や汗を滴らせ、逃がしたのかと考える。
「〝光環〟だろ?全種族が共通して使える2つの技の1つだ、光を発して自分の心の中に入るっていう訳分かんねぇ技だ……
……10分間しか使えねぇが、その間は完全不干渉、音も光も触れることも、一切の意思疎通が不可能になる、ちなみに俺も使える」
「……逃がしたということか」
「そう焦んな、また出てくる」
「───」
この世で全種族が共通して扱える異能力……対象の記憶が自身になだれ込み、心に深い感情を抱かせ対象を安楽死させる───〝無還〟
同様に、自身の心を理解する者が対象を自身の心の中に迎え入れ、外界との接触の一切を断つ技───〝光環〟
効果持続時間はギュートラスの述べた通り10分……ケイナンはただ、待つことしか出来ない。
※ ※ ※ ※ ※
「う……ん……」
ユリが目を覚ますと、森林の端っこにある崖に立っていて、下を見下ろすと小さな村があり、遠くの右側には大きな火山、青空もどこまでも広がっていた。
すると背後からルナを肩車して担ぐハロドックが現れた。
「……ハロドック……ここは……あれ、傷が……あれ……咳も出ない……」
ユリにあったはずの撃ち抜かれた傷も、咳き込む感覚も、あらゆる体の状態が健康な状態であった。
ハロドックはユリにルナを渡し崖から見える景色を眺め、ユリは崖に足をぷらつかせて座った。
「ここは、まあ俺の一番好きだったとこだな……馬鹿は高いとこ好きだって云うし」
「……ルナは……私は……どうなってるの?……」
「お前とルナは今眠ってる状態だ、多分ここから抜けたら死ぬ、いや間違いねぇな……悪い……俺の失態だ……」
「……いい、許す……どうせ死ぬって分かってたから……最期に……素敵な所に連れてきてくれてありがとう」
「……正直でいいんだよ」
「いや、正直だよ……だって……個人的には大往生だよ……好きな人が出来て……その人との子供を授かって……色んな所に行って色んな人と出会って……あ、でも……ルナの兄弟とか作ってあげたかったかな……うん……あとは……やり切った……」
ユリは笑顔でハロドックにそう言うも、徐々にその笑顔が引きつっていき、涙ぐみ、涙を流し、歯を食いしばり、右手でどれだけ拭っても涙が止まることがなかった。
「……えっとね……それで……その……えっと……うっ……うぅ……」
感極まったユリはルナを地べたに座らせ、全てを曝け出すために思い切り走ってハロドックに抱きついた。
「……死にたくない……死にたくないよ……死にたくないよぉ!!!!!……私まだ死にたくない!!!!!……嫌だ……まだ……ああああああああ……やだぁ……」
ユリはハロドックを抱きしめ、心からの声を上げ、大声で泣き叫んだ。
ハロドックはそっとユリを抱きしめ、右手でユリの頭を優しく撫でた。
「何で……何で私なの……私だったの……何で……」
「……お前の心はここにある、俺が全部受け止める、死してお前が失うモノなどあっちゃいねぇよ……」
ユリは少しずつ知りかけていた……死という感覚を、恐怖を、闇を……。
ハロドックはそれを如何様にも共有など出来ない感覚だが、せめてユリが最期を笑顔で迎えられるために、サプライズを用意していたもの
「……あれを見ろ」
ハロドックはユリの後ろを真っ直ぐに指差し、ユリは涙を拭わず指先の通りに後ろを振り向く。
そこにはまだ少し不安定ながらも、二足で立って少しずつ、一歩一歩ユリに近づくルナの姿があった。
「……あ……あああ……ルナぁ……」
ユリは再び涙が溢れ出しながらもルナの方を向いて正座し、一歩一歩ゆっくり、ゆっくりと歩くルナを待ち構え、ルナが目の前に来ると優しくも激しくルナを抱きしめた。
「あ……あああルナ……ルナが……ルナが!立った……歩いたぁ!!……」
「まーまー、えへへ~、すき~!」
ルナも満面の笑顔でユリを抱きしめ返した。
「……ルナぁ……」
「お前が寝てる間に立ったんだよ、んですぐ歩いた……冥土の土産は……これでいいか?」
「……馬鹿ぁ……ますます死にたくなくなったぁ……」
「……悪い……俺……死ぬのがどんだけ辛くて、苦しくて、怖ぇのか……忘れちまった……それが言い訳にならねぇのは分かってるけど……でも」
「ごめん」
吹っ切れるだろうとのサプライズのつもりだったが、より未練を残してしまったごとにハロドックは謝ろうとするが、ユリが何とハロドックの言葉を遮って謝り、ザルブかぜに感染していないかつてのように姿勢よく立ち上がった。
「……何でお前が謝んだよ……」
「……だって私、わがままばっかり……ハロドックに迷惑ばっかりかけてた……ハロドックが死ぬのが分からないとか、そんなの……分かってる……何回も言ってたし……」
「……俺のとある知り合い曰く───」
ハロドックはユリの顔を自分の方に向け、後頭部に右手を回し、自分の腹部に額を押し当てた。
「わがままな奴は、この世で一番自由で幸せなんだとよ」
「───」
それはかつて、愛の心を知らなかった男が出会った1人の悲惨な人生を歩んできた女に向かって言った、不器用ながらの愛の言葉。
同じ過去を背負う〝死神〟と呼ばれる少年が、たった1人の龍人の少女の過去を肯定し、分かち合い、最期の時まで揺るがない愛を貫き通した、自身の知る限り最も不器用で純愛だった2人の印。
「俺から言わせたら、必ずしも自由が幸せだなんて限らねぇ……けど……幸せなのは違いねぇ、俺は、お前が幸せならわがままだろうと、たとえ殺人鬼であろうと、それでいい……お前を愛する」
ベイルとバニルのように綺麗にはなれないけれど、伝えたい想いに嘘は無い。
ハロドックは、ユリを───
「───でも、本気じゃないんだよね」
「───」
答えられなかった。
本心であることはユリもハロドックの声色から察しがつくが、本心と本気は意味が違う……。
自分はこの人の1番ではないと、この静寂は残酷にもそう告げたと同等に意味する。
「……あっははは……最低!……でもいい!……私が幸せなら!……これはちゃんと本心で、本気だよ!」
「……そうか」
辛い……決して解けない呪縛がハロドックに科した業は、世界の命運を背負わせる事では無い───愛してくれる人の気持ちに、本当の意味で心の底から応えられない事だ。
するとルナはよちよちと一歩一歩を大事に歩き、ユリの右足に抱きついた。
「……まま」
「……ごめんねルナ、ママもう行かなくちゃ……」
「……やだ!」
「ルナ……」
子供だからといって全てを理解していない訳では無い、ましてハロドックの息子だ……明確な意思だって大事に持っている。
その抗いがユリの瞳を再び濡らし、されど子に見せる母親の笑顔を見せながらしゃがみ込み、ユリはルナの額にキスをした。
「ちゃんと食べて、ちゃんと寝て、いっぱい笑って、関わる人達には感謝して……好きな人はちゃんと愛してあげてね」
「……うん!」
何をどこまで理解した上の元気な返事なのかは分からない……それでも嬉しかった、真っ直ぐな気持ちなのは確かだったから。
「……時間だ、もういいか?」
終わりの無い男から告げられた終わりの時、ユリはそれでも悲しみを覚えなかった。
これだけの自分が生きた証があるのに、何を悔いる事がある。
これだけの人々に愛されたのに、それ以上何を欲するモノがある。
別れの時は必ずやってくる、もうきっと誰も、自分を除け者にはしない。
自由を夢見た少女は、愛する男と子に、それぞれの願いを託す───。
「……まだ、ちゃんと言ってなかったね」
するとユリは背伸びをし、ハロドックの両側頭部を両手で触れ、自身の顔に近付け、口づけを交わした。
「……ユリ……」
「愛してる──誰よりも……ハロドックが考えてるよりも……
───愛してる」
※ ※ ※ ※ ※
「終わったか」
ちょうど10分後、ケイナンとギュートラスの前にハロドックとルナが現れた。
ルナはハロドックの足元で静かに寝息を立てており、ハロドックは全身が伸びきったユリを抱きかかえていた。
「……ああ」
しばらく沈黙した後、ハロドックはケイナンの前にユリの遺体を放り投げた。
「……何の真似だ」
あれほど大事に護ろうとした女を、屍とてこうも乱雑に扱う事が考えられず、警戒して触れないケイナン。
「そいつはもうユリじゃねぇ、ただの肉の塊だ」
「……随分辛辣だな」
さっきまでの心のこもったように色づいていない瞳は、ハロドックから漂うオーラもかき消している。
「俺が愛したユリはもうそこにはいねぇ、ユリの心は居場所を変えただけだ……俺はその心を継ぐ「次」が出てくるのを待つ、じゃあな」
そしてハロドックはその場から消えた。
ユリとの絆の証、愛子ルナを残して。
「……遺体はどうするんすか?」
「俺が管理する、ガキはお前の好きにしろ」
「……へいへーい」
※ ※ ※ ※ ※
翌日の夜、ハロドックはシュベレットと共にユリが初めて見た海がよく見える場所にユリの遺体を埋め、墓を建てた。
シュベレットがここにいる理由は、ケイナンがルブラーンからいなくなったタイミングで脱獄し、1ヶ月前にハロドックから伝えられた通りにしたためだ。
小さな丸太を十字に組んだだけの墓に、大量の花と婚約指輪をハロドックの分と2つ並べ、大男2人は潮風に当たりながら、それぞれがユリと過ごした日々を思い返す。
「……しかし、ユリ様のご遺体はケイナンも欲したはず……よく持ち出せたな」
「俺は1ヶ月真っ直ぐに情報収集してただけじゃねぇよ……俺の乗る絶対壊れねぇ船を造った男は、リアルすぎる死体の人形まで作れるんだよ」
「いずれバレるだろう」
「そりゃ解剖しても何も出てこねぇけど……あいつの技術は信頼出来る」
「そうか……子供はどうした?一緒じゃないのか?」
「ケイナンは興味ねぇだろうな、別に自分のガキでもねぇし……あのギュートラスに任せときゃいい、あいつはあいつの正義をちゃんと持ってる」
「……だが……心配ではないのか?……」
「心配って、俺のガキだぞ?……俺といてもロクな事になりゃしねぇ……せめてしぶとく生きてりゃ問題ねぇよ」
「……ならいいのだがな……」
「……ところでよ、お前の愛してるは、雄雌のじゃねぇよな……シュベレット」
「……ああ、それはユリ様もそうだった……」
「……俺には、身も心も捧げた女がいる……生涯を愛し続けるって決めたたった1人の女がな……だからユリには、辛ぇ思いをさせちまったかもしれねぇ」
「そんな事は無い……お前が送ってきた写真の中のユリ様は幸せそうだった……」
「っは、安モンの〝写真映像蜘蛛〟だけどな」
「十分だ……俺が選んだ道は間違っていなかった、ユリ様にとっても、私にとっても……それが分かったのだから……」
「……さてと」
ハロドックは立ち上がり、少し夜空を映し出す海を眺めてから、墓に手を置き優しく微笑む。
「……もう行くのか?」
「俺にはやるべきことが山ほどある……悪ぃがそういう生き方してきたもんでな……お前は?このまま逃走生活か?」
「いや、戻る……正義のために正しい行いをしてきた……それはつまり、理不尽な報いも受け入れる覚悟があるからだ」
「……あっそう……」
「……待て」
その場を去ろうと振り返り歩くハロドックを、シュベレットは一声で引き留め、ハロドックは振り返らずに立ち止まり、次の言葉を待つ。
「……お前は……悲しくないのか?……涙が出ないようだが……」
「……けっ、お前はどうなんだよ」
「私はユリ様の前では泣かないと決めた、それが私だ」
「……そうかよ……いや、涙が出ねぇのは悲しくねぇからじゃねぇ……慣れちまったんだよ……好きな奴が死ぬのが……」
「……慣れた……」
「……俺は不死身で、どう転んでも見送る事しか出来ねぇし……けどよ……悲しいに決まってんだろ……好きな女が死んで、悲しくなれねぇほど俺は腐ってねぇよ……」
シュベレットはそれ以上ハロドックに話しかけはしなかった。
ハロドックが立ち去り、時間を止めたのか、パッと消えたその場から一粒の雫が地面に落ちた瞬間を見て、シュベレットはハロドックの心を知った。
以降シュベレットは生涯、敬愛する者はと聞かれたならば、迷うこと無くこう答える。
───ハロドック・グラエルと、ユリ・グラエルだと───
※ ※ ※ ※ ※
毎年、老若男女問わず実施される厳しい厳しい試験を乗り越え、世界の管理の一端を担う者としての戦士を募るコーゴー。
この日はその厳しい厳しい試験に合格した将来の戦士達が、コーゴー本部前に建つ育成戦士施設の広場に集められ、正式なコーゴーの戦士を目指す育成戦士隊入隊式の日だ。
「今日から君たちの教官として、立派なコーゴーの戦士として必要な物事を叩き込む、シキシマ・アヤセだ、よろしく……うおっ、君すごいな……名前と種族は?」
その育成組織の全権を持つのは、教官長でもあり、全てのコーゴー戦士の憧れでもある、特等聖戦士、シキシマ・アヤセだ。
広場の朝礼台に立ち、マニュアル通りの挨拶をこなしていると、最前列で立つ1人の少年に目が向いた。
「……ルナ……人間と……魔人の混血だ」
混血と聞いてどよめく周りをシキシマは両手の平を広げて黙らせ、最年少と思われるルナの話を続けて聞く。
「ほう混血か……何のためにここに来た?」
通過儀礼にある通り、しかしこの言葉にはシキシマ自身の単純な興味があったとされている。
少年はさらに目の色を鋭くし、シキシマも思わず鳥肌の立ったオーラを放ち思いを口にするもの
「───あいつを……ハロドック・グラエルを……
───殺すためだ」




