それはまさに魔法の瓶
今までの街での商売と違い、今回はリットン商会と言う明確な敵がいる。
戦いである以上焦る気持ちはあるが、商売は一日二日で何とかなるものではない。
それはミミカの魔物の調教も同じであるらしく、ミミカは毎日シムの屋敷に通い詰め、時には屋敷に宿泊することさえもある。それでもまだ商品としては使えないのだから難しい。
レイラはレイラでいろいろなルートを開拓し、他の街に流通網を広げている。
おかげで俺の店は紅茶だけでなく、食品全般を取り扱うことが出来るようになった。
勿論そうなると店の増築は必要なのだが、『もっと広い土地を買って、建物を建てて』などとやっている時間は無い。
仕方がないので、俺は近所の店を建物ごと買い取り、無理やり一つの建物に統合することで売り場を広げた。
勿論近所の店の店主には充分な金を払っているし、合意の上で出て行ってもらっている。それでも、自分が強引な手段を使っていることはどうしても感じてしまう。
勝負など受けなければよかったか、とも思うが、『これはレイラの為』『ミミカのような子供をこれ以上生み出さない為』と必死に自分に言い聞かせる。
結果を得るためには、手段を選んでいられない時もある。
こんな事すらわかっていなかった自分に、最近腹立たしさを覚える。
だが、泣き言ばかり言っていても仕方がない。俺はデリックに勝つために、やるべきことをやる義務があった。
***
さて、そんな俺のやるべきこととは何か。
魔物の調教について出来ることは無く、ルートの開発には二人もいらない。
結果、商品開発に全力を尽くすことになる。
俺は店を増築する際、必要な分より一つ多く建物を買った。
これは、リネットとノアの為の建物である。
早い話、二人の工房だ。
店とも自宅とも独立した建物なので少量の火薬の使用は許可した。あまりにもうるさいと近所迷惑なので、量は制限しているが。
研究棟を一つ立てたことによって二人の商品開発は、一層はかどるようになった。
これで、以前作れなかった魔法瓶が作れるようになるだろう。
因みに、前回魔法瓶が作れなかったのは、俺の設計図が悪いとかそう言う以前の問題だった。
何が問題だったかと言うと、根本となる瓶の部分を硝子で作らなければいけないということだった。
リネットは硝子を変化させることは出来ない。その根本となる瓶をつくれる人が必要だった。
そして、その技術を持った人物こそが、ノアなのである。
工房に竈を設置して道具や材料を揃えてやると、ノアは簡単に瓶を作り上げた。
ただの瓶では無い。二重構造になっている、高度な瓶だ。
後は、内側にメッキを施せば完成だ。
「リネットさん。後は頼めるかな?」
「任せてください」
リネットが魔法瓶の前に立つ。そして、手に持った金属を錬金術で変化させて瓶の内側にコーティングしていく。
「……出来ました」
「ご苦労様。後はこの蓋をはめて、と。よし、完成!」
「やりましたね!」
二人の力を合わせて、ようやく魔法瓶は完成した。
「お疲れ様、二人共。それじゃあ、ちょっと実験してみようか」
「紅茶、淹れてきますね」
リネットは店に戻り、紅茶を淹れて戻って来た。
「淹れたての紅茶です。熱いですよ」
リネットはティーポットから魔法瓶に紅茶を注いだ。
そして、そわそわしながら待つこと30分。
「……飲んでみようか」
「まだ早くない?」
「試しです、試しに一回飲んでみましょう」
俺達は魔法瓶からカップに紅茶を移し、同時に口をつけた。
「熱い……とまでは言えないが、十分温かいな」
「ちゃんと美味しいですね」
「まあ、まだそんなに経ってないし……」
ノアはまだこの結果には不服の様だ。
それからさらに待つこと30分。紅茶を淹れてからⅠ時間が経った。
俺達は先程と同じようにカップに移した紅茶を、同時に口に含んだ。
「……さっきと大して変わらないな」
「温度だけじゃなく、味も落ちてないと思います」
「うん、これなら商品としては通用するかな」
三人とも満足の行く結果だ。
「商品としては良質だと思うんですけど……。これ、どうやって売る程作るんでしょうか?」
これは、リネットとノアが力を合わせて、一日近くかけて作ったものだ。慣れてくればもう少し早く作れるだろうが、商品として扱うには生産ラインが弱すぎる。
だが、俺はその辺りの解決法は考えてある。
「リネット。もし瓶の部分が完成していたとして、仕上げだけなら時間は掛からないよな?」
「はい。材料さえそろっていれば、一日に50個ぐらいは作れると思いますけど」
予想通り。仕上げだけならリネット一人でいいのだ。
「言っとくけど、ボクはそんなに作れないからね。精々1日に2個だよ。ちょっと無理しても3個だ」
「いいんだよ。俺は、東部の職人たちに作らせるつもりだ。ノアに指導もしてもらう」
「……正気? 技術が流出するよ?」
「リットン商会に真似されるかもしれません」
「そう危惧するのは当然だが、大丈夫だ。あくまで、職人にさせるのは瓶を作成するところまで。どうやって仕上げをするのかは教えない」
「ああ、成程ね」
これなら、例え技術が流出したとしても大して痛くない。
真似をされたとしても、内側にメッキを施していない魔法瓶は、烈火コピーに過ぎないからだ。
それに、俺の見立てではこの街における錬金術師の地位は低い。まさか仕上げが錬金術で行われるなんて想像できる奴はいないだろう。
「ハルイチにしてはいい考えじゃん。これを作るのには大して役に立たなかったけど、見直したよ」
「素直に褒められないのか、お前は」
「ま、まあまあ。それよりハルイチさん、善は急げです」
「ああ。今日は工房が閉まってるだろうが……明日からは生産ラインの確保だ!」
***
こうして、俺達は魔法瓶を完成させた。
生産ラインを整えるのにも成功し、俺達は大量生産も可能になった。
店で取り扱ってみた所、魔法瓶は瞬く間に一躍人気商品となり、ガリアスに一大ブームを巻き起こすほどになったのだった。
商品開発の話です。
ファンタジー世界の技術で現実世界の商品を作るのって、無性にワクワクするので好きです。




