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特別な1日を

 俺は一人、店の外で待っていた。


「お待たせしました」


 店の扉が開いて、リネットの声が聞こえた。


「ね、ねえ、本当に変じゃない?」

「もう、しつこいなあ。似合ってるって言ってるでしょ?」

「そうだな。ノアの言う通り。自信を持て」

「ミミカちゃん。とっても可愛いですよ」


 リネット達三人に押されるようにして、ミミカが店から出て来た。


「おおう……」


 思わず感嘆の声が漏れた。

 成程、これは中々……いや、かなり……いや、凄く……驚いたぞ。


「あ、あの……えへへ、どうかな?」


 そう言って照れたように前髪を弄るミミカは、普段の活発なイメージとは真逆の服装をしていた。

 普段はゆったりと言うか、だぼっとしたズボンをはくことを好むミミカだが、今は可愛らしい白いワンピースに身を包んでいた。元々肌が浅黒いミミカとは対照的な色合いは、互いの魅力を引き出す意外な調和を見せていた。

普段はあまり整えられていない髪も今日は綺麗にすかれており、これまた可愛らしいピンクのリボンでまとめられている。

こうしてみると、2、3ぐらいは大人びて見えるものだな。


「ちょっと、ハルイチさん」

「何か言ってあげたらどうですか?」

「ミミカが不安がってるぞ」


 おっと。

 確かにミミカは落ち着きのない様子で体を揺らしていた。

 やっぱりミミカにとっても今日のおしゃれは挑戦だったんだろうか。


「可愛いよ、ミミカ。とっても」


 俺は率直な感想を口にした。


「そんだけ?」

「もうちょっとないのか?」


 外野がちょっとうるさいが、ミミカ本人はとても嬉しそうだ。


「えへへ……ありがと、ハルイチ」


 おうふ……本当に可愛いじゃないか。

 どうしたことだ、これは。勿論普段のミミカが可愛くないわけじゃないが、今日は何割り増しかもわからない程に可愛らしい。


「さ、さあ、それじゃ行くか」


 ちょっとした照れ隠しも込めて、俺は店に背を向けた。


「うん!」


 ミミカが俺の横に並んでくる。


「ああ。楽しんで来い」

「ミミカちゃんをしっかりエスコートしてあげて下さいね」

「ハメ外しすぎないようにね~」


 三人に見送られて、俺達は生誕祭最終日に繰り出した。


************************************


 生誕祭も最終日だけあって、やっぱり人の多いこと多いこと。

 出店の店主も最後の稼ぎ時とばかりに声を張り上げており、とても活気がある。

 しかし、その活気とは裏腹にミミカはちょっと晴れない顔をしていた。


「どうした、ミミカ? 何か気にかかる事でもあったか」

「え、ああうん。ちょっと悪かったなと思ってさ」

「リネット達の事か?」

「うん」


 リネット達は、今日は店に残ると言ってくれたのだ。

 誰かが店に残ってくれた方が安心できるのは確かだ。だが、折角の生誕祭だから街を見て回ってもいいと俺は言ったんだ。

 だが、これまでずっと店を開けていたのだから、と三人(と何故かアルも)は自主的に店番をしてくれた。


「ミミカだけ結局生誕祭の間、一回も店に顔出してないや」

「ま、ミミカはミミカで売り上げ出してくれてるからいいさ」

「でも……」


 責任感の強いミミカは、やはり気おくれがあるのかな。


「遊ぶのも子供の仕事だ。そんなに気にするなよ」


 俺はミミカの頭をぽんぽんと撫でてやる。


「む~。ミミカ子供じゃないよ!」


 あら、何故か逆効果。

 いや、何故かでもないな。レディに子ども扱いは確かに厳禁だ。


「ははっ悪い悪い。まあ、子供だろうが大人だろうが、休む時は休むもんだ。オンオフをしっかり切り替えるのも、出来る社会人の必須条件だぞ」

「そういうものかな」

「そうさ。今は店のことは忘れて、思いっきり生誕祭を楽しむことにしようじゃないか」

「……うん、そうだね、行こっか、ハルイチ!」

「おっとと……」


 ミミカは俺に体を寄せて来た。俺とミミカは身長差があるためにちょっと歩きにくい。


「えへへー」


 だがま、こんなに満面の笑みを見せられたら離れる気にもならんな。

 思えばこの子は家族と言うものを禄に知らずに育ったんだよな。たまには兄の様な気分で甘えさせてやるのもいいかもしれない。


「さて、それじゃあどこに行こうか」

「えー!? ハルイチ、考えてないのー!?」

「えっ、いや、まあ、うん。そんな驚くこと?」

「だってこういう時はメンズがエスコートしなきゃいけないんじゃないの?」


 取り敢えずミミカの知識に妙な偏りがあることがわかった。


「いやあ……そう言われても俺だって生誕祭に参加するのは初めてだからなあ……。

 大体、経験で言うならミミカの方が上だろうが」

「ミミカに期待されても困るよ。だってミミカ、今までは興業の為に来ただけだったんだから。自由行動の許可なんて団長が出してくれるはずもないし」

「ううん、そうなると結局俺も君もこの祭りは初めてという事になるな」

「あはは、それじゃ仕方ないね。歩きながら考えていこう」

「そうしようか」


 俺とミミカは特に目的地も無く、歩きはじめた。

 

「しっかし、凄い人だなあ」


 ラオネルの国中から人が集まっているというのがよく分かる人の数だ。

 ミミカが体をくっつけて来てるからはぐれずに済んでいるが、そうでもしなきゃ体の小さいミミカはすぐに流されていってしまいそうだ。


「そりゃあ、生誕祭だからね。しかも最終日。聖女フォリアナの生誕の劇は最も盛り上がるイベントなんだからね」

「ミミカは見たことあるのか? その劇」

「無いなあ。前々から見たいとは思ってたんだけど」

「その時間帯まで興業でもやってたのか」

「まさか。いくら何でもお客さん集まんないよ」

「それでも見せてもらえなかったのか。あの団長、かなり厳しかったんだな」

「団長は『お前達の芸に変な影響を与えるといけないから』って言ってたけど、絶対嘘!」


 その時のことを想いだしたのか、ミミカはちょっと怒った口調になった。


「ほんとはさ、ミミカが外の世界に興味を持つのを恐れてたに決まってるよ!」

「『外の世界』? サーカスの外って事か」

「うん。団長はさ。団員に脱走されるのを物凄く警戒してた。だから自由行動は禁止されてたし、基本的に外の情報も入ってこない様にしてたんだ」


 俺の想像以上に、サーカスでのミミカの生活は過酷なものだったのかもしれない。


「……悪いな。嫌なこと思い出させた」

「あ、ううん、全然気にしないで! 今のミミカはとっても幸せなんだから!

 こうして、可愛い服を着てさ。自由に生誕祭を見て回って……そ、そして隣には大切な人がいるんだから……」


 ミミカはちょっと顔を赤らめながらそんなことを言った。

 ……ふう。クラクラするほど健気な少女じゃないか。

 これは何としても、ミミカに最高の一日をプレゼントしてやらねばならないな。

 俺はミミカから少し体を離し、右手を差し出した。


「行こうか。ミミカ」

「うん!」


 ミミカは、小さな左手でしっかりと握り返して来た。


久しぶりにミミカにスポットが当たる話です。

メリリースに言われた宗教関連の話はちょっとお休み。

ハルイチたちには、まずは生誕祭をしっかり楽しんでもらいます。

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