異・世界猫歩き
飼い猫との別れ(死別)が悲しくて異世界にまでやってきてしまった漢のお話です。お馬鹿なお話です。思いの外、続く、になってしまいました。
俺は深い悲しみと、どうしようもない絶望の中にいた。今まで暮らしてきた世の中へのそんな思いが何に通じたのかはわからないが、気がつくと俺は見たことも無い不思議な場所・・・何かの祭壇だろうか。冷たい感じはしない。だけどなんだか切ないような、今にも泣きだしてしいたくなるような、胸を締め付ける感覚に捕らわれていた。ここはどこだろう。柔らかな光。跪いている自分の眼前に美しい姿が。そして鈴がなるような美しい声で語りかけてきたのだ。
「あなたも、この世界にたどり着いてしまったのですね。」
その声は告げる。
「この地にたどり着いてしまったものは、元の場所に帰ることはかなわないでしょう。ただ、つらい何かがあるのであれば、この地で自らを見つめ直すことは出来ます。」
そして更にこう続けた。
「あなたは何を望みますか?あなたが真に望むものであれば、私で叶えられるものであれば、一つだけ叶えて差し上げます。仰ってみてください。」
だとすれば、願いは決まっている。あの子を生き返らせてくれるなら、俺は何だって・・・
「ですが、生命の復活を望むことは叶いません。世界の定めに反することは、夢の中ならぬ現実の世界ではあってはならぬ事なのです。それ以外であれば、いかようにも。」
うむ、機先を制されてしまった。何と合理的な。そうかここは夢の中ではないのだな。それなら・・・あの子には申し訳ないけれど、それなら一つ、俺は、
「それなら一つだけ、お願いしたいことがある。それは、」
告げると、何故かほっとしたような、でも何か寂しそうな声が聞こえてきた。
「良ろしいでしょう。それを思う心、忘れずに過ごしてください。あなたにはそれに必要なモノを差し上げましょう。それが私に出来る、せめてものはなむけです。あなたのこれからの暮らしに幸有らんことを。」
そのまま俺は気を失ってしまった。でも空虚な心が埋まることは無いだろう事は分かっていた。だけど、望んでくれるものがいるのであれば。しばらくは、生きて、みよう‣・・・。
そして再び目を開いた時、俺は広い草原の中にたたずんでいた。見上げると青い空。澄み渡っている。柔らかな日差しと、心地よい風を感じる。何処だろう。ここは。気がつくと手には木製の櫛が。これは・・・覚えている。これは、あの日あの子を送った時に、確かに一緒に燃やしたはずの、
「がるるるるるぅぅ」
突然そんな方向があたりに響き渡り、僕の物思いを中断した。眼前には硬そうな棘を体中に生やした、牛ほどもありそうな大きな獣が。けもの、そう獣だ。なぜそれが判るのか考える暇もなく、そいつは俺を押し倒さんとばかりに向かってくる。何か対抗するモノを・・・ふと手の中の感触に気がつく。懐かしい、使い慣れた感触。何で忘れていたんだろう。あいつも本当ならこいつで梳いてやらなければならない時期だったよな。なんか目の前の獣もこいつで梳かれることを求めているように感じて、俺は向かってくるそいつに怯まず、向かい合った。目の前で立ち止まる巨体。そいつの目をじっと見つめると、何故か甘えるようにフン、と息を吐いて、うずくまった。俺は少々戸惑ったが、死んだあいつも後押ししてくれるような気分になり、手の中の櫛で蹲った獣の巨体に櫛を入れた。ひと梳きひと梳き、少々固い感触だったが、その獣は巨体を軽く震わせて、目を細めている。背中から首筋、頭、ついにはお腹まで。優しく、優しく。逆毛にならないように、丁寧に櫛を入れていく。急いではいけない。愛情を込めることも忘れずに。そうすればこいつは、気持ちよくなってくれる。甘えてくれる。それが嬉しい。「がるるるるるぅぅ」が「く~ん」に変わり目を細めてくれるのだ。それこそが、至・福。誰が何と言おうとそれが動物と触れ合う、ということなのだ。あいつもそうだった。そう思うほど悲しくもなりけれど、今、毛を梳いているコイツを整えてあげるのが大切なことだ。いつの間にか俺の周りには、多種多様な生物が集まっていた。どいつも何かを期待するような目で俺を見つめている。これは陽が落ちるまで終わらないな。だけど期待に応えてやるのも始めたものの役割だ。俺は心地よい疲れを感じながらも、毛づくろいをする喜びを噛みしめ、日を過ごすのであった。
大陸最大の人口を誇る冒険者の町、「アーク」の東方に広がる草原地帯と、その向こうの、神の住まうと噂される大森林を狩場としていた冒険者たちの間で奇妙なうわさが流れていた。最近、狩場の生物が大幅に減少しているというのだ。それも特に狂暴とされている種族であるところのアーマーニードルに至ってはその痕跡すら見つからぬ始末。一部の貴族階級や富裕な者はその存在の確認だけに懸賞金を出している程だ。それと同時に一人の不可思議な人物の目撃事例も相次いでいた。曰く森の泉で木漏れ日の中、微笑みながら水を汲んでいたとか、草原を風のようにかけていく姿を見たとか。いずれもその人物と、周りに何か小型の獣のようなものが追随していたという話である。時々町の食料品店に食材を売りに来る人物がそうだ、という話であるが、ではそれが誰であるかは分かっていない。そもそも、「アーク」の町を離れて生活することは事実上できない筈であることから眉唾物のまさしく都市伝説という扱いになっている。ところがである。獲物が獲れない事に危機感をおぼえ、かなりの無理をして遠征に出た一部の中級冒険者が、これまで入ったことがないほど森に深く分け入ったのだが、そこで遂にその伝説と邂逅したのである。
その日の俺は、普段より気配を消すのを怠っていた。だって、気配を消しすぎると野生のこいつらでさえ俺に気がつかなくなるのだから。ここのところ、外野が煩くなってきたが故の措置だったのだけれども、これでは本末転倒だ、と思い至ったのがつい一昨日のこと。森で集めた薬草その他割と貴重な食材までを久しぶりに近くの町まで売りに行ったのだが、そこで森に異変が起こっているという不穏なうわさを聞いた。なんでも森のモンスターを狩り尽くそうとしている者がいるとか。ここの所すっかり懇意となった店の主人が教えてくれた。俺の周りの大事な奴らがそんな訳の判らないやつに殺されるなど座視していられない。そんな奴、俺がテイムしてやる。どんなに凶悪な人間だろうと、俺の櫛の腕にかかれば一撃、いやひと櫛だ。必ずや大虐殺を止めて見せる。と、いき込んだのは良いものの、どれだけ草原を、森の中を捜索しても、該当するような凶悪な存在は見当たらない。さすがに疲れを感じ、森の奥のさらに奥にある、先日ユニコーンと出会った最奥の泉で休息をとることにしたのだ。
俺は、最奥にある割には周りに大きな樹木のない、丁度良い日差しが入るこの場所がお気に入りだった。夜になれば少々肌寒いが、何、そんな時にはこいつらがいる。俺がこの世界に来た時に手にしていた櫛。コイツでひとなでした獣はどんな狂暴かつ自立心が強い奴でも、よほど心地よいのか大人しくなり、甘えてくれるようになる。最初のうちはその効果が怖くもあったが、今日までの経験から、この地の獣たちは人間との触れ合いをいっそ求めているように強く感じる。寂しがっているような。時折特定の冒険者を、離れたところから見つめている奴に出くわす時もある。そんな時はしばらくそばに寄り添い、顎の下あたりをモフモフしてやってから櫛を入れる。すると警戒心を少しでも持っていた奴も俺の友達になってくれる。何故か、姿まで俺が求めていた、あいつにそっくりになるのが考え物だが、まあそれも良し。思う存分モフレて仲良くなれるのだから多分良い事なのだろう。で、そいつらは以前の凶悪そのものの外見を変え、小さくなって俺について来てくれる。可愛い奴らだ。こいつらを横に侍らせてひと眠りするのが一番の癒しだ。まあ、この時間で、こんな奥地だから眠っていても問題ないだろう。だから俺は、周りを数人の男女に取り囲まれた中で目覚めるという失態を犯していたのだ。
「がるるるるるぅぅぅ!」「ぎゃうううぅぅぅ!!」
おいおい、どうしたんだ、そんな警戒するような声を上げて・・・ふと周りに満ちている殺気のようなものにようやく気がついて、俺は眠りから目覚めた。周りには、泉を縁あたりからこちらの様子を窺う冒険者の身なりをした男が3人、そして女が二人。いつの間にこんなに近づかれていた?戦士らしき二人の男が剣を構えている。女の方はメイジにクレリックか?リーダーらしき男が俺の方を見て何か叫ぶ。俺を守るように取り囲んだ獣たちが一斉に色めき立つ。
そこへ、リーダーらしき(一人だけ装備が軽装だが)男が、声を掛けてきた。
「おい、あんた、こんなところで何をしてるんだ?その獣たちは何だ?襲われてたんじゃないのか?その・・・モフモフ共に。」
何故か疑問形、そして俺にもわかるくらいに動揺している。よくよく見ると仲間たちも、特に野郎どもが涎をたらさんばかりに俺を、ではなく周りのモフモフ共を凝視している。これは・・・
「やあ、あんたら、・・・・・・好き、だね。オレには解るよ。こいつらも警戒はしてるけど。逃げ出そうとはしていない。結構臆病なんだぜ、こいつら。」
女の子たちは興味深げだが恐る恐る、野郎どもはそれを聞いてわあっとばかり近づいてきて、それでもやんわりとモフモフどもを抱き上げ、じっと見つめたりしはじめた。
「まず頭を撫でてやんな。慣れてきたら喉元も、痛くなければ触らせてくれるから、そっと掻いてやれば、喜ぶぜ。」
その時から辺りはすっかり癒しの空間になった。モフどもも目を細めてキュンキュンと鳴いていやがる。この冒険者たち、出来るな。
しばらくモフモフし続け、さすがにモフどもさ疲れてきたころに、引き際と見た冒険者たちは名残惜し気にモフどもを解放してくれた。うむ、判ってるじゃなうか。引き際の見極めが肝心だよ。
「やあ、ありがとう。堪能したよ。」
「至福。」
「離し難いが、潮時じゃろう。」
「嬉しいわ。こんな危険な場所なのに。」
「あなた、なんていうお名前?」
5人が5様に感想を述べてくれるのが嬉しくて、今までずっと避けていた冒険者たちへの扱いを考えてもいいなとつい思ってしまった。だからつい話してしまったんだ。
「いや~こいつらも元はここいらの魔獣だよ。可愛いもんだろう。」
「へっ?」
「はいぃぃ?」
「いやいや冗談は!?」
「え、?」
「うそぉ?」
やはり5様に驚くパーティー。あれ、これは、しまったヤツ?
だけど皆、冗談だと思ってくれたようだ。こんな奥地で一人眠っていた俺を気遣いこそすれ排除しようとするそぶりも無い。ここは穏便に済むのが良いな。皆も疲れているようだし。先ほどのリーダーがどうせだからと町までの同行を提案してくれた。ここは大人しくご厚意にあずかろう。
とりあえず本日この近辺に着いたばかりということにして、町には宿をとっていないと話すと、格安だけど料理が旨い宿を紹介してくれるという。昨日までの寝床はそのままでいいかな。その他にも情報収集を兼ねて近況を聞いてみて、俺は自分が少々危うかったことを知り首をすくめた。モフモフどもよ、しばらく森で待ってろよ。こうして俺は久しぶりに人間との付き合いを行うことになったのだった。
何だろこれ。引きこもりのようなお話になりましたが、当初の予定は外れています。




