表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/58

シリスと武術会4

 気分は最悪なのに、なぜだか体の調子はいい。

 そんなよくわからない状態の私は、真っ先に隣室であるメルを訪ねた。

 昨日は朝の一件から会えなかったから、せめて顔だけでも一目見たい。

 そう思っていたんだけど、いつもより早い時間だからか、まだメルが起きてくる気配はなかった。

 軽く扉をノックしてみると……返事がない。


「メル、入るよ?」


 一応そう断ってから開けるけど、部屋は空だった。

 なぜか、そんな気はしていた。

 こんなに朝早く、どこ行ったんだろう?


 屋台の準備にしても早すぎるし、朝食の支度はマムが担っているから、余計に早起きする理由が思い当たらない。

 ふと、まったく関係ないことに気付く。 


「……うん?」


 あっ、え、えーっと、とりあえず湯浴みでもしようかな……。

 昨夜は帰ってすぐ、着替えもせずに寝ちゃったからね。

 悪夢のせいで寝汗も掻いちゃったし、ちょっと、その、匂いが……ね。

 このタイミングでメルに会えなかったのは、逆に幸運だったのかも知れない。


 まあ湯浴みと言っても、私ひとりのためにお湯を沸かす余裕はないから、正しくは行水だ。

 これが冬季だったら目も当てられないけど、今が夏季で良かった。

 水だけなら豊富な土地なので、汗を流してさっぱりする。


 着替えは森妖精の黒絹(エルフィンシルク)のインナーとスパッツだ。

 もちろん二日続けて同じ肌着というわけではなく、ちゃんと別物だよ。二組買ってたのは正解だったね。

 最近では、この森妖精の黒絹(エルフィンシルク)の密着感にも慣れてしまって、もう以前の肌着には戻れそうにない。

 髪を整え、シャツとショートパンツ、そしてジャケットを着込めば完了だ。

 同じ格好に見えるけど、ちゃんと清潔な装いとなっている。


 身支度が整うと、それを待っていたかのようにお腹が鳴いた。

 そういえば、なにも食べずに寝てしまったんだと思い出す。

 一回だけとはいえ食事を抜いてしまうとは……不覚だ。

 私は、まだまだ成長するつもりなんだから、しっかり栄養を取らないと大きくなれないじゃないか。

 まあ、その分も食べたら問題ないのかな?

 ちょうど時間的にも朝ごはんの頃合だったので、そうしようと私は足早に食事場へと向かうのだった。


 その途中、マムや起き出した子供たちにメルのことを聞いてみたけど、昨夜はいつも通り静かに過ごしていたらしい。

 でも今朝はメルを誰も見ていないようで、行方を知る者はいなかった。

 なんだか気になるな……。

 試合まで時間もあるし、食べ終えたら探しに行ってみよう。




 なんて言ってたら、すでに本日の第一試合が始まっていた。

 つい夢中になって街中を探し歩いてしまい、いつの間にか会場から遠く離れた街外れまでやって来てしまったのだ。

 気付いた時には遅く、慌てて引き返しているけど間に合いそうにない。


 私の出番は第四試合だから、そっちは大丈夫だ。

 だけど、できたら第一試合からちゃんと観戦したかったんだよね。

 結局メルも見つからなかったし、まだ悪夢のせいで気分は悪いし、なのに体は軽くて調子は最高だし……もうめちゃくちゃだ。


 ようやく会場が見えて来ると、憂鬱だった気分も少しは晴れるほどの大歓声が轟いていた。

 もしかして、決着が付いたのかな?

 第一試合はドラグノフのジークと、あの仮面のアルマティアだ。私の予想としては、ジークが勝つと見ている。

 というのは単純に高い実力があるのと、その剣が一級品だからだ。

 なにせ『竜剣のジークリフト』だからね。


 その通り名は、剣竜という魔獣の尾を素材とした剣を扱うことに由来する。

 非常に硬く、そして重い剛剣は、屈強な体格のジークにとって最適な武器と言えるだろう。まるで……かつてのグレヴァフのように。

 おまけに、ただの力自慢というわけではなく、その豪快かつ繊細な剣技をまともに受ければ呆気なく武器は弾かれる。しかし受け流そうとしても、器用な剣捌きで絡め取られて結局は弾かれる。

 あのエドでさえ、将来は自分を越える逸材だと目していた。


 一方でアルマティアは、まだまだ未知数な部分が多いけど、あの小柄な体では圧倒的に不利だ。

 私のように魔力制御で覆せるならともかく、普通に考えたら敗北は必至だろう。

 予選で見せた素早い双剣も、これが他の相手なら翻弄できただろうけど、ジーク相手では通用しない。

 純粋な剣技に加えて、同等以上の身体能力でもなければ……。


「勝者! アルマティア!」

「……え?」


 そんな言葉が、確かに私の耳に届いた。

 思わず足を止めてしまった私は、急いで舞台上を覗こうとしたけど、沸き上がる観客たちの後方からではよく見えない。

 うぐぐ、もっと身長があれば……。

 仕方ないので、先に控え室へ向かおう。


 受付の職員に遅刻したことを伝えると、出番に間に合えば大丈夫ですと優しく言われたので、謝りつつも中へ入る。

 そこでは昨日と同じ面々が、真剣な眼差しで舞台を見つめていた。

 結果は理解していたけど……念のために聞いてみる。


「どうなったの?」

「シリス! あまりに遅いから逃げたのかと思いましたわよ!」

「ちょっと用事があってね。それで、試合はどうなってるの?」

「例の仮面が勝ち、ジークリフトが負けた」


 簡潔に教えてくれたのはヴェガだ。

 まあ、さっき審判の声が聞こえたから、わかってはいたけど……。


「ちょっと予想外なんだけど、なにが起きたのか教えてくれる?」

「構いませんわ。まず……」


 ディーネによると、二人の試合は序盤こそ良い勝負をしていたらしい。

 押し潰すつもりかと思うほどの剣圧を放つジークと、それを華麗に避けながらも双剣による攻撃を合間に仕掛けるアルマティア。

 その時点で私の予想とは少し違ったけど、会場を沸かせたのはアルマティアが距離を取ってからのようだ。

 まるで意識を集中させるように双剣を構えたというアルマティア。

 そして、次の瞬間から動きが一変し、正面からジークの剣を受けたそうだ。

 つまり……アルマティアも魔力制御ができるのか。


「あとは一方的でしたわ。そう、あまりに一方的で……」

「……それから、どうなったの?」

「ジークの剣が折られた」

「えっ!?」


 言い難そうだったディーネを解説を引き継いだヴェガの言葉で、私は今度こそ驚愕していた。

 あの竜剣を折った……そう言ったの?


「それをアルマティアがやった、ってことだよね? え、そんなに凄い剣を持ってたの?」

「私が見た限りでは、普通の剣でしたわ」

「うむ、私の見立ても同じだ。あれは店売りしている数打ち物に違いない」


 いったい、どういうことだろう。

 結果だけ見るなら普通の剣で、剣竜の尾を折ったことになる。

 それが可能ならアルマティアの実力は、単独で剣竜討伐できるのでは?

 いや、もちろん本当にひとりでは無理だろうけど、隙を突いてアルマティアが攻撃するだけで倒せそうだ。

 ……それって、この街どころか世界でも有数の剣士になっちゃうよ。


 そんな話をしていると、当のアルマティアが試合舞台から控え室に戻ったことで緊迫した空気が漂う。

 仮面で表情はわからないけど、平然と歩いている姿から疲れた様子はない。

 まだまだ余裕のようだ。

 みんなの視線を小柄な体躯に受けるアルマティアだけど、まったく意に介していないらしく、部屋の端へ向かうと何事もなかったように、ちょこんと座る。

 その場面だけなら、とてもジークを倒した剣士に思えないね。


「今は気にしても仕方ありませんわ。先のことよりも自分の、目の前の試合に集中する……そうですわよね?」

「あ、うん、そうだったね」


 私が言ったことを、今度はディーネに諭されてしまった。

 たしかに、ついアルマティアの強さに意識が向いてしまうけど、今すぐに試合をするわけじゃない。

 アルマティアと試合がしたいなら、次の一戦で勝たないとね。


「では、そろそろ私も行って参りますわ」


 次の第二試合はディーネとアズマだ。

 ふと見れば、アズマはチラチラとこちらに視線を投げかけている。

 やっぱり水の勇者が相手となれば、意識せざるを得ないってことかな?

 その割には、隣にいる私ばかり見られている気がする。

 ちゃんと集中しないとダメだよ。


「あらシリス。どちらを応援するか迷っていますわね?」

「まあ、それもあるけど……」


 私が黙っていたからか、ディーネがなにか察したような口振りだ。

 どちらを応援するのかなんて、もちろんディーネに決まっているけどね。


「あちらの方には私もリザードマンの折に恩がありますし、共闘したシリスが躊躇うのもわかりますわ。ですが……それはそれ! これはこれですわ!」


 うん、私も同意見だ。

 アズマには借りがあるけど、そんなのは関係ないよね。


「私は本気で勝利をもぎ取りに行きますし、シリスがどちらを応援したとしても実力に変わりはありません。あとで恨み言を吐いたりもしませんから、どうぞお好きなほうに声援を送りなさい」


 あ、これって私を気遣ってくれてる?


「大丈夫だよディーネ。私が応援するなら、友達のディーネに決まってる」

「そ、そ、それなら……そうすれば、よろしいのではなくてっ!?」

「うん、そうするね。がんばって!」

「当然ですわ!」


 なんだか急にディーネの落ち着きがなくなった。さっきまで、あんなに余裕そうだったのに……。

 などと思っていたら、ヴェガがこっそり耳打ちする。


「あれはあれで喜んでいるのだ」

「そうなの?」

「我らがリーダーは、少し素直ではないからな」


 パーティメンバーであるヴェガがそう言うのなら間違いない。

 そっか……喜んでくれたのなら、私がディーネの応援をすると決めたのは、きっと正解だったのだろう。

 ふと、遅れて控え室を出て行ったアズマが、どこか意気消沈している様子だったのが目に入る。

 まさか応援して欲しかったとか?

 いやいや、まさかね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ