第49話 わがまま故に
「お父さん!」
それは、幼き日の少女の記憶。
広い農地で少女は父と呼ぶ男が歩く背中を、大きな平家の玄関から飛び出し走って追いかけた。
「またお正月まで帰って来れないの?」
「う~ん……」
父親は少女の方を振り返り両手のカバンを地べたに起いて、少女と目線を合わせるためにしゃがんだ。
「皆いい子にしてたら、またすぐ帰って来るよ」
「……ホントに?」
少し心配そうな表情を浮かべる少女を見て、父親は優しく頭を撫でた。
「コーゴーってのはね、世界中皆の幸せを守るんだ……お父さんはそこで皆のために戦ってる、それは分かるかな?」
「うん……」
「お父さんはこの仕事に誇りを持ってる、あんまり休んでたら他の仲間達に迷惑かけちゃうでしょ?」
「……うん……」
「……ごめんな、ずっと一緒にいてやれなくて……」
これまで少女は、何度も父親に一緒にいてほしいと駄々をこねてきていた。
何を言っても泣きじゃくり話を聞かないため、こうやって自分の仕事に対して力説するしか、方法が分からなかった。
父親は何よりも、家族を大事だと思っている。
「今度帰ってきたら、皆で一緒にお父さんの仕事場に行こう!」
「え?……」
「美味しい食べ物も、思いっきり遊べる場所も、いっぱいあるぞ~!……もちろんお父さんと、家族皆と一緒にだ!」
「……うん!絶対だよ!絶対!」
「ああ!」
「じゃあ!約束!」
少女は笑顔で小指を立て、父親はそれに応え小指を立て強く、元気に結んだ。
「えへへ!大好きだよ!」
「お父さんも、何があっても絶対守ってやる」
それがいつもの約束、父親の決意だった。
コーゴーの戦士として、一家の大黒柱として、人の親として、1人の男として、揺るがない正義を貫くためのルーティーンのだった。
そして父親の背中を見送る少女の目は、いつも輝いていた。
憧れで、目標で、人生の道しるべだった。
───父親は、帰ってこなかった。
少女が次に父親に会ったのは、葬儀場の遺影。
コーゴーの特等聖戦士だった父親の葬儀は、国を挙げて盛大に行われた。
ただ、少女にはその日の記憶があまり無い。
生まれて初めて知った絶望は、愛する父との永遠の別れであることを受け入れられず、無意識の内に記憶の奥底に閉じ込めていた。
写真の中で何故父が笑っていたのか、今日まで、分からない───。
※ ※ ※ ※ ※
「はいどーん!!」
「ひっ!?……」
少女をそんな夢から目を覚ましたのは朝早くの、ベイルの大きく張り上げられた声だったもの
ベイルは少女の部屋のドアを蹴破り、少女から見て左側に顔だけ傾けてベイルが少女と目を合わせていた。
「今日こそは刀抜いてもらうぞー」
「っ……うぅ……」
少女はまたしても涙をボロボロと流しながら、両手で頭をかいたり顔を隠したりという動作を見せた。
「んだよ刀くらい抜けよ」
ベイルはラルフェウの応急処置により何とか一命は取り留めたが、無茶をしたために体内のエネルギーはほぼ枯渇状態で、自然治癒力が上手く作用せず全身包帯姿のまま少女の部屋に飛び込んできた。
傷は全くと言っていいほどに治っていないはずなのに、ベイルが動ける理由は誰も分からない。
「あ、ベイル様……」
「どったの?」
「顔を合わせるのは控えた方がいいと言ったじゃないですか」
「お前は俺の味方じゃねぇのかよ」
「味方ですよ、ベイル様の刀の姿を見たいという願いを叶える最善の手として彼女を労ろうと思っています、全てはベイル様のためです」
「……あっそ、ドア直しとけ」
ベイルはそう言い残して船の外に出た。
「……僕直し方分からないんですけど……」
「───」
少女は再び表情を戻して俯いた。
※ ※ ※ ※ ※
「はいどーん!!」
「っ!?……」
翌朝もベイルは少女の部屋のドアを蹴破り、少女から見て左側に顔だけ傾けてベイルが少女と目を合わせていた。
ちなみに包帯はまだ依然として一枚も剥がせる状態では無い。
「───」
「おー遂に泣かなくなったなおい、ということは刀を」
「ひっ……い……あ……」
ベイルが部屋に僅かに踏み入ると少女は全身から冷や汗をかき、急いで枕で頭を守る姿勢になりベイルに背を向けた。
「……んだよ、ダメですかー?」
「はい」
「お前に聞いてねぇよラルフェウ」
「半日かけて直したんですからそんな簡単に蹴破らないでください」
「直るんならいいだろ、はぁ~今日もダメか~……」
ベイルは船の外に出た。
「……えっと確か……ここをこうして……」
※ ※ ※ ※ ※
さらにその翌朝も、そのまた翌朝もベイルは全く同じ流れで少女の元に現れた。
「……今日もダメか~……おい」
「───」
「……とりあえず、俺はお前の味方でいてやる」
ベイルはそう言い残して船の外に出た。
「……もうドア直すの特技にすらなってきましたね」
※ ※ ※ ※ ※
数分後、甲板で4人はイノシシを焼きながら食事をとっていた。
「あの、朝からジューシーなお肉はなんかキツくないですか?」
「腹減ってんなら何でもいいだろ?」
「はあ……」
ラルフェウは朝は野菜類などの胃に優しい食べ物を食べたいのだが、ハロドックは特に気にしていない。
ベイルもマルベスも、夜とほぼ同じ胃袋の状態で肉を平らげた。
「んで、また振られたのかよベイル」
「……まあそうだな」
「いいか、この世の全ての女とエッチぃ事すんのが夢の俺からアドバイスだ」
「なんじゃそのくだらない夢は……何故わしと同じなんじゃ」
「ベタ褒めしろ、ただし同じ言葉の重複じゃなくて真面目に褒めちぎれ、へらへらしてても疑われるしな」
「意外とそれっぽいのう」
「ジジイお前なめてんのか?」
「……面倒くせぇ」
※ ※ ※ ※ ※
来る日も来る日もベイルは毎朝毎朝同じ事を繰り返すが少女は全く心を開かず、ラルフェウはドアを直す日々が過ぎていき、2カ月が過ぎた───。
「はいどーん!!……今日こそは」
「何でですか」
「……え?」
「……何で……私を助けたんですか……」
少女は布団を握りしめ、体を震わしながらひねり出すように声を出した。
それがベイルが聞く、初めての少女の言葉だった。
「……やっとか」
「……私が助かる価値なんて無い……私が……これから生きてく理由なんて……」
「知るか」
ベイルはベッドの上で座る少女の目の前にドシンとあぐらをかいて座った。
ラルフェウはいつも通りドアを直そうと部屋に入ろうとしたが、その光景からある程度状況を察しすぐに部屋を出て、入り口のすぐ横の壁に背を付け、話を聞こうとしていた。
「お前に生きる価値が無いって誰が決めた?」
「……私です」
「なるほど、じゃあ答え分かるか?」
「……いえ……」
少女はまだ、ベイルと目を合わそうとしていない。
「お前を助けた理由は、お前に生きる価値があると俺が思ったからだ」
しかしベイルは、真っ直ぐな眼差しを少女に向け続けている。
「だったら……余計なお世話です……私は…もう」
「俺はお前を否定する」
そのベイルの発言が、あまりに予想の斜め上を行ったために、少女は無意識的にベイルと目を合わせた。
「あ……」
遅れること数秒、目が合ったことに気付き、少女は少し赤面しながらも再び目を逸らした。
「自分自身を否定するお前を俺は否定する、お前が何と言おうと」
「……どうして……」
「いや、お前をほっとけねぇって思ったから」
隠す様子も照れる様子も無い純粋愚直な言葉が、少女の声を詰まらせた。
「……そんなに自分を責めて楽しいか?」
「っ……」
「おーラルフェウ、どした?」
「ハロドックさん、マルベスさん、しー……」
ラルフェウは様子を見に来たハロドックとマルベスを止め、ベイルと少女の様子を黙って伺っていた。
ハロドックとマルベスも察し、ニヤけながらラルフェウと並んで黙って2人の様子を伺い始めた。
「あいつら朝っぱらからいい感じだなおいっひっひっひ」
「そうじゃのうっひっひっひ」
小声でボソボソ話していた2人と、それをどうにか止めようと身ぶり手ぶりをしていたラルフェウの3人の耳に突然、聞いたことの無い大声が響いた。
「私の何を知ってるんですか!!!!!」
「知らねぇな」
「じゃあ……ほっといてください……知らない人の事なんて……」
「お前バカか?お前が何も言わず叫び散らしてばっかだったから何も分かんねぇんだろうが、俺は分かり合いたいから手を差し伸べてんだ」
「やめてください……私は……」
「楽になりてぇなら話せ」
「嫌!!!やめて!!!」
少女はまた泣き叫びベイルに向かって乱暴に枕を投げつけた。
ベイルは一切動く事無く、枕は顔面に直撃した。
「私に構わないで!!!お願い!!!」
「重傷だなありゃ」
「……何故ベイル様は……彼女にあそこまで固執するのでしょうか…」
聞く耳も持たず、心の内に干渉しようとするベイルを強く拒絶し自暴自棄に陥る少女を、さすがに3人も心配し出した。
「……はぁ……はぁ……うっ!!!」
すると少女はベイルの目の前で、右拳で自らの顔を殴り出した。
「おい、何やってんだ」
「うっ!!!うあっ!!!……はぁ……はぁ……うっ!!!」
少女は両拳で鼻血が出ても、顔中が腫れても、どれだけ激痛が走ろうが殴り続けた。
少女は自分を憎み、他人を憎み、世界を憎み、もう自分がどこにいるのか分からないくらいの暗闇の中で、ただひたすらに殴り続けた。
ベイルは目の前にいながら、その行動を止めようとはしなかった……しようとは思わなかった。
これは少女が、覆われた闇の中で一筋の光も信じられず、あたかもこの世の闇を全て背負い込むように、抗い、抗い、抗い、虚しくも殴り続けた。
「……うっ……うぅ……ああ……」
そして強く震えるほど握り締めた拳を広げ、苦しい胸を押さえるような手の形で自らの首を絞めた。
言葉にしなくても、ベイルには彼女の声で「死にたい」という心の底の絡み合う闇の中から絞り出された願いが、はっきりと聞こえた。
「死んでどうする」
「……あなたのきれいごとに唆されて、逃げ場の無いここで、騙され踊らされて死ぬくらいなら……今ここで死にます……」
「俺のきれいごとは、どうやったらお前に伝わる?」
「伝わりません……きれいごとなので……」
「……そうか……」
少女は本気で首を絞め始めた。
それがただの暗闇からの逃避なのか、全てを飲み込まれる暗闇から自らを断ち切る覚悟なのか、はたまた渇望する世界への片道切符なのか───。
少女の死にこじつけるみたいな理由は幾らでも付けられる、何故ならその全てに意味は無いからだ。
これが愚かな行為なのか、やむなしの決意なのか、少女の悲劇をなんと捉えようが少女には届かない。
「なら、仕方ないよな」
ベイルは数秒目を閉じ、身勝手な死を目の前で遂げようとする少女の両手首を、目を開け身勝手にとり、首から震える手を離した。
ベイルはこれっぽっちも表情を変えなかった。少女の気持ちが分かるからこそ少女に雑念を与えないために、感情を与えないために。
人の死から最も遠い感情というものを、漠然と理解していたベイルは、躊躇わなかった。
「───っ!?……んん……」
カーテンを閉め切り、朝日が照らない薄暗い部屋にある1人用のベッドの上で、2人は静かにキスを交わした。




