シム・モービーの負の遺産
「ここか」
「ああ。一度だけ訪れた事がある。間違いない」
今日、俺達5人は店を昼までで閉めて、中央部にそびえる一つの屋敷を訪問しようとしていた。
午後の営業を休むのは痛いのだが、今回の訪問はそうする価値があると判断した。
さらに危険を伴う可能性も考慮して、仲間を全員連れてきている。
俺達がそこまでして訪問する屋敷。それはシム、フルネームで言うと、シム・モービーの屋敷である。
まあ、シムは死んだので今は他の人に所有権が移っているはずだが。
改めて見ても立派な屋敷である。流石にジェフリー卿やデリックの所有物件には劣るが、それでも大きい。
レイラが代表として、扉に設えられたドアノックハンドルを鳴らした。
ドアはすぐに開き、中から初老の執事が顔を見せた。
上品な顔立ちだが、何処か疲れたような表情で目には隈なんぞが浮かんでいる。
「……どちら様でしょうか?」
「私はレイラ・アルバーンだ」
そう言ってレイラは、家紋が彫られたブローチを見せた。
それを目にした瞬間、執事は顔色を変えた。
「アルバーン侯爵のご令嬢でございましたか! こ、これは大変失礼いたしました! わ、わたくしがお会いした際はまだ幼くいらっしゃいましたので、その……」
「気にしていない。それより、屋敷に入れてもらえるか?」
「そ、それは……」
先程まではあれほどレイラを恐れていたというのに、今度は言葉を濁している。
「何か隠したいことでもあるのか?」
「そ、そんなことはございません!」
必死になって首を振る執事。その態度を見て言葉通りに受け取る人はいないだろう。
「単刀直入に言おう。私は先日の、東部を魔物が襲撃した一件に対する、このモービー家の関与を疑っている」
「な、何故……!?」
露骨に狼狽する執事を尻目に、レイラはこちらを振り返った。
「ミミカ」
「うん」
レイラが名前を呼ぶと、ミミカが一歩前に進み出た。レイラは、そのミミカからアルを受け取って抱きかかえた。
「このドラゴンは、以前シムの飼っていた魔物と接触したことがある。そして、今回の魔物からも同じ匂いを感じたそうだ」
「そ、そのようなこと、根拠にはなりませぬ」
まあ、そうだろうな。ドラゴンの言葉なんて、ミミカ以外にはわからないし。
だが、やり方は他にもあるのだ。
「ならば、この件は父上に報告するとしよう」
「な!?」
ブラフである。レイラは、多分ジェフリー卿に報告する気などない。だが、脅しとしては十分。
「行こう、みんな」
「お、お待ちください! それだけは!」
わざと背を向けた俺達に、縋り付いてくる執事。
「どうした? やましいことが無いなら、父上に報告しても構わないだろう?」
「それは……」
その時、屋敷の中から若い男性の声がした。
「もういいよ、爺や……」
声は若いのだが、張りが無く、疲れ切った色が滲み出ている。
「坊ちゃま……」
「いいから。レイラ様をお通ししてくれ」
「畏まりました……」
俺は執事に案内され、屋敷の中に入った。
外身に違わぬ豪華な屋敷だが、その割に埃っぽかったりと、妙に陰気な雰囲気がする。
「お久しぶりです。レイラ様」
俺達を出迎えたのは、俺と同じぐらいの年齢の男性だった。
茶色の髪をした繊細な雰囲気を纏うイケメンだ。
多分シムの息子なんだろうが、全く似ても似つかない。
だがその端正な顔立ちは執事と同様疲れ切っており、その魅力はだいぶ損なわれていた。
「もしかして、チャールズか?」
「はい、お久しぶりです」
「依然あったのは10年前か。大きくなったな」
「お互いに」
そう言ってチャールズは無理をしたような笑顔を作った。
「レイラ様をいつまでも立たせておくわけにも参りません。どうぞこちらに」
チャールズは俺達を応接室に通した。
彼が俺達をどういう立場だと判断したかは分からないが、レイラ以外の俺達四人にもちゃんと椅子を勧めてくれた。ほんと、あのシムの息子とは思えない。
俺達が全員座ったのを確認して、チャールズは話し始めた。
「先程、レイラ様が仰ったことですが。事実です。東部を襲った魔物、あれは父がペットとして飼っていた物です」
「随分とあっさり認めるんだな。このことが露見すれば、お前は死罪になるかもしれないのだぞ」
「構わない……とまでは言いませんが、仕方の無いことです」
チャールズの顔には、何もかも諦めきったような表情が浮かんでいた。
「何があったんですか?」
俺は、ついつい口を挟んでしまった。
チャールズは俺の名前も知らない癖に、真摯に答えてくれた。
「あの魔物達は東部にあった魔物の倉庫にいたものでした」
それだけでは伝わらないことが分かっているのだろう。チャールズは一から説明を始めた。
「そもそもの発端は父の趣味です。父は大陸中の魔物を集め、殺し合いをさせたり、配合させたりするのが好きだったんです。僕は嫌だったけど、父が怖くて何も言えず……」
まあ、あんな親父なら恐怖の一つも覚えるよな。
「それでも、父が生きているうちはよかったんです。魔物の管理を全て父がやってくれたから。でも、父が死んでからは、魔物の管理を出来るものは誰もいなかった。
魔物にどうやって餌をやればいいのかわからない、何をやればいいのかわからない。僕の使用人の中には、魔物に餌をやろうとして殺された人もいる……」
その時のことを思い出しているのか、チャールズの顔は一層青白くなった。
「逃がすことも考えました。でも、そう思って檻を開けた瞬間に殺された使用人もいる!」
「餓死するまで待てばよかったのではないか?」
「それも考えました。でも、魔物の中には空腹になると凶暴性が増す種類もいました。そいつは餓死する直前に檻を壊して暴れ出しました。結局そいつは使用人を2人食べたおかげで静かになりましたが……。
僕達は、どの魔物が空腹の時に馬鹿力を発揮するのかわからない! だから結局どれも処分できなかったんです!」
今までの情報でも既にかなりの地獄絵図が想像できたが、チャールズは「さらに」と続けた。
「僕は父のような商才なんてない。見る見るうちに収益は減り、モービー商会は倒産寸前だ! それなのに、魔物には餌を上げないといけないし……」
チャールズは痛々しい表情で顔を覆った。
「僕達は疲れ切っていたんです。そしてあの東部の魔物は、そんな疲れ切った使用人の一人が自暴自棄になって解放してしまったんです」
「成程、事情は分かった」
返すレイラの声に、同情の色は無かった。
「だが、どれだけ苦労していようと、お前達は許されないことをした。先日の魔物の襲撃でどれだけの人が傷ついたと思っている」
「わかってます! わかってるんです! でも、僕達には死傷者に払えるお金も無いんです!」
心底どうしていいかわからない、と言った感じだ。
「この屋敷にも魔物がいます。そのせいで、この屋敷を売ることも出来ない。調度品は全て売りました。もう本当に、どうやったってお金は出せないんです!」
そこまでしていたのか……。それなら、この疲れ切った顔も理解できる。
この男を糾弾しても何の解決にもならない。そう思ったらしいレイラは立ち上がって、
「わかった。まずは魔物を処理しよう。話はその後だ」
と言った。
「ま、魔物を処理して頂けるんですか!?」
チャールズは天の恵みでも受けたような顔になった。
「お前達の為ではない。だがまずは、魔物を何とかしなければ、被害者への補填もままならないだろう」
「それでも、ありがとうございます!」
チャールズは深々と頭を下げた。
***
チャールズによって通されたのは、屋敷の地下室だ。
そこにはいくつもの檻があり、中に色々な魔物が閉じ込められている。
猫みたいな魔物、犬みたいな魔物、鳥みたいな魔物。ビッグロックやロープエイプに比べれば弱そうなものが多いが、それでも武器を持てない人には脅威だろう。
「しかし、よくもまあ、これだけの数を揃えたものだ」
感心とも呆れともつかない声をレイラが漏らす。
「で、どうすんの? 全部殺しちゃうわけ?」
ノアに問われると、レイラは渋渋頷く。
「仕方ないだろう。この魔物達に特に非があるわけでもないのだろうが、生かしおいても金を食うだけだ」
「ま、待って!」
そんなレイラに制止をかけたのは、意外なことにミミカだ。
「どうした? ミミカ」
全員の視線がミミカに集まる。ちょっと緊張した様子ながらも、ミミカははっきり言った。
「ミミカに、考えがあるの」
なんだかずいぶんと暗い話になってしまいました。
次回は少し明るくできるように頑張ります。




