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Past Letter  作者: 東師越
第2章 Always "Sadness" in their hearts
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第50話 脈打つ感情

 抵抗出来なかった。


 「んん……ん……」


 両手首を掴まれ、離れようとしても離してくれない……驚きで呼吸を忘れ、首を絞めていないのに、息が出来なくて苦しい。


 ただこの苦しいは、さっきの苦しいとは違うものだった。


 心臓の鼓動がバクバクと脈打ち、人体で最も温度に敏感な部位を、温かな重なり合う人の温度が、だんだんと少女から死の願望の意識を逸らしていった。


 「っは……はぁ……はぁ……」


 「……お前はさっき、一度でも死にたいと思ったか?」


 「───」


 また言葉が詰まった……確かに、目を閉じ、キスをしてきたベイルを見ていた時、少女の頭には1秒も「死にたい」は過らなかった。


 「死にてぇってのは、意識である以上深く悩んじまうもんだが……一時の気の迷いでしかねぇ」


 「……そんな……そんなので……片付けないでください……私は……」




 「───人は悩まねぇと生きていけねぇし、迷わねぇと死のうと思わねぇ、そんな気の迷いを選んでかねぇと……幸せにはなれねぇ……


 だから俺はお前に同情する……お前が幸せだと、この世に生まれてよかったと、そういう踏ん切り付けてから死ね


 俺は今からお前の人生を狂わせる、お前を幸せにする、お前のためだけの味方でいる、お前が苦しいなら俺も苦しいから笑って過ごせ


 だから今は泣け……俺を信じて、溜めたモン全部吐き出せ……俺はお前を信じて全部受けとめるから……


 ……精いっぱい、俺と生きろ」




 「……あ……え……」


 全ては自らを信用させるために、今思う自分の気持ちを赤裸々に語った。


 ただ赤裸々過ぎたせいか、途中から上から目線のプロポーズのような言葉になり、少女も戸惑いを隠せずにいる。


 少女はさらに顔を赤らめ、開いた口が塞がらないままベイルは力が入らなくなっている少女の両手首を離した。


 「……あ……」


 ベイルは両手首を掴んだまま、少女が自傷した顔の傷を全て治癒していた。

 感情が高ぶり感覚が少し鈍っていた少女は、今その事に気が付いた。


 「……なんか変なこと言ったか?」


 ベイルの認識は、あくまで少女を心の傷から少しでも救うための自身の気持ちを述べただけなので、少女の表情が何故微妙なのか、理解出来ていない。




 「っはははは!朝っぱらからアツアツになってんじゃねぇよ!っはははは!」


 「ぐふふふ……無理……もう無理……声出る……ぐふふふ……」


 ハロドックは小声でベイルのセリフの臭さを笑い、マルベスも両手で口を塞ぐが、声は漏れている。


 「……ベイル様が……あんな事を……」


 何故少女にそれほどまで固執するのかという理由を知り、同時にベイルが誰か一人に心が傾いた事への驚愕が同時に脳内に入り、ラルフェウもまた、開いた口が塞がらなかった。




 「……そ……それは……同情……なんです……よね……」


 少女は真下に目を逸らし、でも少しチラチラっとベイルの顔を覗きながら、無意識に両手を布団の上で手を洗うような癖の動作を繰り返し、ベイルにおそるおそる問うた。


 「そうだな」


 ベイルはその問いにも、淡々と答えた。


 「……ならば……私以外にも……何百人、何千人、何万人と、こんな境遇の人達にも……同じ事を……言いますか……」


 無理も無い、少女の初めてを半ば強引に奪ったのだから、意識してしまって当然だ。


 「知らねぇ」


 「……何でですか……」


 「会ったことねぇもん、どこにいるかも知らねぇし……けど、俺はお前と会ったから言った……これは後にも先にもお前にしか言わない」


 厄介なのは、ベイルは自分自身の言葉に一切の躊躇が無い事だ。


 ベイルは自分の心がどういった感情で満ちているのかを知らないまま、それを本心として話しているのでグイグイ押す形に自然となってしまっている。


 そして自然に少女が欲する言葉をあっさり口にしてしまうために、少女の心臓の鼓動はいつまで経っても平常に戻らない。


 「……あ、そうか、俺まだ弱ぇからなぁ……昨日の見てたんなら不安になるのも無理ねぇな……」


 ベイルは、無口になってしまった少女は昨夜の即エネルギー切れになってしまう醜態を見て不安がっていると勘違いした。


 それだけベイルは、自身の弱さを反省している。


 〝死神魂(デケム・メア)〟が無くてもほんの僅かずつなら力を得られるが、それでもたかが知れているものだ。


 少女を不安にさせないために、ベイルは急いで安心させる方法を考え、足りない頭で導き出した答えは───


 「…え…」


 少女の頭を、右手で優しく撫でることだった。


 「大丈夫だ、何があっても絶対守ってやる」


 その言葉で少女ははっとした。


 それは聞き馴染みのある、約束の印。


 目の前にいるベイルと、最後に約束を交わしたあの日の父親と重なって見えた。


 いつ以来だろうか、「過去」を「思い出」として認識するのは。


 いつ以来だろうか、父のあの日の笑顔と声を思い出すのは。


 色褪せたはずの過去を、鮮明に、明確に思い出した。


 あの日以来、葬儀場で棺桶の中で眠る父親を見送って以来、少女は初めて父親との思い出を、記憶の底から引き出した。


 少女は、涙を流した。


 ただこの涙は、悲しみの色には染まっていない……ベイルを信じたという心と、これから新たな人生を歩むための一歩を踏み出す直前の、今までの自分との別れを告げる合図だった。


 「うおっと……」


 ベイルの服を掴み、胸に顔を当て、泣いて震える声で、いつものように父親と交わした言葉を、今度はベイルに…。


 「……やぐそぐ……っ……ですよ……っ……うっ……」


 「……おう」


 「……うぅ……あああああああああああ!!!!!ああああああああああ!!!!!」


 何もかもから解き放たれると言えば、きっと嘘になる。


 全てを削り取れば、また繰り返してしまう。


 これは少女が自らの足で、過去を忘れる事無く、背負いながらも、ゆっくりと歩み出す決意の号哭。


 過ぎ去った日々を振り返らず、閉じこもっていた暗闇の殻から、希望と自信を持って打ち破るための号哭。


 今の自分には、ベイルがいる……目の前に、時には隣に並んで、手を繋いで歩み出す……これがどれだけ自分に力をくれるのだろう……。


 全てを吐き出した頃には涙でベイルの服もかなり濡れ、ベイルが少女の背中をさすった回数も分からなくなっていた。


 それからようやく落ち着き、ベイルはようやく言いたい事を言って少女に伝えられた。


 「俺はベイル・ペプガールだ、よろしくな」


 「……ベイル・ペプガールって……まさか……ゴーユ神話の……」


 「いや俺それ知らねぇんだけど、そこに神と闘いましたーって書いてあったら、それ俺」


 「……そう……なんですか……」


 「失望したか?」


 「……いえ……神話には書いていましたから……あなたは、仲間のために命を懸けられる勇気を持っているって……なおのこと安心しました」


 「……そうか」


 「……私は……バニル・ローブロス、15歳、龍人族……それから……助けてくれて、ありがとうございました」


 「……よろしくな、バニル」


 「はい、ベイルさん」




 「……ぐすっ……うっ……」


 「おい何でおめーが泣いてんだよラルフェウ」


 ラルフェウは左手で口を押さえながら、2人に水を差さないように静かにギャン泣きした。


 「っ……ずびばぜん……でも……ベイルざま……がっごよずぎでぇ……」


 「そうかよ、とりあえず戻るぞ、ドア修理は飯食った後だ」


 「はい……ぐすっ……」




   ※ ※ ※ ※ ※




 その夜、ベイルはバニルを船の甲板に連れ出した。


 その日は、手を伸ばせば届きそうに思えるほどの満天の星で、時折流れ星も流れていたりしていた。


 「すごい……空見るの……ホントにいつ以来だろ……」


 「俺は毎日見てんのにな~」


 ベイルとバニルは甲板のど真ん中で、並んで仰向けに寝そべり、雲ひとつ無い星空の輝きを目の奥に焼き付けるように眺めている。


 「……私が……死にたいと思った事は……間違いなんでしょうか……」


 「間違って無いとか言ってほしいのか?」


 「そ、そういう訳じゃ……いえ……やっぱり言ってほしいです……」


 「潔いな」


 「ごめんなさい……」


 「……踏み止まらねぇと人は成長しねぇよ……ただ突っ走る奴が、前だけ向いてどれだけの事が出来る?……己自身を知らねぇ奴が、どれだけ本気になれる?……どんな理由であれ、自由な心に間違いなんてねぇよ、1つも」


 一度知った安心感にいつまでも何度でもしがみつき、安心感を得たいと思うのは至極当然の感情だろう。


 ベイルもそれが分かっているため、ちょっとした遊び心を交えながら真剣に答えた。


 「……ベイルさんも……その……辛い経験は……したんですか……」


 「質問攻めだなおい」


 「ご、ごめんなさい!嫌でしたよね……」


 「……そのゴーユ神話には、何も書かれてねぇんだな」


 「……はい……まさに武勇伝、というか、そんな感じなので……」


 「……3回、違う奴に攫われた……人質とか、実験体とか、欲求満たすための道具とか……治らねぇ傷は全身にある……


 怖がる俺を楽しむ奴も、金儲けに使う薬ぶち込む奴も、意識飛んでも俺を肉便器として使い続ける奴も、ずっと頭から離れねぇよ」


 「……そんな……」


 「弱ぇ自分は何度も憎んだ、強くならねぇ、力も体も恨んだ、死にてぇなんてのはざらに思った……それでも俺は、支えられて生きてきた……だから俺はお前を支える」


 「……ありがとうございます……けど……」


 ベイルの言葉が嬉しくて喜びが滲み出て微笑んでいたバニルだが、突然声のトーンが落ち、ベイルの方から再び星空の方へと目線を向けた。


 「……どうした?」


 「……ベイルさんは、あの刀を触って、誰かに会いましたか?」


 「おう、偉そうなおっさんだったな」


 「……私は……選ばれませんでした……」


 「……つまり?」




 「───私の命は……持ってあと半年程らしいです……」




   ※ ※ ※ ※ ※




 2人の様子が気になり船内から覗いていた3人だったが、声が聞こえないので状況は把握出来ていない。


 「……バニルちゃん……ローブロスなのか……」


 するとハロドックは少し表情が暗くなった。


 「……知り合いかの?」


 「……10年くれぇ前か……俺が殺した特等聖戦士も───ローブロスだったわ」

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