第十話 『嘲笑するG』
遅くなってしまいました。
すいません!
「山小屋が、燃えてる?」
あまりにも唐突であったため、ハルカの言ったことが理解できず、思わず僕はハルカに聞き返してしまった。
「うん。虫さんたちが教えてくれた、です」
そう言ってハルカが指さしたその先には数匹のアリがたむろしていた。
「十分くらい前、です」
ここから山までは一キロ以上離れているのに、たった十分で情報が伝わってくるのか。虫の情報網というのは思ったより高性能だ。
それはそうと、
「やっぱりあそこを離れてよかった。多分ハルカちゃんのことを捕まえようとしていた奴らが気づいたんだと思う」
「……おにーちゃん」
「あのままあの山小屋にいたらどうなってたか分からないよ。僕らは運がいい。よかった、本当によかったよ」
「ねえ、おにーちゃん!」
ハルカの小さな手が僕の服の裾を掴む。僕を見上げるその顔は何かに怯えるように蒼白だった。
「ん、どうしたの? ハルカちゃん。大丈夫だよ、ちゃんと僕が守ってあげるから」
僕はハルカを安心させるために微笑みかけた……つもりだった。でも、ハルカは静かに首を横に振った。
「違う、です。おにーちゃんの顔、すごく怖い、です」
「そんなこと……」
否定しかけた口が止まる。
言われて初めて僕は気がついた。
今、僕は、
笑っていた
ハルカを安心させるためなどではもちろん無い。
ただ、欲求を満たすことだけを、復習を果たすことだけを求める笑み。愉快犯の殺人鬼が浮かべるそれに近い、おぞましい笑み。
「……ッ、ごめん」
慌てて僕はハルカから顔を背ける。
大きく深呼吸を繰り返し、乱れた息を整える。
「大丈夫?」
「うん、もう大丈夫だよ。あの山小屋は僕にとって大事なところなんだ。僕が思ってる以上にね」
振り返り、今度こそハルカを安心させるための笑みを浮かべる。
あの山小屋で過ごした一ヶ月は僕が思っているより遥かに大きいものだった。
多分それは紛れもない事実だ。でも、さっきの笑みはきっと、それだけが理由ではないと自分でも分かっている。
でもそれを認めることは僕にとっては許しがたいことだった。
「あ、一匹帰ってきた。いい場所が見つかったみたいだよ」
「……」
戻ってきた一匹のゴキブリを回収し、僕は路地を出た。
「どうしたの? ほら、早く行こう」
「……うん」
少しの間を開けて、ハルカが路地を出る。
歩き出した僕と後ろをついてくるハルカの距離は十分前より少しだけ開いているような気がした。
かすかに響く消防車のサイレンの音がやけに耳に残った。




