いかなる闇もこの俺を殺すことはできん
俺が町へ戻った時には、既に黒い竜が暴れまわっていた。
見た目はワニとトカゲを混ぜ合わせて、首を長くしたような印象だろうか。しかし、その大きさは桁違いだ。
全長は何十メートルといったところか。地球上で最大の動物はクジラの一種だと聞いた記憶があるが、恐らくはそれよりもデカい。
あの巨体では町を囲む外壁も門も、何の役にも立たなかったはずだ。ただ突き進むだけで外壁は壊され、町への侵入を許してしまったのだろう。
冥界竜クーガストは縦横無尽に暴れ続ける。
建物があろうとお構いなし。避けもせずに、ただただ進撃して押し潰していく。
そんな冥界竜を大勢の人間達が遠巻きに囲んでいる。
主力となっているのは、やはり国軍だ。
弓矢や投石、それから魔法が惜しげもなく放たれている。
けれど、冥界竜がそれをダメージと感じているようには見えない。まさしく、蚊に刺されたようなものだろうか。
今のところ、多くの死者は出ていないようだ。
もっとも、それは人間達が善戦しているからではない。冥界竜が人間達を歯牙にもかけていないというだけだ。
冥界竜が突如、咆哮を上げた。
赤い瞳に映っているのは怒りだろうか。ひょっとして、攻撃に効果があったのかもしれない。
……いや、蚊に刺された人間は、大した痛みがなくとも怒り狂う。冥界竜だって恐らくはそうなのだ。
大気を震撼させる叫びを受けて、人間達は動きを止めた。
次の瞬間――冥界竜の大口から黒いブレスが吐き出された。
それはまさしく闇だった。
見た目は俺のダークブリンガーを極太にしたような印象だろうか。けれど、それは破壊の闇だった。
闇に飲まれたものは、人も家も一瞬にして塵と化してしまう。
地面にはブレスの放たれた軌跡が太い道を作っていた。何もかも消え失せてしまったのだ。
おい、闇属性に攻撃力はないんじゃなかったのかよ。反則だろうが!
これはあれか。ゲームによくある『味方が使うと役立たないけど、敵が使うと厄介な技』の一種か。
一瞬にして消え失せた仲間を見て、人間達は呆然としていた。攻撃をする手が完全に止まっている。こうなれば、もはやどうにもならない。失った戦意を取り戻すのは不可能だろう。
だが――
一筋の光の矢が、冥界竜の頭へと衝突した。
光の矢は閃光を放ちながら爆発する。
効果があったらしい。
思わぬ人間の反撃に、冥界竜は鬱陶しげに首を揺らした。
誰がやったかは言うまでもないだろう。
勇者――光井陽一が建物の屋根の上に立ち、剣を竜へと向けていたのだ。風に吹かれて、マントが翻っている。
その隣には赤江と水戸、さらにはスケさんの姿もあった。
「やれやれ……」
と、俺はつぶやく。
ともあれ、無事だったようだな。
せっかく俺が戻ってきてやったのに、さっきのブレスで死んでたりしたら、お話にもならない。
さて、俺もあいつらに合流するとしようか。
……どうやって? 俺も屋根の上に登るか? そんな運動神経ないぞ。あいつら多分、普通にジャンプして跳び乗ったんだろうな。水戸は他の誰かが運んだのかもしれないが。
そうやって、逡巡していたら、戦いは次の局面へと進んでいた。
冥界竜と四人の戦いが本格的に始まったのだ。
赤江が目にも留まらぬ速さで突進し、冥界竜に腹パンを喰らわせる。
冥界竜に腹パンを喰らわせる人間は、世界広しといえどあいつぐらいのものだろう。凄まじい振動が俺の元まで伝わってきた。
お陰様で俺に喰らわせた腹パンが、超手加減されていたことにも気づく。あれを人間が受けたら、たぶん人としての形が残らない。
冥界竜は腕で薙ぎ払おうとするが、その時には赤江は神速で離脱していた。速すぎる。
一方、光井と水戸は、遠距離から魔法を放ち続けていた。
光井が放つのは、もっぱら先程の光の矢だ。恐らく冥界竜の弱点なのだろう。一撃一撃が効果を上げているようだった。
水戸の魔法はとにかく多彩だった。
巨大な火球を炸裂させたかと思えば、氷の刃を冥海竜の体に突き立てる。巻き起こる竜巻は、目にも分かる切り傷を巨体に刻んでいった。
かと思えば、光井に向けて放たれた反撃の尻尾を障壁の魔法で防いで見せる。
さすがは賢者と言わねばなるまい。
水戸の弱点は機動力だが、そこはスケさんが補う。スケさんは水戸の体を抱えて、屋根の上を軽快に飛び移っていた。
見事な役割分担だと言わねばなるまい。
「すげえ! 冥界竜を圧倒している!」
「勇者だ! 町の危機に勇者が現れたぞ!」
勇者達の奮戦に、男達から喝采が沸き起こる。軍による攻撃の手は止まっていたが、それは勇者達の邪魔をしないためだろう。
いや、なんというか……俺いる?
勢いで戻ってきたものの、やっぱり足手まといじゃね?
実のところ、あいつらが俺を誘わなかったのが、気遣いなのは分かってたよ? でも、正直、マジで俺って役に立たないよね?
俺が傍観している間にも、戦闘は続いていく。
それでも、冥界竜が倒れる気配はない。見た目以上に、恐ろしく強靭なようだった。
光井は何かを狙っているらしく、冥界竜への接近を何度か試みていた。けれど、尻尾を振り回す竜に近づくのは容易ではないようだ。
赤江のような速さがあれば違うのだろうが、いかに勇者とて万能ではないらしい。
業を煮やしたのか、冥界竜は再び咆哮を上げた。闇のブレスが吐き出されようとしているのだ。
大口が向いているのは、光井と水戸とスケさんがいる辺りだ。赤江だけはそのスピードで竜を翻弄していたため、離れた場所にいる。
冥界竜は素早い赤江を諦め、まずは三人を葬ると決めたようだ。
凝縮された闇が大口から放出される。
しかし、三人の反応は鈍い。先程までの戦闘で疲労がたまっているのだ。
底なしの体力を誇る冥界竜は、この時を待っていたのかもしれない。
「うりゃああぁぁぁぁぁ!」
俺は意を決して走り出した。瓦礫の散乱する道を駆け抜けて、三人の前へと躍り出た。
「ハルタ!?」「佐藤君!?」「マスター!?」
三人の困惑する声が聞こえた。
次の瞬間――闇のブレスを俺は全身で受け止めた。同時にダークオーラを全力で広げる。
視界が闇に包まれた。凄まじい圧力を感じるが、不思議と痛みはない。無我夢中で俺は闇のブレスに耐え続けた。
気がついた時には、闇は晴れていた。冥界竜のブレスがようやく途切れていたのだ。
後ろを振り向けば、三人ともが無事だった。
どうやら、成功したらしい。
「ちょっ、佐藤! 逃げたんじゃなかったの!? ってか、何で無事なの!?」
駆け寄ってきた赤江が、目を見開いて叫ぶ。
「質問の多い奴だ。だが、今日の俺は機嫌が良い。特別に答えてやろう。一つ! 暗黒魔道士は最強だ! ゆえに逃げることはない!」
そう言い放った俺は不敵に笑った。四人全員が俺の口元に注目する。いや、それどころか、戦場にいた男達までもが俺に注目していた。
……やべえ、超気分いいわ。
よし、このまま決めゼリフ行こう!
「――二つ! いかなる闇もこの俺を殺すことはできん。たとえ、宇宙の闇を全て集めようともな」
……正直、死ぬかと思った。
暗黒魔道士に闇属性は無効。神の奴からもそう聞いていたが、実際に受けるとなると胸中は穏やかでいられない。
背後へとこぼれるはずだった闇も、ダークオーラが受け止めてくれたようだった。
俺の胸中はともかく、完璧に決まった……!
男達が畏れ敬うような視線で、俺のほうを眺めていた。
「暗黒魔道士だと……!? さすがは勇者の仲間だ。冥界竜のブレスを防ぐなんて!」
「きっと名のある大魔道士に違いない! これなら町を救ってくれるかもしれないぞ!」
「あいつ、完全に調子乗ってるわ……。見てよシズカ、あの恍惚とした表情……」
「あはは……。でも、助かったのは本当だよ」
……何か水を差すような声が聞こえたが、気にしないでおこう。




