第66話 さらに上へ
クラジューの記憶には続きがあった。
「1分って……どういう理論?」
「体内に有する霊力を全部使っちまうんだよ、1分間ちょうどだと、俺の実体験を元にして残る霊力値はコンマ0以下だ……浮遊にも最低1は必要なんだけどな」
男は丁寧に答えたつもりでいるようだが、少年クラジューは首を傾げたままだった。
「……それって、霊力値多いほどその1分間強いって事だな」
「まあそうだが……クラジュー、お前には雷属性という素質がある」
「それだけだろ」
「んまぁ~……確かに……その他はセンスゼロだが……だからこそお前は努力の天才となれる、お前は自分の強さを誰よりも信じてるからな……だから、この2つの妖術だけは覚えとけ」
褒めているつもりで男は笑顔を見せ、クラジューの頭を撫でようと右手を伸ばすが文章の最初の貶しに若干キレたクラジューは、男の右手を手で弾いてはねのける。
と、同時に割と本気な蹴りを男のみぞおち目掛けて入れにかかるが、男は難なくかわす。
「けど霊力値0.以下って、立ってらんねぇじゃん」
「そうだな……出来るなら1分行く前に切り上げたいな……だからこれ使うときは……好きな子を守るために使え」
「……ダセぇ」
「おう!男ならダセぇくらいがちょうど良い!気張るより泥臭ぇ方が笑ってられるだろ!」
「ジジイが粋がんな」
ジジイというほど老いたナリではないし年齢もそこまで行っていないが、クラジューにとってはこの男はジジイらしい。
「何でだよ!?」
「ジジイだから」
「ひでぇなおい!つーかクラジューも!美人な笑顔の絶えない童顔巨乳なんて女存在しねぇからな!!」
クラジューの弱味を握りたかった男は、かつて酒を飲ませ好きな女のタイプを聞き出すことに成功させた事がある。
それをエサにクラジューをおちょくりまわし続けてきた男だが、クラジューが観念し認めたせいで頑なに拒んできたあの頃の面白さは失せていた。
それでもことあるごとにその話題を出す男の茶目っ気がクラジューの精神を中々すり減らすので、いつまでたってもクラジューは男を「嫌い」から脱却出来ない。
にしてもクラジューのタイプの要求は、少年のくせに細かい。
「分かんねぇだろ!!」
「いーや分かりますぅー!俺会った事無いですぅー!」
「死にてぇのか?」
「お、なら俺を殺せるくらいになるために修業再開だ!」
「……はあ……」
こうしていつの間にか、男に振り回されるクラジューだった。
こんな事は日常茶飯事で、何故このタイミングで、こんなドンピシャな記憶が思い出されたのか、はっきりとは分からない。
それでも、男と2人で過ごした日々が、クラジューに僅かばかりの勇気を与えた。
自らが死の危険もある最強の妖術を、好きな子のために使う勇気を。
※ ※ ※ ※ ※
クラジューはゾーネの前に立ち、それを見たドグラは立ち上がりニヤリと笑った。
「だよなぁ~、来るよなぁ~」
さっきまで後ろで倒れていたクラジューが突然目の前に現れたために、ゾーネはひどく驚きクラジューの顔を見上げる。
周囲の空気もまるでクラジュー自身も蜃気楼かのように揺れて見え、所々クラジューの体から発する火花がエネルギーに満ち満ちている様子を物語る。
「……クラ」
「悪いゾーネ、時間がねぇ」
制限時間は60秒ジャスト、コンマも無駄にしたくないクラジューはゾーネの呼びかけをも振り払う。
クラジューは槌を大きく振りかぶり、正面からドグラに突っ込んでいった。
「……は……」
誰よりも信じてきた己の目を、おそらくは生まれて初めて疑った。
確かに今、クラジューは自身に正面から突っ込んできた。
そこにはとても理性があるとは思えないくらいに、特攻と言っても過言ではない突進だった。
なのに、突然目の前から消えた。
消えたように見えた、ではなく、消えた。
まばたきもしていなかった、今までとは比べ物にならないほどの高密度なエネルギーを発したクラジューから目を背けるなどは絶対に無い。
故に理解不能……一体どこに消えたのだと……気配も感じない。
感じないもおそらく違う……周囲全てに、等しく、クラジューの気配があるために、正確な位置が全く分からない。
(見えねぇってそういう事かよ、クソッ!!)
そのままの意味で見えなくなったクラジューを追うのは愚考だと、ドグラは瞬時に察した。
その場から一歩も動かないことに専念したのだ。
確実に後手に回るがそれでもドグラには自信がある、クラジューの先手をものともせずダメージを負わせられる自信を。
クラジューが消えてから約3秒後、消えた瞬間と同じく突然現れた、それもお互いのつま先同士を踏んでしまいそうな距離で。
「はあっ!!!」
ドグラは剣を、乱暴に見えて見切れば相当的確に刃を高速で振る剣でクラジューを迎え撃つも、ドグラの剣は全てクラジューの体を透けていった。
「な……」
そしてクラジューはドグラの左首元に槌を振り下ろした。
「効かね……あがっ!!?……」
クラジューの槌はドグラの首元に直撃し、ドグラの意識は一瞬飛んだ。
あらゆる攻撃が手応えは感じていたにも関わらず、ダメージの一切なかったドグラがダメージを負った。
「まだ甘いか」
そしてクラジューは、再び何の前触れもなく消えた。
(どうなってやがる……呪力で体覆ってたってのに、壊された感覚はなかった……クソが……必中の域超えてんだろ……)
ドグラは、必中とはどれだけ上手くかわしても、当たるまで追尾するという意味だと思っていた。
なので今まで通りにしていれば、当たってもダメージは受けないと勘違いしていた。
ドグラの呪力は〝障壁〟、単純に結界を張る呪力だ。
このタイプで同じ名の結界を張る呪力はいくつかあるが、効果が発揮される条件が異なる。
ドグラの結界は、自らに向かってくる一切のダメージの無効化……自身にのみ結界を張る事が出来、人為的な攻撃から事故による物体の衝突などからも無効化する事が可能だ。
もちろん、呪力は自身の意思がなくては発動しない。
目に見える結界ではなく、形どったものではない結界のため同じタイプの呪力の中では最強格に入ってもおかしくない。
それを発動させているドグラ相手に、クラジューはダメージを負わせたのだ、理由は単純、〝無双の妖術〟発動時の攻撃は必中だから、それ以上でもそれ以下でもない。
防御に絶対の自信を持ち、攻撃にのみ専念出来ていた今までの動きではクラジューを捉えられない。
だが同時に、クラジューへの攻撃は全て透けるというかそもそも当てようにも見えない。
焦りで胸いっぱいだったドグラだが、一呼吸置かずとも落ち着き耐え抜くことを決断した。
これだけのエネルギー消費ならば、制限があって当然だと考えならば効果が切れるまで耐えれば良いと決めたのだ。
もちろん死なないだけではダメだ、立って剣を振る余力も持って耐えなければ勝利は得られない。
あながち絶体絶命と考えるには早すぎる、勝機なんていくらでもある、こいつは自分より弱いんだから……そう自分に言い聞かせ、ドグラは攻撃の体勢を解いた。
この思考を見れば、言動が粗暴でも常に冷静な思考力を保持している事が分かる。
しかしドグラは突如背後に現れたクラジューにより後頭部を右手で掴まれ、地面に叩き付けられた。
顔面をぶつけた地面は凹み、クラジューはさらに右手でドグラの首根っこを掴んだ。
「〝迅雷撃疾走〟」
そしてクラジューの持つ槌から発せられた高出力の雷がクラジューの右手に移動し、ドグラの全身を覆い侵食するように流れ込んだ。
「がああああっ!!!!」
クラジューはドグラが気絶したのを確認し、ゾーネの元に戻り、〝無双の妖術〟の状態を解いた。
「はぁ……はぁ……」
尋常じゃないほど息を切らし、両膝をつくクラジューに、ゾーネは慌てて駆け寄る。
「クラジューくん!だいじょうぶなの!?」
「……ああ……」
呼吸を静めようとゾーネはクラジューの背中をさするが、今にも嘔吐しそうな程に苦しむクラジューはその視線をドグラから離さない。
(まだ20秒だぞ……疲労がヤバいな……マジで最後の切り札じゃねぇか……落ちたのは確認したが……これじゃまたすぐ来るな……)
「……っと」
ドグラはあたかも何事もなかったかのように、目覚め起き上がり首を傾げ鳴らしながら2人に近付いた。
もちろん半分強がりだ痺れは体の大半に残るし、走馬灯だって見えた気がした。
それでも強がる事に意味がある……あのクラジューを倒したい、倒さなければいけない、上から突き落とす……その矜持と、久しぶりに感じた闘いでの痛み、闘っているという実感がドグラに笑みを浮かばせた。
少なからず、その姿はクラジューに精神的な負担を及ぼすだろう。
「強ぇな今の、どうやんの?」
「ゴキゴキうるせぇな」
クラジューは再び〝無双の妖術〟に入り、槌に帯雷しドグラに向かって恐ろしいスピードで空を振り無数の斬撃波を放った。
「〝雷撃刃波〟」
ドグラは雷を帯びた斬撃波を剣で斬り落とそうとするも、斬撃波はドグラの剣をかわしてドグラの体を切りつけた。
「っ!!……ちぃ!!」
(切断されねぇか……くそっ……固ぇな……)
絶対防御は無くとも、強靱な肉体は当然誇る。
「くっっそがああああああああっ!!!!」
ドグラは憤懣の表情を見せ、斬撃を受けながらクラジューに突っ込んでいった。
頭でどれだけ理解していてもやはり怒りは感じる、攻撃は当たらない、向こうからの攻撃は当たる、見えない、鬱憤は当然溜まる。
「〝静寂の雷霆〟」
すると無音の雷がドグラの頭上に直撃した。
「っあ……」
ドグラはクラジューの3メートル手前でうつぶせに倒れた。
クラジューは急いで〝無双の妖術を解いた。
「はぁ……はぁ……」
「……クラジューくん……」
(59秒……マズい……意識が……)
クラジューは目眩をおこし仰向けに倒れるも、ゾーネがクラジューの頭を両手で受け止め自らの膝に置いた。
「クラジューくん……」
「……ああ……ヤバいな……ははは……死には……しねぇけど……」
「……も~……がんばりすぎだよぉ……」
ゾーネは嬉し涙を流しながら微笑み、クラジューの顔にはゾーネの涙がポタポタと落ちていた。
「……ゾーネ……っ!!!?」
すると倒れたドグラは放っていたオーラを自ら引っ込め、ゆっくりと立ち上がった。
「……うそ……」
「……んだと……」
「っはははは……はぁーっはっはっはっはああああ!!!……言っただろ?まだ底見せてねぇってよぉ~?」
「……な……」
「お前のためにも教えといてやる、エグゼル化は僅かすぎて足しにもならねぇが、こいつは自分次第であらゆる力を何段階も上のステージに立てる……
───〝零域〟だ」
魔法がまだ存在した、約1万年前───人々は無敵だった呪力への対抗策として、大気中に含まれる〝クレイス粒子〟を動力源に、魔法や魔道具を使う「魔導師」が戦線に立った。
しかし魔法のように頭で術式を組み立て操るのが、どうにも苦手な人々だって当然いた肉体派の人々だ。
そんな人々が呪力を相手に戦う術を探し、見つけたものが〝零域〟だった。
生物が持つ生命力を全身に充満させ極限まで身体機能を上昇させる、単純にして最強の体術、それが〝零域〟。
これを体得するには、個人差はあるもののそれなりの時間を要する。
現代の異名を持っている力ある者達は、軒並みこの状態に自らの意思で入ることが出来る。
クラジューは知らなかったが、この〝零域〟に入る事が、強者のステータスという事は世間一般の当たり前なのだ。
「……何が……俺の……」
「何が?ちゃんと俺の底見れたんだ、いい夢見て死ねるだろ?」
ドグラは剣を拾い握り、ゾーネが動く暇も無くクラジューの腰を上下半身を断ち切るように斬りつけた。
「っぁ……」
クラジューは剣を受ける直前に〝無双の妖術〟に入り、背骨に達する直前に剣は止まるも、クラジューは多量出血で気絶した。
「……クラジュー……くん……」
ドグラはクラジューから剣を離し、もう一度振りかぶった瞬間に剣は小さく欠け徐々にヒビが入り砕けて散った。
「……さすがになまくらか、量産型ってのもあるが……使ってた奴は太刀筋クソだってよく分かるな」
するとゾーネは両腕が伸びきった状態で俯きながら立ち上がり、急にドグラの方を向き、紫色に光る両目で鋭い眼光にも見える無情の目を向けた。
「───排除スル、全テハ楽園ノタメニ」
そう、ドグラも一度その目で見た、ルービ島での悲劇を巻き起こしたあのゾーネが、再びその目の前に現れた。
再びその状態に陥った理由は不明だが、現れてしまったのだから仕方が無い、ドグラの標的は即刻クラジューからゾーネへと変わった。
するとドグラはゾーネの顔面を右拳で殴り飛ばし、ゾーネは城壁に直撃した。
「いやぁ、そりゃあダメだろ……女をいたぶる趣味はねぇけどよぉ……その目は、そんな目はダメだって……その敵意は……摘まねぇとよぉ」
ドグラは地面に落ちてる剣を剣の状態を選定して拾った。
その瞬間にゾーネがドグラの顔面を右拳で殴り飛ばした。
ドグラは剣を右手に持って離さないまま吹っ飛ばされ、城壁に激突した。
「───」
するとゾーネの右腕が細切れにされた。
「排除スル、全テハ楽園ノタメニ」
しかしゾーネの右腕からはどす黒いスライムのような半固体が溢れ出し、右腕を形成して再生した。
「───ゾ……ネ……」




