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シリスと屋台と三角形と傭兵団

 精霊祭が始まると同時に、屋台の前には客の行列が形成された。

 やっぱり丸鳥肉の串焼きは人気があるみたいだね。

 これは例年通りの盛況っぷりだから予想はしていた。

 子供たちも驚いたりせず手早く調理を始めて、お客さんには焼き上がるのを待って貰う。

 その間、私は他の屋台の邪魔にならないよう軽く注意を促して列整理をする。

 みんな素直に従ってくれるから、接客担当の私は串焼きが出来上がるまで手持無沙汰になってしまった。

 事前に焼いておければ良かったんだけど……でも、これは仕方ない。


 残念ながら精霊祭において、いくつか決まり事がある。

 そのひとつが、食べ物を調理するのは鐘の音が鳴ってから、だった。

 どうしてそんな決まりがあるのかと言えば、お祭りが始まる前に大量に調理していた誰かが、その匂いに引かれた観光客に勝手に販売してしまったからだ。

 これを放置すると他の屋台もこぞって始めてしまい、開始の鐘の音も関係なくなって収拾がつかなくなるから、わざわざ細かいルールを定めたのだとか。

 その結果、他の屋台まで下拵えまでしか準備できず、みんなが迷惑している。

 まあでも逆に、そんな出来事のおかげで街のみんなのルールを守ろうという意識が強まったから悪いことばかりじゃないけどね。


 私は整然とした行列を眺めながらそんなことを考えていると、ようやく串焼きが焼き上がったので販売を始める。

 ここからは、私の出番だ。




「次の方どうぞ!」

「じゃあ、それを三本くれる?」

「丸鳥肉の串焼きが三本ですね! ありがとうございます!」


 やると覚悟を決めたら、私は迷わない。

 それが例えメイド服を着用しての売り子であっても、プロの冒険者である私は言葉使いも丁寧にして、お客さんに笑顔すら向けて接客できるのだ。


「しっかし、シリスちゃんがそんな恰好をしているとは思わなかったよ。あ、似合ってないって意味じゃないよ? いつもより何倍も可愛いから驚いただけでね!」

「あ、あはは……」


 恥ずかしいことに変わりはないんだけどね!

 せめて赤の他人だったらいいんだけど、こうして顔見知りの冒険者なんかが訪れると、余計に顔が熱くなりそうだった。

 ……というか、さっきから見覚えのある冒険者ばかりだ。

 去年までは宣伝していたおかげで、それなりの人数が売上に貢献してくれていたから、今年は控えたんだけどな。

 いつもより長い列が形成されているのも気のせいじゃなさそうだ。

 あれって、みんな冒険者なのかな?


「ところでシリスちゃんは、この後の予定って空いてるかな? もし――」

「おいテメェ! いつまで話してんだよ! 買ったらさっさと離れやがれ!」

「うるせえ! 今は俺がシリスちゃんの客なんだよ!」

「えっと、すみません。後ろに並んでいるので、そろそろ……」

「う……わ、わかった」


 なんだか知らないけど、さっきから似たような感じで長話をしようとする客が多くて、なかなか列が動かない。

 同じ冒険者で顔見知りだからって、長居されても困るけど、せっかく来てくれたんだから邪険に扱うのも悪いから強く言えないんだよね。

 一方で、頑張れよ、などと一言だけ残してさっさと帰ってくれる客もいる。

 この両者の違いは、普段から私と関わりがある冒険者ほどあっさりで、あまり接点がない冒険者ほど妙にしつこい。

 去年までは、こんな事態にならなかったから、きっとこの一年間で私も有名になったことが原因と考えられるね。

 特に死霊騒動や、リザードキング討伐の件は都市外にも情報が流れているって話だし、最近は他所からの冒険者も増えている。

 今後もなにかと問題が起きそうだし、孤児院のみんなには注意しておこう。


「おいっ! なにしやがるっ!」

「そりゃこっちのセリフだこの野郎ッ!」

「痛ってぇな! 押すんじゃねぇ!」


 懸念していた矢先に早速これである。

 何事かと見てみれば、列の後ろのほうで騒いでいるようだ。

 見かけない顔だから、きっと他所から訪れた冒険者なんだろう。

 この街の冒険者たちは比較的、大人しくて優しいから忘れがちだけど、冒険者って血の気が荒くて粗暴なのが多いからね。

 ちょっとしたことで、こうして言い争いを始める。

 それだけなら放っておいていいけど、この勢いだとケガ人まで出そうだし、なにより周りの屋台やお客さんに迷惑だ。

 面倒だけど、やるしかない。

 私は鎮圧に向かおうと屋台を飛び出し……途中で足を止める。


「そこまでしておいたほうが身のためだよ」


 燃えるような赤髪の青年が、揉めている男たちを諌めていた。

 というかアズマだ。


「あぁ? てめぇには関係ねぇだろ! 引っ込んでろッ!」

「……待て、まさか炎の勇者じゃないか?」

「な、なにぃ?」


 急に割り込んで来たアズマに食ってかかる男は、その言葉に狼狽える。

 さすがは勇者。有名人であるどころか、名前だけで委縮させたよ。


「原因までは知らないが、ここで争うのなら僕も黙ってはいられないな。そしてなによりも……僕が相手になっている内に引いたほうがいい」


 うん? アズマがこっちを見た気がしたけど……気のせいか。


「大人しく並ぶつもりなら嬉しいんだけど、どうする?」

「わ、わかった……」

「悪かったよ……」


 おお、言葉だけで説得してしまった。

 私だったら投げ飛ばすか、一発キツイのをお腹の真ん中に入れて説得していたけど、ここまで穏便に済ませるとは思わなかったよ。

 おかげで何事もなく販売を続けられる。

 すぐに屋台に戻らないと行けないから、私は軽くアズマに手を振って感謝してみたら、向こうは爽やかな笑顔で応えた。心なしか周囲の明るさが増している。

 私が普通の女の子だったら落ちていたかもね。




 それから少しして、プロンとベティが応援に駆け付けてくれた。

 でも私は、すでに充分なほど手伝って貰ったし、二人は最近この街にやって来たばかりなんだから、お祭りを楽しんでと前日に言っておいたんだけどね。

 今からでも遅くないからって断ろうとしたんだけど……。


「私たちは同じパーティの仲間、ですから」

「お手伝いするのは当然です!」

「二人とも……」


 そんなこと言われちゃったら断り難いじゃないか。

 つい嬉しくて顔がだらしなくニヤニヤしてしまうけど、あまりに私の仲間たちがいい子なせいだから、そこは大目に見て欲しいかな。

 ちなみに私のメイド服については二人とも触れずにいてくれた。

 本当にいい仲間ができて嬉しいよ。


 ともあれ、人手が増えたのは本当にありがたい。

 二人には未だに長い行列となっているお客さんたちの列整理をお願いする。

 またいつ、さっきみたいな騒ぎが起きるかわからないからね。

 きちんと見張って注意すれば防げるはずだ。


 そんなこんなで順調に販売していたら、なんと丸鳥肉の在庫が切れてしまった。

 厳密には、孤児院へ戻ればまだまだ残っているけど。残りは午後から販売する分だから、午前中の分はこれで売り切れだ。

 まさかの事態だけど、これはどうしようもない。

 今から取りに行っても往復している間に交代の時間になるし、午後から交代の子たちが残りの丸鳥肉を運んでくれる予定だからね。

 私は並んでいるお客さんたちに謝りながら、ひとまず屋台を閉めた。


「どうするの、シリスおねーちゃん」

「ちょっと早いけど休憩にしよっか。交代の子が来るまでね。みんなお疲れさま」

「おつかれさまー」

「おなかすいたー」

「お昼は交代するまでガマンしてね」


 空き箱に座り込んで空腹を訴える子を宥めつつ、私はプロンとベティにも声をかける。私も朝から働いてお腹が空いているし、二人もそうだろう。


「ありがとう二人とも。おかげで助かったよ」

「いえ、このくらいシリスさんの為ならば当然です。いつでもお呼びください」

「シリス様、ベティもですよ!」


 相変わらずの二人なので、あとは心の中で感謝しておこう。

 私も木箱に座って交代まで少し休もうとしたら、見慣れた顔がやって来た。


「シリス! ようやく見つけましたわよ!」

「あれ、ディーネ?」


 交代までゆっくりしていたかったけど、ちょっと騒がしくなりそうだ。

 別にイヤじゃないけどね。


「って、な、な、なんですの!? その格好は!?」

「……あまり見ないで欲しいかな」


 半ば忘れていたのに、メイド服について指摘されたせいで急に気恥ずかしくなってしまう。

 休憩に入ったら、すぐに着替えよう。


「それよりディーネはどうしたの? なにか用事?」

「え、ええ……そうでしたわね」


 こほんと咳払いをしてディーネが口を開きかけた……その時である。


「お待たせシリス!」

「え、メル?」


 今度はメルが慌てたように駆けて来る。

 そんなに急いで転ばないかな、なんて私の心配をよそにメルはディーネとの間に割り込むように立ち止まる。

 息切れひとつしていない様子から、本当に元気になったなぁと感慨に耽っていると、メルはにこりと微笑んだ。


「もうすぐ交代の子たちが来るからね」

「……ん? えっと、それでどうしてメルがここに?」


 メルは基本的に経理担当だ。

 孤児院でマムの補佐をして、売上や諸々の経費などを計算してくれる。

 代わりに店番や、丸鳥肉の仕込みといった実働班は免除されているため、ここに来る予定はないはずだけど。


「ちょっと様子を見ようと思って近くに来たら売り切れって聞いたから、引き返して交代の子たちに早めに来るよう伝えたんだよ」 

「え、そんなことしなくても待つのに……」

「朝から動いてたからお腹が空いていると思って……。それに交代の子たちはみんな準備ができていたから……迷惑だった?」

「そんなことないよ! みんな納得してくれた上で急いで貰ったんでしょ? それに、こっちのお腹が空いてるのは合ってるからね」


 屋台のほうで休んでいた子たちも、早めに交代できると知って喜んでいる。

 急で驚いたけど、気を利かせてくれたことはありがたいね。


「それでねシリス、このあと休憩でしょ? だから私と一緒に――」

「お待ちなさい!」


 今度は無視されていたディーネがメルの言葉を横から遮る。


「メルさん、私が先にシリスと話をしていたのですから、それが終わってから改めて続けて貰えませんこと?」

「私は、今すぐにシリスと話があるんだよ……?」

「順番を守れないようでは、先程の冒険者と同類になりますわね」

「その冒険者と同じように大人しくしていて欲しいな……」

「あれ、二人ともさっきのこと知ってるの?」


 たった今、やって来た二人はアズマが収めた騒ぎを知らないはずなのに、まるで見ていたかのような口振りだ。


「あ、そ、それは、そうですわ! ちょっとした噂になってましたもの!」

「そうだよ! うん、私も耳にしたから知ってたんだよ!」

「もう広まっちゃってるのかー」


 まあ悪評にはならないだろうし、構わないかな?

 いざとなったら、勇者アズマになんとかして貰おう。

 そういえば当のアズマも、さっきからずっと路地の壁際に立ってるけど、なにを待っているんだろう? 誰かと待ち合わせでもしているのかな?


「とりあえず話があるなら、座ってからにしない?」


 ひとまず私は興奮気味な二人を落ち着かせるためにも、ゆっくり話を聞ける休憩スペースへ移動しようと促す。

 さすがに私を無視して続けたりはせず、素直に従ってくれた。

 そういえば、私もメルと祭りを見て回らないか誘うつもりだったから、ちょうどいいタイミングだ。

 プロンとベティ、ディーネも揃っているし、せっかくだからみんなも誘ってみようかな?

 この場にいる全員を見渡しながら、そう考えていると――。


「……まさか」


 最初は見間違いじゃないかと、自分の目を疑った。

 だけど私が彼らの顔を間違えるはずがない。

 なぜなら、そこにいたのは私にとって『トライスター』に匹敵するほどの、大切な仲間たち……アルデバラン傭兵団のみんなだったのだから!


 その傭兵団と別れたのは、もう半年近く前のことになる。

 メルが学院に通うための費用を稼ごうと、私は冒険者ギルドだけではなく、実入りの良い傭兵団にも所属し、隣国での内戦を舞台に活躍していた。

 おかげでかなり稼げたけど……戦が終われば傭兵の需要もなくなり、傭兵団は新たな戦場を求めて旅立つことになる。

 私は孤児院がある街から離れられず、そこでお別れとなってしまった。

 ……傭兵は、冒険者以上に過酷な職業だ。

 ほとんど使い捨てのような扱いをされるし、時には裏切られたり、かつての戦友と敵同士になって戦うのも珍しくない。

 だから下手をすれば、もう二度と会えないと覚悟していたのに……。

 こんなに早く再会できてしまったから、嬉しいやら拍子抜けしたやらで内心ごちゃごちゃだよ。


 向こうもこちらに気付いているようで、まっすぐに歩いて来るのを、私は堪え切れずに自分から駆け寄って行く。

 すると傭兵団のみんなが驚いた顔をしていたのに気付くけど、私はあまり気にせず、先頭に立っている大柄で屈強な男……団長のシュバルトスに声をかける。


「団長! それにみんなも久しぶり!」

「ああ、久しぶりだなシリウス。元気そうでなによりだ」

「ちょっと大きくなったんじゃないか?」

「ほんの少し前に別れたってのに、懐かしくて泣けてくるぜ!」

「そりゃ、うちのお姫様だったからな」

「お前がいなくなってから、こいつら落ち込んで大変だったんだぜ?」

「てめぇもだろうが!」

「あはは、相変わらず元気そうでなによりだよ」


 副団長のレゾ、特攻隊長のガイナス、特に役職のないオーレン……。

 みんなが団長の後ろで騒ぐから、私も懐かしくなってしまった。

 そんな中、気になる言葉が耳に入った。


「約束通り、来てやったぜ!」

「うん? えーっと、約束って?」


 なんのことだろうと首を傾げていたら、団長が教えてくれた。


「前に祭りがあるから、近くに寄ったら来てくれって言っただろう? それをこいつらが勝手に約束をしたと勘違いしただけだ」


 言われてみると、そんなことも言ったかな?

 まあとにかく、また傭兵団のみんなに会えて嬉しいよ。

 ……なんて思い出に浸っていたら、いつの間にか後ろからメルが近付いていた。


「ねえシリス、その人たちは誰なの?」

「そっちの嬢ちゃんはシリウスの友達か?」

「シリウス……?」


 あ、しまった。

 メルからすれば見知らぬ集団だから気になるのも当然だ。

 だけど団長たちには偽名(シリウス)のままで、私の本名(シリス)を打ち明けていなかった。

 このままだと、メルに傭兵団に所属していたのがバレる。そこからマムに伝わってしまうのは時間の問題だ。

 今まで誤魔化していたのが水の泡に……!


「えっと、この人たちは前にギルドの依頼で知りあって、少しだけ一緒に活動してたっていうか……」


 咄嗟に言い訳を考えてみたけど苦しい。


「じゃあ冒険者の人なの?」

「いいや、俺たちは――」

「ああっと! ごめんねメルっ! 私はこの人たちと話があるからっ!」

「え……え、ちょっと待ってシリス」

「急にどうしたんだシリウス?」

「いいから! はい、みんなも行くよ!」


 私はなんだなんだと騒ぐ傭兵団のみんなの背中を押したり、腕を引っ張ったりして無理やり移動させる。

 これ以上ここにいたら、確実にボロが出てしまう。

 どこかで団長たちに説明して、口裏を合わせて貰わないと!

来週は更新をお休みします。

それでは、よいお年を。

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