シリスと悪夢と精霊祭とメイド
――いつまで燻っているつもりだ?
そんなつもりはないよ。
――ならば、すぐにでも旅立つべきだ。
旅って、どこに行くって言うのさ?
――どこでもいい。ただ闘争のみを求めて更なる高みを目指せ。
だけど孤児院は……。
――放っておけばいい。後のことなど知る必要もない。
それは、ダメだ……みんなを見捨てて行くなんてできないよ。
――今さら何を言っている、俺たちが何度も繰り返したことだろう?
違う! 私はお前とは……!
――いいや同じだ。俺とお前は、同じだよ。
そんなこと……。
――忘れるな、俺はお前で、お前は俺なんだとな。
「っ……また、夢?」
目を覚ますと、まだ夜明け前で室内は暗い。
物音ひとつしない静寂に包まれた中で、私の荒い呼吸音だけが聴こえた。
深く息を吸って落ち着かせると、今度は寝汗をかいて肌に張り付いた寝巻が不快に感じ、あまり良い目覚めとは言えない。
まったく、最近よく視る悪夢のせいだ。
奇妙でおかしな……でも、ただの夢。
だけど私は、朝を迎える度に不安になって仕方ない。
ここにいる私は、果たして昨日の私と同じなのだろうかと。
最初に悪夢を視たのはリザードキングを倒した夜のことだ。
その次は、他所から訪れた冒険者をブレードベアから助けた夜。
そしてクイックチキンを追いかけっこの末に捕獲した夜もそうだった。
ここまで来ると原因はハッキリする。
すべて私の正式魔法、魂の覚醒を使った夜なんだから当然だ。
……だけど、昨日はなにもしていないのに夢を視た。
おまけに少しずつ、夢に現れる男の声が大きく、強くなっている気がした。
まさか、あれは……。
やめよう。
思考を切り替えて、私はベッドから抜け出す。
今日から精霊祭が始まる。あれこれ悩んでいるヒマなんてないんだ。
それよりも、まずは汗を洗い流して屋台の売り子に備えないと。
ちょっと汗臭いまま人前に出るなんて、絶対できないからね。
いつもより早いせいか、部屋を出てもメルと顔を合わせなかった。
無理に起こす必要もないから、私は自分の準備に専念する。
やがて日が昇り始めて、孤児院全体が慌ただしく動き始めた頃、ようやくメルが慌てたように部屋から飛び出した。寝坊かな?
「し、シリス、もう起きてたの!?」
「おはようメル。うん、楽しみで夜明け前に目が覚めちゃったよ」
あの夢については黙っておく。
悪夢にうなされて起きたなんて、ちょっと子供っぽくて恥ずかしいからね。
「メルはいつもより遅かったね。ひょっとして夜更かしでもした?」
「う、うん、そうかな……」
失敗したのが悔しいのか、苦い顔をするメル。
たしかにメルが寝坊するなんて珍しいけど……おっと、あまりのんびり話している余裕もない。
そろそろ屋台を開く用意を始めないといけないからね。
前日にマムと子供たちが屋台を組み立てているはずだから、残りの作業は大した手間はかからないけど、不備がないか確認したいから早めに行きたかった。
「あ、あのねシリス……」
「ごめんメル! ちょっと急いでるからもう行かないと。朝ごはんは食堂に残ってるから、食べたらメルも準備してね!」
「あ……うん、わかった」
なにかを言いかけたメルを置いて、屋台の出店場所へと向かう。
あの様子は、私に話したいことがある時のメルだった。
思えば例年のこととは言え、すっかり祭りの準備に追われてしまい、最近はメルと落ち着いて話をする機会がなかった気がする。
昨日も昨日で、私は武具の点検に夢中だったし……うん、少し悪いことをしちゃったな。
私は後ろ髪を引かれる思いで、立ち止まりそうになる足を動かす。
たしか今日の予定は、午前中は店番担当になっているけど、お昼になったら昼食を兼ねて休憩を貰えるはず。
その時にでも、ゆっくり話を聞いてあげよう。
あと、夕方から夜にかけても私が店番に入るけど、それまで一緒にお祭りを見て回れる時間があるし、ついでに誘ってみようかな。うん。
そうと決めたら迷いを振り切って、私は本日の戦場へと駆け出すのだった。
すべての準備は整った。
屋台はいつでも開始できる状態となり、あとは精霊祭の始まりを合図する鐘の音が響くのを待つだけとなっていた。
孤児院の屋台が出店する通りは、大通りから一本外れた路地にある。
ちょっと寂しい場所だけど、大通りは大店が軒並み占拠している激戦区なので頼まれたって行きたくない。
それに地元民が出店する屋台や露店は、みんな似たような路地に配置されているから、むしろ孤児院がしっかり受け入れられている証でもあって不満はない。
そんな屋台なんだけど、とても手作り感が溢れる味わい深い造りをしている。
良い意味で言えば暖かい雰囲気があるね。
悪い意味で言えば……オンボロだよね。
一年間で三日間しか使わないから、なかなか作り直すよりも修繕して持ち堪えさせようという意識が抜けないせいだ。
おまけに火を扱うから設備の調整が難しく、私でも手を出すのは難しい。
本当はきちんとした職人さんに頼んだほうがいいんだけど、そうなると予算的に厳しくなるから判断に悩む。
本格的にダメになる前には、なんとかしたいけどね。
屋台の内側には、すでに私と同じく午前中が店番担当となる子供たちが勢揃いしている。その数は私を含めて四人。
誰もが手慣れた様子で炭の量から火力を調整したり、おつりの確認など最後の用意に取りかかっている。
例年のお祭りを経験しているからこその手際の良さだ。
売り物の丸鳥肉も、事前に捌いて下拵えをして、串を通した状態で整えているので、あとはひたすら焼いて売るだけとなっている。
それに焼き担当と補佐担当、接客担当に補充担当で役割分担をしているから、それぞれ自分の仕事に集中するだけでミスは抑えられる。
ここまで整えられていれば、ひとまず問題は起きないだろう。
そう思っていたのに――。
「……どうして、こうなったの?」
私は自分が身に着けている衣装を見下ろし、そう呟かずにいられなかった。
だってこれ……紺色のワンピースと純白のエプロンにホワイトプリムって、誰が見てもメイド服だからね!
清掃の依頼を受けた際に受け取ったものの、アズマと一悶着あったせいか私の中では印象が悪い、あのメイド服だ。
みんなは普通に売り子の衣装を着ていたから、なんの疑問も抱かずに着替えたらこれである。
途中で気付くべきだったけど、急いでいたのもあって完全に油断してた……。
いやでも、なんでここに?
「マムがせっかくあるんだから、使わないともったいないって言ってたよ」
孤児院の妹分、今年で十歳になるアイナが正直に教えてくれた。
やっぱりマムの仕業か!
倉庫の奥に隠しておいたのに、いったいどうやって……あ、まさか売り子の衣装を引っ張り出した時に見つかった?
自室に保管しておきたくないからって倉庫に移したのが失敗だったか……。
「でもシリスおねーちゃん、すっごく似合ってるよ?」
「……それは、ごめん、あまり嬉しくないかも」
せめて孤児院で着替えていたら、本来の衣装に着替え直すこともできた。
だけど売り子の衣装で街中を歩き回るのはさすがに恥ずかしいから、私が屋台裏に着替え用の空間を用意してしまったんだ。
替えの衣装は孤児院にあるけど、もう戻っている時間なんてないし、このままメイドとして売り子をするしかないよね……はぁ。
マムのことだから、そこまで計算していそうだし潔く観念しよう。
仕上げに長い髪が邪魔にならないよう、後ろで結んだ時だった。
私の気分とは裏腹に、遠くから荘厳な鐘の音が高らかに鳴り響く。
同時に街中から喝采と拍手が巻き起こると、一斉に屋台を出している人たちが動き出し、そこかしこから呼び込みの声があがり、美味しそうな匂いが漂い始めた。
いよいよ精霊祭の始まりだ。
……だけど開幕からこれだったら、今年は長い三日間になりそうだなと、私の予感が告げていた。
ちょっとだけ、あらすじを書き加えたりしました。
それから賞に応募するためタグを追加しています。




