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ロープエイプの恐怖

 その日、俺達は珍しく四人とも店に揃っていた。

 あくまで、揃っていただけである。最近全員の行動がバラバラになることが多く、店に揃っているだけでも結構珍しい。ましてや、一緒に昼食など取れるわけも無い。

 今だって俺とレイラは自宅の方の食堂で昼食を一緒に食べているが、ミミカとリネットは店に出ている。


「最近はこんな日ばかりだな……」


 少し寂しそうにレイラが言う。


「何、1年の辛抱さ。勝負に勝ったら、少し長めの休みを取ろう」

「そうだな。楽しみにしている」


 そんな他愛のない話をしながら食事をしていたのだが……。


「た、助けてくれ!」


 店の方から、かなり緊迫した声が聞こえた。


「化け物が!」

「街の中に突然!」


 声はどんどん増えていく。どうやら、店に人が殺到している様だが……。

 俺はレイラと視線を交わす。言葉などなくても、言いたいことはわかった。

 食事を切り上げ、武器を手にする。

 そして店へ連結する扉を開けた。


「リネット、ミミカ! どうした!?」


 店は大変なことになっていた。

 入りきらない程大勢の人間が押し掛けて来ており、入り口の扉が外れかけている。

 状況がつかめずきょとんとしているのは、元々店にいた客。必死の形相を浮かべているのが、店に逃げ込んできた客だろう。


「ハルイチさん……」

「よくわからないんだよ。急にお客さんがいっぱい来て……」


 ……仕方ないな。


「ミミカ。ラッパを演奏してお客さんを落ち着かせてくれ」

「わかったよ!」


 ミミカは店に置いてあるラッパを吹き始めた。

 元サーカスの団員だけあってミミカは多芸だ。それだけで食っていけるほどではないが、ラッパだってうまい。

 ミミカの音楽を聴いて、お客さんは少しずつ落ち着いて来たらしい。

 その状況を見計らって、俺は一歩前に歩み出た。


「ええと、落ち着かれましたでしょうか? 俺はこの店の店主のハルイチと言う者ですが、どなたか何があったのか説明して頂けますか?」


 俺が出来るだけ声を張って尋ねると、逃げ込んできた人々の中から、中年男性が一人歩み出て来た。


「急に店に逃げ込んできて済まねえ。だが、俺達も必死だったんだ。あいつから逃げなきゃいけなくて……」

「あいつとは?」

「魔物だ! 俺達の住む東部に、魔物が出やがったんだ!」


 男が殊更怯えて見せるせいで、恐怖が伝播しそうになる。


「落ち着いてください! 今の状況を見るだに、中央部にはまだ魔物は到達してません!」


 店の中にいる俺にそんなことわかるわけないのだが、人は信じたい情報を信じるもの。

 大多数の客は俺の言葉を信じて、落ち着いてくれた。

 俺はリネット達3人を手招きし、中年男性に近づいた。


「あまり他の客を怖がらせないでください」

「す、済まねえ」

「で? 詳しい状況を教えてもらえますか?」

「そ、そうだな」


 男が語った内容は、こんなものだった。

『東部に急に、猿みたいな魔物の大群が現れた。魔物は何処から来たのかわからず、まるで急に街の中に出て来たようだった。男性たちは必死で逃げたので助かったが、未だに東部に逃げ遅れた人が多くいる。魔物は東部を破壊するのに夢中になっているので、まだほかの区域には移動していないであろう』


 最後の方は推測も交じっているので鵜呑みにはできない。だが、奇しくも俺が付いた嘘と同じ内容だった。


「どうする? ハルイチ?」

「……俺は行く」


 何処には言わなくてもわかるだろう。


「東部の人達を放っておけない。それに、誰かが何処が出泊めないと、魔物はきっと中央部にもやって来る。言い方は悪いが、出来るだけこの店から遠い場所を戦場にしたい」


 実際にはそれだけじゃない。俺の脳裏には一人の少女が浮かんでいた。あの生意気な発明家が心配だった。


「私も同意見だ」


 俺の気持ちを知ってか知らずか、レイラも同意してくれる。


「ミミカもだよ! 付いていくからね!」


 ミミカもだ。今更彼女を置いていくつもりなどない。


「わ、私も行きます!」


 例の胴の棒を片手に、リネットが言う。


「リネット……」


 本音を言うと、俺はリネットを連れて行きたくない。彼女は戦いに向いていない。


「だ、駄目だって言ってもついて行きますから! 私もう嫌なんです! 戦いに行く皆の背中を見守るしかできないのは!」


 それに、レイラも口添えして来る。


「私からも頼む。今のリネットは十分戦力になる。私が保証する」


 事情がよく分からないミミカは首を傾げているが、俺は二人の覚悟がよく分かった。


「わかった。一緒に行こう。でも、無理はするな。危険だと思ったらすぐに逃げるんだ、いいね?」

「は、はい!」


 そして、俺達は店をバイトの子に任せて東部へと向かった。


***


 中央部に逃げてくる人々に逆行するように俺達は走った。

 悲鳴が上がる方向に向かって走り続け、遂に魔物たちの姿を捉えた。

 それはまさしく地獄絵図。

 話に聞いていた通り、猿のような魔物が縦横無尽に跋扈していた。

 猿と言うには随分とグロテスクだ。顔や大きさなんかは普通にサルなのだが、その手足がまるで蜘蛛のように長く、アンバランスさが非常に気持ち悪い。


「ロープエイプだ……。どうして? 山の中にしかいないはずなのに……」

 

 ミミカの呟きが聞こえる。魔物の名前なんて良く知ってるな。

 そのロープエイプの連中は、建物の中に入ったり、屋根に上ったりして好き放題に荒らしまわっている。

 数は……20匹近くいるな。


「リネット。『盾』の形状にしておけ。連中は動きが早い。攻撃を受けて動きを止めたから反撃するんだ」

「分かりました」


 レイラがリネットに指示を出す。それに従ってリネットはどうの棒に力を籠め、言われた通り縦のような形状に作り替えた。


「準備はいいか? 取り敢えず、近くの奴から……」


 その時、子供の泣き声が聞こえて来た。

 そちらを見ると、猿に追い詰められた大人の男が、必死に子供の陰に隠れていた。

 ……信じられん。子供を盾にするのか。

 猿は手を振り上げ、今にも子供に振り下ろそうとしている。


「ハルイチ!」

「ああ!」


 俺とレイラはその子供のもとに駆けだした。だが、距離が遠すぎる、間に合わない……。

 そして、今まさにその手が子供を殴る、その直前。

 一本の矢が風を切って飛んだ。

 その矢は見事に猿の頭を貫いた。即死だった。

 矢の角度などから軌跡を辿ると、屋根の上に行きついた。そこには……、


「ふう。間に合った」


 額の汗を拭うノアの姿があった。その手には、ご自慢のクロスボウだ。

 ノアは屋根から飛び降り、子供と男に近づいた。


「た、助かった……」


 男は子供を放りすててノアに縋り付こうとしたのだが……、


「馬鹿野郎!」


 ノアに思いっきり殴り飛ばされた。


「あんたこの子の父親だろう!? 父親なら最後まで命がけで子供を守れよ!」


 全力で怒りをぶつけるノア。

 ……と言うか、あの二人親子だったのか。心底酷い親だな。

 ノアは、男にはもう視線もくれず、子供に近づいた。


「立てるかい?」

「う、うん」

「よし、強い子だ。いいかい? この道をまっすぐ逃げるんだ。まだ猿がいないから」

「うん!」


 強い足取りで子供が。その後ろからよたつきながら父親が走り出す。

 良かった、この分だと何とか逃げ切れそうだ。

 その姿を見守った後、俺達4人はノアに近づいた。


「ノア!」

「あれ、ハルイチさん? レイラさんも。何してんの? こんな所で」

「住民を救出しに来たに決まってんだろ!」

「東部の住人でもないのに? とんだお人好しだね」

「皮肉言ってる場合か。今は住人の避難を最優先させるぞ」

「ボクは自分の工房が守れればいいんだけどなあ……」


 さっき思いっきり子供を助けてた癖に、素直じゃない奴……。


「グダグダ言うなよ。手を貸してもらうぞ!」

「はいはい……」


 渋渋と言う体ながらも、ノアは俺達について来た。


「住人の避難が最優先! 但し、襲い掛かってくる猿は優先して倒せ!」


 俺は全体に指示を送る。


「分かりました!」

「了解!」

「分かったよ!」

「はいはい」


 一人を除いてやる気は十分だ! 

 俺達は出来るだけ離れ離れにならないように注意しながら街を散策していった。

 基本的に近づいてくる猿は俺とレイラで斬り倒す。

 それでも手が回りきらないのはミミカやアルが対処してくれた。

 屋根の上にいる猿は、ノアがボウガンで撃ち落としていく。


 そんな中、一回ノアとリネットだけが孤立してしまう状況があった。

 そして、都合悪く、その場を猿は狙って来た。


「わわ! ボクは接近戦は苦手だぞ!」

「ま、任せてください!」


 リネットは落ち着いてノアを庇うように歩み出た。猿の一撃を盾で受ける。


「ぐっ!」

 

 殺しきれない衝撃に、リネットの顔が歪む。


「リネット!」


 俺はカバーに入ろうと急いだが、


「大丈夫です! 錬成!」


 リネットが力を込めると、盾はその形状を変えた。盾の中心から槍のような物が伸びて、猿の体を貫いた。


「ウギャア!」


 猿は断末魔の声をあげ、そのまま動かなくなった。


「ありがとう。助かったよ」

「ど、どういたしまして……」


 ノアに応えるリネットは、少し息切れしていた。


「リネット! 大丈夫か!?」


 俺は急いでリネットに駆け寄った。


「大丈夫です。心配かけて済みません」

「いや、君が無事ならいい。……しかし、錬金術ってのは凄いな」

「そうですね。私も驚いています」


 さっきのは、盾の周りの部分を薄くする代わりに、中心部から刃を出したのだろう。

 しかし、レイラの指示を実戦でいきなり成功させるとは。俺は少しリネットを侮っていたのかもしれない。

 もう心配だけするのは止めよう。


「まだ敵は全滅していない! 行くぞリネット!」

「はい!」


 俺達は再び猿の殲滅を始めた。


***


「これで大体片付いたと思うんだが……」


 

 それからたっぷり一時間近く。俺達は住民を避難させ、猿を狩った。

 もう住民も猿も残っていないと判断し、俺達は一旦集まった。

これでもう大丈夫。そう思ったのだが……、


「ウギー!」


 甲高い声をあげて一匹の猿が俺達の目の前に降り立った。

 姿形こそ今までの奴と同じだが……デカい。レッドウルフの時と同じだな。こいつがボス猿か。


「こいつを片付けないと終わりとは言えないな」

「そうだな。行くぞハルイチ!」

「ああ、三人は援護を頼む!」


 俺とレイラは、呼吸を合わせてボス猿に斬り掛かかった。


「ウキャ!」


 しかしボス猿は、軽妙な動きで俺達の攻撃を避ける。


「こいつ……!」


 俺達は何度か同時に攻撃を仕掛けるが、まるで先を読んでいるかのような動きについていけない。


「ウキャ!」


 そうこうしているうちに、ボス猿は反撃して来た。

 俺は落ち着いて槍で受ける。力はそれ程でもないが……速ええ!


「ウキャ! ウキャキャ!」


 何度も連続して振るわれる手を捌ききれなくなる。


「ハルイチ!」


 レイラがカバーに回ってくれたのだが……。


「ウキャ!」


 ボス猿は一瞬で標的をレイラに変え、その巨体を使って体当たりした。


「うわ!」


 ぶっ飛ばされるレイラ。

 ボス猿はそのまま追撃しようとしている。


「レイラ!」


 今度は俺が庇う番だ。全力で槍を振るい、ボス猿の攻撃を止める。


「ハルイチさん! どいて!」


 そのタイミングで、ノアがクロスボウの矢を放った。

 俺は言われた通りに飛び退く。

 まるで銃弾の様な速さの矢はボス猿の頭を貫く……と思ったのだが。


「ウキャ!」


 ボス猿は跳び上がって矢を躱す。


「何て反応速度だよ……」


 未だに一撃も加えられていない。このままじゃ戦いが長引くと思ったのだが……。

 何とボス猿は、俺達に背を向けて逃げ出した。

 ……逃げ出した? いや、違う。猿の走って行った方向は……。


「ハルイチさん! あっちは中央部です!」


 リネットの言う通りだ。ボス猿は中央部に向かって走り出していた。

 厄介な俺達の相手を切り上げ、もっと弱い人間をターゲットにするつもりか?


「みんな、追うぞ!」


 俺達は全力でボス猿の後を追った。

 だが……。


「は、速すぎるよー!」


 ミミカが泣き言を言いたくなる気持ちもわかる。

 ボス猿の足は速く、じりじりと距離が離されていく。


「こいつ!」


 ノアが何度かその背中に矢を放つのだが、まるで背中に目でもついているかのように避けられてしまう。


「何なんだあの猿は……」

「これじゃ攻撃が当たりません……」


 しかも、俺達はボス猿を追って走り続けている。そろそろ体力も限界に近いかも……

流石に絶望的な気分になって来る。


「え? アル? 何? ……本当?」


 そんな時、ミミカが独り言を呟いた。いや、独り言じゃない。アルと会話しているんだ。


「アル、何だって?」

「あのボス猿、さっきハルイチたちと戦ってる最中目を瞑ってたんだって!」

「何……? 目を瞑りながらあんな素早い動きが出来るのか?」

「待て、ハルイチ。恐らくあいつは、音と臭いだけで私達の行動を把握しているのだ。余計な情報が無いから、動きが早いんだ」


 そんなの有りなのか!? 

 それじゃあ一体どうやれば……。

 

「ハルイチさん、これ」


 走りながら、ノアが俺に何かをを差し出して来た。


「これって爆弾か?」

「うん。これを猿の近くで爆発させるんだ」


 そうか! そうすれば、爆音でしばらく耳は聞こえてなくなり、さらにその場には火薬の臭いが満ちる!


「でもこれ、どうしたんだ?」

「前に作った。ハルイチさん達に、ちょっと過剰に材料請求したから」


 悪びれもせずに言い切るノア。……本当にいい性格をしている。


「役に立ったらチャラにしてやる」


 俺はノアから爆弾を受け取った。


「ハルイチさん! これ!」

 

 リネットも俺に銅の棒を差し出してくる。その棒の先端はスプーンのように変形していた。


「これを使って下さい!」


 そうか! ラクロスのラケットの要領で爆弾を飛ばせば、手で投げるより遠くに飛ばせる!


「あ! でも火が無い……」

「そんなのアルが何とかするよ!」

「ギャウ!」

 

 自分を忘れていた俺に抗議するようにアルは火を噴き、器用に爆弾の導火線に火をつけた。

 ……全く。ほれぼれするようなコンビネーションだな。


「それじゃ、行くぜ!」


 俺は爆弾が爆発するタイミングを見計らい、棒を使って爆弾を投げた。

 

「みんな! 耳を塞げ!」


 全員が耳を塞ぐのとほぼ同時に、爆弾はボス猿の近くで爆発した。

 爆発自体はボス猿から少し離れた場所で起こったので、それによりボス猿が負傷することは無かった。

 だが、耳が痛くなるほどの爆音と、充満する火薬の臭いに動揺し、ボス猿はその足を止めた。


「レイラ! 頼む!」

「任せろ!」


 レイラが一気にボス猿との距離を詰め、その背中に一太刀を浴びせる。


「ウギャアアアア!」


 凄絶な絶叫を上げ、ボス猿はその場に倒れ伏した。


「お、終わったあ……」


 俺達は全員、その場に座り込んだ。ずっと走り続けていたせいでもう足が限界だ。

 もしかしたら、2km近くも全力疾走させられたかもしれない。


「え、アル? 何?」


 へたり込むミミカに、アルが何か伝えている。

 最初は殆ど聞き流していたミミカだが、次第にその顔が驚愕に染まっていく。


「ミミカ? どうしたんだ?」


 ミミカは、まだ自分でも信じられない、といった様子で応えた。


「えっとね。今回襲撃して来たロープエイプたちなんだけどさ……同じ匂いがしたんだって」

「何とだ?」

「前に戦った怪鳥……ビッグロックと」

「それってつまり……」

「うん……今回の猿の魔物達、多分シムのペットだよ」

RPG的に言えばノアはもうパーティー入りしてますね。

だけど、正式に『ハルイチの店』の仲間になるのは次の話になります。

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