第46話 君に出会った日
2ー6 龍の少女への恋歌
時は700年前、人間界北部のとある森の前に船が停めてあり、船にはベイル、ラルフェウ、ハロドック、そして老人のナリで謎多き人物であるマルベス・ロジエの4人の姿があった。
白髪だが、おそらくマルベスもラルフェウとハロドックと同じく黒髪だったであろう名残が後頭部の毛の根元にあり、同じく黒瞳を宿す老人だ。
「ベイル様」
「んー」
ラルフェウは甲板で仰向けに寝転がるベイルに話しかけた。
この時のベイルは現在と同じく食に目は無く、よく眠り、マイペースを貫いていたが、今と違い自分以外を自分すらも信じられていなかった。
「闇雲に走り回っても〝死神魂〟は見つかりません……人間界だけではなく、他の世界にも」
「ここにいるはずなんだがな~」
闘値は2000程……今よりも弱いはずだが、その迫力や殺気、威圧感などその存在感は現在を大きく上回る程に強大だった。
そんな研ぎ澄まされた禍々しいオーラを常日頃ベイルが醸し出す中で、この3人は特に警戒するでもなく普段通りに暮らしていた。
特等聖戦士とて身構える程に強大だが、ベイルが攻撃すれば容易にねじ伏せる事が出来ると確信を持っているためだ。
何せ力の差は、絶望的なのだから。
「やめとけラルフェウ、そんな急かさなくてもひょっこり現れんだろ」
「そうじゃな、ほいフルハウス」
ハロドックとマルベスは甲板でポーカーをしていた。
この一帯は人里も無く舗装された道もなく、人が通ることも無いため最小限の警戒しかしておらず、外でのんびり過ごす子供たち出来ている。
「何ィ!!?せっかくのスリーカードがああ!!!」
そしてハロドックは右側に置いてあるカバンの中から、ピンク色の女性のパンツを取り出し、マルベスに渡した。
「ちきしょう……まだ未使用なのに……」
「使用済みのとかいらん」
「……しかし」
「ラルフェウ、こういうのは時期ってのがあんだよ……今までのデカい戦争とかもその時期に起こるべくして起こったんだ……ベイルの完全復活は全世界を震撼させるニュースだ、時期はまだってことだ」
「……よく分かりません」
「当たりめぇだ俺も自分で何言ってっか分かんねぇし」
「えぇ……」
するとベイルはふと立ち上がり、船から飛び降りた。
「どちらへ?」
「暇だから遊んでくる」
そう言ってベイルは1人、森の中へと入っていった。
「……僕も行きましょうか?」
「いやいい、ただの散歩でバカはしねぇだろ」
「ハロドックさん、僕そろそろ嫌ですよ……ベイル様の監視だなんて……奇跡的に出会えた、憧れの人、唯一の希望なのに……」
「知るか、おめーの過去が悲惨で同情の余地ありってのは分かってるがよ、それがお前の仕事だ……ラルフェウ、そもそもあいつは人の英雄になる事は何もしてねぇだろ」
「……僕が間違ってるんですか?」
「一般論だよおめーは何も間違ってねぇ、ただ単純に俺がクソ嫌いだって事だよ」
「……あの……その時期というのは、誰かが仕組んでいるのでしょうか……」
「出来るんならそりゃ神だな、出来るっつってたし」
「……ハロドックさん神と知り合いなんですか?」
「うん」
※ ※ ※ ※ ※
ベイルは数時間程ゆったり歩きながら、木に成っている果物を食べたりしていた。
ベイルの強すぎるオーラに本能的に察したのか、動物たちは近寄る事はなく、そしてベイルが近付けば遠ざかっていった。
やがて森を真っ直ぐに抜けると、そこには地平線の向こうまで大きく広がる高さ400メートルはあろうかという峡谷が現れた。
大自然の緑に覆われ、真下を流れる巨大な川が削った結果出来たとされる峡谷で、青空と雲がよく映えた。
雄大な自然が織り成す絶景と驚異が共存するこの地を、ベイルは表情を特に変えなかったが、大きく感動しているようだった。
「……いいな……」
数分眺めた後、ベイルは真っ直ぐ船には戻らず大きく迂回して森を巡っていった。
ベイルがいる周りでは鳥の鳴き声や羽ばたかせる翼の音が騒がしい。
※ ※ ※ ※ ※
「……ん?」
ベイルが果物を食べながら歩いてると、目の前に6人程の武装した男達が現れた。
野営をした跡もあり少なくとも一晩前にはいたのだが、ベイルが近付いてきたにもかかわらず地べたに置いた武器を持たない辺り、オーラは見えないらしい。
「おいガキ、ここが俺たちのテリトリーだって分かった上で入ってきたのか?」
「……知らねぇ、そんなに入ってほしくなけりゃ看板でも立てりゃいいじゃん、ここ俺たちのテリトリーだから来んなみたいに」
「立ててんだよ!お前が見てねぇだけだ!!」
男達は剣を抜きベイルに向かって構えた。その男達の首元の左側にはジェノサイドのシンボルマークの烙印が印されてあった。
確かに数分前、ベイルが通った場所に看板は立ちジェノサイドのマークも描かれてあったが、そもそもベイルの目に入ってはいなかった。
「……ジェノサイドか」
「ひひひ、ビビったか?まあビビるよな~、たった今お前は泣く子も黙るジェノサイドに喧嘩を売ったんだ……この意味が分かるよな?」
「今逃げたら許してやるよ、慈悲深い俺達に感謝しろよガキ?」
完全に舐めきり、男の1人はベイルの胸を押して尻もちをつかせた。
6人全員が同じように嘲笑い、見せつけるかのようにジェノサイドのマークを曝け出していた。
ベイルは尻もちをついてすぐ、静かに笑った。
「何だお前、死にたいのか?」
「ジェノサイドってのはそんな野蛮な組織なのか?……よく分かんねぇけど、ガキを殺しちゃダメでしょ……殺しちゃ」
ベイルは立ち上がりながらそう言い、完全に舐めきった余裕の笑みを浮かべ嘲笑の眼差しを男達に向けた。
「なっ!クソが!!」
ベイルを突き飛ばした男はカッとなり、ベイルの顔面を自慢のジェノサイドのマークが押されてある右拳で思い切り殴りにかかった。
「……え……」
ベイルは息をするようにしゃがんでかわし、男が気付かない速さで右腕の骨を粉々にした。
「あっ!あああああああ!!!!」
自身の右腕の状態を認識したと同時に体中に激痛が走り、男は両膝をつき痛みのあまり叫びながら、うつぶせに倒れた。
「おいおい、ガキ相手に泣くなよ、大人だろ?」
「この野郎!!!」
男達は鳥肌がドッと立ち、冷や汗と共に身の危険を感じた。
すぐに地べたに置いている銃を拾い、手が震えながらベイルに向けて構えた。
「こ!このクソガキ!!死にてぇのか!!」
ベイルは倒れる男の頭を右足で、頭蓋骨が粉砕しそうな勢いでグリグリと踏みつけた。
「どうぞ?ちなみに俺は、武器持ってねぇよ?」
「ば……バカにしやがってええ!!!」
男達は怒りや恐怖、焦りなどの強い感情に襲われ勢いのままにベイルに弾丸を放った。
全員が弾切れになるまで放ったが、ベイルには一発も当たってはいなかった。
「ひっ……」
「はいさようなら」
そう言ってベイルが男達を見ると男達は突然血を吐き、バタバタと倒れた。5人は即死だった。
その後踏みつけていた男の頭を、卵を踏んで割るみたいに簡単にグチャグチャに踏み潰した。
口元についた返り血を舐めとった後、頭を踏み潰した男の背中にプッとツバを飛ばした。
「……気持ち悪ぃ……」
※ ※ ※ ※ ※
その後ベイルが男達の死体を踏んで少し先へ進むと、馬が2頭引く馬車が停められていた。
馬車の中にはベイルの身長より小さい鉄の檻が一つあり、その檻の中に首輪で繋がれたボロボロの汚い上着だけを着ていた少女がいた。
長く不潔な灰色の髪に光が失せた紫紺の瞳、そして痩せきり汚れた体を見るだけで、粗雑に扱われている事がはっきりと分かる。
「おーい、生きてるかー?」
ベイルは首をかしげて檻の中を見て声をかけるも、少女は返答も出来ない程衰弱していた。
そしてその檻の中には、少女のそばに一振りの刀がが置いてあった。
それこそが、現在ベイルが常に背負っている〝聖器〟、獄刀インフェルノだ。
「おーかっこいいなー…」
面白半分でベイルが刀に触った瞬間、ベイルの体の中に大きな力が入ってくる感覚を覚え、すぐに声が流れ込んできた。
※ ※ ※ ※ ※
《このワシに、触れたな?》
「誰だ」
《ワシはこの、獄刀インフェルノぞ……貴様、このワシに触れたとなれば、その器かどうかを見極める》
「は?」
《……っ……何だ……これは……》
声の主は驚いた、ベイルにはその器たる最低限の条件である闘値が圧倒的に低いにもかかわらず、体中に溢れる禍々しく強大な存在に…それは呪力だ。
〝聖器〟は触れた者の心に直接介入し、自身を扱える器たる存在かを決めている。
器ならばその者にしか扱えぬようになり、器でないならば触れた者を呪い殺す。
だがインフェルノは、力が全然無いベイルを見ても恐ろしく強大なエネルギーが存在していた事を知り、それでいて圧倒的な呪力の存在を怖れていた。
これでは自身が選んだ器ではなく、ベイルによって屈服されてしまう……器として認めたなら屈服されたも同然、だが呪い殺す事も出来ない……。
絶対の選択肢に当てはまらないあり得ない存在に、インフェルノは恐怖を覚えた。
《……貴様……何者だ……》
「通りすがりのガキですが何か?」
許せなかった、認めない存在を殺せない、どうしようも無い己自身をインフェルノは酷く憎んだ。
たった一瞬の出来事でも、〝聖器〟にとってはそれが全て……ベイルを試すはずが返り討ちにあった感覚だ。
《……バカな……こんな……》
「どうでもいいけど、さっさとどっか行って来れ、うるさい」
《……認めぬ……ワシは……絶対に認めぬ……》
※ ※ ※ ※ ※
「……あれ……抜けねぇ……」
ベイルは刀を抜こうとするも、どう力を入れても刀はビクともしなかった。
「何で抜けねぇんだよ!!……くそっ!!……はぁ……まさかこいつじゃねぇと抜けねぇ的な設定か?……はぁ……」
ベイルは刀を檻の中の元の場所に置き檻を荷馬車から下ろし、柵を持って少女はそのままに引きずりながら船に戻っていった。




