油断大敵
がたごとと揺れる馬車はなかなか乗り心地が悪い。
しかもクッションなんてものはないし、タイミング良くいかに上手にお尻を浮かすかが重要になる。
暇だからとそんなミッションに一人果敢に挑んでいた私に、隣に座っていた綺麗な女性が声を掛けてきた。
「坊やは何処まで行くの?」
「えっと、知人を訪ねて王都まで」
「あら、王都までは距離があるわよ。大変ね」
「でも王都に寄るまでに、親戚のところを訪ねる予定もありますから」
「そう、それなら安心ね。そうだ、これ今朝作ったクッキーなんだけど食べない?」
予防線を張りながらの会話に対して、女性の純粋な優しさに嘘をついてしまったことを心苦しく思う。
まず何故私が『坊や』と言われたのか。
それは最初に落ちた町で髪を売ったのだ。
昔お師匠様から「お前の髪を売ったら十年は遊んでくらせるな」と言われたのを思い出したから。
髪には魔力が宿っているので、セレスティアの髪はそれだけ高く売れるらしい。
残念ながら今の私にはそんな魔力はないので、一体どのくらいのお金になるのかと心配していたけど、思いの外高く買い取って貰えることが出来た。
王都までの資金には届かないけど、その途中にある大きな街まで着けば上手く仕事を探すことが出来るかもしれない。
そんな訳でばっさり切ってもらった髪と、男性ものの服のお陰で周囲からは男の子だと認識されている。
女一人で旅をするのはあまりにも不自然だったので、髪を切って売ったことは一石二鳥っていうやつだ。
「王都って言うと、今王位継承について色々揉めてんだろう?」
向かいに座っていた人相の悪い男性が、話ながら私に向かって手をだしてきた。
「え…」
「食え。そんな甘いものばっかじゃ立派な男になれないぞ」
「ありがとうございます」
相手からもらったのは何の肉か分からない干し肉だった。
得たいの知れないもの、しかも馬車の中で食べて良いのかと悩んでいると向かいの男性は干し肉を黙々と噛んでいる。
漂ってくる芳醇な香りに負けて食べてみると、それは今まで食べた中でも一番の美味しさだった。
「美味しい!」
「だろう!坊主!」
「はい。あの王都はどうして王位継承で揉めてるんですか?」
「そりゃあ王妃様が実子を王様にしたいからだろう?」
これはセルビスから聞いたことがある話だ。
王都から離れたこんな場所にまで伝わっているということは、王位継承問題の話はだいぶ前から揉めていたんだろう。
「あれ?実子ってことはシュベルト、王子は」
「第一王子は亡くなった前王妃の実子で、第二王子は側室だった現王妃の実子だ」
「ああ、なるほど」
「そんなことも知らないのか?田舎者だな」
「うん」
シュベルトとは学園で色んな話をしたはずなのに、こんな泥々した家庭の事情は聞いたことがなかった。
いや、聞こうともしなかった。
その時からシュベルトは王位継承について色々と思い悩んでいたかもしれないのに。
「どうやら王妃様は第二王子と隣国の姫を結婚させたいらしいぞ」
「政略結婚ってやつですか?」
「まあ貴族様ってのは大体がそんなもんだろうが、隣国との交流が増えれば色々と都合がいいんだろうさ」
確かに国同士の戦争のあるこの世界で、他国と友好を深めることは大事だ。
シュベルトの婚約者は幼い頃からレオナ様と決まっているので、今更他国から嫁を貰うなんてことな出来ない。
「まあ俺は自分の都合の悪いようにならないなら、どっちが王様になろうが関係ないんだけどな。お、あんたもいるか?干し肉」
「いえ、私は結構です。次の町で彼氏が待ってるの」
確かに彼氏に会うのに干し肉を食べるのは良くない。
美味しいけど匂いが口の中に残るし、歯に挟まったりしたら取るのが大変だ。
「いいじゃねえか、彼氏に会う前に精をつけておきな!」
「で、でも」
「私…じゃなくて僕が食べたいです!お腹ペコペコだし、すっごく美味しかったんで」
「おう、そうかそうか。これは俺様特製の干し肉だからな。お前は舌が肥えてるな」
「ありがとうございます!」
「で、坊主はなんで王都に行くんだ?」
「えっと知人が王都にいるんでる」
「へえ。一人で大変だな」
「まあ、なんとかなってます」
こうしてもりもりと干し肉を噛んでいた私は、馬車を降りてから顎の痛みと消化不良による胃の気持ち悪さに耐えなければいけなかった。
夜は宿をとってなるべく外に出ないようにしながら旅を続けていた。
宿選びもなかなか難しくて、鍵がかからないようは安い宿は駄目。
かといって高い宿は今後の資金面で不安になる。
「今日は失敗したな…」
夕食つきで料金もまあまあ。
部屋の鍵は簡易式で少々不安はあるけどではあるけれど、夜は机をバリケードにしておけば問題はなし。
ただ夜が親父達の溜まり場となってしまっているのは予想外だった。
二階にある部屋を出てこっそりと一階の様子を伺うと、そこには赤い顔をした男達が酒を片手に楽しそうにしていた。
「…無理だ」
この日の夕食は諦めることに決めて、さっさと部屋に戻ろうと踵を返した瞬間肩に衝撃がはしった。
「いった…!」
「邪魔なんだよ!このくそ坊主!」
汚いことばを掛けながら走り去っていった男に理不尽さを隠せず、やたらと響く板張りの廊下を音を立てて歩く。
「なによ、あっちからぶつかって来たくせに…ん?」
何故か聞き覚えのあった声に、男が走り去っていた方向に視線を向けるけれど一階の騒がしい声が聞こえてくるだけだった。
気のせいだったかと廊下を進んでいくと、鍵をかけていたはずの部屋の扉が全開になっているのを目の前にして一気に冷や汗をかいた。
慌てて部屋に入ると、そこには多少荒らした形跡と荷物が一つ無くなっていた。
「やられたー!!」
順調だな~なんてのんびりしていた何時間前の自分を攻めてやりたい。
盗られた鞄に入っていたのは、いくつかの食料と全財産…。
「終わった」
私の大声に気付いた宿の人が私の話を聞いて、よくあることだと同情してくれた。
一階に降りる勇気のない私を察してくれたのか、前金は貰ってるからと食事を部屋まで運んでくれた。
「これが最後の晩餐…」
明日の事を考えると喉に通らない気がしたけど、食べないなんて選択肢は出来なかった。
整理しきれない頭で色々と考えていると、この宿は馬車で一緒になったあの男が紹介してくれたのだと思い出した。
そしてさっきぶつかってきたのは、やっぱりあの干し肉男だったんだ。
「ぐあああ!やられた!!」
騙されてしまった自分の不甲斐なさに、変な悲鳴と涙が出てくる。
明日からどうすればいいんだろう。
これ以上髪を売るとなると…流石に坊主は勘弁して欲しい。
明日から野宿になるかもしれない自分を想像してしまいながら、なんとか眠ろうと羊をひたすら数えていた。




