シリウスside-後
翌朝私は鼻歌でも歌いたいほどの気分だった。
昨夜やっとジュリアに贈る首飾りが完成したのだ。最高のウェディングドレスもすでに出来ているし、明日の結婚式に何とか間に合わせる事ができて本当に良かった。
ただ、ルイスからジュリアの顔色が悪いと聞いて心配だったが、今顔を見ると我慢していた分押し倒さない自信がなかったので声だけ聞いて泣く泣く自室に戻ったのだ。
ただ問題がひとつある。
首飾りはの真ん中の台座に据える宝石を2つある内のどちらにしようか迷っているのだ。
イエローダイヤとサファイアだ。
どちらも大きさも輝きも最高級品でどちらにしようかと今になってもまだ決められずにいたのだ。本人に決めてもらえれば良いのだがここまで秘密にやってきたのだ、何とかジュリアに気づかれずに決めようと思ったばかりに我ながら馬鹿な探り方をしてしまった。
ただジュリアにどちらの色が好きかと訊ねれば良かったのだ。あの妹が自分の好む物を姉は選ばないと言っていた事を私は何故、あの時思い出してしまったのか。
ジュリアの真っ青な顔色にも気づかず、ジュリアの首元を飾る青色のサファイアの首飾りを想像してにやけていた私は本当の阿呆だ。
その日早めに帰宅した私を待っていたのは一通の置き手紙だけであった。
ジュリア?
さようならって何だ?
私の幸せを願う?
今私は幸せではないぞ!
お前がいないというのに私が幸せになれるものか!!
愛してると言うなら何故いなくなるんだ!!?
ジュリア!!!
手紙に綴られている言葉からは私への愛しか感じられないのに肝心のジュリアがここにはいない。
ジュリアか自分の元からいなくなった事実に私は立っていられない程の喪失感を味わっていた。
「旦那様のせいです!」
「……何だと?」
「旦那様がリリア様に心移りなどされるから…!うっ、うっ、奥様が可哀想です!!」
「はっ?リリア?何だそれは!?私は心移りなどしていない!!どういう事だ!言え!マチルダ!!」
「…っ!だ、だって皆噂しております、旦那様が伯爵邸に通っていると……。お、奥様は何もおっしゃってはくれませんでしたがきっと悲しまれていたはずですわ!!」
「誰がそんなくだらん噂など流した!…いやっ、そんな事はどうでも良い、つまりジュリアは私がリリア嬢に懸想してると思い込んでるのか!?」
バカな!誰があんな女になど興味を持つものか、私が愛してるのはジュリアだけだ!
ジュリアは私に絶望したのか?だから消えた?もう私のもとへ帰ってくる事はないのか!?
考えれば考えるほど全身の震えが止まらない。
「言い合いしてる場合ではございませんよ。マチルダ、奥様が行きそうな場所はわかりますか?今にも雨が降りそうです、奥様が王都から出られる前に見つけなくては」
ルイスの言葉に更に血の気が引いた。
「マチルダ!急いでジュリアが交流していた人間全てに問い合わせろ!ルイス!お前は役所に行って王都から出るルートを全て押さえさせろ、金はどれだけ積んでも構わん!」
「旦那様は…!」
「探しに行く」
「はっ?えっ…、あっ!ちょっ…!」
ジュリア許さんぞ!
私から離れるなど絶対に許さん!!
お前のいない人生など考えたくもない!!
闇雲に探し回っても駄目だという事ぐらいわかっている。
だがこの雨の中一人で震えているだろう愛する人を一刻も早く抱き締めてやりたくて私は必死で馬を走らせた。
店の軒先で倒れているジュリアを見つけた時は嬉しさよりも最悪の事態を想像してしまい心臓が潰されるかと思った。
ジュリアのかすかな息づかいを確認するまでおそらく呼吸もうまくできていなかっただろう。
ジュリアに自分の外套をかけようとした時、彼女の腰回りが不自然に衣類でぐるぐる巻きにされているのが目に入ったが、そんな事よりも真っ青な顔をして意識のないジュリアをとにかく屋敷へ連れて帰らなければという思いしかなかった。
「できる限りの処置はしましたが後は奥様の生命力を信じるしかありませんな。このまま目を覚まさなければ……、覚悟なさっていて下さい」
―――覚悟だと?
何の覚悟をしろと言うんだ!
ジュリアが私の前からっ、この世からいなくなる!?
嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ!!
もう二度と彼女の笑顔を見る事はできないのか……?
……駄目だ、そんなのは耐えられない……、頼む、お願いだ、ジュリア目を覚ましてくれ…………!
誤解だったとはいえお前を不安にさせたのは私のせいだ、気のすむまで殴ろうが蹴ろうが構わない!どんなに軽蔑しようと、嫌いになったって構わないから……、頼む!死なないでくれ!!
ただ手を握るしかできない私にとって、ジュリアが目を覚ますまでの三日間はまるで地獄のようだった。
ジュリアの為と言いつつ実は自分の自己満足でしかなかった行いのせいで一番大切な人を悲しませて死なせようとしているんだ。
私の命で足りるならいくらでも差し出すからジュリアを助けて欲しいと私は初めて神に祈った。
その祈りが届いたのか、ジュリアは私のもとへ帰ってきてくれた。
しかもジュリアのお腹には私の子供まで!
だが子供ができた事は喜ばしい出来事だが、知らなかったとは言え身重の体の妻に何という仕打ちをしたんだと項垂れる私に屋敷中の人間が責め立てる中、ジュリアだけが私を優しく抱きしめてくれたのだ。しかも、黙って結婚式の準備を進めていた事に涙を流して感謝をしてくれた。
ただ「シリウス様のお気持ちも知らずにわたくしという者は勝手に家出などして申し訳ありません」と深く頭を下げられた時は流石に慌てて止めさせると、今度は私からジュリアを強く抱きしめた。
お互い初めて相手に「愛してる」という言葉を贈った時、私達はやっと本物の夫婦になれたのかもしれない。
ジュリア
私達は言葉が足りなかったのかもしれないね、
これからは何でも話し合おう、
だからもう二度と私のもとから消えないでくれ、
私も決して君の手を離さないから、
ジュリア、永遠に愛してるよ―――