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第九話 『炎上するG』

何とか間に合った……

「さて、これでまた家なし生活に逆戻りしたわけだけど……どこを寝床にしよう」


 僕とハルカは敵の追跡を避けるため、山から街に降りてきていた。だが、特にゆく当てもなく急いで降りてきたので、とりあえず当面の拠点の確保が目下二つある課題のうちの一つだった。

 なりふり構っている暇はないとはいえ、ハルカもいるし、衛生環境の悪いところは避けておきたい。せめて風雨の凌げるところじゃないとね。


「となると、公園でゴキブリ布団ってのは……さすがに無しか」


 家を追い出されて数日間、手頃な廃工場を見つけるまでの間、そうやって生活していたのが思い出される。

 が、当然却下。


「仕方ない。またちょうどいい物件を探すとしますか」


 そう言って、僕はハルカを連れて人気のない裏路地へと入り込んだ。


「どうしたの、ですか?」


「家を探すんだよ。 ……おいで、みんな」


 僕はもう一度路地の中に誰もいないことを確認してから、目の前の空間にゲートを生み出した。

 そこから二百匹ほどのゴキブリを召喚して僕はゲートを閉じた。


「じゃあみんな、ちょうどいい|物件≪ねどこ≫を探してきて」


 そう言うとゴキブリたちは一斉に散開した。


「ゴキブリさんたち、お願いします!」

 ハルカに励まされたゴキブリたちが一瞬だけ、うれしそうに震えたような気がした。


 本当に虫たちと意思疎通がとれるんだなあと感心しているとチョイチョイとハルカが僕の服の裾を引っ張った。


「あの、ヒカゲさん」


 はあ、とため息をつき僕はハルカの方へ振り返る。


「ねえ、ハルカちゃん。そのヒカゲさんっていうのやっぱりやめにしない?」


「いやです」


 やんわりと聞いてみたら笑顔でバッサリ切り捨てられた。


 ハルカが僕につけた呼び名。これがもう一つの目下、解決すべき課題だった。


「確かにどう呼んでもいいと言ったけれどさ」


 何でも虫使いというところから陰陽師を連想したらしく、陰陽→『かげ』と『ひ』→ひかげ→ヒカゲさんという流れでたどり着いたらしい。虫使いで陰陽師を連想するなんて一体今時の小学生は何を学んでいるのだろう。


 それはそうと、さらに問題なのは


「いいじゃん! ヒカゲさん、かっこいい名前じゃない!」


 この、僕の呼び方に関係する話になるとハルカが急に饒舌になるのだ。普段はおどおどと控えめなのに、この名前に関しては強いこだわりがあるのか素に戻って、勢いよく話し始める。


「僕はもっとこう、具体的な名前とかじゃなくて、お兄さんだとか、虫使いさんだとか、こう肩書きのようなものをだね」


「名前を聞いたら教えてくれなくて、好きに呼んでくれって言ったんだからそれはつまり名前をつけてくれっていてるのと同じじゃん!」


「うっ」


「ていうか、一体何を期待してあの台詞を言ったの? おにーちゃんじゃなくてお兄様とかの方がよかったの?」


「そんなことないっ!」


 この子、素だとなかなか鋭い性格してる……っ!!


「っ…………」


「べ、別に僕はそういうのを期待してたわけじゃ――どうしたの?」


 気づけばハルカが地面のどこか一点に視線を向けて黙り込んでいた。


「虫さんが、言ってる」


 僕の方へ振り返ったその顔は蒼白で、その声もどこか震えていた。


「あの山小屋が、燃えてる……」



――十五分前――


 山小屋の前には数人の男たちがいた。


「ここかね? 田中巡査」


「はっ! 少女の最後の目撃情報はこの山小屋付近です。散策中の夫婦がこの山小屋から少女と中肉中背の男とともに下山するのを目撃しています」


「そうか、ご苦労だった」


 制服の上からでもわかる筋骨隆々の体躯で風を切りながら、男が山小屋へと近づく。


 男は山小屋の扉を壊しかねない勢いで開けると首だけを中に突っ込んだ。


「ふむ、一時間前か。……臭う、臭うぞ」


 そう言って男は顔をしかめる。


「鼻が曲がりそうなゴキブリども匂いだ」


 男は山小屋の中につばを吐きかけると外へと出た。


「おい、てめえら。ここはもう用済みだ」


 外には田中巡査と呼ばれていた男のほかに、黒いスーツに身を包みサングラスをかけた得体の知れない男たちが並んでいた。


「燃やせ」


 男はただ一言そう言うと、もはや興味を失ったかのように来た道を引き返し始めた。

 命じられた黒服の男たちがどこからともなくガソリンタンクを持ち出し、山小屋へとまき散らし始めた。


「え、ちょ、警部! 燃やせってどういうことですか!?」


 ただ一人状況のわかっていないらしい田中巡査が慌てた様子で男に問う。男は足を止め、しかし振り返らずに答えた。


「そのままの意味だ。ここはもう用済みだ。よって焼却処分とする」


「待ってください、いくら警部でもそんな権限は! どう考えてもこれは犯罪です!」


 必死の表情で田中巡査は食い下がった。しかし、


「権限なら、ある。俺の所属は警視庁捜査零課。それだけ言えばわかるだろう?」


「まさか、あれは噂のはずでは!?」


「実在するぜ、捜査零課は。国家レベルで重大な案件のみを取り扱い、問題解決のためなら非合法捜査ですら許される。そんな部署がな」


「……では、あの山小屋は国家に危機をもたらすものであると?」


「いや、別に」


「だったらなぜ!」


「あの小屋は臭かったから。俺はあんなくせえ場所が存在することが許せないんだよ」


「そんな理由で……」


 唐突に男が振り返った。そして田中に顔を近づけ、のぞき込むように言った。


「ああ、そうだ。そうする権利と力が俺にはある。おまえさんのその五月蠅い口を永遠に塞ぐ権利もな」


「っ……」


 田中は思わず顔を引きつらせた。それは男がひどくゆがんだ笑みを浮かべていたから。それでも未だにまっすぐ男の方を見据えている度胸はたいしたものだろう。


「まだまだおまえさんにやってもらうことは山積みだぜ。まあせいぜい頑張りな、田中巡査。おいおまえら、もたもたしてないでさっさとやれ!」


 そう言うと今度こそ男は元来た道を引き返して行ってしまった。


 黒服の男たちがガソリンまみれの山小屋に火をかけた。ものすごい勢いで炎が立ち上る。


 田中は強い熱を背に感じながら、ただ呆然とその場に立ち尽くした。




いつも読んでくださりありがとうございます!

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