深い森の小屋
新鮮だと感じていた潮風も浴び続けていると飽きてくる。
見渡す限りの海にも見飽きてしまい、透き通った水の中に生き物はいないかと探してみる。
時折きらきらとした何かが見えるけど、それが魚なのかはよく分からない。
暫く看板から海を見下ろしていると、背後に人の気配がしたので振り向いた。
「何をしてるの?」
「特に何も」
声を掛けてきたアルミンは私の隣に立つと、同じように静かに海を眺め始めた。
自分よりも幼いと思っていたアルミンは、今や私よりも背が高く立派な魔法士になっている。
丸い眼鏡を指で持ち上げる仕草は昔から変わってないけど。
「港に着いたら三日後には森に着く予定だって」
「そっか」
「緊張してる?」
「うん」
小屋に辿り着けるかどうかが、私がセレスティアであった証明になるのかと思うと緊張してしまう。
「シュベルト様何をしてるかな」
「アルミンは本当にシュベルトが好きだよね」
以前と変わりのない様子につい笑うと、アルミンは恥ずかしがることもせず頷く。
「あ、でも僕はセレスティアみたいな可愛い女の子が好きだから。誤解しないでね?」
シュベルトが話したのかもしれない。
アルミンの笑顔が何故か脅迫めいたものに感じんて慌てて首を横に振る。
「誤解なんてしてないよ!そういえばアルミンって私のことセレスティアって呼ぶよね」
「分かりやすいくらい話を変えようとしてるね」
「いや、そんなつもりは」
思わず視線を逸らすと、アルミンの楽しそうな声が聞こえてくる。
「だって僕は君がセレスティアだって思ってるから。嫌かな?勿論カイル達の前では呼ばないよ」
「嫌じゃないよ。私をセレスティアだって信じてくれてるのは嬉しい。ありがとう」
ただ少し違和感を感じるだけ。
そういえばシュベルトはアオイと呼んでくれているけど、セルビスからは一度しか呼んでもらっていない。
「そういえばマリは?」
「船酔いだって。お昼も要らないって部屋で寝てる」
とにかく寝ていたいというマリさんは、港町で買い込んだ唯一口に出来ると言うジュースをもって部屋に籠っている。
気を使わせても悪いので、暫くは部屋に戻らないつもりだ。
「あまり一人にならないようにね。落ちたら大変だよ」
「そんなに子供じゃないよ!」
「ごめん、押したら落ちそうなくらい海を覗きこんでたから心配で」
こうやって素直に謝られると何も言えなくなってしまう。
返す言葉がなくて困っていると、アルミンの手が額へ伸びてきた。
潮風に吹かれて少し冷たくなっていた肌に、アルミンの温かい手が触れる。
「少しだけ魔力が表に出てきてるみたいだけど、あまり無理しないようにね」
「うん」
セレスティアの時とは立場が逆になってしまった。
勉強熱心なアルミンに頼られるのが嬉しくて、色々と魔法について教えていた過去を思い出す。
「アルミンはこの五年間何をしてた?」
「セレスティアがいなくなってから、シュベルト様の役に立てるようにひたすら勉強してたよ」
「今は国専属の魔法士なんだよね?」
「僕としては国っていうよりシュベルト様専属の魔法士かな」
肩を竦めながら冗談めかしているけど、半分以上は本気な気がする。
それくらいアルミンはシュベルトにべったりだった。
「セレスティアは?」
「生まれ変わってからの十七年間、普通に過ごしてたよ。朝ご飯を食べて学校に行って勉強して、家に帰って夕御飯を食べてお風呂に入って眠る」
「それがアオイの普通の生活なんだね」
「うん」
それから暫くの間沈黙が続く。
不思議と苦痛ではない空気に、私は陸の見えない海をただ眺めていた。
港から馬に乗り換えて二日。
宿の一階にある食堂で夕食を摂りながら、明日からの予定を確認する。
小屋への道のりは私が覚えているので、私が認められた者であれば森の入り口から小屋まで時間はかからないはずだ。
「この村で馬を預けて行く。予定通りいけば昼前には森の入り口に着くはずだ」
「いよいよですね!」
セルビスの言葉に船酔いから完全回復したマリさんが答える。
あまり広くない食堂にマリさんの声が響いて、周りから注目を集めてしまう。
「ああ、ローラに会いたい」
そんな中お世辞にも美味しいとは言えないお肉を頬張りながら、お酒を片手に愚痴るように呟いたカイルの言葉を私やマリさんは聞き逃さなかった。
「カイル様ってまだローラが好きなんですか?いい加減諦めたらどうですか?」
「それが出来るなら苦労はしないよ」
どうやら酔っぱらっている様子のカイルはマリさんの言葉を聞いて、グラスを持ったままテーブルへと伏せてしまった。
「告白してきっぱり振られては如何ですか?そうすれば諦めもつくかもしれません」
マリさんはカイルが既に告白して降られているのを知らないみたいだ。
うつ伏せになったまま何も言わなくなったカイルをつついてみると、素早い動きで手を捕まれた。
目を丸くする私にカイルは妖艶な笑みを浮かべてきた。
「アオイはいないの?好きな人」
「い、いないよ」
一応思春期の女の子。
平然を装おってみるものの顔が熱くなる。
「恋とは辛いものだよ」
「何を言ってるんだ」
いつの間にか背後に来ていたセルビスが思い切りカイルの頭をはたく。
カイルは一瞬不機嫌そうに唸っていたけど、セルビスを見上げて口許を上げる。
「セルビスは?」
「あ?」
「好きな女の子。そろそろ結婚も考えないといけない年齢だろ?」
「お前に言われたくない」
余裕のカイルに対して一方的に火花を飛ばすセルビスを見て、静観していたアルミンが取り成すようにして間に入る。
私はマリさんからの手招きで、こっそりと場所を移動する。
あんな風にセルビスが口喧嘩するなんて珍しいとマリさんが笑うので、私も明日のことを忘れてこの状況を楽しむことにした。
そして翌日。
私の心配をよそに難なく小屋へと辿り着いた私達は言葉もなくその場に立ち尽くした。
私とお師匠様が暮らしていた小さな小屋は、完全に焦げ落ちて見る影もなかった。




