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アルルとディーネとメルと

大変遅くなりました。

 パーティの協力もあって順調に祭りに向けての準備を進めるシリスたち。

 あらゆる用意が順調に整えられていく。

 いよいよ精霊祭の前日になるとシリスは武術会に備えて武具を点検し、一日を費やすほど徹底して行なわれた整備が終わったのは就寝前である。

 それに満足すると、精霊祭の二日目にある武術会予選を夢見る少女のような心持ちで期待に胸を膨らませながら、ようやくベッドに入るのだった。

 同じ夜、祭りの前日に際して様々な思惑が渦巻いているとも知らずに……。






 冒険者パーティ『月華美刃』のメンバーのひとり、アルルは不敵に笑った。

 自室であるため目撃者はいなかったが、もし彼女を知る者が見ていたら普段の愛嬌ある態度とは違った様子に驚いただろう。

 しかし、よりアルルを詳しく知る者であれば驚くに値しない。

 なぜなら普段の彼女は愛想を良くしているだけで、シリスたちに見せている今の強気な表情こそが本性なのだから。

 そんな素顔をアルルが自室で披露している理由は、たったひとつ。

 ついにシリスを越える時が訪れたのだと、まだ始まってもいない勝負に勝ち誇っていたからである。


「ふふ、うふふふふ……これなら勝てる! 今度こそ私が追い越してみせるわ!」


 浮かれている部分がないとは言えない。

 大湿地帯でのリザードキング騒動では情けなくもシリスに助けを求めてしまったどころか、あまつさえ涙まで見せてしまっていた。

 結果としてディーネは助かり、心から感謝の念を抱いてはいる。

 だがプライドが高いアルルにとって、そんな自身の弱さを目標であると同時にライバルと認識しているシリスに晒したのは、色々と気恥ずかしかった。

 だからこそ汚名返上するため、千載一遇の好機に浮かれてしまったとしても、多少は仕方ないだろう。

 とはいえ、そんなアルルには勝利の自信を裏付ける根拠もあった。

 なぜならアルルが挑む勝負とは武力ではなく、歌唱力なのだから。


「まさか、こんな大会が開かれるなんて、提案した人は天才ね」


 アルルが手にするのは、精霊祭にて催されるイベントの一覧表だ。

 そこには一日目に予定されている『精霊歌唱会』の文字があった。

 今年より始まる新しい大会であり、武術会予選の前日にその舞台を利用して行われるという。そんな初めての試みであるが故に、まだまだ細かいルールが定まっておらず、優勝は観客たちの歓声で決めようなどと杜撰な部分も目立つ。

 だが、だからこそアルルは良いと考えた。

 明確な判断基準、例えば歌の技術力で競うとなれば隠れた強者が現れる不安要素もあったのだが、今回は観客たちの反応こそがすべて。

 つまり、最も盛り上げた者こそが勝者となるのだ。

 なお、歌で勝っても名誉挽回となるかは怪しいところだったが、とにかくシリスに勝てればいいと若干やぶれかぶれな思考に偏ったアルルは気にしない。

 ついでに止める者もいない。


「王都では貴族向けから大衆向けの歌劇、それこそ酒場で披露する吟遊詩人までもが一流なのよ。この数年間の王都暮らしで養われた感性と、私の歌声があれば優勝は間違いないわ! ふふ……うふふふふー!」


 王都でも成功できる、などと自惚れない辺りがアルルの性格である。

 アルルは自身を過大評価しない。

 むしろ控えめな自己分析をする性格だったが、それでもなお勝利が見えた。

 この街の観客ならば、自分の歌でも沸かせられる絶対の自信を手にしたのだ。






 アルルが控えめな高笑いを上げている頃。

 同じく冒険者パーティ『月華美刃』のリーダーであるディーネは、高級宿の自室で夜空を眺めながら溜息をひとつ吐いた。

 リザードキング戦から二カ月以上。戦いの傷はとっくに癒えており、水の勇者としての能力を獲得した彼女はかつてない全能感に満ちている。

 まだまだ制御が甘い自覚があるものの訓練は続けており、今ならばリザードキング相手でも遅れは取らないとすら感じられるほどだ。


 ただし水の精霊を崇める土地柄なだけに、水の精霊の愛し子であると露呈してからの日々は、領主から様々なアプローチがあったり、信心深いお年寄りから拝まれたりと大変ではあった。

 勇者の力は強大だ。

 領主としては、その辺の冒険者にしておくにはもったいない。ぜひ迎え入れて有事に備えたい思惑がある。

 隣国の内戦は終わったばかりで情勢はまだまだ安定していない。少しでも戦力を確保しておきたいという思いはディーネも理解していた。

 だがディーネはそういった囲い込もうとする動きを上手いこと避けると、戦争への参加など願い下げだと言わんばかりに、冒険者を続けていたのである。

 そんなディーネが悩ましげに思い耽っている理由は、やはりひとつしかない。


「シリスったら、いつになったら私を依頼に誘うつもりかしら?」


 リザードマン討伐の勝負が終わってからも療養を理由に封印都市に滞在していたディーネだったが、実のところシリスからの誘いを楽しみに待っていたのだ。

 いつでも快諾できるよう、常に長期の依頼は受けずに近場で魔獣を狩り、たまに地下迷宮へ潜っても、翌日には戻るといった有り様である。


 合同で依頼を受ければ同じパーティと変わらない。

 私もディーネと一緒に依頼を受けてみたい。


 何気なく発したシリスの言葉は、ディーネの心を見事に射抜いていた。

 たしかに、大した意味もなく上級冒険者である自分と合同で依頼を受けるのはおかしいと理解している。

 だが、そう言い出したのはシリスなのだから、一度くらいは試しに誘ってくれてもいいのに、とディーネは夜空に浮かぶ少女の顔に文句を告げる。

 その物憂げな表情は他人が目撃していたら、恋する少女を思わせただろう。実際のところ、当たらずとも遠からずである。


「いえ、本来のパーティを優先するのはわかっていますわ」


 誰に話しかけるわけでもなく、ただ言葉にしてみるとディーネは自分の発言に納得する。

 この自問自答は、彼女が熟考する際に自然と行っている情報整理であり、つまりは独り言だった。


「そうですわね……仲の良いパーティや友人との都合を優先するのは当然。ということは私との仲がもっと深まれば、シリスも自然と頼ってくれる……?」


 閃いたと言わんばかりディーネの表情が明るくなった。

 そして明日から始まる精霊祭を思い出し、これが絶好の機会であると気付く。


「そうですわ! 精霊祭には多くの露店も立ち並び、特に食べ物を販売する屋台が多かったはず……あんなに小さな体なのに、シリスはたくさん食べますから、きっと誘えば乗ってくれるはずですわ!」


 ディーネの脳内では、凄まじい勢いで計画が組み上がって行く。

 これも他人が覗き見ていたなら、どこの恋人とのデートプランかと呆れられただろうが、幸か不幸か室内には誰もいなかった。

 やがて全工程を終えたディーネは勝利を確信する。

 誰に、とツッコミを入れる者も、やっぱりいなかった。

 恐らくディーネにしか見えない仮想の敵なのだろう。






 孤児院の一角。

 二人がそれぞれ決意を胸に秘めた頃、ここにも不穏な影が動いていた。

 愛しいシリスの隣室に陣取る、髪も肌も真っ白な少女メルフィナ。

 シリスからは愛称のメルと呼ばれる彼女は、壁の向こう側から物音が聴こえなくなったのを確認してから、自身もベッドに入る。

 翌朝にはシリスと同じ時間に目を覚まし、一番に顔を合わすだろう。


「いつもより点検の時間が長かった。やっぱり武術会に出るんだねシリス」


 例年のことだったので改まって聞くまでもなかったが、メルは情報収集を欠かさない。もしも、いつもとは違うイレギュラーな事態が起きてしまうと、明日からの計画が崩れかねないからだ。

 緻密に計算されたメルの『シリスと一緒にお祭り計画』に狂いは許されない。


「だけど、今年はあの四人がいる……」


 四人とは、シリスと同じ冒険者たちである。

 パーティメンバーのプロンとベティに関しては、メルは障害にならないと判断を下していた。

 この二人はシリスに強い好意を抱いているものの、シリスを独占するような感情は持っておらず、むしろメルに魔力の扱いを指南してくれたりと恩もある。

 ただ頼めば、それだけで引いてくれるだろう。


「問題は、そう……あの二人」


 いきなり帰って来た、かつての知り合い。

 ディーネとアルルに対して、メルは警戒心を露わにする。

 この二人は明確にシリスとの繋がりを求めているとメルは理解し、明日の精霊祭においても、必ず仕掛けて来ると予想していた。


「優しいシリスのことだから、きっと最初に誘った相手との約束を優先しつつ、他のみんなとも一緒にお祭りを楽しもうとするはず」


 さらに二日目は武術会の予選で忙しく、三日目ともなれば本戦出場によって時間的余裕など微塵もなくなるのは疑いようもない。

 すると必然的に、シリスと一緒にお祭りを楽しめるのは一日目だけだった。

 つまるところ開幕こそが勝負の別れ目。

 朝一番にシリスとの約束を取り付け、あとからやって来る二人を押し留めることに成功すれば、一日目はシリスとお祭りを楽しめるのである。


「もっと簡単な手もあるけど……これはダメだよ」


 それは自身が病弱だったという過去。

 とっくに元気に溢れている身ではあるが、未だに心配してくれるシリスに少し体調不良を訴えつつ、それでもお祭りを回りたいと頼めば、まず間違いなくメルを優先して付き添ってくれるだろう。

 だが、それをメルは望まない。

 シリスにはせっかくのお祭りを病弱な友人の面倒を見て過ごすのではなく、友人と楽しく過ごして貰いたかったからだ。

 だからこそ求めた『力』だと、メルは己の魔力に意識を向ける。


 まだシリスは気付いていない。気付かせていない。

 魔力を持つ者は、他者の魔力がどれだけ強いかを感覚的に探れるが、メルは意図的に魔力を操作することで、シリスだけには知られないよう隠していたのだ。

 故に、メルの魔力はシリスを上回っていると気付いていない。

 すでに感じ取っている者もいるが、シリス本人が感覚的にわからなければ問題なかった。

 あくまでメルの意図は、シリスから護られる対象で在り続けたいからだ。

 もし自分がシリスより強いなどと知られたら、もう二度と護ってくれないのではないか、そんな不安が拭えなかった。

 だからメルは……病弱な体は改善しても、か弱い自分を演じることに決めた。

 半ば矛盾した答えでも、それが最善と信じて。


「でもね、それでもダメだったらね、シリス――」


 強大な魔力が静かに唸り、月光に照らし映された少女の影は揺らぐ。


「私がシリスを護ってあげるからね」


 ここに笑みを浮かべて存在するのは、果たして誰なのか?

 その答えを持つ者は、この世界にいなかった。






 不穏な影が差す封印都市エルザ・スィール。

 少女たちの争いの火蓋が切って落とされようとしている街に、なにも知らずに訪れる一団がいた。


「封印都市ってのはここか……」

「あぁー、やっとついたぜぇ」

「さすがに北からここまでの強行軍は無理があったんじゃね?」

「なに言ってやがる! 祭りがあるから絶対来てくれって言ってたろうが!」

「ん? そこまで言ってたか?」

「でもま、早めに戦が終わって時期も良かったんだし、間に合わせるべきだろ」

「オレは久しぶりにアイツに会えるなら祭りなんてどーでもいいけどな」

「少しは静かにしろお前ら。もう夜なんだ、さっさと宿に入るぞ。それで構わないですかい団長?」

「ああ、こんな時間に挨拶に行っても迷惑だろう。シリウスとは明日の昼にでも会いに行くとしよう」


 屈強な男たちが騒がしく宿場へ向かって動き出す。

 彼らは冒険者ではない。

 戦う相手が魔獣や魔物ではなく、同じ人間となる職業。

 とはいえ兵士のようなマジメさも持ち合わせていない。

 戦場毎に雇われ、その場限りの忠義を尽くし、時には以前の雇い主や戦友を敵に回しても戦う勇猛な彼らを、人々は『傭兵団』と呼んだ。

今後も更新が不安定になるやも知れませんが

なるべく以前通り週一更新を目指します。

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