水着のシリス
着々と準備を進めて早くも三日後の朝、いよいよ勝負の日が訪れた。
予定通りギルドが用意した幌付き馬車に乗り込むと、あとは到着までのんびりと待つだけとなる。
今回のリザードマン討伐に参加しているのは私たちの他に、上級冒険者パーティが六組と、ジョン率いるパワーズの面々の合計九組だ。
死霊騒動の時と比べると、剛鉄組とドラグノフがいないのは戦力不足感が否めないけど、上級冒険者の中でも上位パーティが一堂に揃うなんて普通はないのだ。
それだけ前回のあれは、特別な出来事だったのである。
用意された馬車は合計五台。その内の四台が冒険者パーティ用で、残りの一台がギルド職員専用となっている。
私たち二組は女性だけということもあって、同じ馬車に割り当てられた。
これから勝負をする相手、ディーネたちのパーティと相乗りである。
き、きまずい。
「仕方ありませんわね」
「なに、こういうこともある」
「予想はしてたけどさ……でも、あれはどうなのよ」
馬車内は両端に座席を設けただけの簡素な造りとなっており、私たちは互いに向かい合う形で座っているんだけど、向こうは三人でこちらは四人となる。
というのも……。
「はいシリス、お水」
「う、うん。ありがとメル」
この通り、メルが同行しているからだ。
隣に陣取って、なにかと私の世話を焼いてくれるのは嬉しいんだけど、対面席の視線が痛い。
「シリスさん、本当に大丈夫なんですか?」
「ベースキャンプは離れてるし、そこで待ってるだけだからね」
反対側に座るプロンの心配も当然だ。
剣を持ったこともないメルが、魔物の巣となっている湿地帯へ向かうなんて自殺行為ではないかと。
だけどこれは約束のひとつである。
今回のリザードマン討伐にあたり、最も苦労したのはマムとメルの説得だった。
魔獣討伐は許可されたけど、魔物となると話は別なのだ。
合同依頼とはいえ危険度は高くなるわけだし、そりゃそうだろう。
そこで話し合った末に、三つの約束を交わした。
一つ目はやはり、無理や無茶をしないこと。
自分たちの身を第一に考えて行動するようにと厳命されている。
二つ目はメルを付き添わせること。
さすがの私も、メルが近くにいれば無謀な行動はしないだろうとマムは考えたようだ。よくわかってる。
最後の三つ目が、その二つのどちらか片方でも破った場合は、罰としてマムの言うことをなんでもひとつ聞くという、まさかの被りである。
つまり私は無理をせずに、ディーネたちよりもリザードマンを討伐しなければならなくなったわけだ。
それこそ無茶なんだけどなぁ。
「シリス様、こちらの焼き菓子もどうぞ!」
「うん、ありがとうベティちゃん。でもあまり立ってると危ないからね」
「はい! プロンさんとメルさんもどうぞ!」
「ありがとー」
「頂きます」
プロンの隣に座っていたベティだが、前日にお店で買ったらしい丸くて平べったい焼き菓子を配り始め、香ばしい香りが馬車内に充満する。
こっちはこっちで遠足気分だ。
勝負を前にしてリラックスできるのはいいことだけど、これってディーネたち怒らないかな。
「ちょっと、甘い匂いさせてんじゃないわよ! 私にも一枚ちょうだい!」
「いいですよー」
「でしたら私も頂けないかしら?」
「はーいどうぞどうぞ!」
「うむ、これは美味だな」
杞憂だったか。
でも、たしかに美味しい焼き菓子だ。その辺で売っている物ではないだろう。
ひょっとしたら、高いお店のお菓子なのかな?
……もう何枚か貰っておこうか。
これから魔物を討伐するとは思えない和やかな雰囲気の中、大湿地帯までの道程をガタゴトと揺られること数時間。
そろそろかなーと外の様子を気にしていたら、揺れが収まった。
「あ、着いたみたいだね」
私がそう口にすると同時に、御者台の方からも声がかけられた。
馬車の旅は初めてのメルは少し疲れたようなので先に降ろし、続いてメルの分の荷物も背負って降りた私は周囲を見渡す。
この辺りは丘陵地になっているようで、街道から外れた草地に五台の馬車が止まっていた。近くには小川も流れている。
時刻は太陽の位置からして昼前といったところか。
強く照りつける日差しだけど木陰は多く、穏やかな風のおかげで涼しげだ。
「ここが湿地帯ですか?」
「小さい川しかありませんよ」
プロンとベティはきょろきょろと見回して不思議がるけど、こんな馬車でリザードマンたちの巣に乗り込んだら格好の獲物だろう。
「ここは私たちの拠点で、目的のノズリヌ大湿地帯は丘の向こう側だよ。ちょっとだけ確認しに行こうか」
「勝手に動いてもいいのですか?」
「ここからは各パーティの自由だからね」
到着した時点で魔物討伐は始まっているのだ。
もちろん行こうと思えばこのまま湿地帯へ突撃することだって可能だけど、そんな愚行を犯す者はこの場にいないだろう。
だから、あくまで確認するだけだね。
いったん荷物をまとめて置くと、なだらかな丘を歩いて昇り、その奥を望む。
「これが大湿地帯……!」
「わー、広いです!」
「二人とも、ノズリヌ大湿地帯は初めてなんだっけ?」
「話で聞いたことはありますが、見るのは初めてです」
「ベティもです!」
単に湿地帯と呼ばれていても、その広大な風景は一言で表せられないのだ。
地形的には丘に囲まれた盆地となっており、手前側はぬかるんだ湿原だけど、少し進むと背の高い草が茂り始め、中心部は常に霧がかかって見通せない。
話によると奥地には沼や湖、さらに水没した森のような場所などもあるらしく、未だに謎多き秘境だったりする。
本格的な調査がされないのは、ただでさえ迷いやすい上にリザードマンが生息していることと、そもそも調査しても利益がないという身も蓋もない理由からだ。
とはいえ今回はリザードマンが近くの街道まで出没し、そこから大繁殖が確認されたため放置はできないのである。
実のところ封印都市の依頼が減ったのも、このリザードマンによる被害で商人たちが街道を行き来できない、もしくは金を払って護衛を雇わざるを得ない状況が原因だったとか。
勝負を抜きにしても、この討伐には参加していたかもね。
「シリスさんはずいぶんと詳しそうですね」
「うん、前にちょっとね」
「前にどうしたの、シリス?」
休んでいて一足遅れたメルが、純粋な疑問と視線を私に投げかける。
「えっいやっ、なんでもないよ?」
「そう?」
「さーて、そろそろテントを張らないとだから戻ろう」
咄嗟に誤魔化したけど、なんとかメルの興味をそらせたようだ。
まさか、傭兵やってた数年前に訪れたことがある、なんて言えないからね。
バレたら三つの約束とかすっ飛ばして、キツい罰を与えられるかも……。
これだけはなんとか秘密にしないと。
今回ギルドから支給される物資は食料や薬の他、野営に必要な道具一式が貸し出される。その中には当然ながらテントまで用意されていた。
これを事前に知った私は、最近購入した自前のテントを持ち込むべきか悩んだ。
安物とはいえ私たちのパーティ用にと、せっかく用意した物だ。
できれば使ってみたかったんだけど、それは私とプロンの二人用を想定していたので、ベティとメルが加わってはサイズ的に無理があるだろう。
残念ながら諦めて、ギルドのお世話になるしかなかった。
そうして四人用と伝えて受け取ったテントは、素材からして丈夫そうでしっかりとした大きいサイズの物だった。
実際に立ててみると、やはり立派な代物であり、なんか悔しい。
などというモヤモヤを残しながら手際良く拠点を設営した後は、いよいよ湿地帯へ踏み込むわけなんだけど。
その前に準備があるので、みんなでテントへ入る。
私たちの体格の関係もあってか、予想していたより広く感じられた。むう。
気を取り直して、入口を外から覗かれないようしっかりと塞ぐ。
「これでよし。それじゃあ、まずは着替えようか」
「はい」
「わかりました!」
「着替えるの?」
「うん。場所が場所だからね」
急きょ同行することになったメルの分は用意できていない。そもそも必要ないんだけど、ひとりだけ仲間外れのようで気が引けちゃうな。
まあメルも、足は引っ張らないと宣言しているため今回は我慢して貰おう。
「シリスさん、どうぞ」
「ありがとプロン」
荷物から取り出した布を受け取る。
「それって、もしかして水着?」
「服が濡れると重いし、張り付いて気持ち悪いし、それに体を冷やすと体調を崩しちゃうからね」
つい先日、プロンとベティの三人で一緒に買ったものだ。
みんなに聞いたところ水着を持っていなかったし、私も以前のは少し古くなっていたので、この際だからと新調したのである。
出費は痛いけど、ディーネたちに勝てば帳消しだと考えよう。
そんな水着は、私としては機能性を重視するつもりだったのに、二人がデザインにもこだわるから、いくつも試着させられて時間がかかってしまった。
最後は店員のお姉さんを含めた、満場一致で決まったね。
一日で決まらなかったどうしようかと思ったよ。
「水着なら私も持って来たよ。泳げるかなって」
「で、できれば大人しくここで待っててくれたら嬉しいんだけど」
「わかってるよ。シリスたちに迷惑はかけないから」
それを聞いて安心した。
でもまさかリザードマンが生息する場所で泳ごうとしていたとは……。
最近はずっと暑いから、その気持ちもわかるけどね。
この依頼が終わったら、例の泉にでも連れて行ってあげようかな。
さて、あまりゆっくりしていられない。
すでにディーネたちは湿地帯へ向かっている頃だろうし、こちらも急がないと。
手早く着替えようとするんだけど、メルの視線が気になる。
「あの、メル……?」
「なあに?」
「着替え辛いんだけど」
「じゃあ手伝おうか?」
「わっ、ひ、ひとりで大丈夫だから!」
するすると私の服を脱がしにかかるメルをなだめて、とりあえず背を向けることで気にしないよう努める。
さっと着替えればいいわけだし、そもそも落ち着いて考えれば私は前世で男だったのだ。今さらなにを恥じることが――。
「……シリスの髪って本当にキレイだよね」
「め、メルっ!?」
「気にしないで続けて」
なにやら髪を弄られている気がするんだけど……。
しかし私はすでに服を脱ぎかけで、振り返るわけにもいかない。
ええい、いつまでも半裸でいたって仕方ない。急いで着替えよう!
プロンとベティ、あと店員さんが選んでくれたのは見た目を意識しつつ、私の意向を汲んで動きやすさも取り入れたタイプになっていた。
上は肌に密着して胸周りを覆う白い水着で、薄い上着を羽織ることで普段は露出を抑えられる。おへそは出てるけど。
一方で下はショートパンツ風の水着となっていて、どれだけ激しく動いても決して取れたりしないので安心だ。
いつもの服装に近いのも、変に意識しなくていいので気に入っている。
腰にベルトを巻いて愛用の剣と、借りているカタナを吊るせば準備完了だ。
ちなみに剣とカタナには、サビ防止のコーティングがしてある。一時的な気休め程度だけど、手入れを怠らなければ問題ないはずだ。
「わぁ、似合ってるよシリス」
「あ、ありがと……あれ? この髪って」
振り返ると私の髪が後ろで編み込まれており、尻尾のように毛先が揺れた。
「これなら邪魔にならないし、かわいいでしょ?」
「……うん。ありがとうメル」
さっきのは、これを編んでいただけだったのか。
変な想像をしていた自分を叩きたくなる。こっちの方がよっぽど恥ずかしいじゃないか。まったく。
「こちらも着替えました」
「シリス様、準備できましたよ」
そういえばプロンとベティはどんな水着を買ったんだろう?
私のことばかりで、二人がゆっくり選んでいるようには見えなかったけど。
「ベティちゃんのは、とても可愛い感じだね」
「えへへ、シリス様にそう言って貰えると嬉しいです」
朱色に染めた頬に両手を当てて、表情を蕩けさせて照れるベティは事実、お世辞でもなんでもなく可愛らしい。
ピンク色のフリルが付いた白いワンピースのようなタイプの水着で、腰から下は巻きスカートで白い素足を覆っている。
胸当てや手甲といった防具はそのまま身に着けているからか、水着との露出の落差で少しドキッとしてしまう姿だ。
「えっと、プロンはあまり変わらないように見えるね」
「ちゃんと水着を着用しています」
聖騎士の鎧を纏っているから外見に大きな変化がないだけで、別に疑ったわけじゃないけど、プロンは鎧の隙間から見えるよう体を傾ける。
どんな水着かは気になるし、せっかくだから覗かせて貰おう。
「どれどれ……えぇっ!?」
あまりの衝撃に思わず顔を背けてしまった。
「ぷ、プロン、その水着は……なに?」
「私には鎧がありますので、最も軽量かつ面積の少ない物を選びました」
「少ないって、それもう紐と布切れじゃ……」
見たのは一瞬だけど、プロンは鎧の中に上下で別れた黒い水着を着けていた。
問題はその形で、ほとんど丸見えな感じであり、大事な部分だけを辛うじて隠しているような過激すぎるデザインなのだ。
まだ下着の方がまともに思える。
「た、たしかに鎧で見えないけど、それでいいの……?」
「他に持って来ていませんので」
本人が平気なら、いいのかな?
ううーん、でも他の男の冒険者だってたくさんいるんだから、こういうのは控えさせた方がいいだろうか。
とりあえず今後は、プロンの服装には気を使うようにしよう。
まさか普段の下着から、あんな風じゃないだろうけど……。




