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魔法とシリス

「それにしてもディーネってば、上手く誘導したよね」

「……突然なんの話ですの?」


 封印都市において最高級の宿『クラウン・キャッスル』。

 そこの一階部分で開かれているレストランにて、ディーネたち三人は優雅に朝食を取っていた。

 広々とした清潔感の溢れる店内に、充分な間隔を開けて設置された席と、壁一面のガラス張りから降り注ぐ明かりが清々しい朝を演出している。

 それに比べてシリスと再会したギルドに隣接する酒場は狭苦しく騒がしく、まさに天と地ほどの差があるだろう。

 だが彼女たち上級冒険者がそれほどに稼げるのかと言えば、あくまで一部の者に限られる。


 上級ともなれば受注できる依頼の範囲は幅広く、有名になればパーティを指名しての依頼さえ珍しくない。

 もちろん指名依頼は料金が割増となり、内容が高難度であればあるほど受ける冒険者側の利益は大きい。

 つまり稼げる冒険者とは、大口の依頼人を確保できた者のことなのだ。

 その点で言えばディーネたちのパーティ『月華美刃』は拠点を王都へ移してからというものの、見目麗しく実力も確かな冒険者として貴族から歓迎されていた。

 もっとも外見が目当ての依頼は、ディーネがすべて蹴っていたのだが。

 そんな紆余曲折はあったものの冒険者として成功した彼女らは、こうして裕福な生活を送れるほどお金に余裕があるのだ。

 故に、シリスとの勝負に負けたところで自分たちへのダメージは皆無である、とアルルは確信していた。


「だから、昨日のシリスとのあれよ」

「ああ、シリスを勝負の舞台に引き出したことですわね」


 実のところディーネらは、シリスがお金に困っているのは承知だった。

 この封印都市へ到着して最初にしたことは情報収集であり、その中でシリスが目標金額まで貯め終えたという噂と、積極的に依頼を受けて稼ごうと苦労しているという噂の、相反する情報を掴んでいたのである。

 そこからシリスは、不足しているのに足りているよう見せていると推測し、現在も目標金額に到達していないのだと結論付けたのだ。

 さらに最近の依頼状況はギルドを覗けば誰にでもわかり、ちょうど良いタイミングでリザードマン討伐の依頼が発生したとなれば天が導いているに等しい。

 こうして見事にシリスを焚きつけ、普段なら絶対に許容しない『なんでも言うことをひとつ聞く』などというルールを制定できたのだった。

 無論、ディーネは勝てばシリスを自身のパーティに入れるつもりであり、これについては仲間のアルルとヴェガも容認していた。

 負けた場合も、きっとシリスは報酬の全獲りを要求すると予測済みだ。

 大当たりである。


「それもそうだけど、じゃなくて勝負の内容よ」

「リザードマンの討伐がどうかしましたの?」

「いやだって、どう考えてもこっちが有利でしょ」


 軽い気持ちで話すアルルに対し、ディーネは意図が掴めず首を傾げる。

 ヴェガは黙って食事を続けるのみだ。とろとろカリカリのベーコンエッグが美味しい様子。


「なんのことか見当も付きませんわね。私たちが有利ですって?」

「隠さなくたっていいわよ。なんなら一個ずつ言い当ててみましょうか」

「ええ、ぜひとも聞きたいところですわ」


 僅かな違和感を無視してアルルは指を三本立て、ひとつ目を折る。


「まずは負けを想定した場合ね。シリスが勝ってこちらの報酬を望んだとしても私たちに大した影響はないわ。でも逆に私たちが勝てば、シリスは自分のパーティが解散させられることくらい理解しているでしょ? このプレッシャーの差はとても大きいと思うのよね」

「シリスがその程度で気遅れするなんて考えにくいですけど、第一私たちが勝ったとしてもパーティを解散させる気はありませんわよ?」

「……はい?」

「どうせシリスはこの街から出ないでしょうし、私たちが遠出をしている間くらい臨時のパーティを組むのは自由ではなくて?」

「それは……確かにそうだけど、でもシリスは知らないんじゃないかなぁ」

「絶対に無理な要求は断れる、という決まりもありますわ。シリスならその程度は想定していると私は確信していますわよ」

「ああそうですか……」


 私は初耳ですけどね、という言葉を飲み込むアルル。

 それを言ってしまうと、思い付かなかった自分が負けと認める気がしたからだ。


「じゃあ次! あのベティっていう子はどうなの?」

「どう、と言われましても」

「魔法が使えるから連携不足を補えるとかなんとか言ってたじゃん! あれってシリスをその気にさせるウソでしょ?」

「まさか。すべて事実ですわ」


 心外ですわ、とディーネは困ったように自身の感じたことを素直に話す。


「あのベティという少女は年齢こそ幼く、冒険者としての経験も皆無ですけど、魔法使いとして重要な要素を持っていますわ」

「それって?」

「……強い魔力ですわ」


 僅かに声を潜めたディーネに、冗談じゃないんだとアルルは直感する。


「で、でもまさかディーネよりは……」

「その、まさかですわ」


 店内にいる他の客は少数であるためか、ヴェガが食器を操るごく僅か音だけがやけに大きく聞こえた。


「ですから、私は魔法使いとして申し分ないと感じたのですわ。技量に関しては少々ながら疑問が残りますけど」

「うぅ~……じゃあ、最後のこれは?」


 アルルは残された最後の指を折る。


「私たちは上級になってから魔物と戦った経験が何度もあるけど、シリスたちのパーティはまったく無いでしょ?」

「シリスの実力から考えますと、あまり差はないような気もしますが、あのプロンという子次第ですわね」

「で、でもリザードマンの知識がまったくないのと比べたらさ……」

「それは私たちも同じではなくて?」

「……はぇ?」


 あまりに現実離れした言葉にアルルは思考が停止しかけた。

 かろうじて脳内を整理すると、あまり信じたくない結論が浮かび上がる。


「ちょっと待ってよ、ま、まさかディーネってば、リザードマンを詳しく知ってるわけじゃない、なんて……言わないよね」

「知りませんわ」


 アルルはゆっくりと頭を抱える。

 ハンマーで殴られたような痛みを現実かと疑うほどに感じたのだ。

 余裕ぶってリザードマン討伐を勝負事にするから、てっきりが勝算があり、ひょっとしたら必勝の策すらあるのかと期待していた……だというのに。


「正々堂々と勝負して勝たなければ、私が納得できませんもの」


 フタを開けてみれば、このありさまである。

 勝負は対等。いや、上級ランクが三人揃っているディーネたちが僅かながら有利かもしれない、という程度であった。

 彼女らの知らないところで行われている賭けにおいても、シリスたちの即席パーティでは一歩及ばないという分析が多数を占めている。

 だがそれは勝敗を左右するだけで、リザードマン討伐における安全性を保証するものではない。魔物との戦いは上級冒険者であっても危険なのだ。

 通常であれば対象となる魔物の情報を仕入れて、必要な道具があれば事前に揃えなければ話ならない……と、そこでアルルはハッとする。


「そう、そうよ! だったらなんでのんびりしてるのよ!」

「ですから朝食の後に、今日はリザードマンの生態を調べて貰えるかしらと頼むつもりだったのですわ」

「できれば昨夜にでも言っておいて欲しかったわ」

「遅れて申し訳ありませんわ。昨夜はアルルが外出していたものですから、話すタイミングが掴めなくて」

「あぁー……それは私のせいね。ごめん」


 この街はアルルにとって故郷でもあった。

 それはディーネも知っているから咎めるつもりはないが、うっかり久しぶりの帰郷に浮足立っていたというのは上級冒険者として少し恥ずかしくもあった。


「とにかく、急いで調べあげて必要な物を揃えないと! 行くわよヴェガ!」

「もう少し待ってくれ」

「って、いつまで食べてるのよ!」

「朝の食事は一日の活力となる。最近はしっかり食べていなかったしな」

「すみませんわねヴェガ。私のワガママで無理をさせて……」

「いつものことだ、気にするな」

「こっちは気にするのよ! あと二日しかないんだから!」

「落ち着けアルル。というかお前はもっと食べたらどうだ」

「そうですわ。冒険者は体が資本ですもの。大きくなれませんわよ」

「うぐぐ……二人が言うと説得力があるわね」


 どの部分に対する言及なのかは双方に食い違いがあったが、それに気付くことはなく、結局アルルは配膳係におかわりを要求した。

 しばらくして宿を出る頃、アルルのお腹が大きく膨れてしまうのだった






「では……いきます!」


 そう宣言したベティは杖を振り被り、風を切って正面に振り出す。

 すると先端部の水晶が仄かな明かりを灯した。

 日中でも森の木陰が照らされるほどの光量で、夜に使えば便利そうだね。


「これが『点灯』の魔法です! どうでしたか?」

「……うん、暗くなったらお願いしたいかな」

「頑張ります!」


 杖を胸に引き寄せたベティは、満面の笑顔で答える。

 どんな魔法が使えるのかを実際に見せて貰うため、私たちはいつもの泉まで足を伸ばしていた。ここなら誰かに覗かれる心配はないからね。

 だけどこれは……。


「ねえプロン、私は詳しくないから聞くけどアレは凄いの?」

「魔法に関しては素人の観点ですが、初歩ではないかと」


 こっそりと尋ねてみたら、予想通りの回答が返ってきた。

 どちらにせよ戦いに役立ちそうなものではないか。


「今のが一番得意な魔法なんだよね?」

「はい! いつでもどこでも簡単にできます!」

「それじゃあ他に得意なのあるかな。できれば具体的に」

「えっと、あと小さな火を起こす『発火』と、寒い時に暖かくする『加熱』と、暑い時に涼しくする『冷却』と、風を吹かせる『送風』と……」


 なんだか戦いより生活するのに役立ちそうな魔法ばかりだ。


「なんというか、そう、攻撃するような魔法はできる?」

「ごめんなさい……」


 笑顔から一転して、しゅんと落ち込んでしまった。

 悪いことをしてしまったような気分になり、私は慌ててフォローする。


「あ、いや、でも野営の時はとっても便利そうだよ! ね、プロン!?」

「シリスさんに同意です」


 空気を読んでくれたのか、いつものプロンなら『ですが戦いには役立ちそうにありません』と正直に言ってしまうところを、私に続いて励ます。


「冒険者に求められる能力は戦いの力だけではなく、充分な休息を得るのも重要だと私は知りました。ベティさんの魔法があれば野営も滞りなく進み、そしてシリスさんが快適に休められる環境を構築できます。私にはない素晴らしい力ですので元気を出してください」

「プロンさん……」


 本心から言っている様子で、やっぱりいつものプロンだったようだ。

 だけどプロンの指摘は正しい……いや、真理である。

 野営時にどれだけ休められるかが、その後の体調を左右するからね。

 極端な話だけど、寝苦しくて一睡もできなかったら集中力を欠き、普段ならあり得ないミスをするだろう。

 魔獣が相手でもそうだけど、その一瞬の油断が命取りとなってしまう。

 まだパーティがいれば仲間が助けてくれるけど、ずっとソロで活動していた私が頼れるのは己のみであり、そうして常に万全を意識していたからか、野営については少しこだわりがあった。

 故に、私はプロンの言葉に大いに賛同するのである。


「プロンの言う通りだよベティちゃん。その時は頼らせて貰うからね」

「シリス様も……はい!」


 お世辞ではなく本気だと伝わったのか満面の笑顔を取り戻してくれた。

 この子は落ち込んでいるより、笑っている顔の方が似合うね。


 そんなこんなで自分たちの戦力もだいたい把握できた。

 次は敵の情報を共有しなければ。


「まずリザードマンについて、二人はどれだけ詳しいかな?」


 答えはなく、一度だけお互いに顔を見合わせただけだった。

 まあ知らないのが普通だ。魔物なんて珍しいし、一般人は見る機会すらない。

 でも大まかな特徴くらいは誰だって知っているのが魔物というものだ。


「リザードマンは大トカゲが二本脚で立っているような姿で、槍を扱う……ってところまではいいよね?」

「はい」

「そうなんですか?」


 ……ベティは接近戦なんてしないし、まあいいかな。

 前世の知識を引っ張り出して、私は二人にリザードマン講座を始める。


「私が知る限りだと、リザードマンは湿地帯や沼地を自分たちの領域にして集団で暮らしているんだ。侵入者には総出で襲いかかるけど、少し離れれば深追いはして来ない。これは有利に戦える地形が湿地帯だと理解しているからみたいだね」


 奴らはぬかるみの上でも迅速に移動し、槍で一方的に攻撃する。

 一方で人間は足を取られてしまい、近付いて攻撃することも、逃げることもままならない。


「リザードマンとの戦いは、しっかりとした足場を確保できるかが問題なんだ」

「具体的には、どうすればいいのですか?」

「陸地があるなら当然そこを中心にするね。あと人数と道具が揃っていれば木を組んで作った橋を繋げていくとかかな。単独なら特殊な靴でも対応できるけど、あれは高い上に慣れないと難しいんだよね」


 ちなみに弓矢はリザードマンの強固な鱗を貫けないので効果は薄い。

 もし目や腹といった部位を狙えるなら話は別だけど、そんな弱点を無防備にさらけ出すほど魔物は愚かではなく、至難の業だろう。


「というわけで、こちらも槍を使うのが効果的かな」

「では私の槍が役に立ちそうですね」

「うん。プロンの重装備ならリザードマンの槍も弾きながら反撃できるし、相性としてはいいんだけど、その分だけ足場を意識しないと引きずり込まれる心配があるんだよね。私が近くでサポートするのが妥当かな?」


 もしプロンが水場に落ちたら、引き上げるのは困難に思える。

 あの鎧は本人にとっては軽いけど、他人からすれば見た目通りの重量だし。

 革製の浮袋を用意するつもりだったのだが、焼け石に水だろう。


「浅瀬で待つ戦法が一番なんだけど、討伐数を競うなら悠長なことは言ってられないし……」

「それでは水に浮く魔法を使いましょうか」

「うん、そんなのがあれば最適だけど……え?」


 耳を疑って私はベティに聞き返す。


「水に浮く魔法?」

「はい!」

「できるの?」

「頑張ります!」


 実際にやって貰った。


「ほ、ホントにできた……」


 私は泉の上に立ち、陸地と変わらない感覚で歩いている。

 念のために裸足になってみたのだが、水の冷たさを感じるだけで濡れた感触はなかった。一歩踏み出す度に水面を波紋が伝い、つま先だけで軽く跳んでみると、まるでお伽噺の妖精になった気分だ。

 これはベティにかけて貰った『浮上』という、本来は水に沈んだ物を浮かせるような魔法らしいけど、沈まない効果も付随するのだという。

 水面が揺れると足場が不安定になるのが厄介なくらいで、慣れれば戦闘行動するのにも申し分ないね。

 試しにプロンにも魔法をかけて貰ったところ、重い鎧も関係なく浮いてくれた。


「大した魔法じゃないですけど、お役に立てたでしょうか?」

「凄いよベティちゃん!」


 これなら湿地帯だろうと沼地だろうと、足場に関係なく戦えるからね。

 もはやリザードマンの優位性は失われたも同然だ。


「あ、でも長くは持ちませんので注意してくださいね。それから今は足だけに魔法をかけているので、転んだら大変なことになります」

「どうなるの?」

「足だけが浮いて逆さまになって溺れます」

「……この魔法を使う時は、手にもかけて貰おうかな」

「わかりました!」


 ともあれ実戦で使用しても良さそうだ。

 こんなに便利な魔法があるなら、もっと早く教えてくれたら……あ、そういえば得意な魔法と、攻撃できる魔法についてしか聞いてなかったかも。

 これはちゃんと確認しなかった私のミスだ。

 反省して、しっかり把握させて貰おう。


「ねえベティちゃん、他の魔法も見せてくれる?」

「攻撃魔法はありませんけど、いいんですか?」

「それだけが魔法じゃないって、たった今わかったからね」


 心のどこかで、魔法とは一気に敵を蹴散らすようなのを想像していた。

 例えば燃え盛る火炎を吹き出したり、天に雷鳴を轟かせたり、荒れ狂う竜巻を発生させたり、そんな派手な魔法だ。

 でもベティの魔法は、どれも違う。

 言うなれば敵を倒すのではなく、味方を助ける便利なものが多いのである。


 ふと以前、プロンから聞いた話を思い出す。

 そもそも魔法とは魔力を代償とした奇跡であり、使用者の強い想いに呼応して万物へと干渉するのだと。

 だからか人によって得意分野はまるで違い、性格が凶暴な人なら攻撃的な魔法ばかり使えるようになるのだろう。

 つまりはベティの魔法もまた、彼女の優しい心が反映されているのだ。

 多少イメージと違ったからといって、それだけで判断するのは浅はかだった。


「ではシリス様、この魔法はどうでしょうか?」


 さっきの『浮上』のように、今度は杖の先端を私の胸……ちょうど心臓の辺りに当てると、ベティはすぅっと息を吸う。


「『増強』」


 淡い輝きが水晶から私の胸に入り込むと、流れるように全身へと伝わる。

 すると途端に体中が熱くなり、だけど頭は冷静で、周囲のすべてがゆっくりに動いているような錯覚すら感じられた。

 自分の鼓動がうるさいほどに強く高鳴り、奇妙な高揚感に包まれる。


「これは、この力はいったいっ!?」

「はい! 少しの間だけシリス様を強くしました!」


 ベティの説明によると、この魔法は一時的に身体能力を強化するらしい。

 魔力制御の魔法版みたいなものか。

 前にプロンが言っていたけど、実在したようだ。


「じゃあ試しに……よっ、とわぁ!?」


 軽く走るつもりが、とんでもない加速で思いきり前のめりにすっ転んだ。

 しかし感覚まで鋭くなった私は、顔から地面に突っ込む直前に両手を突き出して宙を舞い、くるくると二回転半して華麗に着地する。


「すごいですシリス様!」

「さらに卓越した動きになりましたねシリスさん」

「た、大したことじゃないよ」


 絶賛する二人だけど、内心では心臓がバクバクと悲鳴をあげていた。

 これも慣れるまでは注意しないと危ないかも。

 ひりひりと痛む両手を振りながら、息を整える。


「シリス様、もしかしてケガしちゃいましたか?」

「大丈夫だよ。ちょっと痛むだけだから」

「ベティに見せてください」


 あまりに心配そうな顔をするので、安心させるためにも手の平を差し出す。


「こんなに真っ赤に! ちょっと待ってくださいね! 『快癒』!」

「えっ?」


 私の手を包み込むように触れたベティが新たに魔法を使うと、手の平の痛みはすぐに引いて……って、これは!?


「もしかして、癒しの魔法?」

「難しいんですけど、成功してよかったです!」

「ちょっと待ってね」


 にこにこと微笑むベティを置いておき、プロンと肩を寄せる。

 私の勘違いでなければ、癒しの魔法とは教会の代名詞であり、決して外部に漏れないよう秘匿されているはずだ。

 そう思って確認してみると。


「そうですね。聖天教ではお布施をすれば誰でも癒して貰えますが、それ自体は秘義とされています。通常の魔法使いと同じく、技術を占有しているはずです」


 もし流出したら魔法使いたちが独自に癒しの魔法を習得してしまい、教会の権威は失墜してしまうからね。

 だとしたら、ベティが癒しの魔法を扱えるのはなぜか。

 教会関係者だとしても安易に使うのはおかしく思えるし……でも魔法使いの秘密主義を知らない節があるんだよね。

 ますますベティの謎が深まってしまった。


「ですがシリスさん、癒しの魔法が使えるのはイザという時に助かります」

「それはそうだけど……」


 改めて注意しておかないとならないだろう。


「ベティちゃん、その魔法は他の人の前では使わないようにね」

「ダメなんですか?」

「緊急時ならいいけど、ちょっとしたケガなら控えてくれると嬉しいかな」

「わかりました!」


 相変わらず、とてもいい返事だ。

 なんにせよ結果的にベティの魔法が、リザードマン討伐に際して効果的とわかったのは大きな収穫である。

 こうなると作戦を大幅に修正して……うん、かなり節約できそうだ。


「おっと、もうこんな時間か」


 気付いたら太陽が高く昇っており、そろそろお昼になりそうだった。


「このくらいにして、お昼を食べたら必要な物を買いに……ん?」


 急に足下から力が抜けてがくんと崩れ落ち、尻餅をつく私。

 それだけではなく目眩もするし、なんだか全身がダルい。


「シリスさん大丈夫ですか?」

「え? あれ? どうしたんだろ……力が抜けるような」

「それは『増強』の魔法が終わったからですよ」

「な……なんで?」

「私も詳しくわかりませんが、そうなってしまうんです」


 うぅ……こ、これはキツい。

 もし実戦でこんな状態になったら、まともに戦えなくなるぞ。


 少し休んだら元通りになったけれど、使いどころは考えないといけないな。

 魔法も、そう上手い話ばかりじゃないってわけなのか。

 肝に銘じよう。

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