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シリスと武術会5

 炎の勇者アズマと、水の勇者ディーネ。

 二人が舞台へ上がると、試合会場はこれまでにない盛り上がりを見せた。

 片やリザードキング討伐に貢献した強者で、片や信仰されている水の精霊の愛し子の試合となれば、観戦しない理由はないからね。

 ちらりと観客席を覗けば、過去の決勝戦でも見たことがない熱気だ。

 相当、どちらが勝つのか賭けが白熱しているようだね。


 ちなみに私の予想だとディーネには悪いけど、アズマが勝つと見ている。

 理由は色々あるけど、やっぱり総合的な実力差かな。

 ただし勇者としての能力、精霊の力を借りれば結果はわからない。

 破壊力はアズマに分があるけど、この試合舞台で大規模な爆炎なんて使ったら観客にも被害が出てしまうし、火傷じゃ済まないと思う。

 一方でディーネの変幻自在の水流は、こういった試合に向いている。


 うーん……それでも、もし賭けるとしたらアズマかな?

 ディーネは勇者として目覚めてから日も浅いし、経験不足とも言えるからね。

 まあ私は賭け事が嫌いだから、あまり興味ないけど。


 そんなことを考えている間に、いよいよ試合が始まろうとしていた。

 ここからは試合に集中しよう。






「ひとつ、よろしいかしら?」


 審判が今まさに開始の合図を出そうという時だ。

 真っ直ぐに試合相手を見つめていたディーネは、唐突にそう話しかけた。


「なにかな?」


 答えるアズマは驚いた様子もなく、平然としている。

 先ほどまで心ここにあらずといった様子で、ついシリスが心中で窘めるような有様だったが、試合直前になると途端に表情を引き締めていたのだ。

 戦士としての心構えが一流である証左だろう。


「私たちが本気を出すと、会場が大変なことになりますわね?」

「確かに。まあ僕は巻き込まないよう加減できる自信があるけれど」

「それでも試合が続けば、万が一という事故もありますわ。そこで安全を考慮しまして、この試合では互いに勇者ではなく、ひとりの戦士として戦う……というのはどうでしょう?」


 ディーネの提案は、精霊の力に頼らずに試合をする、というものだ。

 これにアズマは軽く目を見開いて驚く。

 明らかに有利な力を、自ら封印しようと言うのだから当然だろう。


「僕は構わないけど、この熱気の中でそれは良くないかも知れないな」

「もちろん、せっかくの舞台ですから観客の皆様が納得しませんわね。なので最初の一手だけは、勇者としての力を披露することで満足して頂きましょう」

「その一手で決着が付いてしまっても?」

「当然。試合であることに違いはありませんもの」


 つまり初手だけはデモンストレーションとして精霊の力を行使し、そのまま決着となれば良し。まだなら己の戦闘技術のみで続行するということだ。

 そして二人は互いに、相手がその一手から全力で勝利を掴み取りに来ると、確信していた。

 恐らく、この試合はそれで終わることも。


 ただならぬ雰囲気に審判も思わず固唾を呑んで見ていたが、やがて二人の視線から我に返ると、慌てて片腕を天に掲げる。


「そ、それでは……試合開始!」


 審判の腕が振り下ろされると同時、ディーネは水の精霊へ呼び掛ける。

 ただし言葉ではなく、心の内から紡ぎ出されるイメージだ。

 変幻自在の水流を思いのままに操るには、いちいち言葉という概念に囚われていては意味がない。

 もっと思考を柔軟に、かつ自由な発想ではなくてはならない。

 例えば集めた水流をあらゆる武器に形成したり、そのまま敵にぶつけたり、あるいは身を守るため体に覆ったり、足場として活用するなど……。

 それらは、ほんの一例だ。

 使い手の想像力が、無限の可能性を生み出す。姿形を変えて、すべての状況に対応して見せる。

 故に水精霊の愛し子。故に水の勇者。故に変幻自在。


 ディーネは勇者として目覚めてから、その力の使い方を思考錯誤していた。

 そして辿り着いた、ひとつの答え。

 今の自身が出せる最高の一手を、とある少女に見せつけるように示す。


「名付けて……『水鏡の陣』ですわ!」


 一際大きく歓声が轟いた。

 なぜならディーネの姿が、三人に増えていたからだ。

 見間違いなどではなく、たしかにディーネとそっくりな形をした何者かが、本人の左右にひとりずつ出現している。

 体格や髪型、服装の形から、手にしている槍まで同じだったが、しかし唯一ひとつだけわかりやすい差異があった。

 それは色が透明だったことだ。

 誰かが説明するまでもなく、それらの正体は魔力が込められた『水』である。

 もちろん目を欺くなどという目的ではない。分身体とも呼べるそれらは、ディーネが持つ技量と寸分違わず武器を扱えるのだ。

 一度にディーネを三人相手にするようなものだろう。

 こうして三対一という、数の上での優位性をディーネは獲得した。


「さて、様子見はそれくらいでよろしいのではなくて?」


 対して未だに動きを見せないアズマに、ディーネは眉根を寄せる。

 なにもしていないはずがなかったが、不気味なまでに静けさを保つ姿勢に気圧されぬよう、自分を叱咤するつもりで強気に挑発したのだ。

 だがアズマの反応は、ディーネの予想を外れる。


「見えないのかな?」


 いったいなにを、そう言いかけたディーネは気付く。

 先ほどからアズマの姿が揺らいで見えることに。


「こちらも既に、準備はできているんだ」

「まさか……」


 今度こそディーネは、ほんの僅かに圧倒された。

 いつの間にかアズマの姿が増えていたのだ。それも、ざっと数えて十人。

 数は増えたり減ったりを繰り返しており、ディーネの視界からでは総数は把握できなかった。

 どちらにせよ水の分身体よりは、遥かに多いだろう。

 一対一だったはずの試合は、およそ十対三の様相となり観客たちを沸かせる。


「僕と似たような発想をしていたのは驚いたけど、まだ制御が甘いようだね」

「……あら、まだ試合は終わっていませんわよ?」


 強がって見せるディーネだが、明らかに分が悪い。

 そして、てっきり炎を放つだけだと思っていたアズマが、こんな搦め手も用意していたことに、勇者という存在への認識を改める。

 想像力が重要なのは、なにも水の勇者だけではなかったのだ。


「いえ……妙ですわね」


 ふとディーネは違和感を覚えていた。

 姿形を模すのは水の領分であり、いくら炎で人間の姿を象ったとしても、揺らめく炎である本質までは変えられない。

 寸分違わず、同じ姿を保つことなど不可能だ。

 なによりも奇妙だったのは、アズマの分身には微かに色が付いている。


「なるほど、そういうことでしたのね」

「あ、気付いたのか?」

「ええ、危うく騙されるところでしたわ! これは単なる幻ですわ!」

「正解だ。これを『空蝉(うつせみ)』と呼んでいる。もっとも、単なる幻じゃないけど……ねっ」


 言い終えると同時にアズマが動いた。

 複数の空蝉と共に、ディーネへ向かって真正面から立ち向かう。

 そして迎え撃つ格好となったディーネだが、アズマが技を見破られてなお攻撃へ移ったことを警戒し、まずは水の分身を矢面に立たせる。

 アズマの空蝉と違い、ディーネの作り出した水鏡は水によって構成されている通り実体があった。

 加えて水である以上、剣で斬られ、槍で貫かれ、矢に射られようと、本人が無事ならば水鏡たちは痛みも感じずに戦い続ける。盾とするには最適な存在だった。

 一方で空蝉は攻撃する手段などないと予想できるが、動き出すと本体がどこにいるのか見失ってしまう程度には目眩しになっている。

 迂闊に動けば、その隙を突かれるだろう。


「どれが本体かわからないのでしたら、すべて叩きのめすまでですわ!」


 一斉に襲い来るアズマに、二体の水鏡たちが手にした槍を横薙ぎに振るう。

 すると見抜いた通り、幻の像に過ぎない二体の空蝉が揺らめいて掻き消えた。

 もし本体が紛れているなら、確実に身を守ろうとするだろう。

 そう予想したディーネは水鏡たちに防御を無視した捨て身の構えを取らせ、より広範囲に槍を振り回させることで空蝉に潜むアズマを炙り出そうとした。


「そこですわ!」


 露骨に後方で控えていたアズマへ、ついに水鏡の槍が届く……だが。


「なっ……!?」


 突如としてアズマの姿が、燃え盛る炎へと変貌したのだ。

 そして攻撃した水鏡へ反撃するように掴みかかると、炎と水の魔力は互いに相殺させながら蒸気を立ち昇らせて、やがて双方が消滅してしまう。

 その背後で白い蒸気に包まれたアズマが、にやりと笑って見せた。

 一瞬、遅れてディーネは悟る。


「まさか罠でしたの!?」


 すでにもう片方の水鏡も、アズマの空蝉に囲まれている。

 気付いた時には手遅れだと言うかのように、すべての空蝉は炎へと変わり、同じように水鏡へと押し寄せたのだ。


「しまった……とでも言うと思いまして!」


 水鏡はぐにゃりと人の形を保つのをやめると、大きな水玉となって内包するすべての魔力を水流の槍へと変換し、周囲にいる空蝉たちの間を縫うように突き穿つ。

 それこそが『水鏡の陣』の真骨頂。

 自身に似せて戦わせていたのは囮であり、真の狙いは本当の変幻自在を悟らせないことにあった。

 水流の槍が炎に変じた空蝉をすり抜ける際に、がりがりと大幅に魔力が削られるものの、完全に消滅するまでには猶予がある。

 その僅かな時があれば、決着は付く。


「これで、終わりですわ!」


 すべての空蝉を消すほどの力は水鏡になかった。

 だが空蝉の包囲を突破し、完全に油断していたアズマへ水流の槍をお見舞いするには十分だ。

 ぽかんと口を開けているアズマの肩を、水流の槍が貫いた。

 致命傷を与えるつもりはなかったディーネは、なるべく傷が深くならないように狙ったのだが――。


「驚いたよ」

「なっ!?」


 本当に驚いたのは、ディーネだっただろう。

 なにせ背後から肩の上に、ぽんと剣の刃を置かれたのだから。

 このまま剣を引けば、ディーネの細い首などあっけなく飛ばせるはずだ。


「まさか、あそこまで自由に動かせるとはね。正面から挑んでたら危なかった」

「……どういうことですの?」


 肩越しに背後へ視線を向けると、そこにはアズマの姿があった。

 反対に、肩を貫かれたアズマは炎へと姿を変えて、残っていた水流の槍も消滅させられてしまう。


「簡単に説明すると、最初から『空蝉』はこういう技なんだ」


 ディーネと同じく分身による多重攻撃と思わせ、実は幻による撹乱、そう思わせてからの実態は……本体が姿を隠して逃げるという仕組みだ。

 具体的には、最後に言葉を発した時からアズマ本人は、幻を作り出した応用で姿が見えない状態となり、こっそりディーネの背後に回っていたのだった。

 その性質上、水鏡と空蝉はまったく異なる発想から生まれているのだが、水鏡に対してアズマが『僕と似たような発想をしていたのは驚いた』と評したのは、意識を逸らすための誘導だったのだ。

 ディーネはそれに、まんまと引っ掛かってしまった形だろう。

 炎の勇者という風評から、派手な技を好むと思われがちなアズマだが、地道な訓練によって高度な炎を操作する術を身に付けていた。

 だからこそ、こういった細かい技も得意としていたのである。

 ちなみに派手な技は、女の子にモテるからと多用するので間違いではない。


「私の、負けですわね……」

「そこまで! 勝者アズマ!」


 すべてを悟ったディーネは、自ら敗北を認めた。

 同時に、様子を見ていた審判も判定を下す。

 こうして武術会二日目の第二試合は、意外なほど早く幕を閉じたのだった。






「どこへ行くつもりだ?」

「……えっと」

「もしディーネのところなら、察してやってくれ」


 試合が終わったのを見届けてから、思わずディーネに会いに行こうと体が動いていた私を、ヴェガが見咎めてくれる。

 頭では理解していた。負けてしまった後なんて、みっともなくて、情けなくて、友達に見られたくないってことくらい。

 私でも、同じ立場ならそっとしておいて欲しいと思う。

 それでも見ている側としては、放っておけないんだよ。


「うん……気持ちはわかってるよ」

「心配しなくとも、今頃はアルルが傍にいるはずだ」

「そっか」


 たしかに私よりも、パーティメンバーであるアルルのほうが適任だ。

 だったら彼女に任せて、身勝手な感傷は控えよう。


 そして思い返すのはアズマの炎だ。

 近くから見ていたディーネは気付かなかったと思うけど、遠くからだとアズマがなにをしていたのかが、よくわかった。

 あの幻を生み出していたのは、初めに周囲にばら撒いた炎の魔力だ。

 ディーネが熱さを感じていなかったことから、かなり巧みに操作していたことが伺えるね。

 それも本性を現すまでの話で、反撃に転じると本来の熱量を敵へ向ける。

 ただの幻だと思っていた相手は驚いている間に、本人は背後へ回って……そして結果は見ていた通りだ。


 知っていれば背後へ回るのは阻止できそうだけど、初見だったら私も危ない。

 なにより恐ろしいのは、例え背後を取らせなかったとしても、あの炎たちが迫る中、結局アズマがどこにいるのか探る必要がある点だ。

 これって普通の人間じゃ、どうしようもないんじゃない?

 やっぱり勇者って、とんでもない存在だと改めて思い知ったよ。


 今回は負けてしまったディーネの分身も、普通に考えてとんでもないからね。

 ひとりでも強いのに、それが三人って想像するだけで恐ろしい。

 それに……たぶんだけど、まだディーネは強くなる。

 あの分身も、もっと増やせるようになったら、それこそ私なんかじゃ手も足も出せない高みへ昇ってしまいそうだ。

 それが少し嬉しくもあり、悔しくもある。


「シリス、アズマが戻って来たぞ」


 ヴェガの声に意識が現実へと引き戻される。

 ふと見れば、ちょうどアズマは控え室へ入ったところだったのか、思いきり私と目が合ってしまった。

 露骨に逸らすのも変だし、どう反応するべきか迷っていると、向こうから少し申し訳なさそうな顔をして近寄って来る。


「こう言ったら失礼かも知れないけど、君の友人は強かったよ」

「え、ああ……大丈夫ですよ。試合ですから、どちらが勝っても恨むのは筋違いでしょう。ディーネだって根に持ったりしないはずです」


 どうやらアズマは、私が応援していたディーネに勝ってしまったから、それを逆恨みされるのではと心配していたようだ。

 実際そういうことがないとは言えないから、こういったフォローが必要なのはたしかだけどね。

 もっとも、私もディーネも残念に思うことはあれど、それでアズマに対して悪く思ったりはしないよ。


「それなら助かるよ」

「あ、でもひとつ聞いてもいいですか?」

「なにかな?」

「ディーネもアズマ……さんも、もっと分身や幻を出せたのに、どうして最初だけだったのかなって」


 特にディーネは、一体目の分身が消滅した時点で、新たに分身を作り出していれば結果は異なっていたかも知れない。

 アズマにしたって、わざわざ自分から仕掛けるまでもなく、あの幻を増やせばディーネを圧倒できた可能性がある。

 なのに、二人してそうする素振りすら見せなかったのが疑問だったんだよね。

 私の見立てだと、魔力には余裕がありそうだったし。


「ああ、あれは彼女からの提案でね。勇者として戦うのは最初の一手だけという約束だったんだ」

「……あれが一手なんですか?」

「気持ちはわかるけど、最後の裏取りまで含めてひとつの技だったからね」


 まあ、たしかに一手なのかな?

 アズマが言うようにあくまで二人とも、分身体による攻撃と、幻を囮とした背後回りが本命だった。

 成功するかどうかは別として、そのための分身と幻は最初だけで、追加を出したらキリがなくなる。

 それこそ魔力が尽きるまで、同じことを繰り返す泥仕合になっていたかもね。

 それを理解していたから、ディーネは新たに分身を出さない提案をしたのか。


「まあ、今回は武術会における試合だから僕と彼女、どちらが上かなんて決まるわけじゃない。本気でやりあったら、次は勝てるかわからないよ」


 最後までフォローに徹するつもりなのか、アズマは事もなげに勝利を誇るでもなく言い放つ。

 実力だけではなく、性格まで良いとは……これが勇者か。

 ディーネも勇者のはずだけど距離が近いせいか、あんまり実感ないんだよね。


「えっと、アズマさんは……」

「アズマで構わないよ。僕も前からシリスって呼んでるからね。それと言葉使いも普通にしてくれ。そっちのほうが話しやすいだろ?」


 見抜かれてたか。

 まったくその通りで、心の中ではアズマと呼び捨てにしているからね。

 推定貴族だからと遠慮していたけど、本人が言うなら厚意に甘えよう。


「わかったよアズマ。これでいいかな?」

「ああ!」


 なにやら嬉しそうな顔をするアズマに、もっと早く普通に話しかけても良かったようだと、少しだけ悪いことをした気分になる。

 思えば私とアズマは共に戦った戦友なんだから、こっちが畏まった話し方をしていたら寂しく思うのも無理はない。

 今後は、もうちょっと親しく接してもいいかな?


 まあ、やっぱり私は男に興味なんて、ないんだけどね。

「空蝉」の細かい原理はアズマもシリスも知りません。

勇者の力も、精霊を介しているだけで基本的に魔法と同じです。

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