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Past Letter  作者: 東師越
第3章 ホシノキズナ
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第93話 Moon lullaby 18

 ユリが目を覚ました頃、ハロドックはユリの元に戻るため、アセンシル高原に向かっていった。


 収穫は無く、ユリを救うための手段を持たないままに戻る事を悔やみ険しい表情のハロドックは、とある街の食堂で1人休息を取っていた。


 「なあ聞いたかよ」


 カウンターに座るハロドックの席の後ろのテーブルに座る男2人のとある会話が、ハロドックの牛乳を飲む手を止めた。


 「何を?」


 「ほら、ケイナン王が先月ザルブかぜの大流行での混乱に乗じてルブラーンを襲撃したテロ集団のアジトを見つけたんだってよ」


 「マジかよ!どこだよ!」


 「ハラナツの街だよ、アセンシル高原にある……ほら、風車が多い」


 「ハラナツっつったら、かなり近くじゃねぇか!しかも知り合いもいんのに……」


 「襲撃したのは少数だけど、そこの街の奴ら全員が関わってるって話だ」


 (……なるほど、ケイナンの野郎上手いこと説明したな……俺が留守にしてる間にあの蜘蛛で見つけたのか……急がねぇと)


 ハロドックは金を支払わず時間を止めて店を出てから、呪力を上手く駆使しながら全速力でハラナツの街に向かっていった。




   ※ ※ ※ ※ ※




 同じ頃、ユリとルナがいるハラナツの街には数百の規模の兵達が集まり、街の広場で隊列を組む兵達の指揮をギュートラスが執り、兵達に命令を下す。


 「これより!!ハラナツの街の住民及び、街に在街中の者達を拘束する!!拘束し次第ここに連行せよ!!動けない者はその場で拘束!!王、ケイナン・クルエルより!ハラナツの街の住民と判明した場合は……その場で即刻死刑だ!!!」


 「「「はっ!!!」」」


 兵達は一斉に敬礼してから各自動き出し、突然の事で戸惑う民衆達を無慈悲に次々と拘束していく。


 「抵抗はするな!!!した場合は反逆罪として拘束せずに殺せ!!」


 「な、何だよいきなり!?」


 「俺たち何もしてないぞ!!」


 「くそっ!ふざけんな!!」


 何人もの街の人々が抵抗する間もなく拘束される中、1人の男が拘束にかかった兵を蹴り飛ばして逃げようとする。


 「馬鹿が」


 ギュートラスがそう言って右手を少し上げると、ギュートラスの隣にいた兵の1人がその男を銃で背後から胸を撃ち抜いた。


 「があっ!……」


 心臓を貫かれた男は逃げ出す勇気の表情から一瞬で苦痛へのもがきと絶望した表情で血を吐き、うつぶせに倒れて動かなくなった。


 「いやああああああ!!!!!」


 目の前で男が倒れた現実に嘆く女の声で周りの人々は我に返り、現状の混乱とすぐに自分も死ぬかもしれないという恐怖を思い出し、皆泣き叫び愕然とし始める。


 「騒ぐな!!1人たりともここから逃がすな!!」


 「「「はっ!!!」」」




   ※ ※ ※ ※ ※




 ユリは部屋の中から街の人々の悲鳴、兵達の足音、そしてところどころから聞こえてくる無慈悲な銃声を聞いていた。


 「どうしますか!?」


 「どうするも何も……逃げたら殺されて……捕まってもハラナツの住民は殺すって……もうどうする事も出来ないじゃない……」


 2人の看護婦は下手に騒げない状況下で混乱し、突如目の前に訪れる「死」に怯え膝から崩れ落ちる。


 「まま……」


 ルナは危険を察知したのか、ユリの胸に顔を埋めて安心を求める。


 「大丈夫……大丈夫だよ……げほっげほっ!!……っ……」


 ユリはルナの頭や背中を撫でて慰めるも、咳き込む度に口を押さえた手から多量に溢れる血に己の無力さを悟り悔いる。


 それでもなお窓を覗き続け、愛する男の、胸に抱く愛子(まなご)の父親の帰還を一縷の希望と共に待ち続ける。


 しかし先にユリの部屋に入ってきたのは、銃を構えた2人の兵だった。


 「……4人だな、大人しくしろ」


 看護婦2人は膝をついたまま両手を頭の後ろで組み、涙を流しながら抵抗せずに拘束された。


 「……お前は……ザルブかぜの感染者か」


 「……はい……」


 「この場でガキも拘束する、お前はそこの2人を見張れ、後でギュートラス長官が来られる」


 「はっ!」


 そして兵の1人は2人の看護婦を連れて部屋を出た……もはやこの病院にもザルブかぜの感染者以外この部屋以外に人はおらず、全員為す術無く拘束されたのだ。


 「……抵抗するなよ」


 「……はい、げほっげほっ!!……」


 兵はユリに手錠と足錠をつけ、ルナはそのままに、部屋の出入り口を全て鍵をかけて閉じ込めた。


 (……速く帰ってきて……ハロドック……)




   ※ ※ ※ ※ ※




 数十分で街にいた人々全員約200人を拘束し、動ける者は全員ギュートラスの元に集まっていた。


 「よし、これで全員だな……これより選定を開始する、各自名前と年を自己申告しろ、このリストに書いてあった者からこの場で死刑だ、いいな」


 「な……何でこんな目に……」


 「お母さああん!!!」


 「嫌だ嫌だ嫌だ……死にたくない……」


 「何にもしてないのに……何で……」


 王宮を襲った恐ろしいテロリストがこの街に潜伏している、という可能性だけで、これから拘束され集められた人々は老若男女問わず殺される。


 兵達は心のどこかでこれは間違っていると、全員がそう思っていたが、王の命令に逆らうなど、王に仕える兵があってはならない……それは兵士が最初の教訓として叩き込まれる常識だ。


 すると最初の犠牲者が始まって間もなく出てきた。


 「ひいっ!!」


 「あ……ああ……」


 乾いた銃声が人々の恐怖が故の声で覆われた広場に響き渡る。


 人を殺すことに慣れていない兵士達は目を背けることが出来ず、憤りを拳を握ったり歯を食いしばる事で何とか収めようとする。


 「い、嫌だ……嫌だ……嫌だあ!!」


 「騒ぐな、すぐ終わる」


 ギュートラス達は1人1人漏れなく確認し、街の住民には一切の容赦なく銃で撃ち殺した。


 ギュートラスはこの中でただ1人、返り血を幾ら浴びようと顔色ひとつ変えずに命令を執行する。




   ※ ※ ※ ※ ※




 「……あの」


 「何だ」


 拘束されているユリは、目を合わせずに自身の監視をしている兵に話しかけた。


 ルナは泣きも叫びもしないが、黙ってただひたすらユリにくっついて離れない。


 「……どうしてここを……」


 「お前に話すことは無い」


 「……そうですか……」


 老若男女問わず殺されるのであれば、何故ルナはここにいる事が許されたのだろうか……。


 ユリと共にいるため既にザルブかぜに感染していると思われたのか……ルナは魔人の血も受け継いでいるため、魔力により病気になる事は無い。


 だとしてもユリのようにあからさまでないならば無理矢理にでもユリから引き剥がして連れて行ってもおかしくは無い。


 あとは……間もなく死ぬユリのために、子供と引き剥がさず最期まで一緒にさせるための、この殺戮ショーを望まない兵士の細やかな優しさなのだろうか……。


 この兵士はこれ以上は何も語らない……どちらにせよ、死ぬことは避けられないのだ。




 そしてギュートラス達の元に集った中での最初の銃声が聞こえてから約10分後、突然銃声はピタリと止んだ。


 ユリは込み上げる怒りを抑えるために、口を閉じながら歯を食いしばり、手錠をかけられた両手で布団を握りしめていた。


 「……まま」


 「……どうしたのルナ?……げほっげほっ!!……」


 「……こわい……ぱぱは?……」


 「……もう少しで帰ってくるよ……」


 怒りを抑えながらも僅かに滲み出ていた表情はルナの一声で緩み、優しさが戻った。


 じわりじわりと襲ってくる恐怖にルナも勘づいたのか、生まれて初めて言葉で母親に恐怖を吐いた。


 「よし、次は動けない者達だ……まずは3軒の家屋……あと医療所だ」


 「はっ」


 ギュートラスは〝小型言伝貝(パルバス・ディーシャレ)〟を使い、寝たきりの老人2人と両足の不自由な子供が暮らす3軒の家にいる兵に連絡を取った。


 そして3軒共に誰かの叫び声ひとつ無く、救い無き3発の銃声が聞こえた。


 「……もう……誰も……」


 「この医療所の者も……っと、始まったな」


 病院に待機していた兵士達、ユリとルナを見張る兵士にもギュートラスからのゴーサインを受け、そして無情な銃声が遂に病院内からも聞こえ始めた。


 その銃声によりルナは驚き、目を閉じ無言で震えた体でユリの胸に抱きつく。


 「大丈夫……大丈夫大丈夫大丈夫……大丈夫だよ」


 ユリは泣いているルナの頭を撫でて必死でなだめるが、ルナは怯え続ける。


 「……ここが最後だ、名前は?」


 死の宣告と受け取ってもいいその質問を言い渡され、ギュッと目をつむり速くなる呼吸を鎮めてから、少し小さな声で正直に答える。


 「……ユリ・クルエル……同じく……ルナです……」




 「……リストには……載っていないな」




 「え……」


 この兵の数を戦場でもない場所に一度に動かせるのは、人間界では現王のケイナン・クルエルただ1人だろう。


 たとえ住民としてのリストには無くとも、その名前は殺すべき対象として無条件で殺されると、そう思っていた。


 「……とりあえずギュートラス長官の元に来てもらう」


 そう言って兵は足錠を外し車いすにユリを乗せ、ルナをユリの上に乗せて病院を出て、街の出入り口にいるギュートラスらの所に向かっていった。


 きっと王直々に殺される、そのためにこの場では殺さなかった……ユリはそう考えながらも、未だ現れない男の希望は捨ててはいなかった。




   ※ ※ ※ ※ ※




 「っ……」


 ギュートラスらの所には、200人近くの死体が集まっており、地面は血と屍で溢れかえり、異臭が漂っていた。


 ユリはルナの目を隠しながらも、臭いで激しく咳き込み吐血する。


 つい数時間前まで風車が少し有名なのどかな街でしかなかったハラナツの街には静寂が支配し、そこで笑っていたはずの人々は王の決断により何の罪も無いまま殺されていった。


 死んでいった人々の2度と動かない表情には、その壮絶さを物語る恐怖、絶望、悔やみ……そんな悲しすぎる最期が涙の跡と共に描かれている。


 ユリはただ目をつむり、自分がここにいるせいでこのような状況を招いたと己を呪い、屍の山を横切っていく。


 「ギュートラス長官……ユリ・クルエルです」


 「そうか……下がれ」


 「はい」


 隊列を組んだ兵達の間を通り、最奥にいるギュートラスの前に進むと、兵は車いすから手を離した。


 ギュートラスはユリに顔を近付けた。


 「……初めまして、お姫様」


 「───」


 もう何も考えられない、病気で死ぬはずだった肉体にこれから魂を抉り取る鉛玉を撃ち込まれるのだから、いい気分な訳も無く返事も出来ない。


 するとギュートラスはユリの右耳に口を近付け、声を発さず言葉を囁く。


 「あん時は兵達も伸ばせたしシュベレットを動かせたが、ケイナンの野郎もすぐ来るし俺は下手に動けねぇし、あいつは今豚箱にぶち込まれて動けねぇ……


 ……何もしなくてもすぐ死ぬんだろ?ならあの変態が来るまで時間稼ぐから、俺の言う通りにしろ」


 ただただ驚き、開いた口が塞がらない。


 あの時、セロナの奇襲を受けそれにハロドックが対応し、王宮内はおろかルブラーンの突破は万事休すかと思われたその時、兵達は全員行動不能に見舞われ、ハロドックが先回りして到着していた。


 それら全ては、このギュートラス・ゴージスという男が仕組んだ、クーデターへの後押しだった。


 引っかかっていた疑問がこんな形で晴れるとは思わず、またあの時会いはしなかったが確かに自身を支えてくれたシュベレットに、左手で口を押さえて嬉し涙を流す。


 そして隊列を組む兵達はそれがギュートラスのサディスティックないじめだと勘違いしてカモフラージュは成立する。


 「……死ぬ前に、ケイナン王と会ってもらいましょうか」


 「えっ!?」


 時間を稼ぐと言われたのにそれを呆気なく裏切る発言に思わず声が出るが、ギュートラスは山の方角を見て微笑む。


 まるで因縁のライバルが自分の元へと追いついてきたその喜びによる笑顔のように見えたその微笑みを見て、ユリはある確信を得る。




 すると街の門から、護衛に周囲を頑丈に守られながら馬に乗ったケイナンが現れた。


 兵達は隊列を組み、一斉に敬礼をして緊張感を高めケイナンを迎え入れた。


 「……どこかで見たことある女だな」


 久しぶりの対峙となった妹に対しそう言ったケイナンは馬から降り、ユリに近付いた。


 ユリの目は衰えがあるも生気はあり、真剣な表情でケイナンと対峙した。


 「……直々に殺すの?」


 「まだ生きてるとは、しぶといな」




 「───さすが王様、大層な出迎えだな」




 するといつの間にか、ユリの背後で車いすの持ち手を握る大柄の男がいた。


 「……全く……面倒だな」


 親子共に待ち続けた、この世で最も愛し、この世で最も信頼する男───ハロドック・グラエルだ。

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