第99話 死なせたくねぇ奴
「……お、こ~れは」
するとニコラスは機械の裏からいくつかの資料の入った段ボールを見つけた。
中身を見るとそこには機械の設計図や用途、必要機材の情報などが全て記されていた。
恐らくケイナンが退出命令を出した際に置いたまま忘れていった者がいるのだろう……どのみち奇跡的な発見だ。
「……分~かんねぇな……オレっちのペットに聞いてみ……っうお!!?」
するとニコラスは上階で恐ろしい程の衝撃波による震動や轟音を感知し、その部屋もものすごく揺れていた。
頼みのハロドックはこの時、ルナとの激戦の終盤にもつれ込んでいたのだ。
「……あ……あ~とにするか……」
※ ※ ※ ※ ※
「っははは……」
ニコラスが地下15階を出てから数十分は経った頃……勝利を確信したケイナンは、貫かれた腹部と切断された右腕の断面からドクドクと血が流れ意識が薄れていくうつぶせのベイルを嘲笑しながら眺めている。
「……う……」
ベイルは為す術が無いままに身動きが取れないでいる。
「人間の強みは繁殖力と短期間の文明発展、つまり数と知能だ……個々が弱くとも、集団ならば…だが、それですら人間は脆く弱い……」
ケイナンはベイルに背を向け、樹の幹の中心へとゆっくり歩いていく。
「他種族から舐められるだけならまだいい……それを反骨心ではなく受け入れてヘコヘコしてきた祖先が問題だ……」
ちょうど幹の中心に立つと、持っている剣を刀身が見えなくなるほどに深く突き刺す。
「……クルエルは選ばれし血族……あらゆる猛者を淘汰するために在る……強者の血だ」
すると幹全体が緑色に光るエネルギーを放ち始め、幹は揺れて溢れ出すエネルギーが突き刺した剣に集約され、形状が大きく変わった剣を右手で掴み片腕だけで抜き出した。
「これはかつてエリス・クルエルがこの天樹ルブラーンの切り倒しに使ったと云われる〝聖器〟───〝聖剣スターゲイザー〟……王を王たらしめるためにある、我が剣なり」
ケイナンがそう言った瞬間、エネルギーが集約された光も徐々に落ち着いてきた剣によりベイルの両足は切断されていた。
「っ……」
「感想は?」
「……っ……」
もはや感覚が無くなり痛みも薄れかけ、さらに声も反射的なモノは出せても意識的には全く出ない。
「……はははは……あっはははははははははははははは!!!!そうだったなぁ!答えられるほど体力残って無いよなぁ!?っははははははははははは!!!!!」
「───」
体中に力が入らないベイルだが、胸の内からはふつふつと怒りを煮えたぎらせている。
ケイナンを殺す……そしてアリシアを助け出す……今のベイルの思考はそれのみで、体を治そうとは思わず体を動かそうと必死となっていた。
「龍人の力を模写し人間の体に組み込む……数十年に及び、あらゆる犠牲を払い、それは完成された」
どうにかギリギリ保てている意識の中でケイナンを見ると、ケイナンはこの地下空間全体を絶望で覆い尽くしても足りない程に強大なオーラを放ち、両目は赤くなっていた。
「ごく稀に、突然変異とも言うべきか……昼だろうと〝龍化〟する者はいる……数万年に1人の割合でな……この研究は、全て俺のためにあった……昼でも〝龍化〟が可能な肉体を……完成させた」
〝龍化〟───太陽の光が及ばない夜にのみ龍人族だけが発現させられる爆発的な身体能力の向上を意味する言葉。
人の域を超えた化け物染みたその強化、かつてこの世に存在したと云われている龍と酷似した身体機能であり、龍人族が龍人族と呼ばれる所以でもあった。
〝龍化〟の力の大きさは個人差が大きく、その力の大きさの9割は生まれつきの才能によって左右される。
しかし〝龍化〟の本当に強い者は、かの混血だけが使用出来る〝エグゼル化〟の上位互換の〝ディアボロ化〟や〝零域〟を超えるとも云われる程に強い。
諸説はあるが、龍人族の平均的な身体能力が和人族の次、魔人に匹敵するのはこの〝龍化〟に耐える肉体を形成したためという説もある。
───しかし、その中でも極めて稀な存在なのが……昼夜問わず〝龍化〟が可能な者だ。
ケイナンの言う通り数万年に1人単位でその稀代の才能を持ち、成せる者は現れ、現在これが可能と公言しているのは〝龍界〟の王である───ディルキア・ドラグエルだけとされている。
だがケイナンは〝龍化〟の中で最高最強の才能とされる昼夜問わずの〝龍化〟を成せる肉体へと変貌を遂げた。
数十年かけて人為的に人間から龍人への種族変化を行う実験を行ったのは、全て自身の戦闘能力の向上のためだった。
今の〝聖器〟を持ち昼夜問わずの〝龍化〟を成したケイナンの戦闘能力は、ルナがハロドックに見せた命を削る〝ディアボロ化〟と〝零域〟の同時発動の状態とほぼ同格と言っても過言ではない。
「これだけの力と武器と呪力さえあれば、ジェノサイドの最高幹部……いや、それ以上に入ることも出来る!!!」
1人広大な地下空間で叫ぶケイナンは、いつまでも湧き上がる自身の力に酔いしれ、動けないうつぶせのベイルの頭を右足で踏みつける。
「人間界全てをジェノサイドの手中に収め、ベイル・ペプガールと〝ホシノキズナ〟継承者のガキの首を差し出せばコーゴーも黙るだろう……後は俺の肉体に〝ホシノキズナ〟を宿らせ、覚醒させるだけだ」
「……っ……ぁ……」
「ん~?何か言ったか~?声が小さくて分かんないな~あ~!!」
力も惜しみなく使い果たし、今や根気だけで意識をギリギリ保つベイルの頭をガンガンと何度も強く踏みつけるケイナン。
首を差し出すために顔の形はきれいに保とうと力は抑えているが、今のベイルにとってはそれでも意識を失うには十分過ぎるものだった。
「っははは……なぶり殺しとはいささか面倒なモノだと思っていたが、相手がベイル・ペプガールほどのビッグネームになれば面白くて仕方ない!!!」
クズ野郎のレッテルを貼られるには十分大きな行動を繰り返した男は、意識を失ったベイルを相手にしても未だ醜悪な笑みを浮かべ続ける。
───その直後、天井の方から大きく響く爆発音が鳴り、すぐに幹の上に着地した足音が聞こえ、2つの影がケイナンの背後に現れる。
「……お前達は、何をしに来たのかな?」
「とりあえずその足どけたら教えてやるよ」
少し考えてから踏みつけていた足をベイルの頭から離し、2人の方を向いた。
「……俺はケイナン・クルエル……お前達の名を聞こう……力を解き放った俺の犠牲者第1第2の者の名は覚えておきたい」
「───クラジュー・エフィーグだ」
「───キリウス・ジャグネットや」
「……クラジュー・エフィーグ、キリウス・ジャグネット……お前達はここへ、何をしに来たんだ?」
「そのチビを殺すのは俺だ、獲物を横取りする泥棒猫を叩き潰しに来た」
「まあ何というか……喋るウサギんとこでも2人でおったし───友達やからな、助けんのは当たり前やろ」
「ほう……くだらんな」
※ ※ ※ ※ ※
ニコラスは地下のあちこちで響いていた衝撃が収まったのを確認し、段ボールを持った……持ったというか両翼で挟んだ。
「よ~し……〝ニコラスジェット〟!!」
ニコラスは両翼で段ボールを挟みながら腹滑りの姿勢になり、腹部からホバーボードのようにエネルギーを繰り出しゆっくりと宙を浮いた。
「ゴ~!!!」
そしてニコラスは足裏からジェット噴射のようにエネルギーを繰り出しジェット機のように凄まじい速度で地下14階に階段をなぞって飛んだ。
そこからは地上に繋がっている天井の穴を急上昇して外に出て、ルナの遺体の側にいるハロドックとレオキスの元に飛んでいった。
「ペンギンが飛んだっす……」
「い~や、オレっちは翼はためかせ無いと飛んだとは言わねぇ、い~まのは浮いただけだ」
「何だこの資料……」
ニコラスが喋りながら着地し段ボール箱を開けると、ハロドックは早速資料に目を通した。
「……機械の事ばっかだな……が……アリシアの遺伝子情報をアリシアの血から採ってたのか……」
「そんなのどうやって採るんすか?肉裂くんすか?」
「馬鹿野郎、んな事しなくても女は時期が来たら自動で股から血ぃ出すだろ」
「……そうっすね……」
「悪趣味だな、まさかユリの時から血を採取してたのか?……とりあえずアリシアんとこ行くか」
「オ、オレも行くっす!!」
「は?何しに来んだよ、邪魔」
そう言ってハロドックは地下14階まで飛び降り、地下15階の階段を下っていき、ニコラスも〝ニコラスジェット〟でハロドックの後を追った。
※ ※ ※ ※ ※
その様子をクラジューとキリウスも覗き、互いに別々の場所にいた双方は奇妙にも同じタイミングで立ち上がった。
「どこへ行くの」
ビオラは突然立ち上がるキリウスを真剣な眼差しで見つめる。
「……散歩や」
「ベイル・ペプガールを助けてアナタにメリットはあるの?」
「読まれてるやんけ……メリットが何なんかよう分からんけど……助けたいから助けんねん、文句あるか?」
キリウスは当たり前の事を当たり前にやる事に何故か疑問を呈するビオラを不思議そうに見る。
「自己満足ね」
「そうやな、向こうは助かってワイも満足出来て両方万々歳や、ええやん」
「……アナタはいい人なのね」
「悪いよりええやろ、何か違うか?」
「……いいえ……」
何を言ってもポジティブに返してくるキリウスの説得を諦めたビオラは俯いて黙りこくる。
「ほな行ってくるわ」
「待って」
王宮の方へと歩き出すキリウスをビオラは引き留め、キリウスはビオラの方を振り向く。
「なんや」
「……死なないで……」
少し寂しげな声を震わせて目は合わせずにキリウスにそう伝える。
「心配してくれとるんか?」
「えっ、いや、別に……そういうつもりじゃ……」
「いやしてるやん」
「っ……」
自分でも分からなかった感情を的確に見抜かれ図星をつかれた感覚に襲われるビオラは少し赤らめる。
「まあ死にそうになる頃には全部終わってるやろ」
「……だといいわね……」
「ほなまた」
右手は振らずに上げたまま、キリウスの背中を見届けるビオラは座ったまま両拳を握り締めていた。
※ ※ ※ ※ ※
「……じゃ……行ってくる」
眠るゾーネを起こさないようになるべく足音を立てずに王宮へと向かっていくクラジュー。
「……ん……どこいくのクラジューくん?……」
しかしクラジューの気配が離れていったのを感じ取ったゾーネは目を覚まし、目を擦りながらクラジューに声をかける。
少し驚いたクラジューはゆっくりとゾーネの方へと振り返る。
「お、起きたかゾーネ……」
「どこいくの?」
「……まあちと野暮用でな、じゃ!」
「いかないで!」
強引に話を終わらせてベイルの元に向かおうとするクラジューを引き留めようとゾーネは立ち上がり、背後からクラジューを抱きしめる。
「……ゾーネ……」
「やだよ……もうどこにもいかないで……ずっといっしょにいてよ……」
自分が自分で無くなりそうな不安や恐怖から解放してくれた愛する人が、自分の元からどこかへ行ってしまう事に激しく抵抗するゾーネ。
「……クラジューくんがいまからいくところは……うちよりも……だいじなところなの?……」
「……そりゃずりぃなゾーネ……お前より大事な奴も物事もねぇよ」
「だったら!」
「けどな……俺は行かなきゃなんねぇって思ってる……あいつは……俺に道を標してくれたんだよ……あいつがいねぇと俺は強くなれねぇ……挑戦への渇望が失われる……」
「……クラジューくん……」
「もしお前に何かあったら全部投げ捨てて助けに行く……だから行かせてくれ……勝手なのは分かってる、けどな!……」
「……ううん……かってなのはうちだよ……」
そう言ってゾーネはクラジューを抱き締める腕を解き、一歩下がって少し俯く。
「うちにはわからないけど、クラジューくんがそれくらいだいじだったら、きっとうちがとめるのはちがうよ……」
「……ゾーネ……」
「いってらっしゃい、ぜったいにかえってきてね」
涙は流さないままクラジューを想い、クラジューのために待つことを決めた微笑みにクラジューは少し見とれる。
「……ああ、絶対帰ってくる」
それ以上は何も言わず振り返り王宮の中へと向かっていく愛しい人の背中を見送るゾーネ。
そして戦跡が生々しく残るエントランスに入ると、背後からキリウスが現れ合流した。
「寒っ……なんやここ……」
「……お前もかよ」
「そうみたいやな……で、どっち行けばええんや?」
「この穴から降りりゃいいだろ」
※ ※ ※ ※ ※
穴から降りて一気に地下14階に降りる2人はそこから階段を下って地下15階に降り立ち、ハロドックとニコラスに合流した。
「……え何しに来たの?」
「助っ人」
「いや悪ぃけどロリコンと記憶喪失とか足手まとい過ぎるから」
「いやお前じゃなくてこの下だよ」
「……ああ……え、何で?尚更何で?」
「理由なんかどうでもいいだろ、どうやったら行けるんだ?」
「知~るか、あ~の男が持ってるリモコンがねぇと無理そうだぞ」
「ならお前が開けてやれよアホペンギン」
「だ~れがアホペンギンだ!!!ど~うやったらオレっちが開けられんだ!!」
「お前の最大火力ならこじ開けられる」
「……な~るほど、や~ってやるぜ~……チャ~ジがいるからちょっと待て」
ニコラスが体内にエネルギーを溜めている間にハロドックは2人に質問をする。
「……そっちでも足手まといになるぞ……今のケイナンは間違いなく強ぇ、紛い物にしちゃ出来すぎなくらいに……2人でも足りねぇだろうな……それでも行くのか?」
「いや行く言うてるやん」
「……仲間思いだな~」
「仲間じゃねぇよ」 「それはちゃうな」
「全否定すんなよ辛い!」
ハロドックがいい感じに話を終えようとすると真っ向から同時に話して否定するクラジューとキリウス。
「ただ……」
「やけど……」
「死なせたくねぇ奴だからな」 「死なせたくない奴やしな」
またしても同時に答える2人の意見は合致する。
「それはまた……ちょうど良い関係性だな」
「チャ~ジ完了!!行~くぜ~~!!」
そう言ったニコラスは天井ギリギリにまでペンギンとは思えない脚力で跳び上がり、口の中から高出力のビームを床に向かって撃ち放つ。
「〝ニコラスインパクト〟!!!!!」
ニコラスの口から放たれる光線は10秒ほどで爆発を起こしキブニウムの床に穴を開ける。
クラジューとキリウスはニコラスに礼を言う事無くニコラスが開けた穴へと降りていった。
※ ※ ※ ※ ※
「……まあ、予定外ではあるが……支障は無い、殺させてもらうぞ雑魚共」
ケイナンが2人に向かって溢れ出すオーラを向け剣を構えると、クラジューとキリウスはやや怯みながらもすぐに立て直し、クラジューは槌を持ってキリウスは丸腰のまま戦闘態勢に入る。
「ほな行くで」
「うるせぇ、分かってるよ」




