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大湿地帯のシリス1

ちょっと短いです

 最後に革製の通気性が高い靴を履き、これで準備は完了だ。


「じゃあ行ってくるから、待っててねメル」

「はーい。くつろいでるから、心配しないでね」


 そう言いつつメルは難しそうな本を取り出した。

 きっと勉強用だろう。他にすることもないからね。


 私たちが着替えを終えてテントを出ると、ちょうど通りかかる人影があった。

 誰かと思えば、地味なことで逆に有名なパワーズのみんなだ。

 リーダーのジョンを筆頭に厚みと弾力性のある黒い衣服を纏っている。ピッタリと張り付いて素肌をほとんど晒さないことで、体温を維持する防具である。

 たしか、水辺に生息する魔獣の皮を使っているんだったかな。とても高額の。

 さすがは上級冒険者。装備からして違う。

 などと感心していると、ジョンたちは口を半開きにして立ち止まっていた。


「えっと、どうかしたかな?」

「あ、いや……その、シリスはそれで戦えるのかなと」


 私の貧相な装備(水着)を見て心配してくれていたようだ。

 パワーズの立派な防具からすれば気になるのも当然か。

 うちのパーティでは、これが精一杯だから仕方ないけどね。


「気を遣ってくれてありがと。でも大丈夫だよ」

「そ、そうか……」


 なぜか微妙に視線を逸らしているけど、どうかしたのかな?


「遅いですわよ! シリス!」

「この声は……」


 今度は反対側からディーネたちがやって来た。

 パワーズと同じく黒い防具を身に着けているんだけど、デザインが大きく異なっていて、水着に近い形状をしている。

 特にスタイルのいいディーネとヴェガは似合っているね。アルルはアルルだ。

 でも、てっきり先に行っていたのかと思ったんだけど、なんでここに?


「どうかしたのディーネ」

「どうか、ではありませんわ! あなた方を待っていましたのよ!」

「え、なんで?」

「これから勝負するのですから、あたりまえですわ」

「ディーネは同時に討伐開始しようって言ってるのよ」

「ああ、そういう意味か」


 アルルの補足でようやく理解できた。

 そういえばディーネは、妙に律義なところがあるんだったな。


「遅れてごめん。じゃあ、ここからってことでいいのかな?」

「準備が整っているのでしたら、やり方はそれぞれですし構いませんわ」

「あーっと、俺たちは先に行ってるよ」


 空気を読んだのか、そそくさと移動するジョンたちを尻目に、私たちは互いに向き合って視線を交わす。

 火花を散らし、いよいよ討伐戦の火蓋は切られ……。


「みなさん、よろしくお願いしますね!」

「怪我に注意しましょう。無理は禁物です」

「ま、命は大事にね」

「うむ。勝負ゆえに全力を出すが、健闘を祈ろう」

「勝っても負けても、恨み言はなしですわよ!」

「……うん、がんばろー」


 思ったよりも、仲は悪くないんだよね。

 そういえば来る途中の馬車でも雰囲気は良かったもんね。うん。

 悪いことじゃない。悪いことじゃないけど、なんだか気が抜けるなぁ。






「はっ! たぁっ! やぁっ!」


 プロンの槍が白銀の輝きを放ち、醜悪な顔をしたリザードマンの胸を穿つ。

 魔力を込めた一振りは硬い鱗を物ともせず、一体目を絶命へと至らしめた。

 すぐに槍を引き戻すと、さらに迫る二体目へ連続して突き刺す。

 同時にリザードマンもプロン目掛けて細い槍を突き出していたが、こちらはしっかりと盾で防いだ。

 それは最後の力を絞った攻撃だったようで、ぐらりと倒れて地に沈む。

 終わってみれば、ほんの十数秒ほどの攻防だったけど、プロンは容易くリザードマンを二体も仕留めてしまった。


「今のは良かったよプロン。ひとりでも問題なさそうなくらい」

「いえ、あらかじめシリスさんから聞いていなければ苦戦していました」


 なんて謙遜するけど、本当に今の攻防は上手だった。

 敵が二体いると瞬時に判断し、先頭の一体だけは魔力を使って一撃で倒し、残りの一体は魔力を温存したのである。

 どこまでリザードマンを相手に戦えるか、プロン自身から試したいという申し出もあってひとりでやらせてみたけど、思った以上の戦果だ。

 助太刀に入ろうかと臨戦態勢でいたんだけど無用の心配だったね。


 本人の戦闘経験が豊富なおかげもあるけど、やはり聖騎士の鎧による重装備がリザードマンとは相性がいい。

 重厚な聖騎士の大盾は、リザードマンが拵えた棒の先端に尖った石を括るだけの粗末な槍ではビクともしない。

 本来なら鎧の重量から動きが鈍くなるデメリットも無視できるし、なによりも本人以外だと重さがそのままなのも何気にすごい。

 軽く振るわれた聖騎士の槍が、とんでもなく重い一撃となるのだ。

 その助けもあってプロン自身にリザードマンと打ち合う力はなくとも、充分な威力を出せているのである。


「足場が良かったのも、非常に助かりました」

「ここを見つけられたのは、単に運が良かっただけだけどね」


 湿地帯へ入ってから私たちは、まず陸地を進めるだけ進んでみた。

 途中から沼ばかりで、ほとんど歩けるような部分なんてなかったけど、どうしても無理な箇所だけベティに『浮上』の魔法を頼み、そうして辿り着いたのが絶好の狩り場だったのだ。


 大岩の陰で目立ち辛く、周囲は水場に囲まれた小島のようになっているので、まず普通なら立ち入ろうとはしない地形だけど、訪れて大正解だったね。

 充分な広さもあるし、しっかりと固まった土に足を取られる心配もない。

 大岩によって背後を守られる形になっていて、私とプロンは後方のベティを気にせず前だけに集中できるのも嬉しい。

 おまけに、他の誰も気付かない狩り場ってことは、私たちが独占できるという意味でもあった。


「でも一番の功労者はベティちゃんの『浮上』かな。あれがなかったら、こんな浮島みたいな場所に行こうなんて思わなかったんだし」

「えへへぇ、ありがとうございます!」


 早速の活躍に、柔らかい笑みを浮かべて喜ぶベティ。

 ところで、まだ私はなんの役にも立ってない気がするよ?

 

「さ、さて、私は剥ぎ取るとしようかな」

「そのような雑事でしたら私が……」

「プロンはそのまま周囲の警戒ね。ベティちゃんも後ろに下がってて」


 問答無用で私は倒れたリザードマンを引きずり、なるべく水辺から離れる。

 リザードマンを討伐した証として体内の魔石を提出する必要があり、どうしても取り出さなければならないのだが、この作業は慣れてないとキツイからね。

 特にベティに見せるにはちょっと早いかな。

 出来る限り視線を遮るように位置を変えて、持って来た荷物を手繰り寄せた。

 まずは専用のナイフを抜いて、胸の辺りを切開する。


 ザリッ、ザリッ、と硬い皮を切断すると、だらりと血が溢れ出た。

 リザードマンは血の匂いに敏感だけど、調査によれば水面に垂らさなければ意外と反応しない。

 とはいえ、あまり大量に流れたら土に染み込んで水に溶けてしまう。それでは意味がないので、できる限り早く魔石を取り出さないと……。


「よし、あった」


 本来なら心臓があるはずの位置に、手に収まるほどの魔石が埋もれていた。

 毒々しい紫色をした魔石は、完全に肉と同化しているためナイフで切り取る。

 そうして魔石を失なったリザードマンの肉体は、流れ出た血液と共に黒霧となって散ってしまった。


 これこそが魔物を、魔物たらしめる現象だ。

 魔石を失うと黒い霧となって、跡形もなく消失してしまうのである。

 その理由はわかっておらず、魔獣と違って素材を利用できないことから討伐しても得られる物が少なく、まさに厄介者でしかない。

 だからといって、放置すれば今回のような大繁殖に繋がるんだけどね。

 本当だったら定期的に討伐するべきなんだけど、なかなか難しい問題だ。


 かつて、魔石を取り出さずに放置したらどうなるのか? などという実験が安易に行われたけど……結果は腐った死骸から病が蔓延するという最悪の事故を招いてしまった。

 そんな状態でも魔石を取り出せば消滅するので、ギルドでは必ず魔石を回収するように呼び掛けている。

 一応、魔石はギルドで買い取って貰えるので、冒険者からすれば魔獣と変わらずに稼げる獲物という認識だったりするけどね。


「これで、おしまいっと」


 手早く二体目も処理して魔石を二つ手に入れた。

 なかなか幸先がいいスタートだろう。


「あとは、適度に現れてくれたら最高なんだけどね」


 すぐに魔石を取らず、血を流させて他のリザードマンを誘き寄せる、という手法もあったけれど、久しぶりの剥ぎ取りだったので、つい失念してしまった。

 プロンとベティがいるから、慎重になり過ぎているのかな。

 身の安全を優先するのは大切なことだけど、それだけじゃ勝負に勝てない。

 などと考えていたら、水面を揺らしながら近寄る影を捉える。


「次は私がやってみるから、プロンは下がっててくれる?」

「わかりました」


 プロンと入れ替わるように前へ出ると、水面から爬虫類の顔が浮かび上がる。

 ようやく陸地の上にいる私たちを発見したようで、敵意をむき出しにして自らも上陸し、手にした槍を振り回す。

 こうして見ると、本当に知恵があるのか疑わしい。

 テリトリーへの侵入者を見つけて攻撃するのはわかるけど、仲間に知らせるという考えはないらしいのだ。

 それとも、一体だけで勝てるなんて思い上がっているのか。

 なんにせよ、もう終わった。


「流石はシリスさん、見事です」

「え、今ので終わっちゃったんですか? すごいです!」


 後ろから二人が褒めちぎるけど、別に大したことじゃない。

 あまりに不用心に近寄るから、待ち構えて首を刎ね飛ばしたに過ぎない。

 これくらいは、ちょっと修練を積めば誰にだってできるからね。

 リザードマンの相手は久しぶり……前世ぶりだから、ちょっとだけ力が入り過ぎちゃったけど、まあいいでしょ。


「この調子でどんどん狩っていこうか」

「はい」

「はーい!」

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